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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

学園迷宮中層部編

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イケメン金髪男子が あらわれた。

「今日~はた~のし~い学園講師の日~、っとな……はぁ」

 朝靄漂う街中を、どうにもパッとしない外見の男が眠そうにふらふらと歩いていた。

 彼の名は、佐山貴大。「何でも屋・フリーライフ」の店主であり、王立グランフェリア学園の臨時講師でもあった。

 その臨時講師の仕事へ向かうべく彼は歩を進めているのだが、見るからに歩みが遅い。更によくよく見てみれば、目の下に濃い隈ができている。どうやら、安眠を約束するはずの家庭の環境に、何か問題を抱えているようだ。

「結局、あんまり眠れんかった……くそっ……サボって寝てえ……」

 昨夜、フリーライフの住み込み従業員・ユミエルが、謎の衣装の数々で貴大に迫ったのだ。豹柄のぴっちりとした服や、園児服を着て「……いかがでしょうか?」と表情も変えずに評価を待つメイド。その奇妙奇天烈な時間は、前触れも無く唐突に始まり、一時間ほどでいつの間にか終わっていた。

 後に残ったのは、困惑と焦燥感だけだ。

 なぜあんなことをするのか。何か悪い病気にでもかかったんじゃないか。相方の豹変に思いつめた貴大は、夢でまで彼女に囲まれていた。無表情なまま、自身を取り囲む多種多様な衣装のユミエル……まさに悪夢である。

 眠るたびに似たような光景が展開され、どうにも浅い睡眠ばかりで朝を迎えてしまった。これでは、眠たそうに足を引きずっているのにも頷ける。

「あ~、やっと着いた……だりい……いっそ楽になりたい……」

 それでも、歩き続ければいつかは目的地につくものだ。とうとう王立グランフェリア学園の門前に辿り着き、息も絶え絶えに門柱へと寄り掛かる。

「くそっ……通勤が歩いて一時間とかマジありえねえ……」

 上級区でも奥まったところに立てられている学園だ。中級区の貴大の家から歩くとなると、それだけの時間はかかってしまう。

 それなら送迎の馬車でも使えば良いのだが、何故かフランソワや貴族や豪商の使いが先に乗り込んでいて、「是非とも当家で個人的指導を」と頼み込んでくるので、就任から三日も経たずに徒歩通勤に切り替えたのだ。

「せんせ~、おはよ~ございます」

「おはようございます、サヤマ先生」

「うあ~……おはよーさん……」

 初等部や中等部の学生たちが挨拶をしてくる。貴大のだらしがない姿にも慣れたようで、特に何かを批難することもせず通り過ぎていく。初めの頃は純粋な初等部の子どもたちに、

「朝からだらしがないかっこうをしていてはいけません、って母うえが言っていました!」

 と、やいのやいのと言われたものだが、

「ふふふ……先生はね? こうやって力を溜めて、午後からの実習の時にそれを解き放つのだよ。人、それを【チャージ】のスキルと呼ぶ……!」

 と、口先三寸で丸めこんだのも、今ではいい思い出となっている。

「先生、今日も眠たそうですのね? ふふ」

「お久しぶりです、先生!」

「お~、久しぶり~……」

 今度は担当クラスの学生たちだ。「お久しぶりです」や「おはようございます」と口にしては、会釈をして玄関へと去っていく。

 何度かそのようなやり取りがあり、始業時間も迫ってきたので、そろそろシャンとするかと重い腰を上げた。

 その時、貴大はふと何者かの視線を感じた。

「………………」

 見れば、学園の正門から中央の時計塔へと繋がる道に規則正しく植えられた街路樹の脇から、おそらく中等部の学生と思われる男子生徒がじっと貴大を見つめている。

 その顔に嘲りを浮かべた金髪の美男子は、しばらく門柱に寄り掛かる貴大を見ていたかと思うと、「ふっ」と短く笑って去っていった。

「……うん? なんだあいつ」

 見覚えがあるようなないような……どうにも人の顔と名前を覚えるのが苦手な貴大は、いまいち確証が持てずにいた。

 しかし、すぐに「覚えてないならそう大事な奴でもないか」と気持ちを切り替え、遅刻しないようにと小走りに職員用玄関へと向かった。





「あら先生。今日はいつもよりも遅いお着きでしたのね?」

「フランソワか……」

 高等部一学年Sクラスの教室になんとか遅れずに辿り着いた貴大を出迎えたのは、一年生ながらに高等部学生ギルド長を務める才女、フランソワ・ド・フェルディナンだった。

 この少女は、いち早く貴大のスキルに目をつけ、公私に渡って何かと接触を持とうとしてくる。教室に入ってからの朝の挨拶も、フランソワと交わすことが多い貴大だった。

「いや、なかなか疲れが取れんでな……」

 悪夢を見ちゃってさ……そう続けようとした貴大の言葉を、フランソワが何やら納得した顔で遮る。

「ええ、そうでしょうとも。「クライング・ゴースト」を単独で討伐したのなら、それも致し方ないことですわ」

「いや、それは、そのだな……」

「ふふ、相変わらず謙遜ばかり。ジパングの方って、噂通り奥ゆかしいのですわね」

 そう言って、口元に手を当てて笑うフランソワ。

(もう、説明する気力もねえわ……そういうことにしとこ)

 貴大はそう思い、はははと力無く笑って肩から下げた鞄を教卓に下ろした。





 フランソワが、なぜ貴大が「クライング・ゴースト」なる魔物を倒したと思い込んでいるのか。それは、貴大が家出をした日の出来事を発端とする……。





「ええ、聞こえはすれども目に見えず……「オレバジユウダァァァァ」という叫び声と共に、何者かが街道を走りぬけて行きました。私の目の前もです……」

 そう顔を青くして語るのは、まだ若い行商人のエリオット。彼は、明け方近くに街道を走りぬける謎の叫び声を聞いたという。

「ふむ……それで?」

 王都の正門を守護する衛兵が、続きを促す。

「それでですね……奴は……いえ、姿は見えないのですが、その、声の出所から察するに……街道を逸れて森の中へと消えていったのですよ……!」

「なるほど……それは間違いなく「クライング・ゴースト」だな。よく知らせてくれた。君や奥方に【呪い2】がかかっていないのは、その献身へ旅人の神「トラーブ」様が祝福を与えてくれたためだろう」

 【呪い2】はかかっていない。その言葉を聞き、安堵の余りその場に膝を落とすエリオット。涙すら流し、両手を組んで神に感謝を捧げる。

「あぁ……! 「トラーブ」様……ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「馬車に乗られていた奥方の腹には、赤ん坊がいるそうだな……喜びも一入だろう」

「はい……! はいぃ……! アニーのお腹には、旅先でできた子どもが……! ドラーブざま、ありがどうございますぅ……!!」

 おんおんと泣き崩れる行商人。それも当然だ。心身を衰弱させる【呪い】、それも第2段階のものにかかってしまえば、王都に着き、解呪を待つまでに母体が弱って赤ん坊が流れてしまう危険すらあったのだ。

 商売がようやく軌道に乗り始め、幼い頃からの付き合いがある妻に「赤ちゃんができたの……」とはにかみながら告げられた矢先だ。「クライング・ゴースト」との遭遇は、肝が冷えるどころの話ではなかったろう。

 その背中を、一人の衛兵がさすってやる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を拭うために、お湯で温めた手ぬぐいを用意してやる者もいた。

 突発的な魔物の襲撃で、あわや家族との永遠の別れか、と覚悟した者も一人や二人ではきかない衛兵たちだ。彼の気持ちは、痛いほどに分かった。

「よし……そうと分かれば、討伐隊を組むぞ! 担当となる者は、対霊体用の装備を整えろ!」

 衛兵の隊長が、素早く指示を飛ばす。「クライング・ゴースト」はユニーク・モンスターにしてはレベルが低い(80~100)が、【物理無効】に【高速移動】を備え、【呪い2】を無差別に撒き散らす害悪の塊だ。

 太陽がある内は深い森の中に潜むとされるが、日が沈むと無差別に叫び声を上げながら走り回る。それでも、人気がない場所なら何ら問題はない。

 が、何を血迷ったのか、今回の個体はよりにもよって街道の傍に現れた。エリオットたちは運よく助かったものの、いつ何時被害者が出るとも知れない。一刻も早い討伐が求められていた。

 霊体モンスターの一部が身につけている【透明化】を見破るための「霊石の単眼鏡」をバンドで右目に固定し、教会で聖別された「光のロングソード」を腰のベルトに吊り下げる。魔法職の隊員は、「聖水」や「破邪の護符」のチェックを余念なく執り行っている。

 そして、いよいよ出発の時が迫った。

「これより我々は、「クライング・ゴースト」の討伐に向かう。隊の中にはあの忌々しいゴーストと対峙したことのない者もいるが、心配はしなくていい。奴は攻撃力自体はさほどでもないため、死傷者が出ることはないだろう。だが、油断はするな。犠牲者が出ない内に、早急にかたをつけるのだ!」

「「「おお!!」」」

「では、出撃する!」

 前衛三人、後衛三人で構成された、対「クライング・ゴースト」部隊は勇ましく出撃しようとした。

 しかし、その出鼻を挫くように、バンッと音を立てて衛兵控室の扉が開かれる。

 そこから姿を現したのは、大公爵が一人娘、フランソワ・ド・フェルディナンだ。

 これには衛兵たちはたじろいでしまう。「知らぬ者なし」と謳われる大貴族の紋章が縫い込まれた服を身に纏った少女が、今、目の前に現れた。彼らにとっては「クライング・ゴースト」以上に非日常的な存在だ。

 そのような者が、供も連れずに衛兵控室に現れる……理由すら想像できない状況を目の当たりにして、うろたえない方がおかしい。

 あまりの事態に、これは夢か現実かと、一歩も身動きができなくなってしまった衛兵たち。フランソワは、そんな彼らに向けてこう言い放った。

「話は聞かせてもらいましたわ!」

「「「ハ、ハハー!!」」」

 訳もわからぬまま、条件反射で平伏する衛兵たち。天上人のような存在の突発的な登場には、それ以外の対応はできないのが兵隊というものだ。

 そんな衛兵たちを見つめ、フランソワは口を開く。

「何でも、「クライング・ゴースト」が出たそうですわね? 執事から聞きましたわ」

「……っ!?」

 その言葉に、ぞっとする討伐隊の隊長。彼自身、「クライング・ゴースト」出現の報は、先ほど行商人の口から聞いたばかりだ。

 これが噂に聞く大公爵家の諜報能力か……と、まるで自身が丸裸にされたかのような薄ら寒い感覚に陥る。そして、返答すらできないままに大公爵家令嬢の話の続きを聞く。

「ご安心なさい。既に討伐の手は向かっておりますわ。もしかすると、既に滅せられているかもしれません」

「「「っ!!!?」」」

 今度は、隊員全体に衝撃が走る。自分たちが今から倒しに向かおうとする相手が、もういないかもしれない、とフランソワは言っているのだ。いったい、どのようなからくりがあるというのか。

「そう、私たちの先生、タカヒロ・サヤマさんが、すでに現場へと駆けつけていますの」

 「タカヒロ・サヤマ」。この名前が出た時、衛兵たちの間に落胆とも侮蔑ともとれるような空気が漂い始める。噂では有能な教師とは聞くが、城壁修復などで顔を合わせる彼の男は、どうにも印象がよろしくない。

 覇気が感じられない言動は、誠実さ、勇敢さを良しとする兵隊たちには到底受け付けられないものだったからだ。

 その男が、「クライング・ゴースト」の討伐に向かった。まるで何かの悪い冗談のようだと隊長は思う。貴族特有の戯れか何かかと、呆れすらする。

 こうしている間にも、あのユニークモンスターが人に害を為しているかも知れない。焦りに駆られた討伐隊隊長は、無礼を承知で抗議の声を上げた。

「失礼ですが、あの男にそのようなことができるとは思えません。優秀な教師だとは聞いておりますが、霊体討伐の実戦経験豊富な我が隊の隊員には劣るかと思われます」

 そんな、口応えともとれる恩師への侮辱も、フランソワは軽く笑って受け流す。そして、ものを知らない子どもに言い聞かせるかのように、衛兵たちに説明を始めた。

「ふふ、何を言うかと思えば……よろしくて? 先生は悪鬼悪霊蔓延るジパング出身の方ですのよ? ゴーストの処理の仕方など、熟知なさっておいでです。以前の授業でも、「厄介なゴーストが出たなら自分が倒しに行く」と宣言されていましたの」

 確かに、貴大はそう言った。

 だが、それは生徒の「先生がいくら強くても、物理攻撃が効かないゴーストには太刀打ちできないでしょう?」という売り言葉にむっとして、「ああ? んなもん、楽勝に決まってるじゃねえか。「ホロウ・ビューティー」だろうが、「クライング・ゴースト」だろうが、出てきたら血祭りにあげてやるね」と買い言葉で返しただけのこと。

 決して、「ユニーク級のゴーストが出たら自分が倒す」と約束したわけではない。

 それをどう解釈したのか、フランソワは貴大が人々に害を為すゴーストの処理を一手に引き受けると誤解してしまい、この度、討伐隊をわざわざ訪ねて「討伐者はすでにいる」と教えにきたのだった。

「実際に、学園迷宮中層部で霊体モンスターを、それは鮮やかな手並みで倒しておいででした。さぁ、これで分かりました?」

「はい……」

 貴族に、「分かりましたか」とまで言われて「いいえ」と答えられる者などいない。本心では承服してなどいないが、平民である討伐隊隊長はそう答えるしかなかった。しかし、そこに援護の声が上がる。

「失礼ながら申し上げたいことがございます!」

 新人隊員のニコルだ。勢いよく飛び出て、フランソワの前で平伏する。

「ええ、よろしくてよ?」

 隊長が止める間もなく、フランソワの許可が下りた。それに勢いづいて、自らの主張を述べるニコル。

「サヤマ殿は、おっしゃる通り優秀な方なのでしょう! しかし、たった一人では万一にも敵を逃してしまう恐れもあります! そこで、我らを派遣していただき、サヤマ殿の援護に当たらせていただきたく!」

 その言に一理あると考えたのか、思案するフランソワ。そう時を置かずに、答えを出す。

「ふむ……まぁ、無駄足とは思いますが、いいでしょう。許可します」

「ありがとうございます!」

 去っていくフランソワの背中に、衛兵全員が頭を下げる。しかし、心の中で感謝を捧げているのはニコルに対してだ。貴族さまが完全にいなくなった後に、衛兵たちがわっ、とニコルに駆け寄った。

「この野郎! よくやったぞ!」

「その手があったか!」

 賞賛の言葉と共に、ニコルの頭や肩をこずいて回る先輩たち。

「いたた、や、止めてくださいよ~」

 当の本人は、口ではそう言いながらも満更ではない様子だ。

 そうやってしばらくの間、ニコルを褒め回していた衛兵たちだが、隊長の言葉に気持ちを切り替える。

「よし、ニコルのおかげでなに憚ることなく「クライング・ゴースト」を倒しに行ける。では、早速だが出撃だ!」

「「「おお!!!!」」」

 意気揚々と王都の正門から出撃していく討伐隊の面々。彼らの目には、「サヤマなどに任せておけるか」と、決意の炎が燃え盛っていた。



 しかし、結局、「クライング・ゴースト」は見つけることが出来なかった。そして、何度目かの出撃の後、フランソワから「タカヒロ先生が倒しましたわ」と連絡が来て、何を為すことなく「クライング・ゴースト」討伐隊は解散となった。





 実を言うと、「クライング・ゴースト」など現れていない。当然、貴大も討伐などしてはいなかった。

 家出した貴大は追手を撒くために、城門を出たところで【インビジブル】を使い、【隠蔽5】をオンにした。そして、「俺は自由だぁぁぁぁぁ~~~!!」と歓喜の声を上げながら【ブースト】を用いて駆け抜ける。

 これが今回の「クライング・ゴースト」の正体だ。

 声は聞こえども姿は見えない。そのような状況から、エリオットは「クライング・ゴースト」が出た! と誤解してしまったのだ。

 また、勘違いしてしまった者は他にもいる。衛兵の詰め所にわざわざ赴いたフランソワだ。

 明け方近く、貴大を監視していた諜報員から「貴大の王都脱出」の報を聞かされた彼女は、状況の理解をしようと努めていた。

 臨時講師としての待遇が悪かった? いいや、週に一日の仕事としては破格の報酬を与えていた。それは考えにくい。

 他国の引き抜きにあった? それも無い。貴大と接触する人物は、その裏まで洗われている。黒どころかグレーの者すらいなかったし、寄せ付けなかった。

 そもそも、相方とも言えるユミエルを置いていったのが解せない。報告では、元奴隷ながらもそれなりに信頼関係を結んでいた、とあった。たびたび仕置きをされていたようだが、仕返しも放り出しもしない辺り、メイドの行為を承認しているのだろう。

 では、なぜ夜逃げ同然に王都を飛び出したのか? 隠蔽系スキルと移動系スキルを駆使して、諜報員すら煙に巻いて……突然の行動に、彼らも対応が遅れた。一瞬の隙をつき、貴大は夜の闇へと消えていったのだ。

 明け方近くとなり、捜索隊を組織しようという結論に至った時、ある報告が上げられる。それは、貴大の進行方向にて、「クライング・ゴースト」出現というものだ。

 聡明なフランソワは、その報告で全てを悟った。脳裏には、「ゴーストは俺に任せろ!」と授業中に言い放った貴大の凛々しい姿(※イメージです)が思い浮かぶ。

 きっと、先生は何らかのスキルで「クライング・ゴースト」の出現をいち早く察知し、誰よりも早く討伐に向かったのだ。そうに違いない。

 東方諸国の「ミコ」や「オンミョージ」というジョブは、遠方の怪異すら察知することができると聞く。ジパング出身の貴大は、それに類するスキルを持っているのだとフランソワは考えたのだ。

 そうと分かれば、邪魔はすべきではないだろう。今まで、貴大が「できる」と言って出来なかったことを彼女は知らない。その彼が「「クライング・ゴースト」でも倒せる」と言ったのならば、本当に倒すこともできるのだ。

 そして、勘違いしたままの彼女は、討伐隊を組もうとしている衛兵の詰所へと向かう。貴大の邪魔をさせないために……。





 こうした経緯で起こった「クライング・ゴースト」事件だが、貴大本人は家出してからの一週間を覚えていない。

 そのため、「もしかするとそんなこともあったのかもしれない」と、倒したのかと尋ねるフランソワについつい「あ、ううん…」と曖昧に頷いてしまった。すると、「一週間もお疲れ様でした」と、妙に感謝された。

 「他の方に被害を出さぬため、街道からゴーストを遠ざけながら戦っていたために帰還が遅れたのですね……」と、目を輝かせるフランソワ。それなら授業に来れなくて当然だと、謝りに行ったのにあっさり許され、ここでも困惑しきりの貴大だった。

 余談だが、この一件で「貴大はゴースト系に強い」とする噂が広がり、騎士や衛兵からの霊体討伐依頼が度々来るようになったとか。更に安寧は無くなってしまったが、自業自得である。





 「クライング・ゴースト」討伐のために授業が流れてしまったため、教壇に立つのはニ週間ぶりだ。しかし、元より気負いなどとは無縁の貴大だ。いつも通り出席を確認し始める。

 その姿を見た学生たちは、「あぁ、ユニークモンスター討伐を誇ることもしない先生は、まさに聖職者に相応しい人物だ」と秘かに尊敬の念を高めていた。

「よし、じゃあ、授業始めるぞ~」

 出欠確認も終わり、いよいよ午前の座学が始まろうとしていた。貴大がいない間も、迷宮攻略に熱心なエルゥと共に実戦で己を磨いたのだ。その分、貴大の講義から得られるものも多くなっただろうと、学生たち(+教室の後ろの見学者)の意気は高い。

 しかし、その流れを破るかのように、突然の闖入者が現れる。

「邪魔をする!」

 教室前方の扉を勢いよく開き現れたのは、今朝がた貴大を見つめ、嘲笑していた金髪の男子学生だ。

「フォルカ様……!?」

「なぜフォルカ様がここに……?」

 どうやら、学生たちは皆、その素性を知っているようだ。口々に「フォルカ様」と呟いては、隣の学生などとひそひそと意見を交わし合っている。貴大だけがついていけていない。だから、

「え、どちらさま……?」

 と聞いた。聞いてしまった。

 その瞬間、教室を走り抜ける緊張感。貴大以外の誰もがピン、と硬直し、驚きに目を見開いている。

「え? なに? みんなどしたの……?」

 貴大一人が、凍りついた空間でおろおろとしている。自分は何か、聞いてはいけないことを聞いたのかという疑問が顔に張り付いていた。

 いち早く硬直から復帰し、それに答えたのは流石のフランソワだ。

「せ、先生……! こちらの方は……」

 そう説明しようとするも、遅れて動き出した金髪男子がそれを手で制す。そして、教室をゆっくりと見まわして、こう言った。

「まぁ、いいだろう。下賤な平民に顔を覚えられていては、むしろ名誉に傷がつくというものだ。今回姿を見せたのも、何やら小器用な平民が「得難い人材」と煽てられて調子に乗っていると聞いたものでね」

 調子に乗っている小器用な平民……それは俺のことか? と、自分を指差し周囲を見渡す貴大。学生たちは何やら言い辛そうに顔を背けている。

 「そうだ」と言っても「違う」と言っても、誰かの怒りに触れてしまう……その状況で選べる唯一の選択肢が、「沈黙」だったのだ。

 しんと静まりかえる1・Sの教室。

 その居たたまれない空気を作ったのが件の金髪男子なら、それを破ったのもまた彼だった。カッカッと音を立てて教壇に上がり、貴大をしかと見据えて言葉を発す。

「では、名乗ってやろう! 僕はフォルカ・ラセルナ・ボルトロス・ド・イースィンド……栄えあるイースィンド王国国王ラセルナの第六子であるぞ!!」

 途端、学生や後ろの見学者たちがみな席を離れ、ザッ、と音を立てて片膝をつき、右手を握って胸に当て、臣下の礼をとる。空気を読むのが大好きな日本で生まれ育った貴大も、周りに合わせて慌てて膝をついてはみた。

 そして、下げた頭の下で、

(何だか面倒なことになりそうだ……)

 と、とても嫌そうな顔をしていたのだった。




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