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最下層の鏡像

「【フォースエッジ】!」


 グランフェリア王立学園の地下迷宮最下層にて、スキルの発動宣言が木霊する。直後、目にも止まらぬ早さで翻る細身の両刃剣。


 【フォースエッジ】。中級の剣技であり、敵を素早く四度切りつけるそのスキルは、彼女の前に立ち塞がる何者をも斬り伏せてきた。


 しかし……。


『【フォースエッジ】!』


 ギィン、ギィン、という甲高い音と共に、必殺と自負していた妙技は防がれてしまう。しかも、よりによって同じスキルで。小さなBOSSの間の天井に備え付けられた光石の灯りを反射して煌めく四つの剣光は、全く同じ太刀筋によってその軌跡を止められてしまったのだ。


『ふふふ……もうお終いですか?』


 起死回生を狙った一撃を造作もなく返され、思わず後退する一年S組の筆頭学生。フランソワ・ド・フェルディナンは、かつてない屈辱を味わっていた。


(まさか、まさか学園迷宮最後の魔物が、このようなモノだったなんて……!)


 【フォースエッジ】だけではない。ありとあらゆる攻撃が、目の前の魔物には通用しなかったのだ。まるで彼女がどう攻めるか、先の先まで見通しているかのように防ぎ、かわされた。


 まるで、自分の手の内を知り尽くしているような魔物だ。いや、それもそのはず、何せ学園迷宮最下層で待ち受けていたのは……。


『そろそろ、私から攻めてもよろしくて?』


 細身の剣を優雅に振るい、ロールがかかった金髪を揺らしながらゆっくりと距離を詰める実習服の少女……フランソワその人だったのだから。






「タカヒロさん、いよいよですね」


「そうだな」


 中級区のパブにて、ガチンとビールに満たされたジョッキをぶつけ合うのは王立学園教師のエリックと、立場上はその部下に当たる貴大だ。彼らはあることの記念にと、迷宮実習前日の夜にも関わらず飲み屋街へとやってきていた。


「まさか、一年S組全員が、こんなにも早く最下層BOSSの間に到達できるなんて……みんな言ってましたよ。タカヒロ先生のおかげだって」


「いや、学生たちがやたら頑張ってたからじゃねえか?」


「またまた~、謙遜は悪い癖ですよ、タカヒロさん」


 そう言って、笑いながら貴大の肩を突く青年。ジョッキの半分ほどしか飲んでいないのにすぐに上機嫌になってしまったのは、エリックの酒の弱さのためだけではないだろう。


 彼はもうすぐ、エリート組であるSクラスの担任の任期を終える。その前に良い結果を残せたことは、やや小心者の彼にとっては幸いなことだった。


 自分のような若輩者が、国の未来を担う子どもたちの教鞭を取っても良いのか。常にその迷いは彼の中にあったが、タカヒロ、エルゥなどの優秀な人材のサポートにより、彼自身も満足のいく結果を残せたことに安堵しているのだ。


 そこにアルコールが入れば、気が緩むのも仕方がないことだと言えた。


「でも、確かに学生のみんなも凄いですよねぇ。迷宮実習の目標が「学園迷宮最下層制覇」に変わったけれど、あれって高等部を卒業するまでの目標じゃないですか? それを、一年の内に後一歩の所まで進めるなんて……フランソワさんなんて、明日にはすぐにでも制覇してみせる、って豪語してましたよ」


「ああ~、いかにもあいつが言いそうなことだな」


「ですよね? ふふっ」


「「ははは!」」


 つんとすました顔で「最下層などすぐにでも制覇してみせますわ」と言い放つフランソワの顔を容易に思い浮かべることができたのか、ジョッキを打ち鳴らし、陽気な笑い声を上げて膝を叩く二人。


 しかし、散々笑った後で、エリックは神妙な顔つきになる。


 ぎゅっ、と両手でジョッキの持ち手を握りしめ、顔を俯かせてしまった。その様子に気付いた貴大が、どうしたと声をかけると、躊躇いながらも口を開き始めた。


「フランソワさんたちは自信に満ちていますが……私たち教師陣は、一年S組の学生たちが年度内に学園迷宮を制覇することは難しいと考えています」


「んん? なんでだ?」


 これには、訝しげな目つきになってしまう貴大。それもそのはず、壁にぶち当たることはあったけれど、その度に誰一人欠かさずに乗り越えてきた一年S組だ。最後の難関とは言え、学園迷宮の魔物の延長線上にあるBOSSを倒せないはずがないと踏んでいたのだ。


 上層部の「パミス・ゴーレム」はもちろんのこと、中層部の「スマイル・ピエロ」ですら難なく撃破してきた彼らだ。レベルの平均値も、すでに130は超えている。そんな彼らが、四月になるまで……つまりは、一ヶ月もの間、たった一体の敵に手こずるとは、貴大にはとても思えなかった。


「タカヒロさん、最下層の魔物が何なのか、ご存知ないのですか?」


「いや、知らんけど」


「あぁ、タカヒロさんは付き添いでしか学園迷宮に潜らないので、学生たちが出会ったことのある魔物しか知らないんでしたよね。すみません、失念していました。私は、調査隊のレポートでその存在を知っていたのですが……それでも、いざ実戦になると、あれには何度も苦汁をなめさせられました」


 そう言って、肩を抱いてぶるりと震えるエリック。いつの間にか、赤らんでいた顔も青ざめている。ドロップ素材は貧相、宝箱から微レア装備が出現する頻度すら低い、知っている魔物しかいないとあって、貴大は学園迷宮には興味など持ってはいなかった


 だが、仮にもエリートクラスの担任を任されるような男、しかも魔物学に精通したエリックがここまで怖れを抱くのだ。俄然興味が沸いてきて、答えを急かす。


「やけにもったいぶるなぁ。そんなにスゴイのがいたの?」


「はい、それはもう、私が知る限りで最も手強い魔物が……」 


 なかなか核心を話そうとしないエリックに向けて、知らず知らずの内に身を乗り出して聞く体勢となっている貴大。そんな彼の耳元に口を寄せて、まるで口に出すのも恐ろしいとばかりにその魔物の名を囁くエリック。


 すると、貴大の目は驚きに見開かれ、やがて体を戻した時には、納得したように何度か頷いていた。


「そうかぁ、アレかぁ……一ヶ月じゃあ、ちょっとキツイかもなぁ」


「ですよねぇ……ここまで順調だった分、挫折の反動も大きいでしょうね……私は、それが心配で……」


 そう言って、二人は黙り込んでしまう。学園迷宮最下層に潜む闇はそれほどまでに底の知れないものだとばかりに、諦めと共に口を噤んでしまう。


 年度内に学園迷宮を制覇するという目標を掲げた学生たちを影に日向に支えてきたエリックは、実習担当の貴大の口から不可能だと仄めかす言葉を聞いてしまい、ますます落ち込んでしまう。


 できれば、向上心豊かな彼らの望みを叶えてあげたかった。


 エリックは、今日ほど我が身の未熟さを惨めに思ったことはなかった。たった半年の付き合いとはいえ、彼らは大切な教え子なのだ。


 最後の最後で、そんな彼らの手助けになれないなんて……学園迷宮の魔物の情報を事前に教えることは禁じられている。教えたとしても、あの魔物相手では何の助けにもならない。


 手助けしたところで、学生たちの自尊心を酷く傷つけるばかりか、逆効果にもなりかねない。八方ふさがりの状況に、思わず一息にジョッキに残ったビールを飲み干そうとするエリック。


 しかし、貴大がそれを止めさせる。責任感の強さゆえに、自らの不甲斐なさに沈みかけるエリックの腕を掴んでこう言うのだ。


「まぁ、あいつらを信じようぜ」


「……そう、ですね」


 ゴト、と、ジョッキをテーブルに置いて、ゆっくりと一度だけ頭を縦に振るエリック。彼もまた、諦めかけながらも信じていたのだ。一年S組の、彼らの力を……。






 貴大とエリックが酒を酌み交わした夜から明けて、迷宮実習当日の午後。わずか十メートル四方の小さなBOSSの間にて、今、一つの戦いが終わりを見せようとしていた。


『初めの威勢の良さはどこへ行きましたの? だらしがないですのね。うふふ……』


「くっ……私の顔で、それ以上囀らないでっ!」


 腰のベルトに備えてあったナイフを投擲し、それと同時に走り出すフランソワ。だが、フランソワと瓜二つの魔物は、そんなことはお見通しだとばかりにナイフをかわし、突っ込んでくるフランソワの腹に、カウンターのようにつま先をめり込ませた。


「くぅぅ……っ!!」


 そして、たまらず体を丸める彼女の横顔に蹴りをお見舞いし、床へと転がす。フランソワも、やられてばかりではない。蹴り転がされた勢いを利用して、すかさず立ち上がって反撃に転じた。


 だが、顔を上げた彼女を待ちかまえていたのは、僅かな時間で詠唱を終えていた炎の魔法球。【フレイム・スフィア】が、自身を飲み込まんと迫る光景だった。




『うふふ……久しぶりの挑戦者だと思ったら、とんだ肩透かしでしたわ』


 今のBOSSの間には、一人しか立っている者がいない。貴族の誇りを身体で体現するその凛とした姿……しかしそれは、フランソワではなく、彼女と寸分違わぬ姿を持つBOSSモンスターだった。


『まったく、最近の学生は……おっと、いけませんわね。これでは歳をとったと馬鹿にされてしまいますわ』


 魔物は、許容量を超えたダメージを受けて転送されるフランソワが立っていた位置をぐるりと囲むように歩きながら一人ごちる。


『さぁ、次のお相手はどなたかしら? 精々、楽しませてくださいね』


 やがて、足を止めた魔物は、フランソワそっくりの顔で笑う。獲物を待ち構える肉食獣のような目つきで……。






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