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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

惚れ薬編

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狙われるハート

「ふふふ……できた、できたぞ……!」

 王立図書館地下階「立入禁止区画」の研究室で、一人笑い声を上げている者がいる。

図書館の魔女、地下階の幽鬼、「ブック・イーター」など、多大なる功績を持ってしても悪名を拭いきれない女エルフ、エルゥ・ミル・ウルルだ。

 彼女は、ずらりと並んだビーカーの内、血のように赤い液体が入ったものを喜色満面で見つめている。その目には暗い炎が灯り、陽が差さぬ地の底であってもギラギラと輝いていた。

「これさえあれば……ふふふふふふ……」

 エルゥは、まるで大事な宝物を扱うかのように、薬品が入ったビーカーを捧げ持つ。

 そして、ガラス製の容器の側面に、上気した顔でキスをした。

 今回の騒動は、ここから始まる。



………………
…………
……



 珍しく、仕事日以外にエルゥから【コール】がかかってきた。それが、「「@wiki」を読ませろ!」ではなく、「実家からお茶が届いたので、飲みに来ないか?」というお誘いなのだから驚きだ。

 死の古代迷宮(初代学園長曰く、安全装置一切無し)から命からがら脱出して、何日も経っていないからな……たまには、ゆっくりお茶を飲むのもいいだろう。

 そう思って、のこのこやってきたのだが……。

「さぁ、遠慮せずにぐいっといってくれたまえ。私の実家の森で採れるハーブをブレンドした茶だから、きっと疲れがとれると思うよ」

(怪しい……)

 何だろう、エルゥがかつてないほど笑顔だ。俺を迎え入れた時から茶を淹れて差し出すところまで、終始笑みを浮かべている。

 しかし、にこにこと目を細めてはいるものの、わずかに覗く瞳は観察対象に向ける時のそれだ。怪しい……どうにも怪しい。

 もしや、このお茶に何か混ぜているとかか? いかにもこいつがしそうなことだ……ならば!

「おい、エルゥ。お前のカップと俺のカップ、交換しようぜ」

「あぁ、いいよ」

 何ら抵抗なく自分のカップを差し出すエルゥ。む? カップに何かを塗りつけているとか、そういうことじゃないのか? なら、やはりあれか!

「どうした? お前はお茶を飲まないのか? 俺は猫舌だから、先に飲んでもいいんだぞ?」

「あぁ、そういうことだったのか。では、遠慮なく先にいただくよ」

 そう言うと、迷いを見せることなくカップに口をつけるエルゥ。

 うん、ちゃんと飲んでいる……はて、もしかして、何も入れていないんだろうか?

「ふ~、やはり生まれ故郷のお茶が一番だね。私はこれが好きでね……やや癖のあるハーブの香りが、心を静めてくれるんだ。君も最近なにかと大変だったと聞く。だから、いつもお世話になっている君に、是非ともこのお茶を飲んでもらいたかったんだ」

「そういうことだったのか」

 うわ、俺って勘ぐり過ぎだろう。人の好意に何か裏があるんじゃないかと疑ってかかるのは、俺の悪い癖だ。最近はろくな目にあってなかったとはいえ、エルゥの心遣いを罠だとはなから決めつけるだなんてどうかしていた。

 ここは、こいつの好意に甘えるべきだな。学者肌のエルゥのことだ。恐らく、薬効もないものを勧めるなんてしないだろう。このお茶には、こいつが愛飲するほどの効果があるに違いない。きっと、俺の疲れ切った心を癒してくれるはずだ。

「じゃあ、一口……おぉ、こいつはうまい!」

「だろう?」

 ハッカみたいに、鼻にすーっと抜ける清涼感がたまらない。いや、ハッカみたいに鋭くはない。柔らかに、頭の中に涼風が吹きぬけていくような感覚だ。

 なるほど、これなら疲れた時に飲みたくなるのも頷ける。なんだ、このエルフも、たまにはいいことをしてくれるもんだな。

「おかわりはどうだい? 今度はアイスで、というのもおつなものだよ」

「おぉ、いいな、それ! じゃあ、よろしく頼む」

「分かったよ」

 笑顔のエルフは、いそいそと空になったカップをお盆に載せ、研究室から出ていこうとする。給湯室は、本がある場所からは遠ざけられているからな……そこまで行くのも一苦労だろうに。

「あぁ、それまでクッキーでも食べていてくれたまえ。私が作ったもので、やや不揃いな形で申し訳ないのだが、味は保証するよ。これには実家から送られてきた野生のベリーを使っているんだ。街ではなかなか食べられないものだよ」

 そう言って、軽くウインクをして出ていく黒髪エルフ。やだ、何だか今日のエルゥさん、優しい……。

 ううう、親切は巡り巡って自分の元へと返ってくるというのは本当だったんだ。まさか、何だかんだで美人のエルゥから、手作りクッキーがもらえるなんて……!

「むっ、これもうまい!」

 すっきりした味わいのハーブティーとは違って、こちらは口いっぱいに広がっていくような甘さだ。

 だが、しつこくはない。さくさくほろほろと口の中で砕けたクッキーはいつまでも口に残らず、さっと溶けては胃に滑り落ちていく。そこにはバターを使った菓子特有の重たさはなく、むしろ練り込まれたベリーの酸味が後味を爽やかにしている。

 これを食べながら、冷たいハーブティーを飲む……いいなあ! これぞ幸せって奴だよ。演劇や闘技鑑賞も、スポーツもあまり好まない俺にとって、食いもんは唯一の娯楽と言える。

 そんな俺にとって、今回のお茶会はこの上ない喜びだ。うんうん、やっぱり、人間うまいもん食ってりゃあ、幸せになるってもんだ!

「やぁ、待たせたね。クッキーはどうだったかな?」

 おお、ナイスタイミング! 氷の浮かんだグラスをお盆に載せ、エルゥが戻ってきた。早速、お茶とお菓子のハーモニーを楽しむとしよう。

 クッキー片手に、空いた手でグラスを受け取る俺。そして、クッキーを口に入れて咀嚼し、そこに冷たいお茶を流し込むと……あぁ……! 思った通りだ。この組み合わせは、病みつきになりそうだぞ!

「聞くまでもなかったかな? ふふ、喜んでくれたようで何より」

 アイスハーブティーを飲みつつ、エルゥが微笑んでくる。いやあ、変人だとばかり思っていたけれど、結構いいところあるんだな、こいつ。正直、見直しました。

 その後も、エルゥ主催とは思えぬほどに問題も起こらず、和やかなままでお茶会は続いた。

 薄暗い地下室で、ランタンの灯りに照らされながらのお茶会ってのも、たまには悪くないな。そう思わせてくれた、午後の一時だった。



「も、もう帰るのかい? もっといてくれてもいいんだよ?」

「いやあ、流石に居過ぎたからな。そろそろお暇するわ。ユミィが晩飯作って待ってるしな」

 何だかんだで知識の幅が広いこいつとの会話は楽しく、気付けばもう夕方となってしまっていた。

 まさか、エルゥ相手にここまで時間を潰せるとは、夢にも思わなかった。今後も、暇になったら話相手になってもらおうと思えるほどに、有意義な時間を過ごせたと思う。

「そうかい……」

 しかも、何だろう、このしおらしい態度は。肩を落とし、残念そうな顔をしている。もしかしてこいつ、俺が帰ってしまうのが寂しいって思ってるのだろうか?

 うお、まさか、エルゥさんがそんな感情を抱くだなんて……! 初めて会った時からは想像もできない変わりように、俺、びっくり。

「まぁ、そんな顔すんなって。また来るからさ」

「ああ……」

 もう、エルゥさんったらしゅんとしちゃってからに! いつもこういう無害そうな奴だったらいいんだけどなぁ……無理か。「@wiki」が切れたら、また化け物に早変わりだ。

 今回は、珍しいもんが見れたってことで……。

「さて、帰るわ。じゃあな」

 いつまでも見送りの奴と話していたら、帰るタイミングを逃してしまう。踵を返し、ひらひらと手を振って、俺は立入禁止区画を後にした。



「あ、あの、サヤマさん!」

「ん?」

 王立図書館の正面玄関を抜け、夕焼けに染まる街並みを歩き出そうとしたところで、ストップがかけられる。

 振り向けば、そこには見習い司書の制服を着た少女が。

「あぁ、セリエか。どうした? 何か用か?」

「あぅ……」

 こいつは、特に気兼ねすることなく世間話ができる仲だったんだが、例の遺跡の一件からやたら俺を避けるようになった。

 やっぱり、レベルをバラしたのがまずかったか。250だなんて、普通の人から見たら化けもんだよな。怖がるのも無理はないと思う。

「無理して話しかけてこなくていいぞ」

「ちがっ、違います! 無理してなんて……」

 咄嗟に否定はするけれど、後が続かない。言葉は尻すぼみに消えていく。うん、これは無理だろ。緊張で体が震えているのも見える。

 セリエは優しい子だから、今まで親しくしてきた相手への態度を変えることに抵抗を持っているんだろう。だから、俺がカンストレベルという訳分からん生き物だと分かっても、以前と同じく話をしようとするんだ。

 でも、そんなことで無理はさせたくない。こういうのは、時間が解決してくれる部分もあると思うから、話せる時にゆっくりと話せば……っとと、なんだぁ?

 セリエが俯きながら、俺の腹にぐいぐいと何かを押しつけてくる。なんだこりゃ? 可愛らしくラッピングされた小さな袋だが、何が入ってんだ? 放置するのも何なので、受け取ってはみたものの……。

「お、おれい……お礼です!」

 当の本人に聞こうにも、ぴゅー、と走って逃げてしまった。

 う~む、なるほど、迷宮で助けたことへのお礼か。流石にいいとこの子は律義だなぁ。言葉じゃうまく言えないから、プレゼントをくださるか。やはり、セリエはいい子や……!

「さてさて、何が入っているのかな、っと」

 シュルシュルとリボンを解けば、小袋の中身が見えてくる……おお、これは。

「クッキー、か」

 図書館でクッキー作りが流行ってんのかな? 小袋の中には、ハートマークの小さなクッキーが何枚か入っていた。

「うん、うまい」

 これなら晩飯が入らないほど腹も膨れんだろうと、さくさくとクッキーを食べながら家路に着く俺。

 いやあ、美少女のお手製(だよな?)というだけで、何てないクッキーが数段上の味に思えるね。

(うん、今日はいい日だった。明日もこんな感じが望ましい)

 こうして俺は、薄暗くなってきた空の下、幸せを感じながら我が家目指して歩き続けた。



………………
…………
……



「失敗だったのかな……う~ん、だが、「@wiki」にはこれだけしか書かれていないんだ。他にどうやればよかったのか……」

 そう言って、貴大が帰った後の研究室で一人ごちる黒髪のエルフ。その手には、「@wiki」から書き出した、とある薬品の製造方法が記載されたメモがあった。

「あの迷宮を爆破してしまったのは痛かったな……おかげで、もう材料を集めることができない。「スクール・コボルト」がドロップした「甘酸っぱい恋文」が、まさかこのようなものに使えると知っていれば、乱獲していたのに」

 「甘酸っぱい恋文」、「ニコポ花」、「ナデポ草」、「デレの実」。

 メモに書かれた、薬品に必要な素材だ。この内、「甘酸っぱい恋文」以外はなんとか揃えることができる。しかし、今は無き迷宮にのみ出現した「スクール・コボルト」のドロップ素材だけは、もう入手は不可能だと、エルゥはため息を吐いた。

「あれを練り込んだクッキーは、タカヒロ君も食べた。それで効果が現れないから、私も食べた。でも、何も起こらなかった。失敗だ、失敗! うまくいけば、一週間だけだが、タカヒロ君は私の言うことを何でも聞いてくれるようになったのに!」

 そして、ぽいっと手元のメモを投げ捨てるエルゥ。そこには、「惚れ薬・イベント用アイテム・プレイヤーに好意的なNPCの好感度を、一週間だけ上昇させる」とだけ書かれている。

 これではどのように用いるのかが分からない。だからこそエルゥは、貴大の態度が変わらなかったことから失敗だと判断したのだ。

「あ~あ、タカヒロ君は私のことが好きなはずだから、好意が高まれば、思い通りになるはずだったのに……「@wiki」の続きが読みたかったなあ……」

 そう、エルゥは、タカヒロに惚れ薬を摂取させ、「@wiki」を読ませようとしたのだ。

 貴大のレベルなら、神がレベルによって制限をかけた(と、彼女は思っている)「@wiki」を読むのも容易いことだと考えたエルゥは、彼を思い通りに操り、一週間で「@wiki」の全てを知ろうと考えていたのだ。

 サンプルを採るのもいい。

 レベル250の人間など、彼女は今まで見たことがなかった。なぜ、若くしてこのようなレベルになれたのか……エルゥには、貴大の体が未知なる開拓地に見えていた。

 (研究材料として)魅力的な彼の体を、思いのままに調べ尽くしてみたい。研究者としての血は、そんな願望を彼女に抱かせた。

「でも、失敗したからなあ……」

 思い描いていた夢も希望も、全て手の届かぬところへと消えてしまった。

 苦心して作りあげた惚れ薬が効かないならば、また別の手を考えなければならない。でも、すぐには立ち直れそうになかった。それほど、惚れ薬にかけていた期待は大きかったのだ。

「はぁ……タカヒロ君、「@wiki」を読ませてくれないかなぁ……」

 研究室の机に突っ伏して、物憂げな顔でため息を吐くエルゥ。

 しかし、どうやら憂鬱とは異なるようだ。とろんと半開きの目は潤み、頬は少しだけ朱が差している。その姿は、どちらかと言えば……。

「ううん、「@wiki」抜きでもいい。また来てくれないかなぁ……」

 その姿はまるで、愛しい男を想って眠れない少女のようであった……。





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