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妖精さん、こんにちは。

「ここは……どこだ?」


 歩けども歩けども抜け出せない密林……あの後、疲れた体に鞭を打って起き上がり、歩き出した貴大は迷子となっていた。


 貴大が迷子になるということは基本的にありえない。各種探索系スキルを最大限に駆使すれば、例え「フジ」の樹海からも脱出できるだろう。


 だが、今の彼の視界に浮かびあがるMAPには、ただ「未踏破地区」とだけ表示されている。


「探索系スキルが妨害されている? いや、【サーモグラフィー】は正常だ……【ナイトビジョン】も使える。MAPだけがおかしいのか?」


 視界の切り替えは正常だ。ただ、MAPを介すると、どのようなスキルも無効化されてしまう。このような事態は、≪Another World Online≫でも、「アース」に来てからも経験しなかったことだ。未知なる体験に焦りを募らせる貴大。


「くっ! 【ハイ・ジャンプ】!」


 彼の両足が、オレンジ色の光に包まれる。【ハイ・ジャンプ】の効果エフェクトだ。常の数倍に達する高さへの跳躍が可能となるこのスキルを用いて、辺り一帯に生い茂り、視界を遮る樹木の上に飛び上がろうというのだ。


 だが、その目論見も失敗に終わる。わずかにしか光を漏らさぬほどに重なり合った枝と葉から、顔を腕で守りつつ突き抜けようとする。しかし、あと少しのところで突然視界が黒く染まり、気がつけば目前に地面があった。


「ぐおあっ!?」


 したたかに腕と顔を打ちつける貴大。上昇していたはずの彼が、上下を逆さにして地面に落ちるとは、いったいどのような力が働いたのか。


 素早く思考を巡らす……MAPの不調とは違い、これには思いつくものがあった。


「ぐっ、がはっ、ま、まさか「ワープ罠」!?」


 RPGではお馴染みの、「特定の空間を繋げてしまう」罠だ。≪Another World Online≫でも、「千本鳥居のワープ罠」(ひたすらに続く鳥居でできた通路。条件を満たしていなければ、500本目の鳥居を潜ったところで、499本目の鳥居に戻されてしまう)などが有名だ。


 今回の場合、恐らくこの空間自体がワープ罠で閉じられているのだろう。道理で、行けども行けども道が開けないはずだ。上空への脱出すら許さないとは、仕掛けた者の底意地の悪さがうかがえる。


「くそっ……なんだってんだ……」


 どうやら諦めたようで、どっかとその場に座って、アイテム欄に常備してある「干し肉」を噛みちぎる貴大。


 自由へと走り出した彼を待っていたのは、自由無き拘束空間だった。






「くそっ……やっぱり、どこにも出口がねえ……」


 あれからまた、貴大は当て所もなく閉じたワープ罠の中をさ迷っていた。これがゲームなら「ホーム」機能が使えるし、ダンジョンならば【脱出】が使えたのだが、そのどれもが当てはまらない。


 行けども行けども木々の迷路と「ワープ罠」……まるで、絶対に逃しはしないと言わんばかりに外への抜け道は悉く潰されていた。


「やべえ……このままだと死ぬぞ……」


 勢いのままに飛び出してしまったため、水も食料も準備万端というわけではない。金はほとんど「フリーライフ」の金庫の中だが、手持ちもいくらかはあるので、途中の村か街で買い込もうと思ったのだ。


 今、残っている糧食で、どれだけ持つのだろう。五日はいける。週でも大丈夫だろう。だが、十日は? 一月は? この空間の中には、動物も入ってこない。水も湧き出していない。尽きてしまえばそれまでだ。


「マジでヤバい……死んでまう……」


 望んでいたのは自由な生活だ。何も、肉体を捨てて自由になりたいわけではない。静かに押し寄せてくる死の予感に、暑くもないのにドッと汗が噴き出す。


 虫や風すら入ってこないのか、どこまでも静寂な森の中。鼓膜を打つのは、己の心臓の鼓動のみ。息すらうまく吐き出せない。これからどうすればいいのか分からず、体も動かせない。


 ここにいるのは、自分一人だけ……絶対的な孤独の中に、貴大は囚われていた。





 どれだけそうしていただろう。ふと、貴大の耳が、何らかの音を捉えた。




「…………フフフ、アハハ…………」




「っ!?」


 笑い声だろうか、鈴を転がすような声が聞こえる。しかし、このような悪質なワープ罠の中で笑い声が聞こえるとは、どういうことだろうか。



「……キャハハ、フフ……」



 先ほどよりも明確に聞こえる。間違いない、誰かの……女の子の笑い声だ。


 ……こんな得体の知れない森の中で? そのミスマッチに、ゾッと背筋を震わせる。


「………フフフフ」


 どうやら、複数いるらしい。笑い声が重なりあい、幻惑的な響きとなって貴大を包む。それも、段々と大きくなってくる。どうやら笑い声の主たちが近づいてきているようだ。


「アハハハ……」


 近い。もう、すぐそこの茂みの先から、何者かの気配すら感じ取れる。


 来る! 緊張で思うように体を動かせない貴大の前に、ついにその者らは姿を現し……。




「あれ~? こんなところでどうしたの~?」


「おや、迷子ですか、ニンゲンさん?」


「クスクス……何? その呆けた顔は?」




 妖精が、いた。




 腰を抜かした貴大の眼前で、15~25cmほどの羽を生やした小人がふわふわと浮かんでいる。ご丁寧に燐粉まで散らしているそれを、妖精以外に例えることの方が難しい。


「妖、精……?」


 知らずに口をついて出る疑問の声。それも当然だ。貴大は、異世界である「アース」でも、このような存在を見るのは初めてだからだ。


「そうよ、わたしたちはこの森に住む可愛い可愛い妖精さん。ふふ」


 一番背丈が高い妖精が、おどけて空中を一回転。見えそうで見えない。


「ダメよ、姉さん。ニンゲンさんが驚いているわ」


 中ぐらいの妖精が、空中に姿勢よくホバリングしている。もちろん見えない。


「こんにちは~、ニンゲンさん。お散歩ですか~?」


 ちみっちゃい妖精が、あっちにふらふら、こっちにふらふらと飛びながら、時にひっくり返って挨拶をしてくる。丸見えだ。逆にロマンがない。


 おそろいの薄緑のワンピースの裾の中を見せたり見せなかったりする妖精たちは、みな一様に淡い金色の髪を背中に流している。姉妹なのだろうか。


「お前らは……?」


 まだ事態をうまく飲み込めない貴大。そんな彼を取り囲むように飛び、じろじろと遠慮のない視線を投げかける妖精たち。一しきり見終わって満足したのか、また貴大の前に並び、自己紹介を始めた。


「わたし? わたしはフェア」


「私はピークです」


「あたしはニース。よろしくね」


 ニースの挨拶が終わると同時に、両脇のニ人がそそくさと距離を縮め、


「「「せーの……我ら妖精三姉妹!」」」


 ビシッ! そんな擬音が聞こえてきそうなほどに勢いよく、三人そろって戦隊物の特撮のようなポーズをとった。


「………………」


「「「………………」」」


 そして再び迷いの森に訪れる静寂。


「………………………」


「「「………………………」」」


 誰も、何も言わない。動きもしない。彫像のように固まってしまっている。


「……………………………」


「「「……………………………」」」


 やがて、その空気に耐えきれなくなったのか、長女と思われるフェアが、顔を真っ赤にしてジタバタし始めた。


「あ~! もう! 誰よ! こんな自己紹介をしようって言ったの!」


「姉さんです。この辱めは姉さんの発案によるものです」


 すかさずツッコミを入れるピーク。見れば、僅かに頬に赤みが差している。


「え~、カッコイイと思うけどな~。ビシッ!」


 ふんす! と鼻息荒く、ちっちゃな体で再度ポーズをとるニース。


 またもや、貴大は置いてけぼりだ。三姉妹でやいのやいのと辺りを飛び回っている。


 結局、三姉妹から話を聞けたのは、それからしばらくしてからだった。






「フェアリーズ・ガーデン?」


「ええ、そうです。ここは、フェアリーズ・ガーデン……ワープ・トラップによって閉じられた楽園です」


 話が通じそうなピークから、この奇妙な空間について話を聞く貴大。


「え? 俺、そんなところに来た覚えはねえぞ?」


 そもそも、閉じられた世界に、どうすれば入り込めるというのだろうか。


「それはね、時々、この世界に穴が開くんだ。そこから入ってきたんじゃないかな。そういう人、何人かいたよ」


 フェアが口を挟んでくる。


「大丈夫~。一週間に一回は穴が開くから、そこから帰れるよ~」


 ニースが肩にちょこんと腰かけ、耳元に囁いてくる。


「一週間か……」


 貴大は彼女らと出会う前の渋面に戻る。一週間。それまで、頼りになるのは保存食のみ。ここを出てからも、まずは街道に戻ることから始めなくてはならない。なにせ、無我夢中で人なき道を走り続けていたのだから。


「キツイな」


 その呟きを逃さず拾うフェア。軽い言動に似合わず、よく気がきく子なのかもしれない。


「何がキツイの?」


「ああ、食うもんがあんまり残ってないんだ。それがキツイってな……」


「「「???」」」


 不思議そうな顔をする三姉妹。もしかすると、妖精には「食事」という行為が不必要なのかもしれない。


「食いもんだよ。米とかパンとか肉とかな。人間にはそれが必要なんだ」


 「食事」とはなんなのか教えようとする貴大。もしかしたら、この妖精たちが何かを知っているかもしれないと一縷の望みをかけて。しかし、妖精たちは口を手で覆い、おかしそうに笑いだす。


「「「クスクスクス」」」


「な、なんだ? 何か変なこと言ったか、俺?」


 その問いかけに、体をくの字に折って笑いだす三姉妹。ニースなど、笑い過ぎて落ち葉の山へと落ちてしまった。


「「「ふふ、くふふふ」」」


「なんだってんだ……?」


 妖精たちの様子に困惑する貴大。ようやく笑いが収まりかけているのか、まだ噴き出しそうにしながらも、フェアが指を前方へと指し示す。


「クスクス……ふふっ、ねえ、ニンゲンさん? 目の前の茂みをかき分けて御覧なさいな?」


「???」


 どうにも言わんとすることが分からないが、素直に従ってみる貴大。ガサガサと、身の丈ほどに生い茂った植物をかき分け、その先の景色を見る。するとそこには……。




 苔生して、清水湧き出る岩壁の下に広がる、どこまでも透きとおった小さな池。


 それを囲むように咲き乱れる花々。


 舞い踊る蝶の群。


 たわわに実る果実。


 まさしく、「妖精の庭」と称するに相応しい楽園が広がっていた。




「おぉ……!」


 思いもよらない光景に、感嘆の声を漏らす貴大。


 そんな彼の前へと踊り出て、妖精三姉妹は両手を広げ、こう言った。




「「「フェアリーズ・ガーデンへようこそ!」」」




 こうして貴大の、「妖精の庭」での生活が始まった。













「あのニンゲン……久しぶりの獲物ね」


「なんていい匂い……見たことないほど魔素に溢れているわ」


「え~? じゃあ、あの人で私たち、ここから出られるかな~?」




「そうね」




「「「クスクスクスクス……」」」






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