ここは異世界
「んで、なんでお前らリアルの顔してんの?」
「優介こそ。貴大だってそうだ」
「えっ、マジで?」
「うん、マジマジ」
上空から落下した俺たちは、頭だけを出して埋まってしまっていた。
傍から見たら、さぞかしシュールな光景だったろう。若い男が三人も空から落ちてきたかと思うと、地面に身体をめり込ませて、それでもピンピンしてるんだから……。
「普通に考えたら、まだ≪Another World Online≫の中だと思うんだけど……パラシュートなしのスカイダイビングやっても死なないし、スキルも発動できたし」
「だよな~? 現実じゃありえねえって。システムメニューも開けるし」
「じゃあ、なんでバーチャルのキャラの顔じゃなくて、リアルの俺たちの顔になってんだ?」
「「「う~ん……」」」
そう、あの時の俺たちの最大の関心事は、空から落ちたことでもなく、地面に埋まってしまっていることでもなく、リアル……つまりは、現実世界の自分の顔になっていたことにあった。
≪Another World Online≫で動かすことができる身体はゲーム会社がデザインしたもので、プレイヤーはそれをカスタマイズして自分の外見を決める。
やろうと思えば現実世界と同じような顔にできるが、そんなことをする奴は少なかった。
だって、そうだろう? 理想のイケメンになれるのに、それと比べてどうしても劣ってしまう自分の顔になんて、仮想現実にまできて誰もが好き好んで選ぶもんじゃない。
俺だって、金髪碧眼の超かっこいいデザインを選んでたぐらいだからな。優介なんて、元の世界とは似ても似つかぬ優男の顔だった。
それがどうだ。空から落ちた俺たちは、元の世界のまま……俺は多分ぼんやりしたような顔だろうし、優介はちょっと痩せぎすな、男にしては長いストレートヘアーを垂らした顔だった。れんちゃんは……元のままでもイケメンだったけどさ、うん。
≪Another World Online≫の仕様として勝手に顔が変わるだなんてあり得ないし、ましてやそれがリアルの顔だなんて、俺たちには何が起きているのか分からなかった。
「バグか? いや、でも、俺の顔のデザインなんて保存した覚えはねえし……イタズラ? 誰がって話になるよな……」
うんうんと唸る優介。まだ事態を飲み込めていなかった俺。
そんな二人を見て、れんちゃんは「よし!」と大きな声を出した。
そして、その後……。
「とりあえず、そろそろ穴から出よう」
と、もっともな事を言った。
「う~ん、体つきまでリアルと同じだ。ほくろの位置まで一緒」
「だよな? でも、≪Another World Online≫のスキルは使えるし、ステータス確認もできる……」
「なら、どっかの馬鹿が仕掛けたイタズラってことか? さっさとログアウトして運営に通報しようぜ」
「でも、ログアウトもGMコールもできないよ。フレンドリストでログイン状態になってるのは俺たちだけだし……なんでだろ?」
「「「う~ん……」」」
三人揃って首を捻る俺たち。仮想現実は、造形に関しては「リアル以上にリアル」と言われていたからな……リアルそっくりな顔になったぐらいじゃ、まだゲームの中にいるって思ってたんだ。
本当はもう、現実世界に戻っていたのにな……ただし、別の世界だったんだけどさ。
それに気付けなかったのも無理はないと思う。だって、顔が変わったぐらいで、普通の人間が「ゲームから異世界に来た!」なんて思う方が無茶だ。
でも、案外早く仮想現実とは違うとは分かったよ。
だってさ、
「ところで……貴大、その赤いの何? もしかして血?」
「え……? い、いてえええ!?!? ……ち、血っ!? 仮想現実だろ、ここは!?」
「【ヒール】! 【ヒール】!」
仮想現実では流血は規制されているのに、落ちた衝撃で裂けた傷口から血がドバドバ出たり。
「あ~……立ちションなんて、いつ以来だろう……」
「うは、アホみたいに出るし」
「おお、おお……!?」
仮想現実ではありえないはずの尿意を催したり。
「うめえ!? え、これ、ただの食品アイテムだろ? なんでリアルみてえな味がすんの?」
「まぁ、そういうもんなんだろ」
「確かにうまいな、このハンバーガー」
今の仮想現実の技術では何を食べてもぼやけたような味にしかならないはずなのに、ハンバーガーの間に挟んだ玉ねぎの味や香りまでしっかり感じ取れたり。
そんなことが続けば、いやでも気付く。ここは俺たちが慣れ親しんだ仮想現実ではないってことを。
「わかった! わかったぞ!! ここは「異世界」なんだ!」
はじめにそれを言葉にしたのは優介だった。
ゲームだけじゃなくて、小説なんかをよく読んでいる奴だったからな……だから、仮想現実の技術が飛躍的に向上したか、はたまた表現のリミッターが外れたのかと疑っている俺たちより先んじて答えを出すことができたんだ。
「異世界って……なに? 仮想現実の新しいやつ?」
でも、それだけで全てを理解できるような奴なんていない。れんちゃんなんて、今にして思えばとんだ見当違いなことを言ってたしな。
「違う違う! ここは俺たちが生きてきたリアルな世界じゃなくて、他のリアルな世界なんだって! いわゆるパラレルワールドとか、そんな感じの! 要するに……あぁ、もう、異世界だよ、異世界! 異世界ったら異世界なの!」
興奮しすぎて雑な説明を垂れ流す優介。だけど、察しのいいれんちゃんは、優介が言わんとしていることが何とはなしに分かったようだ。
自分でも理解できそうな説明に変換して、答えを確認する。
「それって……ジ○リの映画で女の子がよく迷い込んじゃうやつ?」
「そう! そうだよ、その異世界だって! こんなシチュエーション、小説とかで読んだことあるんだ! ゲームそっくりの異世界に来てしまうってな。今の俺たちがそうだよ!」
「異世界……確かに、仮想現実じゃなさそうだけど……」
正直、その時点では異世界だなんて眉つばだったけど、皮膚の下で脈打つ血管や耳にかかる髪の感触、開きっぱなしだと乾いてひりひりする眼球なんかが俺にそれを信じさせようとしていた。
どれも仮想現実では再現できない、する必要がないものばかり。
一つや二つなら「凝り性の奴が実装させたんだろ」と納得することもできたけれど、あまりにもリアル……いや、「生々しい」感覚が、ここを現実だと訴えかけていたんだ。
「つまり、俺たちは≪Another World Online≫の世界に迷い込んだってこと?」
「そう、そういうことだよ! でも、正確に言うと≪Another World Online≫そっくりの世界だね。一つの現実世界なんだから、ゲームとは違う部分も多いと思うよ。例えば……ほら、MAPの「未踏破地区」が圧倒的に多い! ゲームでは省かれていた土地が全解禁だ!」
「おお、ほんとだ……」
言われてはじめて最大望遠のMAPを開いた俺たちの目には、「未踏破地区」で黒く塗りつぶされたような世界地図が映った。
地球と同じ星が舞台のはずなのに、≪Another World Online≫の仮想現実は、容量なんかの問題で実際の世界の十分の一ほどの広さしかなかったからな……つまり、俺たちが落っこちた異世界と比べて行けるところが少なかったんだ。そりゃあ、「未踏破地区」の方が多いわな。
俺たちの驚く顔に気をよくしたのか、優介はMAPを閉じもせず、大仰な身振りも交えて持論を熱く語る、
「な? な? ≪Another World Online≫とは全然違うだろ? だってここはもう一つのリアルなんだから! 俺たちがいた世界じゃない、「アース」って名前の、現実世界なんだから!」
「「は~……」」
俺とれんちゃんは、その説明を呆けたままで聞いていた。仮想現実じゃなくて、異世界の現実……そんな突拍子もないことを言われても、すぐには飲み込めなかったんだ。
頭では理解していた。数々の「生々しい」感覚と、優介の言葉がそれを説明してくれたからな……でも、だからといってすぐに「はい、そうですか」と飲み込めるものじゃない。
誰だってそうだろう? 例えば、寝て起きたら自分の部屋じゃない、全然知らない場所にいたら……誰だって、すぐに腑に落ちるものじゃあない。どうしても、納得するために時間が必要なんだ。
そういった意味では、優介はちょっと普通じゃなかったのかもな。
もう、「ここは異世界に違いない!」と確信していそうな目をして、「神のせいか? はたまた、天使かもしれん。あっ、勇者として召喚されたってパターンもあるな!」とべらべらとしゃべっては、唇の右端をくっと持ち上げて楽しげに笑っていた。
「異世界、なぁ……どうする、貴大?」
「どうもこうも……何が何やら」
「だよなぁ……はは」
そして、俺とれんちゃんは気が抜けたような顔を向け合って、乾いた笑い声を上げていた。
あの時は、ただゆっくりと考える時間が欲しかった。でも、そんな俺たちに向かって優介は大きな声をかける。
「おいおい、ぼーっとしてんなよ! これから絶対、イベントが起きるから!」
「「イベント?」」
「そう、イベントだ! 異世界転移の直後に、イベントが起きるのは昔からのお約束……きっと、何かが起きるはず……」
そう優介が言うか言わないかだったかな。
あの叫び声が聞こえてきたのは。
「…………きゃあああああああ!!??」
「「「っ!?」」」
聞いているこっちまで焦ってしまいそうな、極限状態に陥った者特有の悲痛な叫び声。
ハイテンションだった優介も、脱力していた俺とれんちゃんも、三人揃ってビクリと硬直してしまった。
「誰かああああああ! 誰かあああああああ!!」
固まる俺たちの耳に、再度悲鳴が聞こえてくる。
遠くからの声にも関わらず、やけにはっきりと鼓膜を振るわせる声……それを受けたれんちゃんは、一も二もなく駆け出したんだ。
「待てって! 俺も行く!」
「お、俺も!」
それを追いかける形で、俺と優介も遮二無二駆け出した。
駆ける、駆ける、俺たちは落下地点である荒野から森に駆け込み、邪魔な枝葉を乱暴に押し除けながら走り続ける。
未だ姿が見えない誰かの悲鳴が聞こえた方へ……。
優介「はいはい、テンプレテンプレ。神様はいつ出てくるんですかー?」
蓮次「てんぷれ?」
おそらく優介は未来のなろうユーザー……100年、200年先の近未来でも健在な「小説家になろう」をこれからもよろしく!