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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

学園迷宮中層部編

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ぶっ壊れ

 「ぶっ壊れ」という言葉がある。

 「BUKKOWARE」とも言うんだが……まぁ、意味は同じだ。これはネットゲームで使われているスラングで、「ゲームバランスがぶっ壊れるほどの性能」や、「まるでバグって(ぶっ壊れて)いるかのような性能」のチートアイテムやスキルを指す言葉だ。

 キザったらしい王子が見せつけるかのように取り出したのも、それに該当する。

「神剣ウェルゼス」……代表的な「ぶっ壊れ」武器だ。

 ≪Another World Online≫において猛威を振るった「神剣ウェルゼス」は、剣士系のジョブならレベルに関係なく装備できることと、高い攻撃力に加え、

【必中】(必ず直接攻撃が当たる)
【貫通】(防御力、防御スキル無効化)
【光刃波】(消費無しで射程距離500mもの衝撃波(神属性攻撃)を任意で放てる)
【オートヒーリング5】(一分間で最大値の50%のHPを回復)
【神属性付与】(装備した者の攻撃・防御属性を神属性に固定する)

 の各種スキルを備えた、まさにゲームバランスをぶっ壊してしまう代物だ。

 特に、この剣特有の「神属性」ってのが一番ヤバい。弱点もなく、軽減もできない……どの属性も弱点を持つ≪Another World Online≫を全否定するようなチートっぷりだ。これじゃあ、【○○属性無効化】や、弱点を突く属性の装備で身を固めて挑むこともできやしない。

 しかも、金さえ出せば誰でもすぐに手に入る。≪Another World Online≫に限らず、ネットゲームの多くには「ガチャポン」や「ガラガラ」、「ガラポン」と呼ばれる搾取……いや、ランダム制の課金システムがある。「神剣ウェルゼス」は、その一景品なんだ。

 当時、誰もがこれを求めてリアルマネーを注ぎ込んだ。超高難易度のダンジョンでのボスドロップ品や、目眩がするような数のレア素材を用いて作り、鍛え上げた装備には敵わないが、お手軽に申し分ない性能の武器が手に入る可能性があるのなら、誰だって「ガチャ」を回す。当時高校生だった俺だって、なけなしの小遣いを全て叩いてチャレンジしたぐらいだ。

 だが、結果は惨憺たるものだった。他の景品に比べて、どうにも当たらない。当たった者もいるにはいるが、ごく僅かだ。「物欲センサー乙w」と引き当てた者は笑うが、どう考えても確率が絞られていることは、誰にでも分かることだった。それでも、猛者は五万、十万と課金を重ね、物量作戦で「神剣ウェルゼス」をゲットした。

 そして起こったのが、「神々の黄昏」と呼ばれる終末戦争だ。

 ≪Another World Online≫における陣営争いの戦場で、「神剣ウェルゼス」の【光刃波】が無数に飛び交い、人も、オブジェクトも破壊していく……それは、世界の終わりを見るものに想起させた。

 俺も興味半分で参加してみたものの、開始五分で【光刃波】の集中砲火を浴びて弾き出された。好奇心が赴くままに最前線までノコノコ出かけたところ、斥候系の俺でも回避しきれない土砂降りのような光刃が降り注いで俺は果てたんだ。

 そして、陣地後方にリスポン(復活)した俺を待っていたのは、陣地争いに情熱を燃やす超上級プレイヤーの方々のキツイお言葉だった。

「ガラ回して、ウェルゼス持ってこい!!」

「的になりたいだけなら余所でやれ」

 などなど、仮想現実でもはっきりと伝わる嫌悪の感情に追い立てられるかのように、俺は戦場を去ったんだ。

 けれど、盛者必衰とはよく言ったもので、予定されていたことなのか、はたまた利用者の大ブーイングを受けたためか、わずか一週間で神属性には対となる「魔神属性」が用意されることとなった。

 すると、「魔神の○○」だの、「堕ちた神の××」だのと御大層な名前が付いている割には、鍛冶屋ですぐにでも付与できる闇属性しか備えていなかった多くの装備が、あらかた魔神属性に切り替えられた。

 対抗策がある属性攻撃ならば、どうとでもなるのがRPGというものだ。物理攻撃が100%属性攻撃となる武器など、軽減・無効化してしまえばひのきの棒にすら劣る。

 こうして、「神剣ウェルゼス」は、ぶっ壊れ武器から、ありふれた上位武器へと堕することとなった。

 しかし、一週間もの間、たった一つのランダム課金武器が≪Another World Online≫を支配していたという事実は消えない。

 その期間を、無課金者や神剣を入手できなかった者、神剣による被害者たちは皮肉を込めて「神々の黄昏」と呼んだ。





(まさか、異世界に来てまであのぶっ壊れ武器を見る羽目になるとはな……)

 苦い思い出に、ついしかめっ面をしてしまう。それをどう解釈したのか知らないが、フォルカとかいう王子様が、得意げな顔をして、見せびらかすように「神剣ウェルゼス」を振った。

「ふん、低級な君でも、元とはいえ冒険者であることに違いはないようだね。この音に聞こえし神の剣、ウェルゼスを知っているようだ。だが、そんなに羨ましそうな顔をしても無駄だよ? この想像を絶する威力の神剣は、選ばれし者しか振るうことを許されないのだ。それは、まかり間違っても君のような薄汚い平民ではない。高貴で、神々に愛され、そして、それに見合う力量の持ち主……そう! この僕だ!」

 ふふん! と、偉そうに鼻で息を吐くフォルカ。

(あ~……そういやあ、課金アイテムは譲渡不可、ってのはこの世界でも変わらんのだったな……)

 ≪Another World Online≫では、トラブルを防ぐために、どのような手段を持ってしても課金アイテムを他プレイヤーに渡すことはできないようになっていた。この異世界でもその法則は同じようであり、俺の手持ちの課金アイテムを売ったり渡したりすることはできなかったんだ。

 それをまさか、「選ばれた者しか装備できない」と解釈しているとは……流石、王族。

 しかし、気になる。俺がこの世界に来て課金アイテムを見たのは初めてだ。いったい、どうやって手に入れたのか。あのウザい王子に聞くのは癪なので、その辺りの事情に明るそうな大公爵令嬢さんに聞いてみた。

「なぁ、フランソワ……あの剣、どうやって手に入れたんだ? ありゃあ、神の武器だぞ……?」

「ああ、先生はこの国の出身ではないので知らないのも無理はないかと。我が国の王室には、アイテム神「ガ・チャーポ」様所縁の聖杯がありまして、そこに莫大な金品を納めると、代わりにガ・チャーポ様の祝福を受けたアイテムが授けられますの」

「そうか……」

 やっぱり「ガチャポン」だったか……。

「何が授けられるかは人の身には分からず、強力な武器や防具、スキル習得書が下賜されることもあれば、珍しい金属や魔物のドロップ素材の山が溢れだすこともあります。まさに、神のみぞ知る、ですわ」

 まぁ、そりゃあランダムだからなぁ……あんな王子にぶっ壊れ武器を授けているようでは、ガ・チャーポ様とやらが何も考えていないことなど丸分かりだ。

「そして、聖杯は王族にしか扱えないのです。また、それも、求められる金品の量が私から見ても多いため、王族に新たに子が産まれた祝いや、非常時のみ使われます。そうして得たものを使って、王族の方々は代々この国を護ってきたのですわ」

「そうか…………………そうか……」

 王族にしか使えないというのは、多分嘘だな。≪Another World Online≫でも「ガチャ」は聖杯の形をとっていたが、当然、誰にでも使えた。

 おそらく、この国の王族の奴らが「これは神が授けたもうた聖なる杯……故に、神に選ばれし王の血を引く者でなければ扱うこと能わず」とか何とかだまくらかして、独占しているのだろう。

 望んでもいないのにイースィンド王国の暗黒面を垣間見てしまい、何だか嫌な気分になった……人間って汚いね!

 そんなアンニュイな気持ちを更に加速させるかのように、問題の王族であるフォルカ君はますます鼻を高くして言い放った。

「説明ご苦労! やはり、フェルディナン家は我が王国の一の家臣だよ……面倒事は全て片付けてくれる。親切な僕が自ら説明してあげても良かったのだが、如何せん、平民との意思疎通は難しくてね……ほら、発音一つとっても平民って訛りがあるじゃないか。どう話せば言いたいことが伝わるのか、悩みの種でね。ああ! 誤解しないでくれたまえよ? フランソワ嬢が下品、というわけではないんだ! ただ、短いながらもこの平民と接している君なら、多少なりとも話が通じると思ったのさ。決して、君を馬鹿にしているんじゃないんだよ?」

「はい、分かっておりますわ」

 うわぁ、フランソワ超笑顔! これが処世術というやつか……見習わんとな……。

「さて、僕の「力」についてはこれで理解したろう? この「神剣ウェルゼス」は、僕の誕生をガ・チャーポ様が祝福し、与えてくださった僕だけの神剣だ。兄上たちの「水晶剣リア=プリズム」や、「破砕槌ゼノン」とは、こう言っては何だがね、「格」が違う。それを君に、今から見せつけてあげよう。さぁ、遅れず着いてきたまえ!」

 そう言って、純白の胸鎧の肩に留めた真紅のマントを演技っぽくバッサと翻し、ずんずんと学園迷宮中層部を進んでいく王子様。始まってすらいないけどもう帰りたい。

「さ、先生? 行きますわよ……(フォルカ様は、誰かに神剣の力を誇示したくてしょうがない方なのです。一度見て、称讃すれば何事もなく帰ってくださいますわ。ご立腹でしょうが、どうか我慢してくださいませ)」

「あ、あぁ……」

 フランソワが俺の手を引っ張り、耳元で囁いてくれる。まぁ、一度きりなら我慢も……できる……かなぁ? すっごい自信がないが、何とか頑張ってみよう。

 こうして、俺と1・Sの生徒たちはやたらハイテンションな王子の後を着いて、とぼとぼと学園迷宮中層部攻略に乗り出した。





 結論から言うと、中層部最下層(地下20階)BOSSの間まで、すげえ楽に来れた。

 神剣を振りまわした王子が、【光刃波】をばんばん飛ばし、敵をばっさばっさと切り倒し、ご丁寧に仕掛けられた罠まで全部発動させたからすることが無かったのだ。

 学生たちを見まわしてみると、どこか虚ろな目をしている。そりゃあそうだ。彼らのレベルでは、知恵と経験則とスキルを駆使しなければここまでは来られないのだ。それを、ああもゴリ押しで突破されれば、誰だって虚無感を覚えてこんな目をする。

「は~、は~、ど、どうだったかね、僕の華麗な戦いは!?」

 罠とモンスターの遠距離攻撃でボロボロになったフォルカが、息を切らしながらもどや顔でこちらを見てくる。

「あ、ああ、スゴイですネ?」

 いや、何て言うか、そこまで武器だよりなのは本当にスゴイ。攻撃も、防御(攻撃は最大の防御だ! って叫んでた)も、回復すら神剣頼みだ。状態異常を治す時だけだ、スキルを使ったのは。学園で何を学んでんだ、こいつ?

「ふふん、そうだろう。いつもはそれほどではないのだが、やはり僕を警戒しているのか罠の数が尋常ではなかったな。しかし、そんな小細工では僕を止められないのは、諸君も見ての通りだ」

 あぁ、きっと、いつもは中等部の学友が、せっせと先回りして罠を解除して回っているんだろう。それでも罠の存在を知っているということは、先回りが追いつかないような速度で突き進んだせいか。王子の学友の焦り顔が目に浮かぶようだ……かわいそうに。

「さて、いよいよ中層部BOSSの間だ。諸君らには少しばかり早いかも知れないが、なに、これも勉強だ。じっくりと僕の戦いを見ていきたまえ」

 そう言って、目の前の大きな扉を開いていく王子。少しばかり早い? いやいや、本当なら今日、俺の前で攻略してくれる予定だったって聞いたぞ? そんな講師冥利に尽きるサプライズを潰されて、何だか申し訳なくなってくる。

(すまんな、みんな……)

 目で謝罪をすると、学生たちは一様に、「しょうがないことですから」と薄く微笑んだ。うう……こいつらもええ子や!

 そんな心の交流を図っている内に、扉は完全に開け放たれたようだ。ガコン、と鈍い音が辺りに響く。



 そして聞こえてくる軽快な音楽……うん?



 開いた扉の先に広がっているのは、コロシアムのように丸い舞台を囲む客席……しかし、闘技場ではない。舞台の上には、両手を回しても抱えきれない大きさのボールが転がり、火の点いた輪が設置されている。天井は見上げるほどに高く、そこからブランコが垂れ下がり、両脇の支柱には綱渡りのロープがピンと張られていた。

 まるで、サーカスリングだ。

 王子や学生たちもここへ来るのは初めてなのか、戸惑いを隠せずにいる。フランソワですら警戒を忘れ、他の者と共にふらふらとリングの中央へと歩いていった。俺も、この時ばかりは完全に気を抜いていた。



 ここは「BOSSの間」だというのに。



「ぐあああああ~~~~!!!?」

「「「アベルっ!!!?」」」

 一番後ろをおっかなびっくり歩いていたアベルが、血飛沫を上げながら倒れていく。

 そして、その先に立っていたのは……

(あれは、「スマイル・ピエロ」……!?)

 道化師系モンスターである、「スマイル・ピエロ」だった。

 また、嫌な奴が来たもんだ。道化師系モンスターは数あるけれど、あれほど胸糞悪い奴は他にいない。

 「スマイル・ピエロ」は、その名の通り満面の笑みと、それを際立てる化粧を施した細身のピエロだ。高い回避能力と、各種状態異常を与える投げナイフでプレイヤーを苦しめる。

 だが、そんなのは問題じゃない。こいつの最もイヤらしいところは、その「笑い声」にあった。

 こちらの攻撃を回避しては、馬鹿にしたように笑う。

 逆に、こちらに攻撃を当てた時は、聞いてて腹が立つような歓喜の笑い声を上げる。

 回復をすれば慎重さを嘲け笑い、状態異常にかかれば用意の無さに笑い転げる。

 その笑い声が、どうにも対峙する者の心をささくれ立たせるんだ……。ああも笑われては、平静さを保てない。おかげで、「スマイル・ピエロ」自体はレベル130程度なのだが、慣れるまでは苦戦を強いられることが多い。

 現に、アベルを切り殺した(まぁ、迷宮入口に戻されただけなんだが……)「スマイル・ピエロ」は、俺たちの油断を声高々に笑い飛ばし、それに怖れをなした学生たちはパニックに陥りかけている。まずい。典型的な全滅パターンだ。

 何とか落ち着かせよう……そう思った矢先に、フランソワの指示が飛んだ。

「ガードは前へ! 後衛職は後方へ退避! アタッカーは敵の動向に注視し、柔軟な対応を!」

 そこからは、流石エリートクラスというべきか、気を持ち直して素早く陣形を組んでいく。なるほど、未知の敵に対する基本的な対応だ。まずは防御を固め、【スキャン】などの解析スキルで「スマイル・ピエロ」の弱点を探ろうという腹積もりだろう。

 だが、敵もそれを黙って見ているなんて甘っちょろい真似はしない。にやにやと人の動きを眺めていたかと思うと、突然支柱をするすると登っていき、空中ブランコを使って一気にリングの反対側への跳躍を行う。

 そして、最も勢いがついたところでブランコから手を離し、後衛職の集団へと躍りかかる。

「ひゃはっ! うひっひひひ♪」

 両手に毒々しい色のナイフを構え、一直線に飛んでくる「スマイル・ピエロ」。だが、既に学生たちは平静さを取り戻しつつある。その証拠が、今、発動しようとしているスキルだ。

「【エア・ボム】!!」

「ひゅおお!? ひゃ、ははは!」

 圧縮された空気の塊をぶつけられ、巻き戻されるかのように元いた位置に吹き飛ばされていく道化師。おそらく、外見から敵が身軽そうだと判断した誰かが、予めこのような事態を想定していたのだろう。いい判断だ。

「紳士淑女の頭上を跨ぐなど、そのような無礼は許しません。さあ、仕切り直しですわ」

 フランソワ、何故か偉そう。【エア・ボム】使ったのはお前じゃなかろうに。リーダー特権というやつか。まあいいや。

 再び対峙する学生たちとにやけ顔のピエロ。だが、今度は準備万端だ。これなら、遅れをとることなどまずないだろう。

 心を乱す笑い声も、大公爵家のご令嬢様の威厳ある声には敵いそうにない。フランソワの指揮下なら、他の学生たちも安心して戦えるというものだ。さて、じゃあ俺は見学と洒落込むかな……。

 しかし、すっかり忘れていたのだが、あいつもいたんだった……そう、王子様だ。

「待ちたまえ、諸君! ここは僕に任せてもらおう!」

 さっきまで尻もちついてたのに、いつの間にか偉そうにふんぞり返っている。あ~、そういやあ、こいつが一人で倒すとかいう話だったな……。

「全く、諸君は道化師風情にうろたえ過ぎだ! このように仰々しく構えずとも、僕の後ろへ隠れればそれだけで安全は保障されるというのに。まぁ、気持ちは分からないでもない。僕にとっては取るに足らない魔物だが、諸君らにとっては脅威だ。身構えることは、恥ではないよ」

「ひゃはははは! ひゃひひひ!」

 「スマイル・ピエロ」が笑い転げている。いいなあ、お前は。感情が素直に出せて。俺もこいつを冷笑してやりたいよ。まぁ、兎にも角にも、王子様はああ言っているんだ。ここは任せよう。パンパンと手を叩いて学生たちに呼びかける。

「じゃあ、お前ら~。客席に行け~。道化師系のモンスターは、客席の人間には手を出さんから」

「先生?」

 フランソワが怪訝そうな目でこちらを見る。その視線に、「本当だ」と頷いてやると、納得したのか率先して客席へと移動していく。他の学生もそれにつられるようにぞろぞろと移動を開始した。「スマイル・ピエロ」がまだ笑い転げてて助かったな。

 やがて、王子以外の面々は、サーカスリングを沿う形で設置された客席に腰を下ろし終わった。

「あ~、注意事項を一つ。くれぐれも、客席からあのピエロに攻撃はするなよ? そんなことしたら、あいつ【凶暴化】して手がつけられなくなるんだわ」

 念のために注意しておいた。道化師系の中でも、サーカスリングにしか現れないピエロは、決して客席にいる者に攻撃を加えることはない。

 だが、一度客席にいる者が攻撃をしてしまえば、怒り狂って見境なく暴れ出す。【凶暴化】の効果により、防御力は下がるが、攻撃力と素早さは30%もの上昇を見せる。そうなってしまえば、こいつらでは対処不可能だろう。

 そうならないための警告だ。事実、「ここから攻撃すりゃ楽勝じゃね?」なんて考えていそうな奴らが、ビクッとしていた。やっぱりやるつもりだったか……。





「観戦する準備はいいかな? その目をしかと開けて、僕の雄姿を焼きつけておくのだよ。これから始まる戦いは、子々孫々まで語り継ぐべきものなのだから!」

 「神剣ウェルゼス」をすらりと抜き放つ王子。その輝きを見て、「スマイル・ピエロ」も臨戦態勢に入ったようだ。先ほどまで、笑いに笑ってリングの上の大道具に寄り掛かって呼吸を整えていた道化師は、三日月状の目を更に細めて、「ほほ、ほほほ」と笑いながらステップを踏み出す。

 あれは、「スマイル・ピエロ」が本気を出す兆候だ。投げナイフに、ロープアクション、ボールに乗っての高速移動に、トランポリンを使っての大ジャンプ。変幻自在なその動きを、初見で見切れるものは少ない。

 さてさて、言われた通り、しっかりと見せてもらおうじゃないか。この自意識過剰な王子様が、どうやって「スマイル・ピエロ」を攻略するのかを……!





 それから三十分。泥沼のような戦闘は、終わりを告げようとしていた。

「こいつめっ! こいつめっ!」

「ひゃひー!?」

 やたら飛ばしまくった【光刃波】が一つも当たらず、逆にピエロの投げナイフは全弾命中。様々な状態異常にかかった王子様は、顔をどどめ色に染めて【必中】を備えた直接攻撃に打って出たが、これもなかなか有効距離まで近づけない。

 必殺の一撃を備えた王子様と、【オートヒーリング5】のせいで決定打に欠けるピエロ。そのまま、一時間でもニ時間でもずるずると長引きそうな泥仕合に、転機が訪れる。

 「スマイル・ピエロ」が舞台の小道具に足を滑らせて転んだのだ。

 道化師系のモンスターは、戦いの最中であっても滑稽な仕草を要所要所に織り交ぜてくる。時にはそれが対峙する者の予測を裏切る形となり、それを契機に主導権を握られてしまうのだが、今回はそれが良い方向に働いたようだ。

 転んだ道化師にすかさず【光刃波】を叩きこむフォルカ。そして、神剣が生み出す強大なダメージを受けて動きが鈍ったピエロに向かって、王子様は何度も剣を振り下ろす。型も何もあったものじゃない。

「うぇ、わはは、は……」

 やがて、何度目かの斬撃をその身に受けた「スマイル・ピエロ」は、最期に力なく一声笑い、魔素の煙となって消えていった。流石神剣。当たればBOSSすら耐えられはしない。その分、持ち主が使いこなせていないのが余計に惜しまれる。

「ど、どうだ! 見たか!!」

 自慢げにこちらを見やる王子様。まだ顔がどどめ色だ。誰か【リカバリー】かけたげてー。しかし、まぁ、レベルが上のBOSSモンスターを単独で倒したことには変わりない。拍手の一つでも送ってやるか。

「え、ああ、スゴイっすね」

「(先生っ!?)」

 隣に座るフランソワが小声で注意してくる。ん? 何をそんなに焦って……おや? 王子の顔が不満げだ……王子? やっべ、そういやあアイツ王族だったわ!!

「何だい、その気の抜けた称賛の言葉は。まるで、自分ならもっとうまくやれるとでも言いたげだね?」

 はい、いちゃもん来ましたー! なんだ? 「驚愕に目を見開き、感涙に咽び泣きながら拍手を送る」ぐらいはやっておくべきだったか? いや、やり過ぎか。

 でも、あの戦いぶりをどう評価しろってんだ。「素敵などどめ色ですね」とでも言えばいいのか? やべえ、マイナス面の感想しか浮かんでこねえ……!

「なら、実際にやってもらおうじゃないか。ただし、君のレベルは150はあるそうだね? それなら、BOSSとはいえレベル130ごときの魔物相手に武器はいらないだろう。徒手空拳で挑みたまえ」

 そう言って、俺の腰に下げられた大ぶりのナイフ(カモフラージュ用。本来の装備はアイテム欄に収納している)を外すように強制する。いや、こんなのなくったって余裕だけどさ。レベル150らしく戦うのって、めんどくさいじゃないか。

 ここは、同じく権力者に止めてもらおう。そう思って、大公爵家の娘さんに視線を送るも……。

 おい、なんだその目は。

 なんで、フランソワだけじゃなく、1・Sの奴ら全員が目を輝かせている?

「先生? 王子の言うことですから……」

 と、自ら俺のナイフを鞘ごと外しにかかるフランソワ。

「やっと先生の本格的な戦いぶりが見られるのですね……」

 今度はベルベットか。内ポケットに忍ばせた予備のナイフまで外された。こらッ! 淑女が男性の懐に手を突っ込むな!?

「まぁまぁ、先生。いい機会ですから」

「勉強させていただきます」

 男子学生どもが俺の背中を押す。いい機会なのも、勉強になるのも、お前らだけだ! 俺には何の得もない!!

 そうこうしている内に流されてしまい、リングの中央へと立ってしまった。そんな俺こそが道化師だとばかりに、王子があざ笑ってくる。

「ははは……その情けない立ち姿はなんだい? それでも栄えある王立学園の講師かい? 全く、素質を疑うね」

「王子、あまり責めないでくださいませ。隙だらけに見えるようですが、先生は、戦場においても自然体なだけなのです。過度の緊張は体の動きを鈍らせますわ」

 フランソワが王子を窘める……お~い、余計なことを言うな~……俺はただ脱力しているだけだ~……。

「くっ、そ、そんなことは分かっていたさ! だがね、僕から見ればまだまだ隙だらけだ! 力を抜けば良いというものではないよ!」

 ほ~ら、王子がむきになってる。止めろ~、フラストレーションのはけ口として無茶難題を突き付けてくるフラグを立てるな~……もう、ほんとにお願いします。

「いひっ、いひひひひ……」

 そんなやり取りをしている間に、いつリポップ(消滅した迷宮内のモンスターの再出現)したのか、「スマイル・ピエロ」がジャグリングをしながら笑い声を上げていた。あ~、イラついている時の笑い声って、ホント腹立つな……。

「さぁ、戦いたまえ! くれぐれも無様な姿は見せるんじゃないよ?」

 ぐっ……我慢だ……我慢しろ……俺は「フリーライフ」の為にも、この国を離れるわけにはいかないんだ……王族相手のいざこざはまずい……!

「ひょう! ひゃああ!」

 「スマイル・ピエロ」が奇声を上げながらナイフを投げてくる。こんなもの、【緊急回避5】に頼らずとも避けられる。スッ、と半身になって三本のナイフを躱す。

「チッ……逃げの動きだけは素早いようだね」

 え、これもダメ!? 躱したらご機嫌損ねちゃうの? えええ、めんどくせえ……!

「ふほっ、ふふふひぃ!」

 ナイフを投げると同時にピエロが突っ込んできていた。これは有りかな? 仮にも実技担当の講師だし……と、直蹴りでピエロを蹴り飛ばして(もちろん、手加減した)距離をとる。

「「「おお……!」」」

 感嘆の声を漏らす学生たち。それを聞いた王子は、歯軋りをして言い放つ。

「グッ……な、なんだい、あんな柔な蹴りを当てて得意げな顔をして! あの程度の芸当、僕にもできるね! ……まぁ、そんな野蛮なことはしないがね!」

 攻撃を当てても馬鹿にされた。



 ………………あぁ、なるほど……王子は俺が無様に負けるのを御所望か……そんな気はしていましたぁー!!!!

 …………はぁ。

 …………もういいや。負けよう。

 攻撃をまともに受けた後にわざと吹き飛んで、惨めったらしく逃げまどうんだ。そうすりゃあ、王子も満足だろうさ。もしかすると、フランソワたちも俺に愛想を尽かせて学園から放り出すかもしれない。うん、それはいい。

 最近は、熱心な学生たちの指導も面白く思えていたのだが、こんな思いをするぐらいならその方がいいや。



 そう決めた俺は、目の前に高速で迫りくる玉乗り用の巨大ボールを、避けもせずにまともに受け止めた。



(【ハイ・ジャンプ】……)

 小声でスキルを発動し、真後ろに自ら吹き飛ぶ。やがて、頭からサーカスリングの塀に激突し、ぐったりと崩れ落ちるふりをした。



「先生っ!?」

「先生ー!! 起きて、起きてください!!」

「魔物が迫っています!! 立って!」



 教え子たちの悲鳴や、励ましの声が聞こえてくる。

 ごめんな、悪い先生で……お前らのことは嫌いじゃなかったよ。でも、あの王子にはちょっと耐えられそうにない。これからも講師を続けるとなると、度々ちょっかいをかけてくるだろう。それが、今日のいざこざでよく分かった。

 こんなことも耐えられないのかと、自分のメンタル面の弱さに軽い自己嫌悪に陥る。やっぱり、俺は「先生」って柄じゃねえんだよ……。

「ひゃひ! ひっひいひひひひひいっひひひっ♪」

「は、ははは!! やはり! やはりな!」

 後ろから、ピエロの笑い声が迫ってくるのが聞こえる。ついでに、馬鹿王子の嘲笑も混ざっているようだ。混じり合った笑い声は、人の神経を逆撫でするノイズと同じだ。イライラする。

「ひひっ、ひひっひひひひひ!」

「なんて情けない姿だ! ははっ、ははははは!!」

 教え子たちの声をかき消し、どこまでも続くかのような笑い声。

 そして、止めとばかりに、こんなことまで聞こえてきた。

「ほら、諸君もこれで分かったろう! 「先生」と持ちあげられている男も、所詮は中層部の魔物相手にこの有様だ! 化けの皮が剥がれたというものだな!」

 合いの手のように、爆笑する道化師。

「うぇはっ♪ ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」



 なんか、そこで俺はキレてしまった。



「あ~も~、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるっせええええ~~~!!!!」



 起き上りざまに、思いっきり「スマイル・ピエロ」を殴りつけてやった。「ひいぅっ!?」と短い引き攣りのような断末魔を上げ、サーカスを模したBOSSの間を横断するように吹き飛んでいく道化師。

 やがて、中央リングの仕切りすら越えて客席に激突し、バラバラに砕けて消えてしまった。なかなかに爽快だ。



「あ~、すっきりした…………ん?」



 静まり返る中層部BOSSの間。誰も、言葉を発さない。あれだけ喧しかった「スマイル・ピエロ」も、俺が本気で殴り飛ばしたせいで魔素となって消えた。口を開けば嫌味しか言わない王子様も、今はぽかんとした顔で俺を見ている。他の奴らもそうだ。



 そこに至って、ようやく自分が何をしたのかに気付く。



(あ……やっちゃった……)

 レベル130のボスモンスターを、ほぼ一撃で粉砕。レベル150の者でも、素手でできるようなことではない。

 冷たい汗が一滴、俺の背筋を指先が撫で下ろすかのように流れていった。





貴大「(本気出してもうた……あわわ……!)」

まさか、こんなところで主人公の本気が見られるとは……はてさて、一体どうやって誤魔化すのやら。

次回もお楽しみに!
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