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魔女が嗤う庭で

 別に、僕はそこまで出来が悪いわけじゃあないと思う。


 だって、曲がりなりにもSクラスの一員だよ? 優秀だと証明されているようなものじゃないか。


 後衛として、それなりにチームの役に立っているとは思っている。スキルの習得だって、まぁ、頑張っている方だ。


 ただ、タイミングというか、何というか……やはり、運かな。どうしようもなくついてないんだ、僕って。


 集団戦の時は、何故か僕が狙われる。学園迷宮で最初に罠にかかるのも僕だ。後ろから魔物が奇襲してくるバックアタックだって、僕の時だけやたら多い。


 あと、確率ね。確率。「○○%の確率で成功、または失敗する」類のもので、良い方へ転んだことが無い。


 通常攻撃時、普通は【毒2】だけど、1%の確率で【猛毒1】を与えてくる「ポイズン・ラット」という魔物がいるんだ。こいつのかみつきを受けて猛毒に倒れた時は、涙が出そうになった。


 だから、僕は慎重に行動する。未知のエリアには近寄らない。見慣れぬ敵には手を出さない。宝箱? 罠がかかっていたらどうするの。こうやって、誰かが踏み均した道を歩けば、万事において間違いはない。


 ……はずなんだけどなぁ……。




「!? 赤く輝き始めたわ! 何か、来るっ!」


「させないっ! 【ライトニング・アロー】!」


「アベル! お前も【ウォーター・バレット】で牽制しろ! 早く!」


 いやいや、待ってくれよ。ここは一端隠れてやり過ごすのが定石だろう? どうせお前らだって、この迷宮を制覇した先生方からこっそり情報を聞き出しているはずだ。


 丸いお腹を抱えた「爆弾蜘蛛」は、残りHPが僅かになれば【自爆】を試みる。今のメンバーじゃあ、到底防ぎ切れない。爆発するまでに倒しきれるかどうかも分からない。こういう時は逃げるが勝ちだ。


「くっ! 【地砕陣】!! 動きを止めた! みんな、やれ!!」


 ちょっとぉ!? 何してんの!? いや、「爆弾蜘蛛」の動きは止まったけどさ。半径ニ十メートルほどの円形の部屋をまるごと揺らす【地砕陣】の一撃は、僕たちの動きすら阻害する。こ、これじゃあ逃げられないじゃないか!


「【ソニック・ブレイド】!」


「【ライトニング・アロー・レイン】!」


「うおお!【ロックラッシュ】!!」


「待って待って!! 逃げようって!!」


 おいおいおいおい! もう爆発するから! 逃げないと爆発するか


(ちゅど~ん!)


 ほら、やっぱり……ね……。




「アベル! あの時、なぜ攻撃しなかった!?」


 ここは学園迷宮入口の間。僕にとっては馴染み深い場所だ。その脇にある強制帰還用のポータルゲートから数歩も歩かぬ場所で、僕は眉を逆立てたチームメイトに囲まれていた。


「それに、あの魔物が爆発する直前、逃げろ、と言ってましたね。なんて臆病な……」


「いや、だって「爆弾蜘蛛」だよ? 赤く光ったら逃げる。それが最善手じゃ」


「待って。なんで貴方、あの魔物のことを知っているの? 私たちのチームが地下二十三階に降りたのは、これが初めてでしょう? まさか……」


「あぁ、ある先生から聞いたんだ。先生方はもう学園迷宮を制覇しているからね。だって、当たり前だろう? ろくに知りもしない魔物なんて、怖くて戦えたものじゃないさ」


 どうせ、こいつらは僕が金で学園迷宮の情報を買っているという噂を耳にしているはずだ。まぁ、真実なんだけどね。今更隠す必要もない。


 見ると、チームメイトたちはみな、顔を赤く染めて、ぶるぶると震えている。ほらきた。すぐにでも、「臆病者!」だとか「先生の方針に逆らうとは!」と怒鳴りつけてくるぞ。


「このっ……! 軟弱者!!!」


 ほらね。


「タカヒロ先生は、学園迷宮攻略において、チームメイト外での情報共有を禁止された! それが何故だか分かるか!」


「おおかた、自分に質問が来るのを避けるためだと思うよ。ほら、あの人、「俺、いや、先生方にも情報を聞いちゃダメだぞ」って言ってたじゃないか。めんどくさがっているだけだよ」


「違います! 先生は、未知なる敵との突然の遭遇に慣れておくようにと、あのような制限をかけられたのです!」


「そうよ! この経験は、実戦の為の貴重な糧となるわ! 実戦は、どんなに予想を立ててみても、何が出てくるか分からないのが当然なんだから!」


 嫌だ、嫌だ。これだからタカヒロ先生の信者は……予想を立てることの何が悪い? 最悪の事態に備えることの何が悪い?


 見たこともない魔物が現れました。【スキャン】の結果、何とか勝てそうなレベルです。じゃあ、みんなで攻撃しましょう。これが通じるのは中層部までだよ。


 下層部は、パッシブスキル、アクティブスキル共に、一筋縄ではいかないものを備えた魔物ばかりじゃないか。そんな魔物に、事前知識も無しに突撃? あり得ないね。いくら命が保証された迷宮だって、痛いものは痛いんだ。できれば、そんな思いはしたくない。


 だけど、そういうことをいうと、みんな、更に怒るんだろうなぁ。プライドばっかり高いから、「逃げる」という選択肢が無いんだ。


「ふん……こいつには何を言っても無駄だな。いくぞ、エレナ、ロズ」


「ええ、行きましょう」


「アベル、貴方、勇敢さが足りないわ」


 言うがままに任せていると、僕に何を言ってもしょうがないと諦めたのか、遂には立ち去って行くチームメイトたち。やれやれ、やっと行ったか。


 「勇敢さが足りない」? 僕から見れば、君たちは少しばかり勇気が有り余っているよ。馬鹿の一つ覚えじゃないんだから、引くことも覚えなきゃ。

 

 情報の重要性だって分かっちゃいない。僕は、「情報を制する者は戦いを制す」という故事に従ったまでさ。戦いから逃げ回るだけの臆病者ではない。


 ヴァレリー。君は優秀な壁役だ。それは誰もが認めることだ。ただ、もう少し相手を良く見ようか。君の肉壁は、どんな攻撃も受け止められる代物じゃないんだ。【地砕陣】で両者の足を止めての殴り合いは、そろそろ卒業した方がいい。


 エレナ。君は少しばかり慎みが足りない。今日も、魔物を見れば嬉々として切りかかっていったね。初めて遭遇した「爆弾蜘蛛」相手でも、問題ないと言わんばかりに。それじゃあ、君たちが主張する「タカヒロ先生の教え」とやらの趣旨に反するのではないだろうか。「怯まずに突撃する」のは、未知なる魔物との接敵時に、果たして正しい選択なのだろうか。よく考えてほしい。


 ロズリーヌ。君はとても残念な子だと思う。威力の高い【ライトニング・アロー】を覚えることができて、そんなに嬉しかったのかい? 今日はそればかり使っていたね。でも、後衛の仕事は、攻撃だけじゃないよ。むしろ、広い視界を確保できるアドバンテージを活かしての補助こそ重要なはずだ。


 商人の子である僕は、打算で動く。合理的な思考を持たない輩は、どうにも苦手だ。「なんでこんなことも分からないの?」と思うことが多過ぎる。だけど、先に述べたようなことを指摘しても、「臆病者に言われたくない」と耳を貸さない者ばかりだ。


 世の中、理不尽なことが多過ぎるなぁ……。


 そんなことを考えながら歩いていたせいか、いつの間にか裏庭までやってきてしまった。


 ここは、手入れはされてはいるものの、校舎から離れ過ぎているため、いつも人気が少ない。特にこれといった物もないので、実につまらない場所だ。


 まったく、ぼんやりし過ぎていたな。帰るとするか……。


 だが、そんな僕の背中に、何者かが声を投げかける。




「「力」が欲しいか……?」




「だ、誰だ!?」


 てっきり、誰もいないと思っていたのに……いったい、どこに潜んでいたんだ? 思わぬ声かけに、ビクリと後ろを振り向く。そこに立っていたのは……。


「あ、貴女は!?」


「君ならここに来ると思っていたよ……そう、君なら、ね」


 その人物は、波打つ黒髪を妖しく蠢かせ、ぬるりと僕の脇に滑り寄ってきた。そして、僕の耳元でそっと囁く。


「君は、本当は「力」が欲しいんだ……何者をも蹴散らす、圧倒的な「力」が……違うかい?」


「あ、ああぁ……ち、ちがう……」


 僕の心を剥き出しにし、鷲掴みにするような言葉に怖気が走る。否定の言葉を口にし、何とかそれを振り払おうとするも、彼女は絡みつく蛇のように僕の心を逃がさない。


「違わないさ……君は、優秀なクラスメイトにコンプレックスを抱いている……だから、学園迷宮の情報を金で集めて、彼らより優位に立とうとする……」


「ちがう……ちがぅ……」


「いつまでそんなまどろっこしい真似をしているつもりだい? 「力」を持てば、彼らなど歯牙にもかけずに済むというのに……」


「あぁ、うぅ……」


 彼女の言葉は、魔女の林檎のように、甘く、魅惑的だ。僕の心を、ゆっくりと浸食していく。そうだ、力があればヴァレリーなんかに……。


「分かったようだね? さぁ、もう一度聞くよ? 「力」が欲しいか……?」


 魔女は、僕の肩にかけた手を緩やかに動かし始める。力を入れて、答えを強制するのではない。むしろ、肩からうなじを撫で上げ、そこから背中に回った手はどこまでも優しいタッチで僕を蕩けさせる。夢見心地のまま、僕の本能が浮かび上がっていく……。


 そして、僕は問いにこう答えた。


「欲しい……力が、欲しい」


 魔女は、赤い唇を三日月のように歪めて嗤う。


「契約、成立だ」






 その日、僕は「ニンゲン」を捨てた。






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