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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

ルートゥー編

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さみしがりやのドラゴン

 その日の夜、フリーライフのリビングには貴大とユミエルの姿があった。

 ルートゥーは城が完成するまで姿を見せないつもりなのか、お供のシャドウ・ドラゴンたちとともに上級区の高級宿に泊まりに行った。天井に開いた大穴を何とか塞いだリビングには、主人とメイド、二人だけ。久しぶりの静けさの中、貴大はやれやれと首を振っていた。

「まったく、困ったもんだ。家を四、五軒更地にして、そこに城を建てるとか……あいつのすることはよー分からん」

 暖炉の前で揺り椅子に揺られながら、貴大は何度目かのため息を吐いた。

 主人の気疲れした姿を見て、ユミエルはそっと席を立って台所へと移動した。

「……ルートゥーさんは自由奔放ですから」

「ああいうのは唯我独尊とか、暴走機関車って言うんだよ」

 手際よく淹れられた紅茶をすすりながら、貴大はまた悪態をついた。

 変わらない毎日を何より好む貴大は、急激な変化を蛇蝎のように嫌っている。そのことをよく知っているユミエルは、それ以上は何も言わず、ただ黙って主人の話を聞いた。

「はあ……お上に目をつけられたらどうしよう。庶民が城を建てるなど何事かって怒られやしないか」

 そして、逆上したルートゥーが正体を現して、グランフェリアを炎の海に沈めたら――そこまで考えると、どうしても気が重くなってくる貴大だった。

「どうしたもんかなぁ……」

 貴大はきぃきぃと音を立てて揺り椅子を揺らした。

 ユミエルは暖炉のそばにぺたりと腰を下ろして、前後に揺れる主人をじっと見守っていた。

 元々、饒舌ではない貴大とユミエルは、二人きりだとしゃべらない時間の方が多い。今日のように雪の振る夜などは、こうして暖炉の前で言葉もなくくつろいでいる。しかし、今日ばかりはそこに穏やかさやゆったりと流れる時間はなく、貴大は悩ましげに何度も膝を指で叩いていた。

「そうだ! 老龍さんがいたな。よく知らんけど、あの人、ルートゥーのお目付け役みたいなもんだよな?」

「……そう聞いています」

「じゃあ、あの人に監督を頼むか! そしたらあいつも無茶はしないだろ」

 いつの頃からか近所の道具屋に顔を見せるようになった老人を思い浮かべ、貴大は膝を叩いて明るく笑った。

 嬉しそうな主人を無表情に見つめながら、ユミエルは一度だけこくりとうなずいた。

「はあ、これで何とかなりそうだな。よかったよかった……じゃあ、もう風呂に入って寝るかな」

「……浴室は壊れていますが」

「うっ、そ、そうだったな。くそっ、そこだけ直しておきゃよかった……まあ、いい。ユミィ。カオルんとこに風呂借りに行こうぜ」

「……はい」

 こうなることを予想していたのか、ユミエルはすっと立ち上がって、すぐにも和室から桶やタオルを持ってきた。

 石鹸やオリーブオイルもきちんと入れられた桶を受け取りながら、貴大は空いた手で有能なメイドの頭を何度か撫でた。

「それじゃ行くか」

「……はい」

 似たような意匠のコートを羽織った二人は、連れ立って近所のロックヤード家に向かっていった。

 振り向けば半壊した我が家と、更地にされたルートゥー城建設予定地が目に入る。苦笑いでそれを振り切った貴大は、少し進んで、まんぷく亭の木戸を叩いた。






 ルートゥーが城を建てると宣言した日から早くも十日が経った。

 正月休みも終わった貴大とユミエルは毎日あくせくと働いて、その合間で自宅の修築にも取りかかっていた。 

 貴大の予想に反して主柱の大部分は無事だったようで、これなら一月足らずで直せると大工たちは胸を叩いて言った。事実、修築の大部分は痛んだ壁や床を取り換えるだけのものであり、骨格に手を加えることはほとんどしなかった。

 何か月も二人いっしょに和室で雑魚寝など、ユミエルも辛いだろうと思っていた貴大は、不幸中の幸いを大いに喜んだ。大工にお茶を運ぶ足、瓦礫を片付ける手も軽やかに、貴大は何くれなく自宅の修築を手伝った。

(風呂場はロマリア式にしてみるかな)

 人間、良いことがあると調子に乗るもので、貴大はこれ幸いと自宅の改良プランを練っていた。

 せっかくプロの手が入るのなら、元の通りに直すのではなく、よりよくするのもいいではないか。二階にも和室を作ろう。いやいや、あそこは書斎にしようと、貴大はほくほく顔で想像を働かせていた。

「もっと魔導レンガ持ってきてー」

「はーい」

 一方で、着々と出来上がりつつあるルートゥー城には、貴大はいつも苦々しい視線を送っていた。

「……はあ」

 壁と床だけはとりあえず元通りになった自宅の屋上で、貴大は働くシャドウ・ドラゴンズを見ていた。

「宝物庫はできたー?」

「ばっちりー」

 日の出とともにやってきて、陽が暮れるまで動き続ける彼女らは、どんな大工よりも熟練した技を持っていた。

 あっという間に図面を引いて、空を飛んでは柱を立てていく。レンガを組み合わせる動きはどこまでもリズミカルで、槌を振るう姿は芸術的なまでに無駄がなかった。

 岩を持ち上げるほどの怪力で、数百年分の知識と経験があり、抜群のチームワークを示すシャドウ・ドラゴンズにかかれば、城を建てるなど民家の修繕よりも他愛のないことだったのか。

 フリーライフのリフォームを待たずして完成しつつあるルートゥー城を横目に見て、貴大は屋上でぐったりと横になった。

「目立つことはするなって言ったのに……」

 一月の高い空に白い息をほうっと吐き出して、貴大はゆっくりとまぶたを閉じた。

 昼寝をするわけではない。ただ何となく寝転がった貴大は、いつもの【エアクッション】や【エアウォール】を使うでもなく工事の音に耳を立てていた。

 とんてんかん。とんてんとん。機械を使わない大工仕事の音は、どこか自然で心地良い。ドリルの不快な振動も、重機が起こす断続的な地響きも、異世界〈アース〉には存在しないものだ。

(……どんなだったかな。機械の音って)

 今はもう記憶の彼方にある音を思い出しながら、貴大は段々とまどろみの中に落ちていって――。

「佐山君。佐山君。このようなところで寝ていては風邪を引くよ」

「んあ?」

 眠る気はなかったのだが、いつの間にか意識をなくしていたらしい。

 声をかけられてようやくそのことに気づいた貴大は、体を起こし、ぼやける頭を何度か振った。

「んん……ああ、老龍さん。こんちは」

「うむ。良い日和だ」

 自宅の屋上で寝落ちしていた貴大に声をかけたのは、謎の老ドラゴン、老龍だった。

 ゆったりとした服を来て、ヒゲを滝のように伸ばした仙人。数千年を生きたレッド・ドラゴンであり、ルートゥーも頼りにしている相談役。しかし、自身にとってはあまり馴染みのない人物に、貴大はやや硬めの挨拶をした。

「老師、こんにちは!」

「お日柄もよく、老師」

 建材を担いで飛んでいたシャドウ・ドラゴンたちが、律儀に空中で静止して、一人一人老龍に頭を下げた。

 それを受けて老龍は、うむ、うむと何度もうなずいて、好々爺のように朗らかに笑った。

「……んー」

 中華っぽいドラゴン仙人が、西洋ドラゴンっ子たちと挨拶を交わしている。

 慣れ親しんだ自宅の屋上が一気にファンタジックな空間と化し、貴大はまだ夢でも見ているのかと目をしばたたかせた。

「佐山君……佐山君?」

「あっ、はい! な、何すか?」

 ぼんやりとしていた貴大は、老龍の呼びかけにびくりと体を震わせた。

 臆病なうさぎのような反応に、しかし老龍はにこにことしたまま長いヒゲを撫でていた。

「えっと……な、何でしょう?」

 再度の問いかけに、老龍は目をきゅっと細めて貴大に顔を近づけた。

 いくつものしわが刻まれた顔がアップに迫り、貴大は思わず後ずさりしそうになった。

「うん、うん」

「え、ええ……?」

 老龍はしばらくの間、貴大を観察していたかと思うと、顔を離してほっほと笑い声を上げた。

 ――このじいさん、ボケてんのか?

 奇怪な行動に、貴大はつい失礼なことを考えてしまったが、

「いやいや、すまない。礼を失してしまった」

「はあ……」

 老龍は丁寧に頭を下げて、自身の唐突な行動を謝罪した。

「午睡しているのを見かけてのう。いい機会だと思って観察していたのだが……じろじろ見られていい気はしないわな」

「そうですよ」

 ようやく話ができると思った貴大は、突然現れた珍客に、ほんの少しだけ不満げな態度を示した。

 それを受けた老龍は、またすまない、すまないと頭を下げて、愉快そうにしわ顔を歪めていた。

「それで、何の用ですか? ルートゥーの城のことですか?」

「ああ、いや。それもある」

「それも? 何か他にありましたっけ?」

「うむ……ううむ」

 やりすぎないように釘を刺してくれ。

 そう頼まれていたのに、結局、大がかりな工事になってしまった。そのことについて罪悪感でも覚えているのだろうか。珍しく言いよどむ老龍に、貴大はやはりと思って、

「いや、その、なんじゃ。ルートゥーとの夜の生活は……順調かね?」

「いきなり現れて何だこのジジイは」

 下世話な話を始めた老龍の頭にハリセンの一撃を喰らわせた。

「痛いのう」

「あんたなあ……」

 子どものように頭を両手で押さえる老龍に、貴大は呆れた顔を向けてため息を吐いた。

「ルートゥーは孫みたいなものなんだろ? それなのに、夜の生活とか何とか……見境なしのエロジジイか」

「いや、ち、違うぞ! それは違う!」

「ああ? どう違うんですかねえ?」

 慌てふためく老龍をジト目でにらみつけながら、貴大はハリセンをパン! パン! と手のひらに打ち付けていた。それを見て冷や汗を垂らした老龍は、少し早口で弁解を始めた。

「わしはただ、あの子のことが心配で……それに、城を建てるというから、子作りも順調なものとばかり……」

「は? 城と子どもを作るのと、どんな関係があるんすか?」

「え? 知らんのか?」

「知りませんけど……」

 信じられないという老龍の顔に、今度は貴大がたじろぐ番だった。

 その様子から彼が何も知らないのだと察した老龍は、ふむと一声発してから龍の文化について話し始めた。

「龍が自分の巣を作ったり、城を建てたりするのはじゃな。親から独立し、成人となることを意味する」

「え? でも、ルートゥーって魔の山に家がありますよね?」

「あれはあの子の両親の巣じゃ。今は不在じゃが、主は別におる」

「なるほど」

 そういえば、と貴大は思った。思い返してみれば、ルートゥーはシャドウ・ドラゴンたちから『姫様』と呼ばれていた。ということは、旦那様、あるいはお館様なる存在がいても何らおかしくはない。

 今回の一件は、その両親から離れての独り立ちを意味しているのだ――しかし、そこに子どもがなぜ絡んでくるのか。

 それはもしかして――。

「しかしの。独立するには条件があって、それは生涯の伴侶を見つけ、心身ともに結ばれることなのじゃが……」

「あああ、やっぱりそういうことかーっ!?」

 老龍が探りを入れてきたのも無理はない。ドラゴンが新しく住居を構えるということは、つまりはそういうことなのだ。

 ドラゴンからしてみれば、今まさに完成しつつある城は『愛の巣』以外の何ものでもなく、老龍やシャドウ・ドラゴンたちは貴大とルートゥーをそのように見ていたわけだ。

 ああ、やることやったんだな、と――。

「ちょ、ちょ、ちょっと止めて、止めてきます……!」

 羞恥に頬を染めながら、貴大は隣の城に飛び移ろうとした。

 手に持ったままのハリセンを振り上げて、恥ずかしいことをしたカオス・ドラゴンをとっちめに、彼は玉座を目指そうとした。

 しかし、屋上の柵に手をかけたところで老龍にマフラーの端をつかまれて、貴大はたたらを踏んで元の位置へと戻っていった。

「げ、げほっ! 何するんすか!」

 きつく締まったマフラーを解きながら、貴大は老龍に抗議した。

 しかし、老龍は謝るでもなく笑うでもなく、ただ真摯な顔つきで貴大をじっと見つめていた。これにたじろい言葉をなくした貴大に、老龍は懇願するように言った。

「あの子には好きにさせてくれんかね?」

「……え?」

 深く、知性を感じさせる黄金色の瞳に見つめられ、貴大は振り上げていた手をゆっくりと下ろした。それに満足するでもなく、老龍はまた、真っ直ぐに貴大に言葉を投げかける。

「あの子はかわいそうな子なのだ。箱入りで育てられた挙句、両親に置いていかれて、百年もさみしい思いをしてきた。家族の愛情が得られないまま、百年も魔の山で『お利口』にしていた。それが佐山君と出会って、新しい愛情を見つけて、あのように活き活きとしておる。両親から離れ、新しい家庭を築こうとしておる。その成長が、わしは嬉しくて……」

「それって……」

 貴大はルートゥーの両親に会ったことがない。紹介されたことはなく、ただ遠いところにいると――それだけ、教えられただけだ。

 ルートゥーの能天気な姿から、当時は深く考えなかった貴大だが、今、老龍の話を聞いて、彼の脳裏には一つのイメージが浮かび上がっていた。

 それはつまり、死や、永遠の別れといった――。

「じゃあ、ルートゥーの親御さんって……」

 おずおずとたずねる貴大に、老龍は沈痛な面持ちでうなずいた。

 やはりそうなのだ。意図せず知ったルートゥーの真実に、貴大は心が沈んでいくような感覚を味わって、

「――そうじゃよ。もう百年も『結婚千周年記念旅行』に出かけておるのじゃ」

「マジでかわいそうですね、ルートゥー!?」

 直後、盛大にズッコケた。

「おお、おお、分かってくれたか。そうなのじゃよ、うん。あの子はかわいそうな子なのじゃ」

「分かりましたよ。分かりました……はあ」

 緩慢な動作で立ち上がりながら、貴大は大きなため息を吐いた。

 それをさして気にも留めない老龍は、貴大の手を取りながら、大きな体をくの字に曲げた。

「両親のことがなくとも、ルートゥーは生来さみしがりやでの。今回のことは先走りじゃったが、あの子に付きあってやってはくれんか」

「うーん……」

 思い当たる節がないわけではなかった。

 日常的なスキンシップ。視界に入っての猫のようなアピール。かまってやると満面の笑顔で喜んで、よく貴大に抱きついていた。

「まあ、分かりましたよ。城を作って、それからあいつが何をしたいのかはまだ分かりませんけど、流れに乗ってみます」

「おお、そうか!」

 貴大の言葉に、老龍は我が身のように喜んで繋いでいた手を大きく振った。

 その感触に苦笑しながら、貴大はまた、横目でルートゥーの城を見た。

(さみしがりやのドラゴン、か)

 あの恐ろしいカオス・ドラゴンの姿からは、とてもそうは思えないが――どのような生き物も、外見から心を知ることはできないものである。

 ルートゥーがかまってほしいと駄々をこねているのなら、遊びに付きあってやって、最後にデコピンを喰らわせてやるのもいいだろう。

 自身も少しだけさみしがりやの気がある貴大は、八割がた完成した城を見つめながら、そのように考えていた。

~数か月前~

シャド子A「ルートゥー様が嫁がれていった……」

シャド子B「って、あれ? 私たちついて行かなくていいの?」

シャド子C「二人きりで蜜月を過ごすんですって」

シャド子D「え゛? じゃ、じゃあ、私たち、働かなくていいの!?」

シャド子E「どうやらそうらしい……」

シャド子F「うああああああああ!?」

シャド子G「救世主! 救世主が降臨した!!」

シャド子H「タカヒロ様万歳! タカヒロ様万歳!!」

シャド子ズ「「「ひゃ、百年ぶりの長期休暇だああああ!!!!(歓喜)」」」ビクンビクン

秘かに好感度を上げていた貴大でした。
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