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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

メリッサ編

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長く長く、暗い暗い

 サーバリオは極めて特殊な国家である。軍隊を持たず、畑を耕さず、漁に出なければ獣も狩らない。教会の総本山である『聖都』だけがサーバリオのすべてであり、この小さな国は信徒のお布施によって支えられている。

 この話を聞いた某国の王は、「さすが教会、清貧であるな」と感心したそうだ。税を求めず、徴収せず、パンとワインがとれればいいと――まさに聖書の通りではないかと王は思ったのだろう。

 その彼も、実際にサーバリオを訪れて、腰を抜かして驚いたそうだ。背が高く、荘厳な建築物。司祭がまとう煌びやかな服。饗されるのは山海の珍味、極上のワイン、食べ切れないほどのパン。

 千年続く教会の富と栄華を味わって、王は「さすが教会」と、また呟いたそうな。そんな与太話が残っているほど、今の教会は理想と現実がかけ離れている。

 無理もないことだ。ここには東大陸各地から、莫大な金品が集まってくる。誰でも一度は考えたことがある、「この国のみんなが銅貨を一枚くれれば、すぐにも金持ちになれる」という妄想が、ここでは現実となっているのだ。

 黄金の光は人心を惑わせる。宝物の重みは人の目を曇らせる。税金とは違う、お布施という名の『自由になるカネ』。それを手にした時、聖人は理性を保てるのか。

 教皇はどうか、司祭はどうか、司教はどうか。教えを信じれば、神に祈れば、人は世俗の欲を捨てられるのか。

 そんなわけがない。満たされたい、救われたいと願う彼らは、信徒だからこそ間違いを犯す。

 現世での救いを! これは福音である! 信徒のため、教会のため、尽力したのならば、多少、甘い蜜をすすってもいいではないか――。

 そうした欲が積もり積もって出来上がったのが、聖都サーバリオである。ここではみんなが狂っている。常識は失われ、良識は彼方へ去り、神の恩恵は遠ざかる――少なくとも、メリッサはそう思っていた。

「変わらない」

 広さはグランフェリアの十分の一程度だろうか。

 小一時間ほどあれば、ぐるりと外周を回れそうな、小さな小さな国。なだらかな丘陵の中ほどに位置する聖都サーバリオは、何年も変わらず威容を誇っていた。

「……ほんとに、変わらないなぁ」

 信徒のために用意された四階建ての住居、その一室から通りを見下ろしながら、メリッサはため息を吐くように呟いた。

「どうして……」

 失望や疲れの感じられる独り言。暗く濁った彼女の瞳は、この都での思い出を映していた。

『みんなー! ほら、こっちだよー!』

 楽しかった記憶。小さな子どものころの記憶。

 孤児院の庭で走り回った。みんなでいっしょに遊んだ。嵐の夜はシスターに抱かれて眠った。神様の祝福を感じていたあの日。

『シスター? ねえ、シスター? そのお金はなあに?』

 孤児院を巣立った日の記憶。何も知らなかったころの記憶。

 シスター見習いになった。そう思っていた。でも、本当は『出荷』されただけだった。それでも神様を信じたあの日。

『やだよ……やだ! 止めて! 止めて!!』

 辛かった記憶。人工聖女になったころの記憶。

 ダンジョン・コアを埋め込まれた時の感触。ぞっとするほど冷たい魔素の奔流。そして始まる実験体としての日々。生まれて初めて、神様の存在を疑ったあの日。

『成功だ』『成功だ』『成功だ』

『偉いよメリッサ』『君は選ばれた』『あのお方もきっと喜ぶ』

『祝福はここに』『福音はここに』『これこそまさに奇跡である』

 ニタニタと笑う神官たちを、メリッサは覚えている。彼らの顔も、言葉も、みんな覚えている。そして、彼らが自分にさせたことも、みんな、みんな――。

「どうして」

 あれが繰り返されないように、頑張ったのに。

 腐った根を取り除き、教会を正したはずなのに。

 それなのに、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。まるでそれが正しい道であるかのように、教会は腐敗していくのか。過去はどうして追いかけてくるのか。

 メリッサは、本当に、どうしてなのか分からなかった。

「でも、今度こそ。今度こそ、根を断つ。断たなくちゃ……」

 何のために『あの子たち』は死んでいったのか。

 何のために自分は汚れてしまったのか。

 何もかもが分からなくなってしまう。全てが無意味になってしまう。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!!

 教会を浄化したいという想いはあった。しかし、それを上回る妄執に駆られ、メリッサは気だるげに部屋のドアを開けた。





 G・G・ユンバースは立派な憲兵隊長である。

 筋骨隆々とたくましく、顔は男らしく角ばって、豊かなひげは羽を広げたツバメのよう。剣を使わせれば並ぶ者はなく、槍を振らせれば有象無象を薙ぎ払う。

 聖都を守護する東西南北の宿場町、その憲兵隊長として申し分ない力量を備えている。当然、それに相応しい品格を伴っており、鎧をタキシードに変えれば、王城のダンスパーティーでも通用する紳士に早変わりだ。

 このように、G・G・ユンバースは立派な憲兵隊長である。

 少なくとも本人はそう信じているし、だからこそ、警邏中に前後不覚に陥った自分を許せなかった。

(むう、思い出せん……)

 一体、我が身に何が起きたというのか。

 先日、街の通りを威風堂々、肩で風切って歩いていた時に、何かを見つけて――その何かがどうしても思い出せない。記憶が見事に抜け落ちている。

 通りを歩いていて、次の瞬間には裏路地で目を覚ました。時間にして三十分ほどの空白だったが、無視出来ない記憶の欠如に、G・G・ユンバースはツバメのようなヒゲを撫でてううむと唸った。

「あの、すみません」

「むっ!」

 横からかけられた声に、G・G・ユンバースはハッとした。

 そうだ、あの時、同じように声をかけられた! いや、声をかけたのか――順番はどうでもいいが、誰かと言葉を交わした。それだけは思い出すことが出来た!

 そうだ、そうだ、自分は誰かと話していたのだ――しかし、どこで? 何を? 相手は男だったか、女だったか。歳を取っていたのか、若いのか。それさえ分かれば、芋づる式に記憶が蘇りそうなのだが――。

「あの~……」

「むうっ!?」

 太い眉をピクピクさせて考え込む憲兵隊長に、先ほどの声の主、黒髪の青年が再び、声をかけた。それで今度こそ我に返ったG・G・ユンバースは、姿勢を正し、青年と向き合った。

「ああ、いや、すまない。物思いに耽っていた。許せ」

「はあ」

 憲兵隊長たる者、いついかなる時も放心してはならない。特に、彼のような異国人の前では。

 いやしくも聖都を守護する役目を持った憲兵だ。直接ではないが、だからといって気を抜いていいわけがない。気の緩みは風紀の緩み、あまりにだらしない姿を見せていては、憲兵隊が、ひいては聖都の品格さえ辱めかねない。

 G・G・ユンバースはいつもより3割増しの厳めしさで、東洋から来たと思しき青年に問いかけた。

「それで、何用だ? 何か事件でも起きたか?」

「いやいや、そんな大事じゃなくて、ちょっと聞きたいことがありまして」

「聞きたいことぉ?」

 困りごとは困りごとだったが、憲兵でなくとも解決できそうなことだった。拍子抜けした憲兵隊長は、鼻からふんと息を吐きながら、さも面倒臭そうに腕を組んだ。

「それで、何が聞きたいのだ?」

「いえ、向こうに見える聖都なんですけど……なんか、妙に物々しいな~、って。前からああでしたっけ?」

「ああ、あれか」

 青年が指差す方には、聖都サーバリオと、その外周を巡回している重装騎士たちが見えた。全身を厚い装甲でおおい、十字架を模した剣を腰に提げた彼らは、俗にテンプルナイツと呼ばれる聖都の自警団である。

 聖都は軍事力を持たないが、自衛力は持つ――との言い分によって常駐している騎士たちは、並の騎士など歯が立たないほどの手練れという噂だ。

 そんなテンプルナイツがぞろぞろと隊列を成して歩いているのだから、いかにも物々しい。なるほど、このような状況では旅人は立ち寄りづらいだろうと、G・G・ユンバースはうなずいた。

「要人が訪れているか、もしくは大がかりな儀式が行われているか。そういった時は、ああしてテンプルナイツが護りを固めるわけだ。ああなっては、貴様のような不審者は立ち寄ることさえ許されんぞ」

「そうですか……やっぱり、こっそり参拝、ってわけにはいかないんでしょうね?」

「無駄だ、無駄だ! 外壁の代わりに張り巡らされた不可視の結界は、聖職者以外の侵入を拒む! 貴様はそんなことも知らんのか!」

 とんだ物知らずがいたものだと、G・G・ユンバースは大きな口を開けてワハハと声を上げて笑った。だというのに、未だに未練がましく聖都を見つめる青年に、憲兵隊長はくつくつと笑いながら、冗談めかしてこう言った。

「まあ、どうしてもというのなら、街の外れから地下墓地カタコンベを通って聖都に入るのだな!」

「へ~……」

 一瞬の沈黙。その後、

「それは、いいことを聞きました」

 ニヤリと笑う、黒髪の青年。

 ぞくり、とG・G・ユンバースの背筋が震えた。まるでこの周辺だけ、気温が下がったかのような――空気が重くなったような、恐ろしげな感覚を憲兵隊長は味わっていた。

 だが、それもすぐに霧散し、G・G・ユンバースがたたらを踏んでいる間に、黒髪の青年は駆け足で去っていった。

「すみません、助かりました。じゃ!」

「お、おお」

 右手を挙げて、憲兵隊長に礼を述べる青年。平凡そうな彼のどこに、自分は戦慄を覚えたのか。

 本当に地下墓地カタコンベを通るつもりなのか? あの大迷宮を? どこまでも掘り進め、改築に改築を重ね、訳が分からなくなった死者の寝床を?

 バカな。どうかしている。そんなことは不可能だと、子どもでも知っている。立ち入ってしばらくすれば、きっと冗談だと気づく。

 ――でも、もしかして、

 ――もしかすると、彼なら、

 ――このG・G・ユンバースを気圧した彼ならば――。

「……ふむ、今日も空が青いな」

 G・G・ユンバースは立派な憲兵隊長である。

 憲兵隊長は細かいことを気にしない。細かなことに拘らない。

 先ほどは、物を知らぬ若者に一般常識を教えただけだ。それだけのことだ。地下墓地カタコンベ攻略など、人に話せば笑われてしまうような話だ。

 そう自分に言い聞かせ――でも、ちょっぴり自信がなかったG・G・ユンバースは、なおのこと胸を張って警邏に戻った。
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