勝利はその手に
それは三月の第三週のこと。俺は寒さも緩んできた空の下、【エア・クッション】にもたれかかり日曜の午睡を楽しんでいた。
厚手のジャケットを着込み、【エア・クッション】に身を埋めれば、多少の寒さなど気にならない。それどころか、露出した顔を涼しげな風がくすぐり、とても気持ちがいい。絶好の昼寝日和と言えた。
それに、今日の中級区の自然公園は珍しいことに、うるさいガキどもも、おしゃべりに夢中になるおばさん連中もいない。これならわざわざ防音効果を持つ【エア・ウォール】を張る必要もない。むしろ、微かに聞こえてくる木々のざわめきや、ボールを蹴って遊ぶ学生たちの歓声が、まどろむ俺の耳を心地よく打つ。
このまま、うとうとと夢心地に浸るのも悪くはない。そう考えていた時だ。さくさくと、芝生を踏む音が聞こえてきたのは。ゆっくりと、だが確実にこちらに向かってきている。俺に用がある奴だろうか?
「んん? ……なんだ、お前か」
目を開いてみると、高そうなドレスに、白い手袋と帽子を身につけた金髪ロールのお嬢様、フランソワ・ド・フェルディナンがそこにいた。
「お前がこんなとこまで来るのは珍しいな。どうした、何か用か?」
フランソワだけじゃなく、貴族の子息が中級区以下に来るのは珍しいことだ。それが、供も付けずとなると、ますます珍しい。と、なると、俺の姿を見かけたから挨拶を、というわけじゃあないだろう。何らかの頼みごとでもあるはずだ。
……まぁ、この時期のこいつからの頼みごとなんて、一つしかないわけだが。
「先生、未熟な私にご教授をお願いします」
そう言って、儚げに微笑むフランソワ。この様子だと、まだ「オルター・エゴ」は倒せてないみたいだな。いつもの自信に満ちた顔はどうした。
う~む、勢いに任せて「先生、「オルター・エゴ」の倒し方を教えてくださいませ!」って泣きついてきたら、そのノリに合わせて「え~い、帰れ帰れ! 俺は忙しいんだ!」って追い払おうと思ってたんだが、こう来たらどう扱っていいものか判断しかねる。
「う、むむ……ま、まあ、座れ」
「はい」
結局、座布団サイズの【エア・クッション】を展開し、そこに座らせてやる。だって、仕方ないだろう?この調子のフランソワに「帰れ」って言ったら素直に帰りそうだけど、何か後味悪そうだし……あぁ、もう、今日の午後からだらだら計画は終了! 今日はこいつに付き合うとしよう。
そう決めた俺は頭の後ろをガリガリと掻いて、穏やかな笑みの裏に疲れと虚脱を隠すフランソワへと向き直った。
「先生、私はこう思っていたのです。「オルター・エゴ」など、所詮猿真似しか能のない魔物だと。私たちが鍛え身につけた力や技術は、他者が容易に扱えるものではないと。それが、どうでしょう。王立学園の学生一同、誰も自らの鏡像を打倒し得ていません。唯一、ヴァレリーが引き分けにまで持ち込みましたが、勝利には未だ至れず……」
そう言って力なく笑うフランソワの目元には隈が目立つ。化粧でいくらか誤魔化してはいるが、ここまで近づけば嫌でも気付くというものだ。
もうすぐ年度末の終業式だからな……それまでに学園迷宮を制覇してみせると宣言した手前、今の状況に焦りを感じずにはいられないのだろう。恐らく、寝る間も惜しんで「オルター・エゴ」との対戦を続けているはずだ。
いくら死にそうになったら傷が癒えて入口に戻される学園迷宮とはいえ、回復魔法だけでは失われた体力までは戻すことはできない。だというのに、疲れた体に鞭打って戦いを続ければ、底なしに疲弊していくのは分かっているだろうに。
「先日など、騎士団の若手が鍛錬と称して「オルター・エゴ」と戦った結果……何と、四分の一もの人員が、これを打ち破りました。今や、栄えある王立学園の威信は地に落ちつつあります」
そこまで言って、視線を落とすフランソワ。笑う余裕もなくなってきたのか、顔が強張ってしまっている。いつも「貴族たるもの、ゆとりも必要ですわ」と言っては茶を啜っているこいつらしくもない。
「よ、弱気なお前なんて初めて見たぞ? はは……」
こう言っておどけてみれば……あぁ、ダメだ。俺に合わせて無理に笑おうとしてる。き、気まずい……!
そのままぎこちなく笑う俺とフランソワ。二人とも何も話さず、時ばかりが過ぎていく。
どれぐらい経ったのか……やがて、フランソワが意を決したように口を開いた。
「先生。先生の、なるべく助言はしないという方針の意味は理解しております。ですが、今回はそこを曲げていただくよう、恥を忍んでお願い申し上げます。「オルター・エゴ」を倒すために、ご指導を……!」
そこまで言って、右腕を胸に付けて深々と頭を下げるフランソワ。これは国王に対しての最敬礼を除けば、過分とも言える敬礼だ。当然、貴族が庶民なんかにするもんじゃない。何だかんだでプライドが高いこいつがここまでするということは、本当に困っているということなんだろう。
……しかし、実に気まずい。一々呼び出されるのが面倒で、「人に教えてもらってばかりでは、本当の意味で身につかない」と、助言をなるべく控えるような方針を立てたんだけど……まさか、巡り巡ってこのような事態を引き起こすとは。
楽しようとして、適当なことは言うもんじゃねえな……し、仕方ない! ここは一つ、こいつが勝てるように助言をば!
「あ~、顔を上げろって。指導……指導するからさ。な?」
「あぁ……ありがとうございます……!」
そう言って、またも地に額を付けそうなほど、深く頭を下げるフランソワ。後ろめたさと、お礼を言われ慣れていないことが混ざり合って、何とも言えない焦燥感に駆られる。
うぅ……は、早く「オルター・エゴ」の倒し方のコツを教えてしまおう! 変な罪悪感で息が詰まりそうだ……。
「まず、初めに……お前と、お前をコピーした「オルター・エゴ」の差は何だ?」
「差は……ありません。対峙する者の全てを模写する魔物。それが「オルター・エゴ」です」
場所を移して、ここは喫茶ノワゼット。ピークは越えたのか、俺たちの他には若いカップルしかいない。気兼ねなく二人でテーブル席を使えるというものだ。とりあえず、マスターに紅茶を注文しておいて、臨時の講義は続く。
「違うな。「オルター・エゴ」は、お前であってお前じゃない。実はな、「オルター・エゴ」はあくまでお前を真似ているだけで、独自の人格は存在するんだ」
「そうなのですか!?」
「そうだよ。多分、エルゥが「オルター・エゴ」についてまとめようとしている研究ってのも、その辺りを言及したもんだろう。でだ、このことから何が分かる?」
「…………あっ!」
フランソワの思案げな顔が、またも驚きに変わる。頭がいいこいつのことだ。言われなくても気付いたな。
「つまり、「オルター・エゴ」は、対戦者の着ぐるみを着た魔物ということですか……?」
「正解。その通りだ」
≪Another World Online≫では、AIが「オルター・エゴ」の中身を担っていた。対戦ゲームで例えるならば、同じキャラを使ってのCPU戦……それも、難易度最高のものだ。慣れない内は、なかなか厄介なもんだろう。
「同じ能力、同じ人格でこうも差がつくのは、「オルター・エゴ」に隠された人格のせいだ。そいつは、お前の記憶と人格を分析し、如何にもお前らしく振る舞うんだ」
「つまりは、私は私に負けていたのではなく、「オルター・エゴ」そのものに敗北していた、と……?」
「そうだ。例えばだな、「オルター・エゴ」にとっては、他人の写し身は武器に過ぎないんだよ。同じレベル、同じステータス、同じ武器を持った奴がいると考えてみてくれ。で、そいつらの勝敗を分けるのは……」
「武器を如何に使いこなすか、ということですか」
「そうだ。「オルター・エゴ」の場合は、武器はコピーされた体に当たる。つまり、自分の体をよりうまく使える方が勝つんだ」
そう、だから≪Another World Online≫でも「オルター・エゴ」は、仮想現実で体を動かすことに慣れたかどうかの試金石として重宝されていた。
「ですが、そういうことならば、私の体は私が一番うまく使えるのが道理というものでしょう? なのに、何故負けてばかりなのか……見当がつきません」
まぁ、納得いかんわな。俺だって、俺を模した「オルター・エゴ」と初めて戦って負けた時は、「チートだよ、チート! 絶対ステータスとか弄ってるって!」と喚き散らしたもんだ。
だけど、何でもそつなくこなす奴ってのはいるもんだ。俺の世界では、AIがそうだった。どんな体でも、ある一定のレベルまでは使いこなすことができるだけの技量がAIには備わっていた。
だが、AIと言えども限界はあるのか、熟練者には敵わなくなる。こうなれば、「オルター・エゴ」も雑魚と同じだ。何年も≪Another World Online≫をやってた俺にとっては、片腕を使わないハンデがあっても勝てる相手だった。
でも、まぁ、そこに至るまでが中々難しいのは、俺も身を持って知っていることで……そこでだ。いくつか、コツみたいなもんを教えてやるとしよう。
「ぶっちゃけて言えば、「オルター・エゴ」はどんな武器も使いこなせる奴だからな。技量が足りなきゃ、そりゃ勝てんさ……だが、今の段階でも、お前らなら勝てる。そのためには……」
特に秘密というわけではないが、何となくフランソワの耳元にごにょごにょと吹き込む。こういうことをしてしまうのは、その場の気分と言う他ない。
やがて、「オルター・エゴ」を倒すための秘策を携えたフランソワは、意気揚々と学園迷宮へと出かけていった。
う~ん、教えておいて何だけど、貴族には厳しいやり方なのではなかろうか……まぁ、いいや。あいつのことだ。いざという時には躊躇などしないだろうさ。
………………
…………
……
『では、始めましょうか』
剣を鞘から抜き、左から右へと払った後に構える……やはり。
『どうかしまして? 来ないのでしたら、こちらから行きますわよ?』
仕掛ける際には、軽く腕を曲げる癖がある……これもそうだ。
突撃してくる「オルター・エゴ」をいなし、大きく距離を取る。今は観察に集中する時だ。攻撃するのは、その後で……。
『あら、臆病ですのね? 私らしくありませんわよ。そんな私には、骨まで溶けるような魔法がお似合いかしら』
両手で持ち直した剣を正面に立てて構え、目を細める……やはり、予想通りに【フレイム・スフィア】の詠唱に入る私の写し身。
間違いない。タカヒロ先生の言う通りだ。この者は、私ではない。いくら記憶や人格を写し取ろうが、注意深く観察すれば何者かの意思が透けて見えてくる。私を演じようとする、「オルター・エゴ」本来の意志が。
タカヒロ先生は、こうおっしゃった。「「オルター・エゴ」には「オルター・エゴ」の人格が存在するけれど、それはコピーした人間の人格に引っ張られるんだ。だから、あくまでコピーした対象らしく、相手を倒そうとする」、と。
なるほど、その通りだ。私の鏡像は、あからさまに私らしく攻撃をしかけてくる。その動作には驚くほどに無駄がないけれど、私らしさは失ってはいない。
ほら、今も【フレイム・スフィア】の大火球に隠れて、自身も突撃を仕掛けている。姿は隠れて見えないけれど、調子のよい時の私ならきっとそうするはずだ。
だから、それを逆手にとった。左右に避けて敵にわざわざ姿を晒すのではなく、バックステップで距離を取り、壁を蹴って身の丈ほどの【フレイム・スフィア】を飛び越えた。
眼下に見えるは、予想外の位置から現れた私に気付き、驚愕の表情を浮かべる「オルター・エゴ」。
まずは一太刀。もらった!
「はあっ!」
『な、何ですって!? くぅぅ……!』
やはり、急な思いつきではうまくいかない。余裕を持って高く飛びすぎたため、斬撃がやや浅かったようだ。しかし、一度も試したことがない動作でここまでできたのならば上出来だ。次は、もっと上手くやれると思う。
「あら、仮面が剥がれかけていましてよ」
『くっ……タカヒロ先生に言われて気付いた私が、何を偉そうに!』
「そういえば、記憶も模写できたのですね。ならば、もう私を私と呼ぶのは止めてくださいますこと? 他人が私を騙るのは、やはり不愉快です」
そうだ。この魔物は私であって、私ではない。あくまで猿真似……しかも、模倣することを意識するあまり、弱点すら写し取ってしまった間抜けな鏡像だ。
私が突くべきところは、そこだ。
私を演じる「オルター・エゴ」は、私の弱点を無かったことにはできない。正面切って戦えば、自身の能力を最大限に引き出すことができずにいる未熟な私では「オルター・エゴ」には敵わないが、弱点を突いてしまえば勝敗は覆るとタカヒロ先生は言ってくれた。
問題は、私の弱点を、弱点として認められるかどうか。そして、どのような手段でも……タカヒロ先生が言う、「ダーティーな手段」さえも、躊躇せずに用いることができるかだ。
「敵よりも早く、躊躇わず、弱点を突け。それこそ、今のお前が勝利できる唯一のやり方だ。貴族は、優雅な勝利が大好きで、卑怯な手段を好まないからな……いいか、それじゃ駄目だ。どんな手段でもいい。敵を罠にかけろ。自分が最もされたくないことをやれ。とにかく、先に弱点を突け。そうすりゃあお前の勝ちだ」
タカヒロ先生の教えが甦る。彼はそれを伝える際に若干の迷いを見せた。きっと、私を慮ってのことだろう。
(ですが、心配はいりません。私もフェルディナン家の娘。花よ蝶よと育てられてきたわけではありませんので。清濁併せ呑むことだって出来ますわ。自分の弱さも認めてみせます)
『いつまで考え事に耽っていますの? 隙だらけですわよ!』
気付けば、剣を構えた「オルター・エゴ」が、右から突っ込んでくる。だけど、それは予想していたことだ。仕掛けていた罠を発動させる。
「【バインド・トラップ】」
『なっ……!?』
好機と見ると、敵の右側から攻めようとする。私の癖であり、エルゥ先生に「自己分析をしろ」と言われた際に気付いたことの一つだ。
悪いことではない。これは私の力が一番乗りやすい形でもある。左から右へと振り抜く必殺の刃は、幾度も魔物を屠ってきた実績を持つ。
しかし、敵に見抜かれてしまえば長所は短所へと早変わりする。ほら、今だって、仕掛けておいた【バインド・トラップ】に捕まり、写し身は身動き一つ取れなくなってしまった。ワンパターンはそれだけ読まれやすいということだ。以後、気をつけなければ……だけど、まずは!
「【シールド・バッシュ】!」
『ぅああああ!?』
敵のバインド状態が解けてしまう前に、力の限り左手に持ったバックラーを叩きつける。すると、バインドでその場に縛られた「オルター・エゴ」は吹き飛ぶことすらできず、【シールド・バッシュ】の全衝撃をその身に受けてしまった。
えげつない攻撃手段だとは思う。騎士団の演習を見学した際に学んだ技術だが、一生使うことはないと考えていた。私には、剣さえあれば怖れるものなど何もないと。だけど、今はこれが最善手。最も効率的な手段だ。
バキバキと、枯れ枝をまとめてへし折るような乾いた音が、手を通じて伝わってくる。肋骨が折れたのだろう。
それでも、まだ「オルター・エゴ」は生きている。しかし……。
「そのダメージでは、満足に剣を振ることもできないでしょう? そんな貴女に、これは防げない……」
肋骨を数本も折るようなダメージを受けてしまえば、四肢が痺れて満足に動かせなくなるものだ。最早、バインドなど必要ない。「オルター・エゴ」は、もう動けない。
『て、抵抗できぬ相手に追撃をかけるなど、それでも誇り高い貴族ですの!?』
何やら姦しい「オルター・エゴ」。あぁ、やはりこれは私ではない。真に私を模しているのならば、このような台詞など出てこない。
今、はっきりと確信した。これは混ざりものだと。それが私を名乗るなど、あってはならないことだと。
力が刃に漲ってゆく。迸る青きオーラが刀身を包んでゆく。
そして、渾身の速さで四度、「オルター・エゴ」を切りつけた。
『ああぁあぁぁぁ……』
【フォースエッジ】の刃をその身に受けた魔物は形を保つこともできず、魔素の粒子へと散っていった。烟る魔素の煌めきの中、この部屋に残るは私一人。そして、最早聞こえるはずがないであろう相手に、それでも私は断言する。
「ええ、これも貴族です」
終業式を三日後に控えたある日のこと。私は、全学生の中で唯一、学園迷宮を制覇した者となった。
………………
…………
……
「ふ~ん、狭い部屋だなぁ」
フランソワが「オルター・エゴ」を倒したと報告に来た次の日、俺は学園迷宮最下層BOSSの間にやってきていた。
「オルター・エゴ」なんて、≪Another World Online≫においては少し手強いだけの雑魚に過ぎなかった。一年も仮想現実で体を動かしていれば、難なく倒せる相手……そういう意味では、仮想現実に慣れたかどうかのチェッカー役としては適任と言えるが、まぁ、雑魚は雑魚だ。エルゥも雑魚だ、って言ってたから、大して変わりはないだろうと思っていた。
だが、先日、フランソワと話していてふと気になったんだ。「オルター・エゴ」の中には、誰が入っているんだ、って。
≪Another World Online≫においてはAIが対戦者を演じる役者を担っていたが、この世界には流石にAIなんてないだろう。何だか興味が沸いた俺は、どこぞのエルフみたいに研究ってわけじゃないけれど、「オルター・エゴ」の中身を確かめに来たんだ。
部屋に入ってからしばらく。気がつけば、スライムみたいにぶよぶよしたゲル状の何かが床から滲み出ていた。「オルター・エゴ」の原型だ。ここから、対戦者の姿となるわけだが……さてさて、どんな話が聞けるかな、っと。
「って、ええええ……!?」
ぐねぐねと形を変えたモンスターは、禿げ頭のおっさんに姿を変えた。ずんぐりむっくりとした体形をタキシードで包み、ご丁寧に蝶ネクタイまで付けている。いかにも、「ザ・お偉いさん」といった風情の人物だ。
だが、相手は目の前の人間を真似る「オルター・エゴ」。俺の前では、俺の姿にならきゃおかしい存在だ……も、もしや、未来の俺の姿とかか!? そういえば、目元とかが似ている、かも……? い、いやだー! 禿げるのは嫌だーっ!!
だが、「オルター・エゴ」は混乱する俺を意にも介さず、穏やかな表情で口を開く。
『私が模写できない、ということは、君は学園迷宮のダンジョンコアでは出力し切れない魔素を身に秘めているということだね? おそらく、レベル200は優に超えているだろう。こんにちは、高きレベルの英雄よ。私は初代学園長。若者の指導のため、「オルター・エゴ」に意識を移した者だ』
「あ、あー、そういうことでしたか……」
そういえば、≪Another World Online≫でも、高位の迷宮に出てくる「オルター・エゴ」じゃなきゃ高レベル者をコピーできないって仕様だったな。よかったー……あれが俺の未来像じゃなくて。
しかし、これが「オルター・エゴ」の中身とは。このおっさんが、フランソワたちを真似て「ですわですわ」って言ってたのか……やだ、どうしよう、気持ち悪い。
『君ほどの高レベル者がここに来た理由は一つ。更なる試練を望んでいるのだね?』
「え、ああ、はい」
目の前のおっさんとフランソワの姿が重なり合い、金髪ロールでドレスを着たおっさんという怪生物のイメージが脳裏に浮かんでしまった俺は、気もそぞろに適当な返事をする。
だからだろう。おっさんが何をしようとしているのかに気付けなかったのは。
『よろしい。では、真の学園迷宮へと君を招待しよう』
「え? 今、何て言って……って、ああああぁぁぁぁぁぁ……」
おっさんが指を鳴らすと、俺の足元に大穴が開いた。そして、自らが置かれた状況を意識する間もなく、奈落の底へと落ちていく俺。穴は途中で滑り台のように曲線を描き、やがては俺をどこかの部屋へと吐き出した。
「うおお、っとと……何すんだ、あのクソオヤジ! 見てろ、今すぐ戻って、仕返し……を……」
俺が落ちてしまった部屋は、こじんまりとした学園迷宮最下層BOSSの間とは対照的に、野球場のように広かった。
そして、そこを埋め尽くすは、多種多様なモンスターの群れ……【スキャン】で見るまでもない。あれらは、≪Another World Online≫でも俺を苦しめた高レベルのモンスターどもだ。
あぁ、認めたくはないけれど、一番奥にいるのはレベル220ながらも、抜きん出た体力と腕力を誇る巨象「ベヒモス幼体」だろう。
ざっと見ても数百体ものそれらは、俺を視認した途端に目を真っ赤に光らせ、一斉に飛びかかってくる。
「お、おぉぉ!?」
身の危険を感じた俺は、すぐさま最強装備に切り替えて迎撃を行う。しかし、斬っては避け、避けては斬ってを何度も何度も繰り返すが、一向に数が減ったという気がしない。
あぁ、「ベヒモス」が動き出した! あいつの【グランド・チャージ】を喰らえば、体力の四分の一は持ってかれてしまう!! なにがなんでも、避けなくちゃいけねええええ!!
しかし、距離を取ろうにも、四方八方全てが魔物の群れ。飛び交う魔弾に、矢と投げ槍の雨。無数にそびえるは剣林だ。
そして、どこからともなく聞こえてくるのは初代学園長の声。
『余りの危険性ゆえに封印した古代迷宮だが、君ほどの強者ならば乗り越えられると信じているよ。さぁ、立ちはだかる全ての魔物を倒し、己の糧としたまえ!』
「くそおおおおお!! 無双ゲーじゃねえんだぞおおおお!!」
フランソワは学園迷宮を制覇した。
だが、俺の学園迷宮での戦いは、まだ始まったばかりだぜ!!
~完~
「終われるかあああ!!!!!」
俺の戦いは、まだまだ続く……。
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┏( ^o^)┛<ウアアアアア
貴大の戦いは、まだ始まったばかりだ!