攻撃あるのみ!
「なに? 「オルター・エゴ」を倒せた学生が、まだ出ていないだと? この二週間、何をしていたんだ、君たちは」
王国随一の頭脳の持ち主による、週に一度の講義の時間。学園迷宮の主をどのように倒したか、と尋ねるエルゥに返ってきたのは、「まだ誰も倒せていない」という答えだった。これには、エルゥは呆れ果ててしまう。
グランフェリア王立学園は、国の中枢を担う若者たちの育成機関だ。当然、若いながらも優秀な人材が揃う。その上、彼女が担当しているのは精鋭たるエリートクラスだ。そんな彼らが、彼女にとってしてみれば他愛もない魔物を倒すのに二週間でも足りないと言う。
素質を持つ人材が不足しているのか、はたまた教育の質の低下か。いずれにせよ、国の行く末を憂うには十分過ぎる程の事態であった。
エルゥはこの日、学園迷宮最下層のBOSS「オルター・エゴ」の効率的な倒し方について教えようと考え、国立図書館の地下階から出てきたのだ。対峙する者のステータスのみならず、記憶や人格までコピーする魔物を効率的に倒すということは、客観化された自己の弱点をより多く見出し、そこを迅速に突くということだ。
これは鍛錬としてこの上ないものだと考え、そのプロセスを如何に効率化するかを最近の研究テーマとしていたエルゥ。数日前、ようやく自分でも納得できる理論や方法論をまとめることができ、せっかくだから学生らにも教え、意見をぶつけ合おうと、わざわざ人数分の資料まで揃えて来たのだ。
そうだというのに、対象の口から「まだ倒せていません。倒し方も分かりません」と肩すかしをくらってしまえば、若者の未熟さに頭が痛くなるのも無理からぬ話だった。
「なぜ、あの程度の魔物を倒せないのだね? 三月に入ってからは、多くの講義で模写、模倣能力持ちの魔物について学んでいると聞く。それが実戦で活かせていないとは、いったいどういうことかね?」
なぜ、出来て当たり前のことが出来ないと不思議がるエルゥに、学生たちは複雑な想いを抱く。
それは、「できる人の理論」を展開する彼女への反発であったり、自分たちがどうしても倒せない魔物を「あの程度」扱いする者への憧れや称讃であったり、こんなこともできないのかと叱られたことによる恐縮であったり……様々な感情や思考が浮かんでは混ざり合ってゆく。
結果として何も言えずに押し黙ってしまう彼らに対し、エルゥは言葉を続ける。
「K.J.オルテットの『魔物大全』は読んだかい? ブロム卿の『模写・模倣能力に関する考察』は? そもそも、「オルター・エゴ」との一戦が大きな山場となる『勇者アンジェロ冒険譚』を読んでいない者など、この国にはいないはずだ。それらは「オルター・エゴ」の対処法について、どのように教示していたかね? エミール君、答えたまえ」
エルゥは王立図書館の研究員らしく、いくつかの書籍や論文の名前を挙げる。そして、適当な生徒の名前を呼び、問いに対する答えを出させるのだ。これは彼女の基本的な授業形態であり、指名された生徒も慣れたもので、すぐさま立ち上がって答えを述べる。
「はい、先生。それらは一貫して、「己に打ち勝つ知恵と力が必要」と書かれています」
流石にエリートクラスだけあり日々の勉学も欠かしてはいないのか、急な質問にも困った様子を見せず、さらりと答えるエミール。それでも、エルゥが「よろしい」と着席を促すと、ほっとした様子を見せた。
王国一の才媛が求めるものとして、自分の返答は十分なのか。その不安と緊張は、エルゥを前にする多くの学生たちにとって共通する心境であった。
「先ほどエミール君が言ってくれた通りだ。「オルター・エゴ」の対処法、それは、「己に打ち勝つ知恵と力」を身につけることだ」
「待ってください、先生。それは根本的に誤りだと考えます」
「む、アベル君か。よろしい、発言を許そう」
ここで声を上げたのは、Sクラス一の頭脳派を気取るアベルだ。彼は、その対処法はでたらめだと声高に語り出す。
「コピー能力を持った魔物は、ステータスを模写しますよね? そして、「オルター・エゴ」に至っては、人格や記憶までをもコピーする。つまりは、「己に打ち勝つ知恵と力」を身につけたとしても、そっくりそのまま写し取られてしまい、意味はなくなるのです。このことから、先生方や研究書に書かれた内容は誤りだと考えます」
これには、何人もの学生たちが同意を示す。本を読み漁っても、誰に話を聞いても、得られるものは「己に打ち勝つ知恵と力が必要」という言葉ばかり。
それを念頭に置いて戦闘を行っても、誰一人として「オルター・エゴ」には勝利できずにいるのだ。彼らが先人たちの助言に首を傾げるのも、無理はないことと言えた。
だが、エルゥはそんな彼らの言を否定する。まるで、幼児の戯言だと言わんばかりに。
「勉強が足りていないね。それは、模写・模倣能力について研究が始められた頃にも出ていた意見だが、多くの支持を得るどころか、すぐさま淘汰されてしまった意見だ。愚にもつかないことを言うな、とね。何故だか分かるかい?」
「……いいえ」
自らの経験を踏まえた上での発言を遠回しに「愚にもつかない」と完全否定されたアベルには、すぐさま新しい考えなど浮かんではこない。苦い顔で首を振るのは彼一人だが、彼に同調した学生たちからも声は上がらない。そんな彼らを見回して、エルゥは更なる問いを投げかける。
「強くなっても、その分相手も強くなるから意味はないと? ならば、対峙する者と同条件になる「オルター・エゴ」に君たちが負け続けているのはどういうことだい? いいかい、勝敗がつく以上、必ずそこには優劣が存在するんだ。その差を覆すためには、「己に打ち勝つ知恵と力が必要」だというわけだ。今の君たちには言葉が不足しているように思えるかもしれないが、彼の魔物を倒せるようになれば気付く。この短い一文が、「オルター・エゴ」打倒のための要素を、欠かすことなく含んでいると」
ここで、エルゥは教壇に置いた荷物をまとめ、教室から出ていこうとした。それを慌てて止める学生たち。まだ、授業時間は半分も過ぎてはいない。それなのに、自分たちを置いて出ていくのは、如何なる理由があってのことか。
「何故止める? 私は、君たちが「オルター・エゴ」を倒していることを前提に授業計画を立てて来たのだ。今の君たちにとっては、何ら意味のないものだろう? 今の君たちがすることは、「オルター・エゴ」を倒すこと。「己に打ち勝つ知恵と力が必要」。助言は、これさえあれば事足りるだろう……ふむ、しかし、たまには教師らしいこともしてみるか」
そこで言葉を切り、手を口元に当てて何やら思考するエルゥ。
「そうだな……噛み砕いて言うならば、「己に打ち勝つ知恵と力」とは、個々人で異なるものだね。当たり前のことだけど、案外、理解できていない者が多いようだ。それと、知恵や力をステータスと勘違いしている者もいるようだね? 若い頃はスキルやステータスが全てだと考えてしまうのは無理はないこととは思う。しかし、戦いを左右するのはそれだけではない。このことを踏まえ、来週のこの時間までには「オルター・エゴ」を倒していたまえ」
エルゥはしばしの思考の後に学生たちにこう言って、今度こそ本当に教室を後にした。
(スキルでもない、ステータスでもない「力」……それは、勇気だ!!)
そう考えたヴァレリーは、「オルター・エゴ」を前にして大盾と長剣を投げ捨て、ベルトに付けた「拡張空間ポシェット」から身の丈を超えるほどのランスを抜き出した。
『そうくるか。いいだろう』
腰を落として刺突槍を構えるヴァレリーに対する「オルター・エゴ」は、同じようにランスを取り出した。【アイテムコピー】すら備えた魔物にとっては、敵が得物を変えようとも関係など無い。同じようにコピーし、同じように構えるだけだ。
だが、そのようなことはヴァレリーも織り込み済みだ。武器を取り替える際の隙を突くことなどせず、じっと敵の準備が済むのを待つ。
彼が望むのはただ一つ。正面から正々堂々とぶつかり合うことだけだ。
(俺の体には、先祖代々から流れる騎士の血が流れている……それは勇気だ。民を護り、難敵を退ける、誇り高き誓いの結晶だ)
身体能力を向上させるスキル【オース・オブ・ナイト】により彼の体から立ち昇る紅きオーラ。それは、同じスキルを発動させた「オルター・エゴ」のオーラと混ざり合い、部屋を薄紅に染めては消えてゆく。
今の彼の写し身は騎士然とした態度で、目の前の敵を倒すという気迫に満ちている。あれは理想だ。ヴァレリーが幼い頃に志した騎士のあるべき姿だ。
彼がここ、最下層BOSSの間に初めて訪れた際はああではなかった。騎士が備えるべき精悍さ、重厚さはどこか物足りず、騎士団の面々に比べて軽薄そうな男が目の前に現れた。
「下手な物真似だな」と嘲笑うヴァレリーを前にして、「オルター・エゴ」はこう言うのだ。『俺はお前だ。お前の慢心の現れだ。俺が惨めに見えるのならば、お前も同じ存在というわけだ』と。
この言葉に激昂したヴァレリーは、「オルター・エゴ」にいいようにあしらわれてしまい、一太刀も浴びせることはなく敗退した。
そこから、彼の苦悩の夜は続く。何度挑んでも破れ去る日々……疲れ果ててベッドに潜った彼の脳裏に甦るのは、ここでも「オルター・エゴ」の言葉だ。特に、『お前の慢心の現れだ』というフレーズは幾度も聞こえてきては胸に突き刺さり、その度に脂汗をかいては寝返りをうった。
図星だった。「オルター・エゴ」は、彼の醜い部分を何隠すことなく見せつけてきた。エリートクラス次席の座についた彼は、どこかそこで満足してしまい、修業、修業の日々への反感からか、最近は酒や女遊びも覚えていた。
手を抜くことも覚えてしまった。なまじ優れた才能の持ち主だけに、手を抜いても同じような結果は出せてしまう。それならば、もっと手を抜いてもかまわないと、彼は心のどこかで思ってしまっていた。それは、緩やかな腐敗への道だ。
ある日の学園の庭園で悪魔の誘いに乗ってしまったのも、そのような背景もあってのことだった。
それは、彼が思い描いていた騎士像からはかけ離れた姿だ。だからこそ、それを見せつける「オルター・エゴ」に怒り狂ったのだ。「そんなものが自分であるはずがない!」と、自らの堕落を無かったことにするように。
だが、幾度もの敗北の末に、彼は「オルター・エゴ」を倒すことに別の意味を見出すようになってきた。写し身を倒すことによって自分の情けない部分を否定するのではない。騎士道から外れかけたという事実すら飲み込んで、一つ上の騎士へと成長することだ。
学園迷宮最後の試練に、彼はそのような意味を見出した。
そのためには、今の自分のままではいられない。強く、強く。心も体も強くならなければならない。目の前の鏡像にうろたえるなど、あってはならない。むしろ、自己の醜悪さだけではなく、理想をも等しく体現するその姿に誇りを持たなければならない。
「あれは、俺なのだから」。ヴァレリーはそう考えていた。
「いくぞおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
ランスを構えての突撃。小細工は弄さない。ただただ一直線に駆け抜ける突撃だ。
狭い部屋に紅きオーラの尾を引いて、二つの影は交差する。
『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
防御はしない。両の手でしっかと長槍の柄を握り締め、体の勢いを全て乗せた一撃を敵の急所に叩きこむことだけを考える。
それでも、初撃は外れてしまった。いや、外されてしまったのだ。「オルター・エゴ」が手に持つランスでヴァレリーのランスの軌道を変えた結果、どちらにも攻撃は当たることなく二人は壁際まで走り抜けてしまった。
『……何があった? 俺らしくないぞ、そのやり方は』
「オルター・エゴ」が、初めて困惑の表情を見せる。彼がコピーした戦闘パターンには、このように防御を捨てた攻撃など存在しなかった。
「パラディン」である彼は、大盾で敵の攻撃を防ぐのが得手のはず。それは、得物が変わろうとも、決して変わらない基本形のはず。そうだというのに、防御など考えもしないやり方など、彼の思考をコピーした「オルター・エゴ」でも理由が分からなかった。
「おかげ様で思い出しただけだ。騎士の血を。騎士のあるべき姿をな」
『……いい顔だ。いいだろう、俺。かかってこい』
「言われずとも!」
またもランスを構える二人。本来は馬上で用いられる長槍は、高いステータスとそれを向上させるバフの力によって、単体による運用でも一撃必殺の力を持つ。
だからこそ、勝負はすぐにつく。二人がぶつかり合う瞬間……その時、勝敗は決するのだ。
「おおおおおおおお!!!!」
『おおおおおおおお!!!!』
裂帛の気合いに体を突き動かすように走り出す二人。
そして、BOSSの間の中央にて、同じタイミング、同じ箇所を狙って体ごとランスを叩き込んだ。
「……俺の、勝ちだ」
『……いいや、引き分けだ』
「そう、だな……そうだ……」
二人の胸を貫くは、お互いのランス。致命傷を受けた二人の命は、今まさに果てようとしていた。だが、それを許さないのが学園迷宮の仕組みだ。まぶたを閉じようとするヴァレリーの命を回復魔法で繋ぎ、入口へと強制帰還させた。
後に残るは、胸に風穴を開けた「オルター・エゴ」だ。
学園迷宮の主は、顔に笑みを浮かべ、魔素の粒子に砕けて消えた。
ニ十五度目の挑戦。ヴァレリーは全学年で初めて、「オルター・エゴ」に対しての「引き分け」を得た。