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妖精さんの悩み

「「「第26回! 妖精会議~!」」」


 わたし、ピーク、ニース。フェアリーズ・ガーデンに住まう妖精三姉妹の合意によって開催される妖精会議では、わたしたち全員に関わるような重大な議題が取り上げられる。


 妖精会議を開くということは、一人の力では解決できない事態になってしまったということ……そう、今回もまた、ヒジョーに困ったことになったんだ。


「今回の議題は、言わずとも分かりますね?」


 司会役のピークが、家の壁に貼り付けた白木の皮に、炭で「議題」と書き込んだ。議題? そんなもの、誰に言われるまでもなく知っている。分からない方がおかしい。だって、だって……!


「今回の議題……それは、私たちの影が薄くなっていることです!!」


 そう、わたしたち、最近影が薄いのよね……。




「あたしは別にかまわないんだけどな~」


 そう言って、テーブル代わりの平石の上に置かれた果物にかぶりつくのは末の妹のニースだ。この子はのんびり過ぎるところがあるから、今回の事態にピンときてはいないようだ。こういうところが、まだまだ子どもなのよね……。


「ニース、あんた、本当にかまわないの? 最近、ここにユミエルがあんまり来なくなったということは……あの娘が持ってくるものも減っているということよ!」


「……はうわ~!?」


 今さら気がついたようだ。そう、最近、ユミエルがフェアリーズ・ガーデンにあんまり来ないもんだから、お菓子も雑誌も足りていないのよ。


 ファッション雑誌、「グランフェリアンアン」は、発売日当日に読みたいのに~……! あぁ、淫魔たちが出版するっていう「プチデビル黒揚羽」も、そろそろ発売日じゃなかったかしら? ファッション雑誌を読みながらカヌレを齧るのが、この閉じられたオシオキ空間での唯一の楽しみなのに~……。


 あれも足りない、これも足りない……足りないだらけの生活だ。元々、ここには森と小池と花畑しかなかったんだけど、それで我慢できていたのが今では不思議でたまらない。修道院じゃないんだから……年頃の女の子には娯楽が欠かせないものよ。


「そ、そういえば、もうお菓子がないよ~!」


「映像水晶の新作もありません……「マイネイバー・トトロ」は百回は観ましたしね」


 最後にあの娘が来たのは一週間も前のことだ。その時に持ってきてくれたお菓子や雑誌、映像水晶はもう堪能し尽してしまった。


 雑誌はページがくたびれるほどに読み返したし、映像水晶も何度か観てしまった。籠いっぱいに詰まったお菓子なんて、ニースにかかれば一週間持つはずがない。


 今のわたしたちは、もうスッカラカン……新しい娯楽なんて、欠片も残っちゃいない。そうだというのに、ユミエルときたら何をしているの!? 全く音沙汰もないんだから……!


「私が思うに……フェア姉がいけないのでは?」


「えっ? な、なんでよ……?」


 口を開いたと思ったら、何を言い出すのこの子は……!? 私が悪い? 悪いわけないでしょう、このカンペキな私が! どこをどうとっても、みんなに幸せを振りまくフェアリーちゃんでしょうが!


「モテ期……」


「ううっ!?」


 そ、それはぁ……!?


「女子力アップの十の手段~」


「はうっ!?」


 妹たちが、ぐさり、ぐさりと痛いところを突いてくる。い、いや! あれに関してはわたしは悪くないはず! そうよ、私が悪いんじゃなくて……。


「雑誌! あれは雑誌の記事を書いた人が悪いのよ! 私はむしろ被害者……」


「だからといって、アドバイスを求めるユミエルさんに、雑誌に書かれていることを鵜呑みにして伝えるのはどうかと思います」


「それが本当のことならいいんだけど~、あれもこれもウソだったでしょ~?」


「むぐぐ……」


 そう、そうなんだ。モテ期も、女子力アップの方法も、どうやらウソだったり効果がなかったりで……おかげで、わたしのコケンが下がってしまった。


「だから、ユミエルさんの私たちに対する信頼感が薄れてしまい、以前よりも訪問頻度が下がってしまったのでは?」


「フェアお姉ちゃん、てきと~なことばっかり言っちゃったから、ユミィちゃんにとっては影が薄いのかもね~……そのうち忘れられちゃうかも~……」


 妹たちが、思い思いに私を責めてくる。な、なによー! 私だけが悪いっていうの!?


「あ、あんたたちはどうなのよ!? あんたたちの失敗のせいかもしれないじゃない」


 そう、わたしじゃなくて、この子たちが何か変なことをしてしまったのかもしれない。それで、ユミエルが愛想を尽かしたのかも……でも、妹たちは即座に断言する。


「あり得ませんね。私はユミエルさんに確かな観察眼を身につけさせるための心構えを教えています。それは有益なことでしょう?」


「あたしも、そんなに失敗してないよ~。だって、得意のお菓子作りのコツを教えているだけだから~」


「あう……」


 この余裕たっぷりの顔……! ちょっとばかしうまくいったからって、その態度はないんじゃないの!? で、でも何も言い返せないー! くやしー!


 言っていることが本当のことだからこそ、思わず言葉に詰まってしまったわたしに、ピークはなおも何かを言おうとする。


「恋愛経験もないのに、男女の仲を取り持とうとしたことがそもそもおかしかったのですよ。私なら、そのような者に師事しません。今からでも遅くはありません。ユミエルさんに一言謝るべきでは……」


 そうして、わたしをかわいそうなモノを見るような目で見てくる……なによその目はー!!


「なによ、なによー! わたしのせいじゃないもん! わたしじゃないもんー!」


「きゃあ!? フェア姉、ご乱心ー!?」


「でんちゅうでござる~!?」


 諭すようなピークの言葉にカッとなって、机の上に置かれた花を引っ掴んでブンブンと振りまわしてしまう。私はオトナのオンナだ! 一番上のお姉さんだ! それが、なんでわたしが悪いみたいなことを言われなくちゃいけないのよー!


 止めるに止められなくなってしまい、木の洞のお家から飛び出した妹たちを追いかけて、わたしも飛び立とうとする。


 だけど、それを遮るように大きな手がぬっと現れ、わたしの体を包んでしまった。だ、誰なの!?


「……話は聞かせていただきました」


「あ、あんたはっ!」


 滅多に立ち入る者がいないフェアリーズ・ガーデンに、居て当然のような顔をして立っている人……それは、わたしたちが「来なくなったなぁ」と話していたユミエルその人だった。




「なるほど、自分の力でどこまでできるのか試してみたくなった、と」


「なるほどね~。それで、最近あんまりここに来なかったんだ~」


「……はい、ここに来れば、つい甘えてしまいそうなので。私も、自分で考え、自分で動いてみたくなったのです」


 妖精用の小さな家には入れないユミエルのために場所を移して、ここは池のほとりの花畑。切り株に座ったユミエルの周りを、私たちがふわふわと浮かんで取り囲んでいた。


「ほら見なさい、あんたたち。私の教えは役に立ったって! その証拠に、こんなにお土産を持ってきてくれたんだから!」


 ユミエルの傍には、お菓子がたっぷりと詰め込まれたバスケットに、雑誌や映像水晶、私たちに合わせたサイズの手鏡などの小物が所狭しと並んでいる木箱がどんと置かれている。


 レッスンのお礼としてお土産を持ってくるのはいつものことだけど、この量……普通の倍は量があるんじゃないの?


「……これからは週に一度の来訪になりますので、その分多めにしておきました」


 そういうことだったのね。うむうむ、シュショーな心がけだわ!


「いえ、そんな、悪いですよ」


 ピークもこの量に心躍っているのか、口ではそう言いながらも映像水晶をチラチラと見てはそわそわとしている。ニースなんか、何も喋らずにただただお菓子を食い入るようにして見ている。


「……先生方の教えは、どれも役に立ちました。フェアさんの「良いオンナのテクニック」もそうです。なので、そのお礼ということで」


「でもでも、こんなに買って、高かったんじゃないの~?」


「……それなりに貯えもあるので、心配なさらず」


 そう言って、特に無理してはいなさそうな顔で頷くユミエル。ま、いつも無表情なんだけど、正直なこの娘が言うならそうなのだろう。


「……では、私はこれで。困ったことがあれば、また相談しに来ます」


 そう言って、すぅっと消えていくユミエル。この異空間から、元の世界へと戻っているんだ。


「「「またね~!」」」


 それを満面の笑みで見送るわたしたち。疑問も晴れた今、わたしたちを悩ませるものなど存在しない。


 いや、あるにはあるか。でもそれは……。


「これっ! これ、あたしの~!」


「ちょっと! カヌレは私のでしょ!?」


「私は映像水晶があればそれで……あ、おせんべいと栗よーかんはいただいていきますね」


 ユミエルの姿が完全に消え去った直後、わたしたちは宝の山へと突撃した。まずはお菓子の争奪戦だ。


 ニースほどじゃないけれど、わたしやピークだってお菓子大好きな妖精なんだ。目移りしそうなほどのお菓子の山があれば、何を後回しにしてでも手に取らずにはいられない。


「あっ、タルト・タタンがある~! じゃあ、あたしはこれでいいよ!」


「なんと!? ニース、それを渡しなさい。私が正確に二分割してあげましょう」


「三つでしょ、三つ! わたしも食べるんだから、三つに分けなさいよ!」


 新しいお菓子を見つけては、きゃいきゃいと騒ぐ。これだけの量だ。一日や二日では食べきれないだろう。それでも、どれもこれも食べたくなってしまう。


 あぁ、何から食べよう……!


 なんて贅沢な悩みなんだろう!


「ほう、お前たち。仕置き中の身としてはあり得ないほどいい身分だな」


「はいはい、後で後で。今はお土産が先よ! ん? きゃー!? 新しいファッション雑誌があるー! 創刊号ね、これは……表紙からいいセンスしてるわー」


「……そうか、そういう態度をとるか。よかろう、それならそれで考えがある」


「どーぞご勝手に。わわっ、いい感じのウッドチェアーもある! 人形用かしら……でも、これは職人技だわ。ほら、背もたれの曲線が、なんとも……」


「【バーンアウト】!」


 ボワッ!


 そんな音と共に、お土産が全て燃え尽きてしまった。


「「「っ!!?!? いやあああああああ!!!?!?」」」


 なに!? なにが起きたの!?


 慌てて火を消そうとするも、もう灰しか残っていない。一瞬の出来事だった……瞬時に、お菓子も、雑誌も無くなってしまった……。


「誰っ!? 誰のしわざなのっ!?」


 こんなこと、妹たちはできはしない。そもそも、する理由もない。すると、このフェアリーズ・ガーデンに誰かが来たんだ。


 この残忍な行為……絶対、ユニークモンスターになっちゃうような罪人に違いないわ!! 許さない、許さないわよ! この閉じた世界の本来の役割を果たして、溶かしてやるぅ~!


 そう憤って振り返ってみれば……。


「あ、あれ?」


 そこに立っていたのは、わたしたち妖精の頂点に立つ存在……妖精王だった。


「久しいな、お前たち」


「「「よ、妖精王さま!」」」


 妖精たちを統べるダンディーな男の妖精で、今のように人ほどの大きさにも自由自在になれる器用な人だ。先ほどのお土産全焼事件も、この人のしわざだろう……でも、なんでこんなこと!


「おかしいなあ。私はお前たちにここでの謹慎を言い渡したはずなのに……それが、菓子を貪り、雑誌や映像水晶を散らかすほどに手元に置いているとはどういうことだ?」


「あっ!? ……そ、それはぁ~、その~」


 わ、忘れてた~! ここに閉じ込められたのは、おしおきとしてだった~!


「言い訳は聞かん! ユミエルという娘には私から言っておく。今後はあの娘からの差し入れはないものと思え! ……それと、ピーク」


「は、はい、なんでしょうか?」


「切り株の影に隠した映像水晶ももちろん没収だ。これまで借りっぱなしのものもまとめて元の持ち主へと返しておく」


 そう言って手に持った杖をくいっと動かすと、事前に取り出されていて燃焼を免れた映像水晶が妖精王の手元に飛んでいく。家の根元に作った貯蔵庫のものも、音も立てずに飛んできた。


「ではな。謹慎が解けるまで、あと半年だ。それまで粛々と過ごすように」


 そう言って、ふわりと浮かびあがる妖精王。言いたいことを言って、すぐに去っていく……この人らしいわ。


「お慈悲を! 何とぞ、お慈悲を!」


 ピークが映像水晶と共に空へと消えていく妖精王に食い縋っているようだけど、そんなことはもう気にならなかった。


 あと半年……娯楽なし……。


「あは、あはははは~……」


 ニースは、お菓子だった灰の山を前にして虚ろな笑い声を漏らしている。わたしも、気がつけば雑誌の燃えカスを握りしめてへらへらと笑ってしまっている。


 おかしいね、本当にショックな時って、逆に笑えてくるなんて。




 ここはフェアリーズ・ガーデン。飢えも渇きもない夢幻の楽園。


 だけど、娯楽も存在しない。


 欲に堕ちてしまったものを清める「浄化の監獄」とは、よく言ったものだ……うわ~ん!






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