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入れ知恵



 貴大が帰還した次の日、「何でも屋・フリーライフ」は臨時休業となっていた。


 これは、「また仕事を与えて置いていかれたらどうしよう」と心配したユミエルの取り計らいなのだが、そうとも知らない貴大は呑気にお茶を啜っていた。


「……お茶のおかわりはいかがでしょうか、ご主人さま」


「お、おお……じゃあ、もらおうかな」


「……では、次はリョクチャです」


「また変えるのかぁ? まぁ、いいけどさ……」


 空になったマグカップに、ジパングで好んで飲まれるという「リョクチャ」を注ぐユミエル。紅茶、乳茶、花茶、柑橘茶、ジャム茶と続いて、もう六杯目だ。ユミエルの常とは異なる様子に押されてつい頷いてしまった貴大も、これには顔をしかめてしまう。


 それを目敏く見つけ、声をかけるメイド。


「……どうされました? もしや、リョクチャはお好きでない、とでも……?」


 じっと目を合わせ、坦々と問いかける。その瞳はまるで、「私のお茶が飲めない? そんな奴には口はいらんなぁ……縫いつけてやろう。それとも引き裂こうか? え?」と語りかけてくるかのようだ。(注:イメージです)


 そんな自身の被害妄想に怯え、慌てて首を横に振る貴大。


「い、いやいや! 俺、緑茶大好きだよ! カオルがくれた貴重なもんだし、ユミエルが淹れてくれたしな、うん! あ~、うめえ! 一滴も残せねえわ!」


 妙な重圧に、味など分かるはずもない。それでも、「うまい、うまい」と繰り返し、緑茶の淹れ方を知らないのか、グラグラに沸いた湯で抽出された茶を飲みほしていく。残そうものなら、何が起こるか分からない。


 そもそも、一週間も家出したという負い目と、初めて泣かせてしまった罪悪感とで強い態度を取りづらい貴大だ。断るという選択など、できるはずもなかった。


「……喜んでいただけたようで何よりです。ふむ、リョクチャも好き、と……」


 そして、前かけのポケットから手帳を取り出し、さらさらと何かを書きとめるユミエル。この行いも、同じく六度目だ。


(だから何だ、あれは……? 閻魔帳? それとも、このお茶に何か混ぜてて、それの効果の現れを記録している、とかか……!?)


 思わず、体に異変はないか確認してしまう。だが、おかしな点は見つけられず、それがますます彼の思考に混迷をもたらす。


 そんな、そわそわと落ち着かない主人を横目に、メイドはこれまで書き留めた内容を確認し始めた。


(……ご主人さまは、そのままの紅茶よりは味や香りがついたものを好まれる。リョクチャは何を加えずとも、一気に飲み干すほど嗜好に合っているようだ。やはり、ジパングの方にはジパングの品ということか……)


 うんうんと、何やら腑に落ちたというようにしきりに頷くユミエル。何を納得したのか知る由も無い貴大は、彼女の常ならぬその姿に、チワワのようにプルプルと震えている。


 一体、彼女はどうしてしまったのか。


 きっかけは、昨夜の夢の中での「第25回妖精会議」に遡る……。











「まずは、観察。これは、基本中の基本です」


「……ほう」


 第一回目のアドバイザーに収まったのは、妖精三姉妹の次女であり、妖精界きっての頭脳の持ち主(自称)のピークである。


 彼女は今、ユミエルに観察の重要性を説いていた。


「ユミエルさん、貴女は今まで、タカヒロさんのことをどれだけ観察してきましたか?」


「……観察、ですか? 一年近くは一つ屋根の下にいたわけですから、充分過ぎるほどには」


 観察など、今更何になるのか。言外に、そう主張するユミエル。


 だが、ピークはその答えは予想済みだとばかりに問いを投げかける。


「ではお聞きします。タカヒロさんが「最も」好きな食べ物はなんですか?」


「……簡単なことです。私が作ったポテトサラダ。これがご主人さまの好物です」


 確かに、貴大はポテトサラダが大好きだ。自家製のウスターソースをたらし、ロックヤード一家に分けてもらった炊きたてのご飯や、近所のパン工房「クラリス」のもちもちとした食感が売りの天然酵母パンと共に口に入れると、何とも幸せな顔をする。


 しかし……。


「それは、本当なのですか? ポテトサラダ「も」好きなだけなのではないですか? タカヒロさんは、フェアリーズ・ガーデンで何でもおいしそうに食べていらっしゃいました。そこから考えるに、ただ好き嫌いがなく、何でもおいしくいただける方のようですね。違いますか?」


「……!!」


 その通りだ。ポテトサラダに限らず、貴大は何でもおいしそうに食べてしまうのだ。多少味付けに失敗したものでも、「いやあ、何もせずとも出てくる飯はうまいなぁ」と残さず平らげてしまう。


 ポテトサラダは、取り分け好評だったものの一つにすぎない。初めて自分が作ったまともな料理であり、それを貴大が喜んでくれたために、咄嗟に名前が出てしまったのだ。


「どうやら図星のようですね……私は、「最も」好きな食べ物について聞いたのですよ? 数ある好きな食べ物の中でも、これだ、というものです。さぁ、答えてください」


 答えられない。


 貴大の好きな料理はいくつも挙げられるが、「最も」となると、断言することができない。


 なぜ自分はそんなことも分からないのだ、と、自責の念に駆られながら返答する。


「………………分かりません……!」


 ギュッ、と拳を握り、眉間にしわを寄せる。いつも無表情な彼女にとっては大きな変化である。それが、ユミエルの悔しさを如実に表していた。


 そんな彼女を見て、ピークはふっ、と微笑んだ。


「そう悔むことはありません。私はただ、ヒトとはどれだけ無知であるかを知ってもらいたかったのです」


「……どういうことですか」


 失意に俯こうとしていた顔をあげ、ピークを見やるユミエル。そんな彼女を諭すかのように、ゆっくりと妖精は語りかける。


「知性ある生き物はみな、自分はものを知っていると思いがちです。だけど、先ほどのユミエルさんのように、知っているつもりになっていることの方が多いのです。知っているつもりになってしまえば、そこで探究心は閉ざされてしまいます。「これはこうだ」と決めつけてしまい、それ以上知ろうとはしなくなるのです」


「……そのとおりです」


 こくりと頷くユミエル。食べ物のことだけではない。「ご主人さまはこれが好きなんだ」と勝手に決めつけてしまったことは他にもある。思い当たることはいくらでもあった。


「その硬直を打破するのが、先ほど述べた観察です。「それは本当にそうなのか」と、常に疑問を持ち、つぶさに観察を行えば、いずれは真実に辿り着くこともできるでしょう」


「……たしかに」


 自分は、今までに疑問を持つことはしなかった。状況と表面的な言葉だけで何事も決めつけてしまい、「本当なのか?」と疑いを持つことをしてこなかった。


 それは、ある意味で楽な生き方だ。考えることを半ば放棄してしまえば、一々思い悩むことも無いだろう。「こうだ」と決めつけて過ごしたこの一年は、確かにストレスが無い生活だった。


 だが、その結果、貴大は逃げ出してしまったのだ。きっと、自分が決めつけたことと主人が求めることの食い違いが招いたのだと、ここに至ってようやく理解するユミエル。


「お分かりいただけたようですね。では、貴女がすべきことも理解できましたね?」


「……ご主人さまの、観察……!」


 共に頷き合うニ人。今まさに、ピークとユミエルの心からの師弟関係は結ばれようとしていた。


「その通りです。それが分かったのなら、さぁ、行くのです、ユミエルさん! タカヒロさんが……自らの大切な人が真に求めるものを見つけるために……!」


「……先生……!」


 ピークを見上げるユミエルの目は、人生の無明の闇を照らす光を見つけ出したとばかりに輝いていた……。






(……ご主人さまがお出かけされて一分経過。私も後を追おう)


 昼前になって、「何だか米が食べたい」と「まんぷく亭」へと出かけた主人の後を追うメイド。自分が傍にいては、主人の本当の姿は見られないかもしれない……そう思い、誘いを断って、こっそりと後をつける。


「あぁ~っ!? タ、タカヒロ!? あんた、どこ行ってたの~~~~!?」


 「まんぷく亭」は、歩いて五分のご近所だ。「フリーライフ」の玄関を出てしばらく歩いたユミエルの耳にも、カオルの怒声が聞こえる。


「タカヒロッ!! ユミィちゃんがどれだけ心配したと思ってるの!!!! ご飯もろくに食べないで、あんたが帰ってくるかもしれないからって夜も灯りをつけて待ってたのよ!!」


「うっ……そりゃあ俺だって悪いと思ってるけど……」


「けどぉ!? けど、なに!!!?」


「ゴメンナサイ」


 ユミエルはもう許しているのだが、当然、他の者は許しちゃいない。鬼のように怒り狂うカオルに、ただただ謝り倒す貴大。


「仕事をほっぽり出したせいで、ユミエルちゃん大変だったんだからね! 貴族のお偉いさんとか、危なそうなエルフの女の人とか来てたし……私も、心配したんだから……何にも言わずにいなくなっちゃうし……」


「うっ……すまん……」


 一転、怒りは鳴りを潜め、しゅんと落ち込むカオル。そんな彼女に、貴大はどうにも申し訳なく思ってしまう。


 しばらくは沈んだ空気が場を支配する……かに思われたその時!


「わんっ! わんわん! わんっ! わんっ!」


「うおおっ!?」


 クルミアとゴルディの来襲だ。体ごとぶち当てるかのように貴大に抱きついたクルミアは、ペロペロペロペロと一心不乱になって彼の顔を舐めまわす。


 普段は大人しいゴルディですらしきりにぴょんぴょんと跳び上がり、勢い余って貴大の顔に鼻先をぶつけてくる。まるで、帰省先で久しぶりに出会う愛犬のようだ。


「こ、こら! お前ら! 止せ、わぷっ」


「くぅ~んくんくん……きゅ~んきゅ~ん」


 堪らず押しのけようとするも、鼻にかかったかのような切ない鳴き声をあげる二匹のわんこの猛攻に為すすべもなくなる。


 そこに、慌てて間に入ったのはカオルだ。


「ちょっ、ダメよクルちゃん!? 女の子がそんなはしたないことしちゃ! めっ!」


「く~ん……」


 しぶしぶと離れるわんこたち。だが、よほど会えて嬉しいのか、尻尾だけはぶんぶんと振りたくられている。


「ほらね? タカヒロがいなくなって心配する人はいっぱいいるんだから」


「わんっ」


 カオルの言葉に同意の声をあげるクルミア。


「いや、ほんと、すみませんでした……」


 その後、集まってくるご近所さんたちにも貴大はひたすらに頭を下げ続けた。






「……ふぅ……中々に興味深い一日でした」


 貴大が学園や図書館に詫びを入れに上級区へと行くことにより、ユミエルの観察は終わりを告げた。


 普段は見れないような主の姿を観察できたことにより分かったことは多々ある。これをどう活かすか……それが、今後の課題と言える。


「……さて、帰りますか……ぁっ、すみません」


 踵を返したところで、誰かにぶつかった。


「おう、気をつけろよ……って、ユミエルじゃねえか」


 相手は国内最大手冒険者グループ「スカーレット」のアルティだった。定例会で何度か顔を合わせたことはあるニ人だ。一応、挨拶を交わす。


「……こんにちは、アルティさん。こんなところでどうなさいましたか?」


 ここは上級区との境目だ。上級区嫌いを公言する「スカーレット」の娘と出くわすような場所ではない。では、何のためにここにいるのか。その疑問に対し、ユミエルの思いもしない答えが返ってくる。


「ああ、こんちは。オレはな、アレだよ。ネズミを見張ってんだ。ここ一週間、アイツ、急に反応が消えたと思ったら急に現れるもんだからよ。妙なスキルかと思ってさ」


 「ネズミ」という単語にピクリと反応するユミエル。主人は何とも思っていないようだが、彼女はどうにも気に食わなかった。毎度の挨拶のように訂正を求める。


「……ご主人さまの名前はタカヒロです。ネズミではありません。もしそうなら、それをつけ回す貴女は猫畜生ですか」


 少し前からアルティが貴大をつけ回していることは知っていたし、快く思っていなかった。なので、嫌味を付け加えることも忘れない。


「あぁ?」


 ビキ、と、こめかみに青筋を立てて反応を示すアルティ。どうにも気が短いのは、スカーレットの血が為か。


「……おおかた、ご主人さまが貴族の方々にも目をかけられるほど優秀なのが耐えられないのでしょう? だから、こそこそと弱みを握ろうとしている……ただの猫ではありませんね、泥棒猫です」


 泥棒猫の下りで、アルティの目がカッと見開かれる。勇猛な冒険者であろうとする彼女の逆鱗に触れてしまったのだ。


「おいおい、黙ってきいてりゃ好き放題言いやがって……! おめえ、アレか? どうせ女子どもには手を出さねえって思ってんのか? そりゃ間違いだ。いくらオレら冒険者がオンコーだからって、誇りを傷つけられりゃあ黙っちゃいねえんだよ!」


 いきり立つアルティ。だが、ユミエルはそれを冷たく見据え、


「……その誇り高い冒険者さまが密偵のまねごとですか。ご立派ですね。でも、うっとおしいので私たちの家の周りをウロチョロするのは止めてください」


 と言った。


 瞬時に怒りで真っ赤に染まるアルティ。


「どうやら、よっぽど喧嘩を売りたいらしいな! いいぜ、オシオキだ!!」


 ザッ、ザッ、と、ステップを踏み、拳を握るアルティ。


「……いいからかかってきなさい、この泥棒猫」


 対照的に、肩幅に足を開き、どっしりと身構えるユミエル。


「上等だ、オラァァァァ~~~~~!!!!」


 こうして、メイド対ストーカーの仁義なき戦いが始まった……。


 そして、10秒KOユミエルのワンパンでアルティおねんねで幕を閉じた。


 その後、害獣退治を終えたユミエルは、今日学んだことを復習するために家に帰っていった。


 一方のアルティは、ボロ雑巾のように路地裏のゴミ箱に突っ込まれていたとか……。




………………

…………

……




 ご主人さまをつけ回す泥棒猫を追っ払った後(意識を失う直前、「メイドでこの強さ……やっぱり間違いねえ……!」と嬉しそうだった……何だか気持ち悪い)、妙に疲れた顔で帰ってきたご主人さまを、観察から得たことを活かして存分に癒してさし上げた。


 「きょ、今日は早く寝るわ!」と、そそくさと寝室へと行かれたのも、私の持て成しにリラックスして眠くなってしまったせいだろう。それを見届け、私も自室のベッドへと潜り込んだ。


 今日はたくさん、私の知らないご主人さまを知ることができた。先生の教えは間違ってはいなかった……素晴らしい。この分なら、他の妖精たちにも期待が持てる。


 明日もきっと、ご主人さまに尽くせる私に成長できるだろう。


 そんな願いを込めて、左手の人差指にはめた「妖精の指輪」をそっと右手で包み、私は眠りについた……。










「ふむ……指輪を通して見てはみましたが、ニンゲンの街の劇的な文化の成長は見受けられませんね。あの映像水晶から、少しは期待したのですが……」


「わたしは充分楽しめたわよ? タカヒロの、あのおろおろした姿……ぷぷぷ。それに、ユミエルのキャットファイトも見れたしね♪ 「この泥棒猫」wwww」


「そうだね~、面白かったね~。「まんぷく亭」ってところのご飯もおいしそうだったしね~♪ 次はあたしの番だよね? ガンバルよ~!」







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