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あま~い生活

「あたしね、思うの~。おいしいものがいちばん大事なんじゃないか、って」


「……その心は」


 「妖精の指輪」を通してフェアリーズ・ガーデンへと心を飛ばしたユミエルを待ち受けていたのは、妖精三姉妹の末っ子、ニースだ。今回は彼女が教師役なのだろう。開口一番、「おいしいもの」の重要性について語り始めた。


「お母さんに聞いたことがあるの。「オトコのイブクロをガッチリ掴めば、離れることなんてない」って。ニンゲンさんも、そうじゃないのかな~?」


「……確かに」


 貴大はおいしいものが大好きだ。特に、「まんぷく亭」のジパング料理には目が無く、毎日のように足繁く通っている。昨日も、帰ってきた翌日だというのに「米が食いたい」といって出かけていったほどだ。


「……では、家でもジパング料理を作れば良いのですか」


「う~ん、それはちょっと違うかな~?」


 顎に人差指を当て、首を傾げる妖精。


「あのね、ジパング料理はお店に行けば食べられるわけでしょ?それじゃあ、ニンゲンさんがユミィちゃんにだけイブクロを掴まれるってことには、ならないんじゃないかな~」


「……!」


 確かにその通りだ。同等のものが二カ所で味わえるのならば、一つの場所に固執する理由はない。


 ならば、自分の手料理を……そう考えるも、ユミエルが作るものは何の変哲もない家庭料理だ。それだけでは決め手にならない。彼女はそう考えた。


 反論もできずに固まるユミエル。そんな彼女に、ニースはニコリと微笑む。


「心配しないで~。イイモノあげるから~」


「……イイモノ、とは?」


 返事の代わりに、懐から小さなガラス瓶を取り出すニース。その中には、煌めく燐粉が詰められていた。


「……これは?」


「これはね~、「妖精の粉」だよ~」


「……「妖精の粉」?」


 聞き慣れない言葉に、訝しげなユミエル。その視線を受け、ニースの説明は続く。


「そう、「妖精の粉」~。これを使ってね、お菓子を作ると、ニンゲンさんは幸せな気分になっちゃうんだ~」


「……ほほう、そんなものが」


 主の幸福を願うユミエルは、「幸せ」という下りに興味を引き寄せられてしまう。そんなユミエルの掌に「妖精の粉」で満たされた小瓶を載せる小さな妖精。


「こんなに集めるのは、ちょっとだけタイヘンなんだよ~? でも、ユミィちゃんにはガンバってほしいから、全部あげるね~」


「……ありがとうございます、先生。私、やり遂げてみせます」


「えへへ、センセイって、なんか照れちゃうね」


 決意を込めて拳を胸の前で握るユミエル。そんな彼女の周りを、照れたニースがふわふわパタパタと舞っていた。






 翌日、「何でも屋・フリーライフ」の居住区の台所にて、エプロンに三角巾姿のユミエルがちょこまかと忙しなく動き回っていた。


(ご主人さまが帰ってくるのは17:00……それまでに、仕込みを済ませなければ……)


 フリーライフの主人である貴大は、本日から仕事に復帰し、朝から出かけている。ユミエルも中級区の雑貨を扱う大店から年末の書類整理を任されていたのだが、「妖精の粉」を用いた菓子を作るために大急ぎで(かつ丁寧に)仕上げたのだ。


 そして、空いた時間を使って市場へと走り、夕食と菓子の材料を買い集め、今に至る。いつもはさほど時間はかからないのだが、今日は材料に吟味を重ねたために、すでに15:00を回っている。


 主の帰宅に、間に合うかどうかの際どい時間だ。日頃、主人に「時間に余裕をもって行動しなさい」と言い聞かせているユミエルの理想としては、料理も菓子も出来上がった状態で、何食わぬ顔をして貴大を出迎える、というシュチュエーションが理想なのだが、果たして達成できるのか。


 それでも、彼女は焦らない。


 せっかく、ニースに貴重な「妖精の粉」まで用意してもらったのだ。急ぎ過ぎて仕上がりが台無しになっては元も子もない。細心の注意を払い、かつ、可及的速やかに全てを用意する。


 十四歳というまだまだ未熟な歳ながら、それができるのがユミエルという少女だった。




(よし……タルト生地ももうすぐ焼き上がる……)


 時刻は16:30辺り。メインの料理もできあがり、ユミエルは貴大に食べさせる菓子……旬の果物、林檎を使ったタルトにかかりきりだった。


 すでにタルトに入れるであろうカスタードクリームも用意され、その上に乗せる林檎の砂糖煮もできあがりつつある。そこで、いよいよ例の小瓶を取り出すユミエル。


「……これを、林檎の隠し味に」


 ニースは、「ちょっとだけ入れたら、ニンゲンさんは幸せな気分になれるよ」と言っていた。


 「ちょっと」……やや杓子定規なユミエルには、その辺りの加減がいまいち分からない。


 だが、ちょっとというからにはほんの少量なのだろう。そう考え、一つまみだけ加えようとする。


 そこで、ユミエルに閃くものがあった。


(ちょっとだけでも幸せになれるのなら、たくさん入れればもっと幸せになれるのではないだろうか……?)


 そう思い、「妖精の粉」を大さじ山盛りに掬い取り、鍋にいれようとして……やはり、信頼できる者からの品とは言え、得体の知れないものをいきなり加えるのは気がひけたのか、一度掌に少し取って舐めてみる。


「……おお、これは」


 すーっ、と鼻に抜ける、何とも言えない良い香りと共に、口内を滑っていくさらりとした甘さ。以前、仕事先でもらった精製を重ねた砂糖よりも、更に上品な甘味だ。


 そして、味の余韻に相まって、体を満たす幸せな気持ち。まるで、温泉にゆったりと浸かっているような気持ちにさせてくれる。それも、確かな満足感を残してゆるゆると消えていく。


「……これは良い」


 これならタルトを食べた主人も満ち足りた思いになることだろう。ユミエルはそう確信し、今度こそ大さじ山盛りの「妖精の粉」を林檎を煮る鍋に加えた。




 だが、彼女は大事な……とても大事なことを知らない。


 人体に振りかければ、本能を露わにする「妖精の粉」だが、経口摂取すれば害はさほどない。むしろ、ストレスの解消という効果に目をつけた国では、薬として用いられているほどだ。


 だが、薬も過ぎれば毒となる。本来の用量は、ニースが言った通り「ちょっとだけ」だ。一定量を超えてしまえば、人は瞬時に気絶してしまう。脳が、あまりの快楽にショートしてしまうのだ。


 「妖精の粉」を生み出す妖精と、その血が流れる妖精種はそうではない。いくら摂取しようが、程よくいい気持ちになれる程度で、特に害はない。


 問題は、「妖精の粉」に対する手段を持たない人間なのだ。いくら【妖精種の加護】を持つ貴大と言えど、限界は存在する。大さじまでなら耐えられたかもしれないが、山盛りは耐えきれない。口にしてしまえば、正気は保てないだろう。


 本当は、そのこともニースは伝えようと思っていたのだが、「先生」と呼ばれて浮かれてしまい、すっかり伝え忘れてしまったのだ。


 そうとも知らず、出来上がった林檎のシロップ煮を味見するユミエル。その表情は変わらないが、うんうんと頷いて満足そうに見える。味と効果に納得がいったのか、いよいよ焼き上がったタルト生地の底にカスタードを塗り、林檎を重ねていく。


 そして、「妖精の粉」をふんだんに使った林檎のタルトは完成した。


 完成してしまった。




………………

…………

……




「おお、これは豪勢だな……」


 軽い仕事を終えて帰ってきた俺を迎えたのは、ユミエルお手製の料理の数々だ。鶏のもも肉(いつもは胸肉なのに……)のローストに、天然酵母の丸パン。新鮮な野菜を塩とビネガー、少量のレモン汁と胡椒で和えたサラダ。そして、一際目を引くのが、季節もの特有の熟れた匂いが漂う林檎のタルトだ。


「……ご主人さまの、仕事復帰祝いです」


「お、おお、そうか。すまんな」


 帰ってきてからのユミエルは、何だか妙に優しい。前も、仕事上がりや休日は優しかったのだが、昨日今日は特に俺の世話をしたがる。それほどまでに寂しかったのだろうか……罪悪感が中々消えないな。


「じゃあ、いただくかな」


「……どうぞ」


 今日は席を共にするようだ。昨日やいつぞやのように、脇に立たれて給仕を受けるのはどうにも落ち着かない。やっぱり、飯は一緒に食わないとな。


 いつもより気持ち豪華な料理に舌鼓を打ちつつ、時に今日の出来事についての会話を交えながら、我が家の夕食の時間は過ぎていった。




 料理をあらかた片づけた後に俺を待っていたのは、先ほどから気になっていた林檎のタルトだ。


 ありふれたものではあるが、学園の昼休みにフランソワに差し入れされた豪華なケーキよりも、下手をするとおいしそうに思える。飯を済ませた後だというのに、腹がタルトを求めてやまない。


「……さ、ご主人さま、どうぞ。デザートです」


「おお! うまっそうだよな! それじゃあ早速、いただきま~す!」


 手に持ち、口先に近づけると、香りは一層強くなる。もう、これだけでおいしいと確信できてしまうような匂いだ。行儀とか気にしていられない。俺は、大きく口を開いて、掌ほどもあるタルトにかぶりついた。


「こ、この味は…………!?」


 林檎のタルトを口に含み、咀嚼して飲みこんだ瞬間、俺の視界がキラキラとしたモノで埋め尽くされる。


 味わったことのない味だ。


 林檎の酸味と、タルト生地に敷かれたカスタードの甘みがお互いを引き立て合い、更なる味の階段を駆け上がっている。


 しかも、その奥に潜むエッセンスは何だろうか。これが、林檎のタルトという何の変哲もないものを、奇跡の一品へと昇華させている。何を加えたというのか……分からない……分からないが……ただただ、うまい。


 未だかつてない味体験に、酒に酔ったかのように陶然となる俺。




 あ~、幸せだなぁ……。




 世界がキレイだぁ……。




 タルトもうまいいいいいいいい。




 そして俺は意識を失った。






 家に帰った前後の事を、よく覚えていない。何があったのだろう。翌朝に目を覚ましたのだが、寝る前に何をしていたのかすら思い出せない。最近こんなことばかりだ。若年性健忘症だろうか。【リカバリー】で治るかな……。


 対照的に、ユミエルはどこか上機嫌だ(相変わらず無表情だけど、よく見れば足取りが軽やかだ)。昨日のことについて聞いたら、「……余りの衝撃に意識を失うほど美味しかったのですね」と言われた。何のこっちゃ。




………………

…………

……




(良かった……ご主人さまはお気に召したようだ)


 「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛」と夢中になってタルトを平らげたご主人さまは、久々の仕事の疲れが出てしまったのか、そのまま眠ってしまわれた。突然の豹変には驚いてしまったが、すやすやと安らかに寝入るご主人さまの顔を見ていると、これで良かったのだと実感できた。


(これが、ご主人さまの胃袋を掴む「私の味」)


 「妖精の粉」を使ったお菓子など、この世に無二のものだろう。これで、ご主人さまは私を置いて遠くには行ってしまわないはず。ニース先生にも感謝の念に堪えない。


(今夜はどんなことを教えてもらえるのだろうか……)


 いよいよ、長女であるフェアさんの教授だ。きっと、これまで以上に素晴らしいことを教えてもらえるに違いない。


 期待と、ご主人さまの喜ぶ顔を胸に、私は今日もまた「妖精の指輪」を抱いて眠りについた……。






「あ~、やっぱり「妖精の粉」を使った桃のコンポートはおいしいなぁ~♪ ニンゲンさんも喜んでいたみたいだし、よかったよかった」


「あっあっ、いけません、ニース! 貴女、それでもう三切れ目でしょう! 一人ニ切れまでです!」


「まぁ、細かいことはいいじゃないの。……さて、と、いよいよ明日はわたしの番ね! 見てなさいよ、タカヒロ! わたしのシゲキテキなテクニックをユミエルに伝授して、ローラクしてやるんだから!!」






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