挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

M.C編

289/291

君の全てにありがとう

「こ、このぉー! 近寄ると酷いんだからね!」

「がうううううっ!」

 大衆食堂〈まんぷく亭〉。その裏手から少し離れたゴミ捨て場で、二人の少女が男を威嚇していた。

「そういうなよ……つれないぜ……へ、へへ」

 胡乱な目をした男は、少女たちを袋小路に追い込むように、のたのたと歩いている。尋常ではないその様子に、クルミアは歯をむき出しにして唸り、カオルは箒を剣のように構えている。

 男の足元には、止めに入った常連客が倒れていた。恰幅のいい老人は、折れた足を押さえ、苦渋に顔を歪ませている。彼は元冒険者であり、酔漢、悪漢の類に後れを取るはずはないのだが――。

 腕利きの戦士には、決して見えない赤毛のチンピラ。冬空の下、シャツ一枚で寒がりもしない彼は、力も、様子も、常軌を逸していた。

「クルちゃん、ほ、ほら、逃げて! ほら、ピョンって跳んで!」

「で、でも……!」

 慌てるあまり、カオルには状況が見えていなかった。

 背の高い民家を、どうやって跳び越えるというのか。身体能力に優れた獣人であっても、無理なものは無理だ。それ以上に、カオル一人を置いて逃げられないと、幼いクルミアはその場でオロオロとしていた。

「いい『粉』があるんだ……分けてやるから、さぁ」

 そう言って男が差し出したのは、粒の荒さと、色の汚さが目立つ粉だった。いつか『アンダー・ザ・ローズ』が撒いた麻痺薬によく似たそれは、しかし、混ぜ物の方が多いのか、黄色くくすんで見える。

 小瓶から取り出し、震える手でそれを吸い込んだ男は、どろりと瞳を濁らせて――更に覚束ない足取りで少女たちに迫る。

「こ、来ないでってば! ……きゃっ!?」

 カオルが突き出した箒は、あっけなく握り潰された。

 箒の先端近くをつかみ、そのままボキリと折った男の手は、木片が食い込んで血が垂れている。だというのに、男はむしろ気持ちよさそうに目を細め、血まみれの手をカオルに向ける。

『どこだ、カオル! 裏手かーっ!?』

 悲鳴を聞きつけたのか、あるいは近所の住人が知らせたのか、まんぷく亭の中からはアカツキの声が聞こえる。

 頼れる父は、すぐに駆けつけてくれるだろう。だが、それよりも早く、男の手はカオルに届き――。

「ぎっ!」

 その肌に触れることなく、地面に落ちた。

「……ふー」

「タカヒロッ!」

 悪漢に代わって現れたのは、カオルとクルミアがよく知る青年。何でも屋の佐山貴大だった。

 突風のように駆けつけて、男の襟首をつかんで投げ飛ばした貴大は、額に浮かんだ汗をぬぐってカオルたちに目を向ける。

「大丈夫だったか?」

「タカヒロ~!」

 体は大きいけれど、本当は気弱なクルミアが、よたよたと近づいて貴大に抱きついた。クルミアを守るために武張っていたカオルも、折れた箒を落として、その場にぺたんと尻餅をついた。

「た、た、助かったよ~……ありがと、タカヒロ」

「ありがと、じゃねえよ。人目も警備も足りてねえんだから、外をうろちょろするなって」

「ごめん~」

 腰を抜かしたカオルと、貴大に抱きついてぐずっているクルミア。そして、白目をむいて伸びている男を見て、貴大は心をざわめかせた。

(騎士も冒険者も前線に出てる……でも)

 これは、おかしい。

 緊急時とはいえ、グランフェリアは腐ってもイースィンドの王都だ。街の治安は他の都市とは比較にならず、闇に潜んだ裏社会の者も、いくらか物分かりがいい。

 だというのに、ここ数日の騒動はどういうことなのか。魔物討伐に人手が割かれた瞬間に、無軌道に暴れる男たち。彼らに明確な目的はなく、本能をむき出しにした男たちは、街の各所でトラブルを起こしていた。

「ねえ、タカヒロ。これって『クーデター』ってやつなの?」

「ちげーよ。んなわけあるか」

 そうだ。グランフェリアの陰に根を張る者たちは、言うなれば『賢い寄生虫』だ。富に吸い付くことはあれ、宿主を殺すほど愚かではない。大国を乗っ取るのではなく、寄生する方が美味しい汁が吸える。そのことは重々分かっているはずなのだ。

 だというのに、境界線を軽々と飛び越えてくるのはなぜか。何が彼らを狩り立てて、タガを外させるのか。

(……また『これ』か)

 気絶した男のそばに転がる小瓶を目に留め、貴大は苦々しげに舌打ちした。粗雑な麻薬に混ぜられた、純白の粉。この世ならぬ品と言われた薬品からは、悪神の匂いがすると老龍は言う。

 この混合薬が、人々の頭も心も痺れさせる一因となっている。この四日、貴大は薬品の回収に奔走していた。

「カオルー! 無事かっ!? 悪いやつぁどこだっ!?」

「わーっ!? お父さん、踏んでる踏んでる! 痴漢踏んでる!」

「わうーん!?」

 やがてアカツキが駆けつけて、路地裏は一気に騒がしくなる。後は彼に任せておけば、警邏隊を呼び、男を突き出してくれるだろう。

「ふぅ……」

 貴大は騒動に巻き込まれる前に、こっそりその場から離れていった。

 表通りに出たところで肩を落とし、小さくため息を吐き、そして――。

(……根元から断たなきゃ、ダメか)

 何かを決意して、東南の空を見つめていた。










 悪神の訪問から四日。イースィンドを、そして佐山貴大を取り巻く環境は、瞬く間に変わっていった。

「東部で冒険者たちが戦っていますね」

「南西では軍が魔物の迎撃に当たっています」

「北の海は静かなものです。でも、王家は警戒を怠っていないようですよ」

「そうか……」

 ルートゥーの屋敷の応接間には、壁際にシャドウ・ドラゴンたちがズラリと並んでいる。彼女らの報告を受けているのは、貴大を中心としたレベル250の猛者たちだ。

「人間たちだけで対処は可能か?」

「はい。包囲網のような形ですが、規模としては繁殖期の群れと変わりません。イースィンドほどの軍備とノウハウがあれば、問題ないかと」

「それなら任せておけばいい。我らの敵は悪神だ。雑魚ではない」

 そう言って鼻を鳴らすのは、腕を組んだルートゥーだ。縄張りを荒らされ、更には先手を打たれたのが気にくわないのか、彼女は顔をしかめて報告を聞いている。

 調査など必要ない。居場所が分かっているのなら、すぐに行こう、すぐに倒そうと気炎を上げる彼女を、薄桃色の聖女がたしなめる。

「ダメだよ。相手は一柱の神だよ? 侮っちゃいけないし、それに……」

 ちらりと、貴大の顔をうかがうメリッサ。彼女は言葉を選びながら、ルートゥーを何とかなだめようとする。

「タカヒロくんと同じぐらい強い人が、二人もいるんだよ? だから……」

「むうう……」

 逸る気持ちをどうにか押さえ、代わりにルートゥーはポッ、ポッ、と小さな炎を吐いた。

 それが燃え盛る業火に変わる前に、早く方針を決めなければならない。偵察に出たシャドウ・ドラゴンたちが帰ってきた今が、決断の時だった。

「……あそこにいるんだな?」

「はい。タカヒロ様に教えていただいた荒野に、地図にない地下迷宮ダンジョンが出来上がっていました」

「門番のように、入り口に二人の男性が立っていましたよ。戦士風の子と、魔法使い風の子。特徴も例の二人と合致します」

 悪神が言った『あの地』。全てが始まった寂寥の荒野に、三度みたび、地下迷宮が現れた。

 四年前、VRゲーム内で出現し、貴大たちを異世界へと引き込んだ。二年前、元の世界へ戻ろうと死力を尽くした〈フリーライフ〉のメンバーを引き裂いた。そして今、あの迷宮で悪神が待ち構えている。かつて別れた仲間たちと共に――。

「分かった。行こう」

「おおっ!」

 意を決し、立ち上がった貴大に飛びついたのは、鬱憤が溜まっていたルートゥーだ。こそこそ動く薄汚い悪神を、渾身の力で叩き潰してやろう! 目で訴えかける混沌龍を抱え、貴大はメリッサに声をかけた。

「俺とルートゥーとメリッサ。悪神討伐はこの三人でやる」

「――うん、分かった」

 穏やかな表情。しかし、強い意志を宿した顔で、メリッサはゆっくりとうなずいた。

「悪神など鎧袖一触! 与する者は性根を叩き直してやろうぞ!」

 翼を広げたルートゥーは、待ってましたとばかりに破顔一笑し、強く貴大の手を引いた。

「王都はわしらが預かるよ」

「「「お任せください!」」」

 老龍はゆったりと構え、ずらりと並んだシャドウ・ドラゴンたちは胸を張る。留守は任せろと貴大たちを送り出す。そして、先ほどから部屋のすみに、うつむきがちに控えていた少女は、

「……お戻りになるのですよね?」

 どこか縋るような目を、貴大に向けた。

「ユミィ……」

 大丈夫だとは言えない。無事に戻れるとは自分でも思えない。

 長きに渡り暗躍していた相手だ。一重にも二重にも罠をしかけ、策にはめようとしてくるだろう。

 それでも自分のため、仲間のため、グランフェリアのため――何より、ユミエルのために、貴大は死力を尽くすつもりでいた。

「さっさと倒してくるからさ。飯でも用意しててくれ」

 あえて笑顔を見せたのは、強がりではなく、必ずそうするという決意表明だ。

 悪神という非日常を倒し、日常へと帰ってくる。その意思を込めて、貴大はユミエルの頭を優しく撫でた。

「……ご武運を」

「ああ!」

 袖を引くようなことはせず、ユミエルは貴大を送り出した。

 主人を見上げる目にあったのは、彼に対する信頼だ。貴大ならば、悪神ぐらい一蹴できる。それを信じての短い言葉だった。

「それじゃ、行くぞ!」

「おうっ!」

「うんっ!」

 ユミエルや老龍、シャドウ・ドラゴンたちに見送られ、貴大たちは王都を出た。

 三人が三人とも激戦の予感を覚えていたが、負ける気など更々なかった。この面子であれば、魔王だって倒してみせる。青年と混沌龍、人口聖女というちぐはぐなパーティーだったが、それが悪神に劣るとは、誰も考えていなかった。

 万難を排し、悪神を討伐してみせる。意気込む貴大たちの士気は高い。王都を離れてからはルートゥーの背に乗り、彼らは一路、荒野を目指した。

 だが、誘いに乗った彼らを待ち受けていたのは――。

 ――あるじ不在の地下迷宮だった。







 この世には、どうしようもないことがある。

 個人の力では、動かしがたい不条理がある。

 それはユミエルが奴隷として生まれたことや、顔も知らない老貴族に売られそうになったことがそうだ。その計画がご破算となり、苛立つ奴隷商に殴られたこともそうだ。

 ユミエルに非はない。彼女は何も悪いことはしていない。それでも降りかかるのが理不尽な出来事である。

 しかし、当時のユミエルはそれを不幸とは思わなかった。他の奴隷と同じように、モノのように扱われ、ゴミのように消えていく。世界とはそういうものなのだと割り切って生きていた。

 選択肢はない。与えられない、得られない。終わりまで続く一本道を、ただ黙々と歩き続ける。名もなき妖精種の少女は、そのような人生を送るはずだった。

 それがどうしたことか、今はこうしてメイドとして働いている。

 望外の自由に戸惑うことはあるが――これが幸せなのだと、ユミエルは思っていた。

(……ご主人さま)

 貴大たちが悪神討伐に出かけた日の深夜。

 ユミエルは自宅のリビングで、まんじりともせずに貴大の帰りを待っていた。

(きっと大丈夫。ご主人さまは帰ってきてくださる。いつもそうだった。だから今回も大丈夫)

 うつむきがちに座ったまま、テーブルに並べられた夜食を見つめる。そうだ、貴大はきっと帰ってくる。軽い調子で帰ってきて、腹が減ったと言う彼に、温かな食事を用意する。それが今、彼女に出来る唯一のことだ。

(ご主人さま……)

 ユミエルは顔を上げ、リビングの入り口へ目を向ける。

 貴大はあそこからひょっこりと顔を出す。そのはずだ。そうでなければならない。

 手は組まず、目も閉じず、しかし神に祈りながら、ユミエルはずっと、主人の帰りを待ち続けて――。

『……ただいまー……』

「っ!」

 やがて日付けが変わったころ、玄関扉が開く音が聞こえた。

 続いて、聞き慣れた青年の声が近づいてくる。

「ご主人さま!」

 矢も盾もたまらず、ユミエルは立ち上がり、小走りにドアへ近づいた。

 ――悪神討伐が上手くいったのだ! そうだ、貴大も、ルートゥーも、メリッサも強い。彼らを返り討ちにする魔物など、いるはずもなかったのだ。

 何も心配することはなかった――。

 ユミエルは顔を輝かせ、リビングのドアを開け、

「こんばんは♪」

 暗闇から現れた悪神と対面し、凍りついた。

「……な、ぜ」

 この黒髪の女は、貴大たちと戦っているはず。

 そうでなければならない。今、この場に現れて――いいわけがない。

 ここにいていいのは、悪神討伐に出かけた人たちだ。彼女ではない。彼女は討伐されたはずなのだ。

 貴大が帰って来ないはずが――。

「案ずることはありませんよ。私はあの子と戦ってはいません。佐山貴大は未だに健在です」

 見る見るうちに青ざめていくユミエルに、悪神は優しくささやいた。聖母のように微笑んで、少女の手を取り、あやすように腕をさすった。

「入れ違いにここに来たのです。なぜなら……」

 なおも穏やかに微笑む悪神。敵意はなく、悪意もない。悪神のことをよく知らないユミエルは、柔らかな対応に、わずかに警戒を緩めていた。

 ――その隙間に潜り込むように、

「本当の狙いは貴女だから」

 ――悪神は、隠していた牙をむいた。

「く、くう……!?」

 悪神の手から漏れ出る瘴気にからみ取られ、ユミエルは身体の自由を奪われてしまう。

 先ほどまで微笑んでいた女は、爛々と目を輝かせ、嗜虐的に表情を歪めていた。まるで小鳥や虫を捕まえた子どものように――それを見とめた瞬間、ユミエルの脳裏に数々の警告が蘇る。

 悪神に気をつけろ。ヤツは危険だ。一筋縄ではいかない相手だ――。

 なぜ、一瞬でも心を許してしまったのだろう。すぐに老龍やシャドウ・ドラゴンたちを呼ぶべきだった。後悔するも時すでに遅く、のどを這いあがってくる瘴気で、声を出すことさえままならない。

「貴女が要だったの。最後のピースは貴女」

 巨大な手で握りつぶすかのように、悪神からの重圧が高まっていく。

 身体は縛られ、心はすくみ、ユミエルの意識は段々と遠くなっていく。かすんだ視界の中では、悪神だけが唯一自由だ。踊るようにリビングの中央に移動し、彼女は両手を広げて天を仰ぐ。

「貴女を危険に陥れれば――」

 ギラリと鋭い眼光で、悪神はユミエルを射抜く。

 今にも少女を殺さんとする悪しき神に、横手から黒い刃が迫り――。

「――ほら。こうして、この子が隙を見せてくれる」

 まるで全てが初めから決まっていたようだ。

 貴大が窓を突き破って飛び込んでくることも。神速で接近する彼を、どのように迎撃するのかも。

 ここに、こうして手を突き出しておけば――貴大の心臓を貫けることも。全部、全部、悪神には分かっていたようだった。

「ぐ、あっ……!」

 ユミエルの目の前で、胸を貫かれた貴大が血を吐いた。

 遅れて、突き破った窓から、ごうと寒風が吹き込んだ。

「ふ、ふふ、あはは、はは、あはははは……!」

 貴大が怒りと苦しみで顔を歪め、ユミエルは呆然と立ち尽くす。

 その中で、けたたましいほどの声を上げているのは、獲物を天に掲げた悪神だった。

「ユ、ミ……エル……」

「……さま」

「に、逃げろ……」

「ご主人さまっ!!」

 おびただしい量の血を吐いて、貴大は魔素の粒子に変わっていく。

 指先から解けるように、ゆっくりと、ゆっくりと紫色の煙に変わり――悪神に吸収されていく。

「ありがとう……ありがとう、ここまで育ってくれて……立派に熟れてくれて、ありがとう」

 渦巻く光の粒子をまとい、悪神は陶然と返り血をなめる。

 抑えきれない興奮に頬を上気させ、愛撫するように自分の手のひらに舌を這わせる。

「これで私は次の段階へ行ける! もっともっと強くなれる! あははははははは!!」

 やがて、怒声と悲鳴がユミエルの耳に届いた。

 視界の端に、傷ついた老龍や、怒り狂うルートゥーの姿が映った。

 でも――それら全ては――。

「ご主人……さま……?」

 今のユミエルにとっては、どこか遠い世界の出来事のように思えた。






……………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………・………………………………







 どこか遠くで音がする。

 聞き慣れたような、懐かしいような、奇妙な鐘の音が響く。

 同時に、誰かが俺の肩を揺さぶって――。

「おい、起きろよ。いつまで寝てんだ」

「む、あぁ……」

 いつの間に眠っていたのだろう。人気の失せた教室は夕焼けに照らされ、寝起きの目には痛いほど赤く染まっている。

(教室……か?)

 そうだ、ここは教室。明志高等学校の俺のクラスだ。

 目の前には親しい友人の姿が……何だろう、妙に懐かしい。少し天然パーマが入った黒髪の少年が、制服の上にまとった学校指定のコートを揺らし、俺を急かす。

「今日は≪Another World Online≫でカレー作って食おうぜ、って話だったろ? 早く帰ろうぜ」

「そう、だったな」

 そうだ。そうだった。≪Another World Online≫の仮想現実で食べるカレーの味はどんなものなのか、ここ一週間はそればかりを話していた。昨日の夜、やっとの思いでスパイス・ドレイクから『カレー粉』を作り出す最後の素材を入手したんだったな。

 うん、思い出してきた。今日は、いよいよそれを使ったカレーをみんなで食おうという話になったんだった。こんな所で寝てる場合じゃねえ! はよ帰らな。

 ――でも、少し引っかかる。

「なぁ、優介」

「ん? なんだ」

 向こうからだと逆光になるのか、少し眉を寄せ、目を細めてこちらを振り返る優介。その姿はいつも通りで、どこにも違和感はない。だとすると、原因はこいつではなく――。

「ゲームしてる場合じゃない……って、気がするんだけど」

「はぁ?」

 そう、そうだ。俺は眠る前、何か大事なことをしていたはずだ。先生の手伝いだったか、クラスメイトの頼まれごとか――いや、どれも違う。どうにも思い出せない。でも、確かに、何かの途中のはずなんだ。

 でも、優介はそれを笑って否定する。

「ははっ、お袋さんに叱られる夢でも見たのか? 期末試験はまだ先だぞ」

「夢……」

 そうかもしれない。夢の話を現実だと勘違いしていただけなんだ。そうだよ、あれは夢だ。

(……あれ?)

 肝心の夢の内容が、全く思い出せない。夢ってそういうもんだけど、今日はどうにも引っかかる。あれは何だったか、どういう夢だったのか――。

「おーい、貴大。帰るぞー!」

 ――そうだな、帰ろう。先に行った優介が呼んでいる。

 たかが夢だ。いつまでもこだわるもんじゃない。家に帰って、飯を食って、VRゲームをして寝よう。いつも通りだ。

 退屈で、たまに楽しくて、変わり映えのしない。

 俺の日常に、事件なんて起こるはずがない。

 いつも通りの帰り道、夕暮れの街を、俺と優介はおしゃべりをしながら帰っていった。

cont_access.php?citi_cont_id=162018451&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ