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ジパニア焼き

 なんでも屋の店主と、定食屋の娘の屋台巡りから七日……下級区屋台街において、一風変わった食べ物が流行の兆しを見せていた。


「はい、肉、魚、タコ入りが五つずつ、もうすぐできるよ~!」


「お待たせしましたぁ~!」


 屋台街の片隅で、妙な匂いを辺りに広げる屋台ができた。肉や魚を焼くような単純な匂いではない。果物でも、菓子でもない。グランフェリアの誰もが、これだと断言できない匂い……。

 

 例えることすらできないその匂いが引き寄せたのか、決して良い位置とは言えない場所にも関わらず、そこには二十人ほどの人の群が。


 鼻を伝って胃袋まで撫で下ろし、生唾を湧かせるような匂いに興味を引かれた者がまず目にするのは、料理とは無縁そうに見える無骨な男たちだ。


 城壁修理などに従事していそうな男たちが作る料理に、酒飲みの男連中のみならず、甘いものが大好きな女・子どもまで集まっているのはどういうわけか。


 何の屋台なのかと覗き見てみれば、男たちが手元の鉄板をチマチマと木串でつつくという、図体に似合わないことをしているのが見える。いや、よくよく見れば、鉄板にはいくつものくぼみがあり、そこに流し込んだ小麦生地を器用にひっくり返しているのだと分かる。


 鉄板にじりじりと熱せられ、端の方がふつふつと泡立つゆるめの生地。その中心には肉や魚介類が置かれ、それにモザイクをかけるように、赤く染められた生姜の細切れや、揚げ物のかすがまぶされていく。


 店員たちの腕の見せ所はそこからだ。木串を器用に使い、半球状に固まろうとする生地をくるくると回転させては球状にしていく。そのたびに、屋台にかじりついて見入る子どもらは歓声を上げ、興味本位で屋台に近づいた大人ですら、思わず「ほぅ」と声を発して感心するのだ。


 だが、この屋台は見世物小屋ではない。どろどろの小麦生地を丸く焼くだけでは、これだけの人を集めることなどできはしない。屋台街において人を集めるのは、「香り」、そして「味」をおいて他にはない。


「おぅ、あちち……うほっ、ほほ……こりゃあ、口の中でとろけやがるぜ」


 やがて出来上がった金柑大のそれは、小船のような形の紙皿に八つ並べられ、どろりとしたタールのようなソースを塗りたくられる。そこに楊枝が添えられれば出来上がりだ。ざっけない見た目、熱せられて立ち上るソースの匂い、銅貨五枚という安価。全てが庶民たちの好みに合致した。


 だからこそ、購入した客たちは初めて見る食べ物も躊躇なく口に入れる。すると、まず口の中で感じるのは、火傷しそうな熱さだ。良く焼けた外側の薄皮一枚にさくりと歯を入れれば、そこからあふれ出てくるのはとろとろとした内側の生地。


 火が通っていないのではない。むしろ、芯まで熱されて、中の具まで熱々だ。その具から滲み出た汁などが周りの柔らかな生地と混ざり合い、とろけているのだ。


 そんな、魚や鶏の出汁の味が感じられるとろとろだけでも満足できるであろうに、止めとばかりにかかったソースと混ざり合って口内を幸せで満たす。このソースがまた絶品であり、甘味や香りは強いのにでしゃばり過ぎない。それどころか、生地と具の味を引き上げ、一つ上の味へと昇華させている。


 誰もが、その味に魅了された。


 老若男女、誰もが口いっぱいにそれを頬張り、二月の寒さ緩みきらない空へと向けて、ほっほっ、と白い息を吐いた。


 その姿は、見慣れぬ食べ物を遠巻きに見ている者たちの財布の紐を緩めるには十分なものだった。


「はい、いらっしゃい! ご注文は何でしょう!?」


 市場に現れて幾日も経たず、人々が求めてやまないものとなりつつあるその屋台料理の名は……。


 屋台で働く者たちの故郷の名前から、「ジパニア焼き」と名付けられていた。






「うんうん、ジパニア焼きは大成功ね」


「お~、よかったよかった。これでほっといても大丈夫そうだな」


 繁盛するジパニア焼きの屋台を遠目に見守る者が二人。ジパニア村出稼ぎの会の者たちに、ジパニア焼きを必要なスキルごと伝授した貴大と、それを依頼したカオルだ。彼らは離れたところからしばらく屋台の様子を窺っていたが、何ら問題はないと判断したのか、屋台に背を向けて歩き出した。


「でもいいの? うちの村の名前なんか付けちゃって。それに、タコだけじゃなくて色んなものも入れちゃって。タカヒロの故郷の料理なんでしょ?」


 買い物籠を腕に通して貴大の隣を歩く黒髪の少女は、同郷の者たちの成功に安堵しながらも、遥か遠くの地の料理……貴大にとっては数少ない故郷を偲ばせるものを、自分たちの良いように変えてしまうことに抵抗を感じていた。


 しかし、当の本人は「別にいいって」と手を振ってみせる。


「この地域の奴らは「タコ」や「イカ」に抵抗感があるからな。たこ焼き、なんて元の名前のままだったら手が伸びないだろ? この街でタコなんかを食うのは、南の方の出身か、貧しい奴らばっかりだ。だから、ジパニア焼きって適当な名前をつけて、タコ以外の具も入れたんだって。そうすりゃあ、売れるだろ?」


「そういうことじゃなくて……」


 自分たちの商品が売れる、売れないの問題ではない。カオルは、貴大の心の揺れを問題視しているのだ。極東の血を引く彼女は、知っている。ジパングから来た者が、どれほど故郷を恋しく思っているのか。


 彼女の祖父ヤヒコは、理知的で礼儀正しく、誰からも好かれるほどに闊達な人間だ。そんな彼も、魔物が跋扈する大陸中部に阻まれて帰ることのできない故郷を思い、涙を流すことがある。


 カオルは、幼い頃に見たその光景が忘れられない。満月を座して見上げ、酒を干した杯を手に持つヤヒコが、ジパングの名を呟いて一筋の涙を流す光景を……。


 彼女は、一度貴大に故郷について聞いたことがある。だが、最後に返ってきたのは、「帰ろうとしたけど、帰れなかった」の言葉と苦笑い。その時の彼の瞳が祖父のそれと重なり、以来、カオルは貴大の故郷について軽々しくは触れられずにいた。


 だから、金儲けのためにジパングの料理を、自分たちの村の名物だと売りさばくことに彼はどう思うのか。それが、カオルにはどうにも気がかりだった。


 しかし……。


「ば~か、いちいち気にすんなって」


「ひゃっ」


 懸念に顔を暗くするカオルの額へと、デコピンをお見舞いする貴大。驚いて顔を上げた彼女へ向かって、ニカッと笑ってみせる。


「別に、お手頃価格とかのポイントを満たす屋台料理としてベストってだけで、特に思い入れなんかないから気にすんな。鶏ガラや、焼いた魚の骨や頭で出汁を取って、身は具に使う。ソースも、店で使ってるウスターに手を加えればいいだけだから、手間もかからん。手ぇ加えるのも楽ちんだったしな」


 そう言い切る貴大からは、悲しみなど感じられない。いつもの、能天気な彼だ。そう理解できたカオルは、知らずの内に丸めていた背中をしゃんと伸ばして、貴大にデコピンをし返した。


「あたっ」


「うんっ、分かった!」


 そのまま、額を擦る貴大を置いて、自宅への道を走り出すカオル。買い物籠を胸に抱き、いたずらっ子のような笑顔で彼に振り返ってみせる。


「じゃあ、約束通りご飯作ってあげるね! ……私より、早く着けたらだけど!」


「はぁっ!?」


 唖然とする貴大を置き去りにして走り去ろうとするカオル。気を使ったつもりが、逆に気を使われたことの恥ずかしさを誤魔化すためか、いつもの彼女からは考えられないようなやんちゃさだ。


 ため息を一つ吐き、苦笑しながら彼女を追い始める貴大。その背の先には、更に人が集まろうとしているジパニア焼きの屋台が見えた。


 屋台も繁盛、私生活も順風満帆。カオル・ロックヤードを中心としたジパニア村の面々の未来は明るかった。




 ……だが、屋台街は飢えた獣たちの巣窟。生き馬の目を抜くようなことも日常茶飯事であり、弱者は、どうにかして強者の利益を我が物にしようとする。そんな彼らに、ジパニア焼きは眩し過ぎた。


「大変、タカヒロ! ジパニア焼きの屋台が、今週だけで十件もできたって!!」


「なにぃっ!?」


 ジパニア焼き登場から二週間。お人よしのジパニア村民たちから製法を聞き出すばかりか、自ら元祖と名乗る店。よりグランフェリアの人々の好みに合わせて、味で勝負しようとする店。そんなジパニア焼きの屋台が、雨後の筍のように次々と出店していく。


 彼らは、美味しい汁を見逃さない、抜け目のない者たちだ。田舎出の者など、ケツの毛までむしられてしまうだろう。そうはさせじと、むきになって立ち向かう貴大。今まさに、「第一次ジパニア焼き戦争」の幕は、切って落とされようとしていた。


 でもそれは、また別のお話。






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