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新年の始まり

「お、おぉ……あれは、朝日……初日の出……!」


 「好きな人はクルミア発言」から今まで、休む間もなく厄介事が巻き起こった。


 俺は犬耳が大好きと勘違いした女子たちが、ユミエルのコスプレセットから様々な犬種のコスセットを取り出してきてファッションショーだ。


 その途中で、流しっぱなしだった紅白でメガサチコが出現し、わんこたちが怯えて吠えだすし……更には、いつの間にか酒が入って(アルティが持ってきてたものだそうだ。家の備蓄も空にされた)、乱痴気騒ぎの始まりだ。


 安眠のために、防音対策をしっかりしておいて本当に良かった。してなかったら、新年早々石持て追われる引っ越しの危機だった。


 酔った面々も、それぞれ(今となっては)笑えるほどに性格が変わり、異世界に迷い込んだ時以上の混乱を俺にもたらした。クルミア……お前、噛むんだ……(甘噛みだったけど)。


 このように嫉妬心と女のプライドに駆られた奴らが酔い潰れた頃に、夜明け近くにキリングがナマハゲのように「アルティはいねがぁ……!?」と訪ねてきた。やっぱり連絡してなかったみたいだ。あの親父が許可を出すとは思えないもんな。


 キリングが強行突破したからか、道端にフェルディナン家の護衛兵士の方々がゴミ屑のように転がっていた……その光景を見たら、「ここにいますよ」とはとても言えなくなる。酔い潰れて寝てるアルティ見たら暴れそうだもん、あの親父……。


 そんな、去年の静かな年越しに比べると、まるで悪夢のような一夜は去った。


 見よ、この地に訪れた平穏を! いつもの……いや、いつも以上に静寂に満ちた愛する我が家を!! 視線を下ろせば、死屍累々と横たわる酔い潰れた女たちが視界に入るので、被害の少ない天井だけを見つめます。涙がこぼれないように。


 見よ、この部屋に満ちた瘴気の残り滓を洗い流すように差し込む日の光を……! カーテンを開き、窓を開け放って、清々しい新年の空気ごと取り込もう! さあ、ご開帳だ!!






「衛生兵!! 衛生兵!! まだ要救助者はいるぞ! 【ハイ・ヒール】が使える奴が足りない!!」


「鬼だ……! 「憤怒の悪鬼」が来た……! 逃げろ……逃げろぉ……!!」


「しっかりしろ! 鬼はもう去った!! 援軍も来た!もう大丈夫だ!!」


「くそっ……たった一人! たった一人の冒険者ごときに、我らフェルディナン家親衛隊が壊滅させられただと!? 一部隊とはいえ、旦那様にどう申し開きをすればよいのか……」






 閉めた。




「……うん、忘れよう!」


 いや、どうにも寝不足で幻覚を見てしまったようだ。昨夜降り積もった雪に日光が反射して、プリズム現象とか、蜃気楼的な何かを見たのかな? いや~、参っちゃったね、こりゃ………………ちくしょー!


 何で、一時間も前にノックダウンされた奴らがまだ転がってんだよ!? おのれ、「グラビトン・ファイター」キリング……!! 一対多の戦闘はお手の物ってか……!


 護衛の皆さんがスケキヨのように石畳に突き刺さって人林を成しているということは、十八番の【グラビティ・サイクロン】でも使ったんだろ。流石親馬鹿、容赦ないな。


「水を……水を一杯くれないか……」


 そうこうしている内に、エルゥが起きてきたようだ。つか、こいつはどこで寝てた……あぁ、しこたまワインをかっくらってトイレへフェードアウトしていたな。便所でゲロ寝してたのか。女として終わってんな、こいつ……いや、元からか。


「ほら、二杯目は自分で汲めよ」


 台所に設置された水瓶からマグカップに冷水を汲んで渡してやる。


「あぁ、すまないね……何だかんだで世話を焼く……やはり、私のことが……ふふふ」


 以前から生気の感じられない顔を土気色にした黒髪エルフがテーブルに寄り掛かって何やらぶつぶつ呟いている。正直、こわいです。これで、体がもう少しふっくらしていて、髪もばさばさじゃなければ、結構いい女なんだけど……天は二物を与えないってことか。


「あら、先生、おはようございます」


 いつ着替えたのか、裾長のナイトドレスから、暖色のゆったりとした厚手のワンピースにやたら高そうな装飾を施された上着を羽織っているフランソワがやってきた。昨夜は乱れてほつれていた縦巻きロールも、バネのような弾力を取り戻している。まるで、酔いどれて見せた醜態はなかったとでも言うように、お上品に挨拶をしてくるお貴族様。


「はいはい、おはよーさん」


 今更突っ込んでも、しらばっくれるだけだろう。俺は無駄な労力を費やすつもりはない。まだ青い顔でにこやかに微笑むフランソワにツッコミも入れず、ぞんざいに挨拶を返した。


 そんなこんなで、差し込んだ朝日に反応し、次々とゾンビのように起き上ってくる女たち。飲んだのがコップに僅かに残ったビールだけだからか、はたまたアルコール分解力が強いのか、クルミアなんかは起き抜けから超元気だ。「お腹すいた!」と愛犬ゴルディと共に俺に催促してきた。


「お~、待ってろ~、今、雑煮作ってやるからな~」


「ゾウニ?」


 ひょこっとアルティが台所に顔を覗かせる。こいつもタフな方だ。日頃から、「ビールなんて水と同じだ!」と豪語しているだけあるな。まぁ、そのせいで俺ん家の酒は飲みつくされたんだけどな……。


「あぁ、ジパングの正月料理、雑煮だ。出汁は昨日の蕎麦の流用だけど、モチ……米の加工品が入ってるからそれなりにボリュームあるぞ」


「ふ~ん……」


 納得したのかしてないのか、曖昧な返事の後に台所の椅子に反対向きに座り、背もたれに顎を乗せて腕を回し、足をぶらぶらとし始める赤毛の少女。こいつにしては珍しく、何も言わずに俺の調理風景をじっと見つめていた。


「なぁ、昨日も思ったんだけどさ、お前って料理できるのな」


「うん? あぁ、趣味の領域は出ないけど、それなりにできるぞ。どうだ、スゲーか?」


 そういうことか。確かに、人に料理している姿をあんまり見せないからな。


「はっ、調子にのんな、ばーか……」


 やはり、まだ酒が残っているのか、ぼんやりとしている。


「つか、お前「まんぷく亭」で俺が料理してんの知ってるだろ」


「いや、知ってるけどさ……なんつーか、昨日の「ソバ」は店で食う料理じゃなくて、家の母さんが作るような家庭料理って感じだったからさ……男でもそんなん作れるんだ、って意外に思って、な……」


 確かに、店で作る油分や塩分濃いめの料理とは違って、家庭的な味付けにはなっている。だけど、料理のことをわざわざ聞いてくるなんて、こいつらしくない。よっぽど意外だったんだろうか。


「ふ~ん、そうか……」


 そのままどちらも口を開くことなく、台所には人参やキノコを刻む音だけが響いていた。静かなのはいいけど、何か調子狂うなぁ……。






「へ~、これがお雑煮ね。お爺ちゃんに聞いたことはあるわ」


 丸餅(アカツキお手製)を分けてくれたカオルも、雑煮を食うのは初めてのようだ。柑橘の皮を少量散らした出汁の匂いを、興味津々とばかりにすんすんと嗅いでいる。


 その横では、エルゥが「おぉ、おおお……!?」と呻きながら、漆塗りの椀から餅をフォークに刺して引っ張り上げている。まぁ、ここでは珍しいよな、雑煮も餅も。


 ゴルディにせがまれたクルミアは、せっかく餅抜きにしたゴルディ用薄味雑煮にこっそりと小さくした餅を入れ、一緒に頬張っていた。


 それへの天罰というわけではないが、どちらのわんこも上顎に餅を張り付かせてしまい、必死になってちゃっちゃっちゃっちゃっと舐めて剥がそうとしていた。……いや、クルミアは手ぇ使えよ。


 そのような、食欲よりも興味が勝る場で、唯一神妙な顔をしている者がいた。そう、「モチ」は力なき者を淘汰する、と考えているお嬢様だ。


 口は横一文字にギュッと結ばれ、心なしか顔は青ざめているようだ。そんな彼女を見て、笑いながら餅を頬張るのは、やっぱりと言うか何というか、上流階級に対抗心を持つアルティだった。


「ふぉは、だらしねえの。もぐ、こんな歯ごたえもねえもんに、んぐ、ビビっちゃってさ」


「何ですって!?」


「ぷは、ほら、オレなんか、こんなもん一飲みだぜ。お嬢様は、お上品にちびちび齧ってな」


「私がいつ臆したと!? いいでしょう、このようなもの……!!」


 止める間もなく、結構な大きさの丸餅を口に入れるフランソワ。白いレースのハンカチで口を押さえながら、「いかがですか?」と挑発的な顔で咀嚼を始める。それを見て、負けず嫌いな心に火をつけたのか、アルティまでもがニつ目の餅にかぶりついた。


「お、おい、お前ら……」


 ちっちゃい子も見てるのに、そんな行儀悪くて危険な真似……そう窘めようとしたところで、ニ人同時に餅を喉に詰まらせた。


「「んんんんん~~~~!?!?」」


 喉を押さえて体を折り曲げるニ人。そして始まる混乱と喧騒。カオルがニ人の背中を叩き、エルゥが咽から餅を取り出そうと指を突っ込む。クルミアとゴルディはパニックになり居間をグルグルと走り回り、ユミエルは何故か「竜皮扇」を持ってくる始末。


 掃除機が欲しい……俺は、本来なら密室の空気を吸い出して敵を倒す用途のスキル【バキューム】を絶妙に弱めながら発動し、白目をむいて倒れるニ人の口から餅を吸い出しながらそう思った……。






「さ、腹も膨れたし初詣に行くぞ~」


 来年こそは、と、「モチ」へのリベンジを誓うフランソワやアルティ、すっかり炬燵の引力に引き込まれてしまった面々へとそう伝える。


「ハツモウデ? 何だい、それは」


 聞き慣れない響きに真っ先に反応したのは、好奇心旺盛なエルゥだ。厳密に言えば初詣に当たる言葉はないんだが、まぁ、そこはこちらの世界に来てもう三年半な俺だ。適切な言葉は見つけてある。


「あぁ、新年のミサのことだよ。ジパングでは初詣っていうんだ」


「ああ、ミサのことだったか。君は見かけによらず敬虔なんだね」


 見かけによらず、は余計だ。まぁ、俺には信心なんてもんはないけど、これは習慣ってやつだ。正月は賽銭箱(こっちでは手渡しのお布施だけど)に小銭を放り込んで、正月価格の屋台の食いもんを買わなきゃ、どうにも落ち着かないんだ。


「感心なことですわ。安全を祈願し、一年の抱負を主神に報告するのは、教養ある民として当然のことです」


「あ?なんでこっち見ながら言うんだよ。オレら冒険者だって、正月ぐらいはお参りすらぁ」


 どうにも犬猿の仲のようだ。年が近い実力者として、お互いに意識しているのか?


「わうわう!」


「きゃっ、ひっぱっちゃダメよ、クルちゃん! すぐ用意するから!」


 お出かけできることが嬉しいのか、早くもわんこたちは興奮してカオルに飛びかかっている。それを横目に、ユミエルは戸締りの確認だ。


「私はいいよ。ここで「@wiki」を読んでるから。タカヒロ君もここにいたまえ……うわっ、何をする止めろー!」


「わんわん!」


 すっかりハイテンションなクルミアが、今度は炬燵にうつ伏せで寝転がるエルフに標的を定めたようで、持ち前の腕力に物を言わせて引っ張り出す。「@wiki」を抱えて寒さに震えるエルゥは、観念したのか居間の隅のハンガーラックにかけてある白衣を着こみ始めた。


 どうやら、準備はできたようだな。じゃあ、出発するか!






 いつの間に復帰したのか、フェルディナン家護衛の方々(見た目は執事&侍女)に笑顔で見送られ、中級区の教会を目指す俺たち。


 まだ昼にもなっていないのに気が早い者たちが出店を開いているのか、どこからともなく肉の焼ける匂いが漂ってきて、わんこたちはそわそわしっぱなしだ。あとで羊肉串ぐらいは買ってやろう。


 フランソワとアルティがジャブのような軽い口喧嘩をしながら先頭をずんずんと進んでゆき、それに続いてわんこに袖を引かれるカオルが早足に歩を進める。「@wiki」を読みながら器用に歩くエルゥは、あっちにふらふら、こっちにふらふらと覚束ないが、なんとか逸れずにはいるようだ。


(まったく、今年の正月はよくもこんなに人が集まったもんだ。去年はこいつとニ人だけだったのにな)


 そう思って、もこもこの毛糸でできたポンチョ風上着に身を包んだユミエルの頭を、ラクーン帽ごとぐしぐしと撫でてやる。すると、ずれた帽子を両手で直しながら、上目遣いに俺を見やるちびっ子。


「……今年も良い年になりそうですね、ご主人さま」


 相も変わらず、ユミエルはニコリともせずに淡々と口にする。それに、俺はこう答えた。


「まぁ、そうかもな」


 昼に差し掛かろうというのに積もった雪はまだ溶けず、更に街を雪化粧で彩ろうというのか、ちらほらと雪が舞い始める。そこに海風も吹き始め、思わず身を竦めてしまう寒さが体を芯から凍えさせる。


 それでも、俺の心は不思議と温かかった。






こうして、年も越したフリーライフを待っていたのは、休み明けの仕事群だった……。


貴大「働きたくないでござる!働きたくないでござる!」


ユミエル「……働きなさい」(ピシッ、ピシッ!)


次章は、ヒロインたちと関わらないところで、貴大がどのような仕事をしているのかを書いていきます!お楽しみに!

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