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何でも屋と屋台街

「ユミィ、お前って案外肉食だよな……」


「……もぐもぐ」


 とある土曜の昼下がり、「何でも屋・フリーライフ」を営む佐山貴大と住み込み従業員のユミエルは、下級区大通りの一つ、屋台通りへとやってきていた。


 馬車二台ほどが通過できる道幅の両脇に並ぶは、屋台、屋台、屋台……大通りに繋がる路地にすら、飴や小物を商う小さな屋台が散見される。それら全てをまとめて、この一角は「グランフェリア屋台街」(通称「屋台街」)と呼ばれている。


 「屋台街」で店を出すのは、中級区より上の区画で店を持つだけの資金力がない者たち(多くは貧困層の若者)だ。「いつかは店持ちに」と願う彼らの多くは、それでも一生を屋台での商いに費やす者たちばかり。


 だが、時には抜きん出た腕、斬新なアイディアを持って、中には上級区にすら店を構えるほどに成長を遂げる者もいる。


 そのような事実を鑑みると、下級区とはいえまさに玉石混交。時には、驚くほどの美味が見つかることもある。そんな、石に混じった「玉」を見つけるため、定期的に探索したくなるのが「屋台街」の魅力の一つとも言えた。


 この日、休日の予定が何もなかった貴大は、同居人のユミエルを連れて久方ぶりの「玉」探しに出かけたのだった。そして、かれこれ一時間ほどは様々な屋台を見て回っているのだが……。


「肉料理以外の何かも食えよ。ほら、この焼きトウモロコシとか旨いぜ? 塩味だけど……」


「……お肉、おいしいです」


 屋台脇に備え付けられた椅子に座り、ひたすら羊肉の炙り串をはみはみと齧るユミエル。朝露と花の蜜しか口にしないような可憐な見た目の妖精種の彼女だが、実は肉類が大の好物で、たまの外食になると自身の懐具合など考えもせずに高い肉料理ばかりを注文する。


 貴大が手に持つ焼きトウモロコシになど目もくれずに、黙々と手に持った羊肉を小さな口でちびちびと食していくユミエル。差し出したままでは格好がつかないからか、ため息を一つ吐いて、貴大はトウモロコシを口にした。


「美味しいのになぁ……」


 ガシュガシュと、塩気によって甘味が引き立てられたトウモロコシを齧り、胃に納めていく貴大。その間もユミエルは、テーブルに置かれた他の料理に見向きもせず、やや大ぶりの脂滴る羊肉を咀嚼している。


 岩塩と乾燥ハーブのみで味付けされたそれが気にいったのか、フィッシュ&チップスや、血や肝まで混ぜ込まれたソーセージなどには目もくれない。貴大が二人で食べようと思って少し多めに買ったのは、どうやら余計なお世話だったようだ。彼女が食べ終わるのを待っていたら、せっかくの作りたてが冷めてしまう。


 結局、貴大は残った料理を持て余した末に、ソーセージは先ほどからつぶらな瞳で彼の隣でおすわりをしているわん娘たちにあげ、魚の揚げ物は路地裏から虎視耽々と彼の隙を窺う黒猫にゃん娘にあげた。ポテト? 少しばかり癖のあるビネガーをかけて食すそれは彼の好物なので、一人で食べましたとさ。




「さ~て、まだ何かつまむか? それとも市場で晩飯の材料でも調達するかな」


「……お好きなように」


 ユミエルが羊肉を食べ終わったので、長居は無用とばかりに椅子から立ち上がる貴大。中級区のカフェではないのだ。ここでは、だらだらと居座る客は嫌われる。雑談をするのなら歩きながら、というのが屋台街での基本的な流儀だ。


 包み紙や串などをゴミ箱に放り込み、サッと店から離れる貴大たち。そのまま、これからどうするかを話しながら、屋台街を当て所なくふらつき始めた。元々、これといった用事など無いのだ。口にした通り、まだまだここで食べ歩きを続けても良かったし、早めに買い物を済ませて、自宅でくつろぐというのも悪くはなかった。


 ここにクルミアたちが残っていれば、その相手をするだけで時間は瞬く間に過ぎていただろう。しかし、彼女らは孤児院で用事があるとのことで、すでに帰ってしまっている。後に残るは、主体性に欠ける貴大とユミエルだ。座っていた場所から離れてそれなりに歩くも、未だ何をするか決められずにいた。


 だが、他者から見れば無駄に思える時間の過ごし方も、彼らは嫌いではなかった。のんびりと、ほどよい喧騒に満たされた屋台街を歩く。耳には威勢の良い客引きの声、鼻をくすぐるのは焼ける肉の匂い。時折混じるのは、露店売りの果実の熟れた匂いか。普段は穏やかな時を好む貴大らも、たまにはこのような活気溢れる場に繰り出すのも嫌いではないのだ。


 それに、様々な出会いもある。この街の人々は、良くも悪くも「構いたがり」が多いのだ。ブライト孤児院の子どもたちや下町の人々、見知った多くの者たちが、彼らを放っておくわけがない。二人だけでは静かすぎる生活を、街の人々は賑やかに彩ってくれる。


「あっ、タカヒロ。ユミィちゃん」


 ここにもまた一人。貴大たちに気さくに声をかける者が……。


「って、カオルじゃねえか。なんで屋台なんか出してんだ?」


 歩き歩いて屋台街の端まで来てしまった彼らの前には、客用の机も椅子も無く、調理台が場の多くを占める小さな三畳屋台が一つ。その内側には、顔馴染みの黒髪の少女が座っていた。


「あはは……ちょっと、ね」


 そう言ってぎこちなく笑う彼女の手元には、いくつかのおにぎりが並べられている。グランフェリアでは海苔が一般的に流通していないので、どれも塩むすびか、葉物の漬物で包まれている。小型の焜炉で炭を熾しているのは、焼きおにぎりでも作ろうという腹積もりなのだろうか。


「いや、ちょっとって……まんぷく亭はどうしたんだ? 今日は休みじゃねえだろう」


 週休二日制の何でも屋・フリーライフにとって、土曜日は休日に当たるが、世間一般はそうではない。多くの労働者が額に汗して働き、それらを主な客とする定食屋・まんぷく亭も開店しているはずだ。


 中級区のさほど大きな店ではないが、それでも働き手に余裕がないほどには繁盛している。そのような店の看板娘が、なぜこのような場所で屋台を開いているのか。貴大には、いまいち理解ができなかった。


「うん……ええとね、話せば長いんだけど……」


 そして、とつとつと彼女の口から語られる事情。それは、お節介な貴大を巻き込むには十分過ぎるほどの内容だった。






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