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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

メリッサ編

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やっぱり喜劇の世界

 聖都サーバリオは元々、一つの霊園だったという。

 教会関係者を埋葬するだけの、寂しげな霊園。それが今日こんにちのような発展を遂げたのは、ひとえに聖人の影響力によるものだ。

 死後、疫病を払うという奇跡を起こした、聖人アルザーノ。彼が埋葬されたサーバリオには、その威光に縋って多くの者が集うようになった。また、彼のそばで眠れば、天国に行けるという噂が広まり、小さな霊園は瞬く間に拡張されていった。

 地面を掘り返し、地下墓地カタコンベを用意し、無数の信徒を受け入れるだけの余地を作った。それでもすぐに埋まってしまう空間を広げるために、教会は無秩序に地下を掘り進んでいった。

 教会には内緒で、金持ちのにわか信徒を埋葬する神父がいた。こっそりと地下に潜って穴を掘る民衆がいた。そうした輩が加わって、今、地下墓地カタコンベは教会関係者でも全容をつかめない魔窟と化していた。

(……まだ新しい)

 シスターとして聖都に入り、そこから地下に潜ったメリッサは、壁に埋め込まれた魔石に触れていた。

 手のひらから伝わるのは、新鮮な魔力の残滓。ほんのりと温かく感じる波動を読み取りながら、メリッサは吹き抜けの底を見下ろした。

(いる。ここにいる)

 巨大な井戸のような縦穴を、壁面に沿って作られた螺旋階段を使い、メリッサは一歩一歩、ゆっくりと下っていく。手元の小さな灯りしかないというのに、その足取りに迷いはなく、階段を踏み外してしまうかも、という恐れもない。

 それもそのはず、この縦穴は何度も上り下りした場所であり、目を閉じていても底まで行けるほどだった。その事実を忌々しげに思いながら、メリッサは横目で縦穴の壁を見る。

 さすが地下墓地カタコンベというべきか、四角くくり抜かれた小さな穴には、人間の頭骨が安置されていた。それがいくつもいくつも連なって、まるでここは死の展覧会場のよう――いや、まさしくそうなのだと、メリッサは怒気を強めた。

 この奥に狂気の実験場がある。人工聖女を作るための工房がある。そこで罪のない子どもたちが、何十人も、何百人も犠牲になった。

 地下墓地カタコンベに埋葬されることもなく、ゴミのように処理されたかつての仲間たち。彼女らの顔を思い浮かべながら、メリッサは長い階段を下り切った。

「絶対に……絶対に許さない!」

 ふつふつと沸き立つ怒りのままに、メリッサは正面にある鉄扉に攻撃スキルを放った。彼女の手から発せられた聖なる光は、鉄扉を水飴のようにどろどろと溶かし、奥へと続く通路を明るく照らした。

 ――覚えている。忘れるものか。

 左の部屋は素材の部屋。あそこに入れられ、あそこから連れて行かれた。

 右の部屋は神官の部屋。あそこにいる人たちに、実験台にされた。

 そして、正面の大きな部屋は――。

「ゼルゼノンッ!!」

 かつて実験場だった大部屋には、いるはずのない人物がいた。

「……おお、久しいな、メリッサ」

 何もない四角い部屋の中央で、呆けたように立ち尽くしていた老人。彼こそは人工聖女育成計画の要人であり、メリッサの胸にダンジョン・コアを埋め込んだ張本人であった。

「本当に久しい……どうだ、変わりはなかったか」

「ゼルゼノンッ!!」

 親しげに話しかけてくる老人に、メリッサは怒声を返した。

 一体、どうしてそのような態度がとれるのか。自分がしたことを忘れてしまったのか。いずれにせよ、許しがたい。十把一絡げな研究者はまだしも、こいつだけは絶対に――絶対に『殺す』。

 メリッサは全身に殺意をみなぎらせ、枯れ木のような老人に飛びかかった。

「素晴らしい。素晴らしい性能だ。やはりお前は、完成品だ。教会の誇りだよ」

 彼のレベルは168。ジョブは〈大司祭〉。レベルが高いとはいえ、戦士職ではないのだ。メリッサの攻撃を受ければ、四発、五発と持たずに絶命してしまうだろう。

 だというのに、逃げるでもなく、防御するでもなく、依然立ち尽くしているのはなぜなのか。ぶつぶつと何事か呟いている老人に怖気を感じたが、メリッサは構わず杖を振り抜いた。

 しかし――。

「……えっ!?」

 渾身の一撃を片手で受け止められて、メリッサは困惑した。

 あり得ない。あり得るはずがない。この老人には、ここまでの力はなかったはずだ。この杖は、メタルゴーレムさえ砕くというのに――。

 凍りついたメリッサにしわ顔を寄せ、ゼルゼノンがそっと囁く。

「ほう、殺すか。私も殺されるのか。かつてここで倒れた少女たちのように」

「~~~~~~っ!!」

 他人事のような言葉に、メリッサはカッと燃え上がった。

「お前がっ! お前がやらせたのにっ!!」

 怒り狂ってゼルゼノンを乱打するメリッサ。その一撃一撃を丁寧に受け止めて、老人は空いた手で白く長いヒゲを撫でていた。

「うむ、うむ……」

 おかしい。絶対におかしい。ただの人間がここまで持ちこたえられるはずがない。仮にレベルが上がったのだとしても、神官職にここまでの膂力と防御力が身につくはずがない。

 ――いや、そもそも、彼は老衰で死んだはず――。

「メリッサよ。私がいない間もよく働いてくれたようだな」

「何を……」

「教会の暗部を暴き、関係者の記憶を消し、残された資料をすべて燃やした。それは近々、私がしようとしていたことだ。おかげで手間が省けた」

 ゼルゼノンの言葉に、メリッサの混乱はより深いものになっていく。

 人工聖女育成計画を灰に帰した。それでどうして、礼を述べられるのか。あれは、ゼルゼノンが一命を賭して成し遂げようとしていた計画だったのに――。

「もう必要ないのだよ」

 無知な孫を諭すように、ゼルゼノンは首を横に振った。

「なぜなら、奇跡はもう起きたから。神の祝福は得られたから」

 達観した表情で、天井を仰ぎ、両手を大きく掲げて、

「あれはもう、必要ない」

「……っ!?」

 ここで、ようやくメリッサは気がついた。

 ゼルゼノンがまとうローブの下に、何があるのかを。どうして彼が部屋の中央から動かないのかを。

 露わになった二の腕を見て、メリッサは思わず息を呑んだ。

「それ、は……」

「美しいだろう? これこそ選ばれし者の肉体である」

 美しいなどと、とんでもない。まるでミミズのように蠢くいくつもの筋。ゼルゼノンの腕は、木の根が絡み合って出来ていた。

 いや、腕だけではない。ローブの下の彼の肉体は、すべてが古木のようになっている。不自然に揺れるローブと、その裾からのぞく幹を見つけ、メリッサはここに来て初めて顔を青くした。

「まさか、その体……魔物に、取り込まれた……?」

「違う。取り込んだのだ。偉大な神の御力により、私は生命体として新たな段階に進んだ」

 陶然として自分の腕をさするゼルゼノン。彼はそう言うものの、一体、どのような違いがあるというのか。

 膨大な魔素を一度に取り込んだ人間は、時に魔物になることがある。メリッサはそのことをよく知っている。何しろ、ダンジョン・コアとの適合に失敗し、魔物と化した仲間を処理したのは彼女なのだから。

 今のゼルゼノンは、まさしくその状態にある。自意識を保てているのは、彼が言う神の力によるものなのか――いや、そのようなことはどうでもいい。

 仮にも聖職者が、力を求めて魔物に成り果てるだなんて――やはり、何も変わっていない。貪欲に力を求めて道を外れた大司祭。唾棄すべき存在に、メリッサは今度こそ杖を振り下ろした。

「っ!」

 聖なる光を込めた一撃に、ゼルゼノンの右腕が砕け散った。

 しゅうしゅうと音を立てて煙を上げる傷口。ゼルゼノンは、しばし、それを見つめていたかと思うと、

「無駄なことは止めよ」

 ずるりと、音を立てて右腕を再生させた。

 ぬらぬらとした木の根が絡み合い、ゆっくりと人の腕や手になっていく。そのおぞましさは、神聖さとはほど遠い。

「神の意志に従うのだ。正道に戻れ。振り上げた拳を下ろせ」

「うるさいっ!」

 メリッサが十字を切り、聖なる光を放つたびに、ゼルゼノンの体の各所が千切れ飛ぶ。しかし、老人の体はすぐにも再生していき、元通りになってしまう。

 それでも、ダメージがないわけではない。再生速度の低下を感じ、ゼルゼノンは足元から無数の根を伸ばした。

「聞き分けのない娘だ」

「あううっ!」

 冷徹なメリッサならまだしも、怒り狂った今の彼女など、捕らえるのはたやすい。猪突猛進に攻撃をしかけてくるメリッサを、伸ばした根で縛り上げ、ゼルゼノンは彼女を空中へと持ち上げた。

「人の話は落ち着いて聞くものだ。そう教わらなかったか?」

「うるさいっ! うるさいうるさい!!」

 なおも暴れるメリッサに嘆息し、ゼルゼノンはしばし考え込む。

(さて、どうしてくれようか)

 今は反抗的とはいえ、メリッサは得難い戦力だ。

 一人で軍とも渡り合える教会の切り札。それをみすみす手放すわけにはいかない。ましてや、出来そこないのように処理してしまうなど以ての外だ。

 しかし、彼女の手綱でもあったダンジョン・コアはすでに失われている。これは『再調整』に手間と時間がかかりそうだと、ゼルゼノンは露骨に渋面をした。

(……しゅにおいで願うか)

 老衰で果てようとしていた自分を救った神。偉大な力と体を惜しみなく与えてくれた『彼女』ならば、きっとメリッサのこともどうにかしてくれるだろう。

 ゼルゼノンが、そう考えていた時のことである。

「……む?」

 メリッサを持ち上げていた根が、ふっと軽くなる感触。違和感を覚えたゼルゼノンが顔を上げると、そこにメリッサの姿はなかった。

 代わりに、彼の正面に立っていたのは――。

「ふー……やっとこさ見つけたと思ったら、何やってんだお前」

 ぼさぼさの黒髪。ひょろりとした体躯。少し猫背気味の青年が――この場には似つかわしくない存在が、なぜか地下墓地カタコンベに立っていた。

「タカヒロくんっ!? どうしてここに……!?」

 彼に救出されたメリッサが、驚きと戸惑いの声を上げる。

 今回のことだけは知られたくなくて、いつもより念入りに痕跡を消してきたのに――狼狽えるメリッサに、貴大はあっけらかんと答える。

「教会がごたごたしてるって聞いたから、もしかしてお前が何かしてるんじゃないかと思ったけど……ドンピシャだったな」

「そうじゃなくて……!」

 湧き上がる焦燥感に、メリッサは貴大をこの場から遠ざけようとする。しかし、肝心の貴大はその様子に気づかず、魔物のような風貌のゼルゼノンと対峙した。

「で、こいつを倒せばいいのか?」

 特に気負った様子もなく、ゼルゼノンにナイフを向ける貴大。その切っ先にちらりと目をやり、老人はゆっくりとうなずいた。

「……そうか、お前が」

 貴大のことは、『主』から聞いていた。

 この世界の未来を左右する、重要な人物なのだと。仮に敵対することがあっても、絶対に殺してならないと。今の『主』にとって、唯一、大事なものなのだと――ゼルゼノンは、そう聞いていた。

 だとすると、ここで戦うのは得策ではないが――。

(あれを捕獲し、献上すれば、主はお喜びになられるだろうか。『他の者』から抜きん出ることは、出来るだろうか)

 俗な考えが、大司祭の心を支配した。

「いや、しかし、まさか聖都の地下にこんな化け物がいるとか……」

「化け物? これは異なことを。化け物なら、お前の後ろにもいるというのに」

「……は?」

 おどけたような仕草で、ゼルゼノンは貴大の後ろを指差した。

 そこには床にへたり込んだメリッサがいて――彼女は、ゼルゼノンの粘ついた視線から、彼が何をしようとしているのかを悟った。

「や、やだ! 止めて! 止めて!!」

 すくみ上り、歯を鳴らして震えだすメリッサ。それでも彼女は手を伸ばして、ゼルゼノンを止めようとしたが――大司祭は情け容赦なく、伸ばした根で壁の一部を押した。

「止めてぇぇぇぇえええっ!!」

 メリッサの絶叫と同時に、部屋のすみからせり上がってくる映像水晶。そこから投影された映像は、果たして――。

「これ、は……」

 部屋中に浮かび上がったのは、ここで実際にあった過去の出来事。

 ダンジョン・コアを埋め込まれる少女たち。彼女らは、急激に供給された魔素に耐えられず、おぞましい魔物へと変質していく。それを、始めは神官たちが総出で対処していたのだが、

「止めて、見ないで、見ないで……」

 途中から、幼い少女が魔物を処理するようになった。

 否定の声を上げながら、神に赦しを請いながら、仲間たちに手をかける人工聖女メリッサ。今、貴大の後ろですすり泣いている少女が、何人もの、いや、何十人もの『出来そこない』を殺していく。

 貴大は魅入られたかのように映像から目を離せずにいた。メリッサは両手で顔を覆い、同じ言葉を繰り返していた。その様子にほくそ笑みながら、ゼルゼノンは体の末端に指令を送っていた。

 人間の心は脆い。動揺させることなど、実にたやすい。

 放心した侵入者たちを縛り上げるべく、ゼルゼノンはゆっくりと包囲網を狭めていき――。

「なっ!?」

 秘かに伸ばしていた根を切断され、ゼルゼノンは驚愕に顔を歪めた。

「ぐおっ!!」

 続いて、いくつものナイフが飛んでくる。それらはゼルゼノンの急所に突き刺さり、塗られた毒は彼の再生能力を阻害した。

 流れるような動きで、容赦なく襲いかかってくる貴大に、ゼルゼノンは悲鳴のような声を上げた。

「なぜだ……! 貴様には人の心がないのか!!」

 人心掌握に長け、教会の闇に潜んでいた老人だからこそ分かる。

 彼は暗部の人間ではない。人に手をかけることを何とも思わない輩ではない。メリッサが行った虐殺に、これから自分が行う殺人に、動揺しないはずがないのだ。

「止めろ! 止めろぉおおおっ!! 貴様は間違っている!」

 支離滅裂な言葉を放ちながら、同時に根を広げるゼルゼノン。ほんの少しでいい、貴大に隙があれば、きっと縛り上げてやれるのに!

 そう、わずかな隙さえあれば――!

 わずかな隙が――隙があれば――!!

「がああアアアアッ!!」

 とうとう脳天を鉈のようなナイフでかち割られ、ゼルゼノンは絶叫を上げた。傷口から万能感が抜けていく。神から授かった力が抜けていく。そして、自分の魂さえも――。

「なぜだ……なぜ、なぜ……」

 繰り返される疑問にも、貴大は答えない。

 それどころか、メリッサの方へと振り返り、ゼルゼノンを一瞥しようともしない。かつてない屈辱に、老人は怨嗟を込めた大音声を発した。

「愚か者めっ! 罪を罪とも思わぬ殺人鬼めっ!! 偉業を成さんとする聖人を葬る罪は重い! 生涯をかけて贖うがいいっ!!」

 けたたましく大部屋に響く声。

 そこでようやく振り返った貴大は、きょとんとした顔をした。

「は? 聖人?」

 しげしげとゼルゼノンを見つめる貴大。彼はしばらくそうしていたかと思うと、ひょいと疑問を投げかけた。

「……どこが?」

 嘲るでもなく、皮肉を言うでもない、素朴な疑問。

 それを受けて初めて、ゼルゼノンは異形と化した自分の手を見つめ――。

 呆けたような表情のまま、魔素の粒子へと解けていった。





 飛竜の発着場がある街へと続く道。

 朝日に照らされた街道を歩きながら、貴大は、ずり落ちそうなメリッサを背負い直した。

「ねえ、タカヒロくん……」

「ん?」

 虚脱していたメリッサは、そこでようやく口を開いた。

 彼女は貴大の背中から、恐る恐る、震える声で問いかける。

「怖くないの? わたしのこと」

「なんでだ?」

「だって! ……だって、わたし、たくさん殺した。自分が死にたくないからって、同じ境遇の子をたくさん、たくさん……」

「ああ、あれな……まあ、お前に責任はないって。同じ状況だったら、誰だってああすると思う」

「そんなの」

 死んでいった子どもたちへの言い訳にもならないと、メリッサは思った。

 だが、口を開けばネガティブなことばかり言ってしまいそうで、それが怖くて、メリッサは口をつぐんでしまった。

(……どうしたもんかな)

 黙りこくった少女を背負ったまま、貴大は気まずそうにぽりぽりと頬をかいた。そして、しばらく考えた後にこう言った。

「俺、さ。ここに来る前にユミエルにエロ本を見られたんだ」

「……え?」

 いきなり、何を言い出すのだろうか。

 メリッサは思わず目を丸くして、貴大の後ろ頭を見つめる。

「や、あれは俺のじゃねえんだけど……いや、まあ、そんなことはどうでもいいな。とにかく、部屋にあったエロ本が見つかって、すげえ恥ずかしい思いをしたんだ」

「うん……」

「でも、ユミエルはそんなの気にしてないかもしれない。いや、あいつのことだから、多分、気にしてない。冷たく聞こえるかもしれないけど、秘密って他人事だからな。本人が思うほど、他人にとっては恥ずかしいことじゃねえんだ」

 そこで言葉を切って、貴大はしばらくの間、黙って歩いた。

 朝靄が漂う街道を、メリッサを背負ったまま、黙々と歩いていた。

 そして、しばらくの後に、ぽつりと呟いた。

「俺もそうだ。そんなに気にしてねえよ」

 それが彼の結論だったのだろう。貴大は今度こそ口を閉じ、遠くに見える宿場町へと進んでいった。

 その背中で揺られながら、メリッサは呆気にとられていた。

 同居人にエロ本が見られたことと、自分の凄惨な過去が同列にされるだなんて――他にもっといいたとえはなかったのかと、怒りよりも先に呆れが浮かんできた。

 しかし、同時に、人間とはそういうものかもしれないとも思った。墓場の底まで持っていくような秘密も、心の底にしまった大切な思い出も、見る人が見ればくだらないことでしかないのかもしれない。

 逆の立場になって考えてみると、自分も貴大の過去を気にしないだろうなとメリッサは思った。そのことに思い至った瞬間、なんで自分はこのように考えられなかったのだと、メリッサはおかしな気持ちになった。

 彼女は自分の愚かさにうっすらと笑みを浮かべ、

(……そっか)

 やっぱり、この世界は喜劇なのだとメリッサは思った。

 辛いこともあるけれど、悲しいこともあるけれど、最後は笑って幕が下りる。めでたし、めでたしでピリオドが打たれる。

 教会の腐敗も、凄惨な出来事も、いつか誰かが笑う日が来る。何をやっているんだ、馬鹿じゃないのかと嘲笑われる時代が訪れる。そして、人はちょっとずつ学んでいくのだろう。

 そんな遠い遠い未来を想いながら、

「ねえ、タカヒロくん……」

「ん? なんだ?」

「んーん……何でもない……」

 メリッサは今、この瞬間。

 感じられる温もりに浸っていた。





 事が終わった地下墓地カタコンベ

 主が消え、訪問者も去り、やがて時間の中に埋もれていくはずだった暗闇に、一人の女が立っていた。

「強くなった。本当に強くなった」

 修道服に身を包んだ女は、万感の思いを込めてそう呟いた。

 これまでの努力が、苦難の道のりが、その一切合財が報われたような気持ちを味わっていた。

「よくここまで……」

 反芻するように思い浮かべるのは、驚きや恐怖、負の心を抑え込んで、傷ついた少女をおもんぱかる青年の姿。言葉に惑わされず、真っ直ぐに悪を討つその勇姿。

 四年前に比べて、彼は本当にたくましくなった。体が、ではない。その心が、実に強靭なものとなっていた。比べものにならないとはこのことだ。平凡な少年は、一人前の青年へと成長していた。

「会いに行こう。今こそ、今度こそ、会いに行こう」

 シスターは零れる涙を拭いながら、そう言った。

 青年に――貴大に会いに行こうと、そう思った。

 そして、

「そして――」

 一瞬、黒曜石のようにつるりとした目をのぞかせて――。

 シスターは、地下墓地カタコンベの闇の中へと消えていった。
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