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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

サイドストーリーズF

267/291

現れた怪異

 事件が起きた。

 怪物が出た。

 それしきのことで中止になるほど、グランフェリアの新年祭はちゃちなものではない。

 たとえ悲鳴を聞いたところで、民衆はすぐにも何事もなかったかのように笑い始める。たとえ怪物を目にしたところで、いい余興になったとかえって喜ぶだろう。

 十万都市グランフェリア。いつも何かが起きるこの街では、怪物騒ぎなど大した問題にもならなかった。

「バーゲン、バーゲン~♪」

「新春バーゲン♪」

 住人に加え、多くの観光客でにぎわっている中級区を三人の少女が歩いていた。

 意匠の似た服、蜂蜜色の髪をしている彼女らは、胸に大きな紙袋を抱えたまま、鼻歌を歌いながら大通りを西へと進む。

「グランフェリアの新春バーゲンは噂以上でしたね。ほら、新しい映像水晶がこんなに!」

「こっちはブランドものよ。ふふふ、あー、王都ってやっぱりいいわー!」

「お菓子、お菓子~♪」

 ブランドのロゴが入った紙袋に頬ずりをしているのは、長女のフェア。

 理知的な顔を珍しくほころばせ、喜びのあまり眼鏡がズレているのは、次女のピーク。

 そして、買い漁った焼き菓子の匂いにとろけた顔をしているのが、三女のニースだ。

 グランフェリアに住みついた妖精三姉妹は、すっかり人間としての姿も馴染み、今日も町娘に混じって商店街のバーゲンに出かけていた。

「大収穫だったわね!」

「ええ。早く帰ってこれらを上映しましょう」

「あ、あたし、お茶いれるね~」

 きゃぴきゃぴと黄色い声を上げて、妖精三姉妹は西の住宅街へと進んでいった。

 背の高いアパルトメントが立ち並ぶ通りを行き、住宅街の中央近くまで来た彼女らは、迷うことなく一つの建物に入っていく。

 築何十年も経たおんぼろアパルトメント。今にも倒壊しそうなくせに、家賃だけはいい値がする下宿に入り、ぎしぎしと音を立てる階段を上る妖精三姉妹。

 やがて最上階、屋根裏部屋へとたどり着いた彼女らは、鍵をしっかりとかけて、物置へ続く扉に手をかけた。

 すると――。

「あー、帰ってきた、帰ってきた」

「馬車に乗ればよかったね~」

「冗談を。あの人ごみで馬車をつかまえるなど、できることではありませんよ」

 薄いピンクの壁紙。真っ白でもこもことした絨毯。あちこちに置かれたカラフルなクッション。グラスに山盛りにされたマカロンと、散らかされた化粧道具。

 円形の部屋の壁にはバスルームやベッドルームに続く扉があって、そこには流れる星のペイントなどが施されている。

 その広さ、しっかりとした作りは、とてもアパルトメントと同じものとは思えない。それもそのはず、この部屋は妖精三姉妹が魔法で作った空間であり、彼女らの本当の家だった。

「ほら、ニース。お茶いれてきて」

「わかった~」

 重たい荷物をどさりと置いて、フェアは倒れるようにクッションにもたれかかった。

 ニースはキッチンにお菓子を運んでいって、ピークはいそいそと映像水晶を台座にセットし始める。

 妖精三姉妹の優雅な生活――というにはいささか所帯じみているが、これが現在の彼女らの日常だった。

「ふむ、案の定だらけているな」

「はいはい、そーね、よかったわね……わー! 見て、ピーク! このマフラーの色!」

「冬用にしては明るい。初春用ですか? 気が早いですね」 

「いい女は季節を先取りするものよ」

「へえ、そうですか」

 戦利品を広げるフェアに生返事をしたピークは、黙々と映像水晶の位置調整を行う。

 妹のつれない態度にも慣れているのか、フェアは気にせず次の袋を破り出す。

 すると、すぐにもニースが戻ってきて、テーブルの上に茶器を並べ始めて――。

「ひえええ~っ!? お、お、王様ぁっ!?」

「「ええっ!?」」

 ようやく部屋のすみに突っ立っている男に気づき、両手を振り上げ、大きな声を上げた。

「久しいな、お前たち。元気にしていたか?」

「よ、妖精、王……様……!」

 濃緑のローブをまとい、透明な羽をいくつも背中に生やした壮年の男は、一歩一歩部屋の中央に近づき、ぎろりと妖精三姉妹をにらみつける。

「はは~!」

「これはこれは妖精王様。ご機嫌麗しゅう。本日は何用でございますか?」

 条件反射のようにニースが平伏し、ピークは薄ら笑いを浮かべて揉み手をこする。

 唯一、フェアだけが大口を開けたまま固まっていたが、妖精王は気にすることなくどっかと椅子に腰を下ろした。

「いつになっても妖精界に戻ってこないと思えば、こんな部屋まで用意して……」

 いかにも神経質そうな痩身の男は、わずかにこけた頬に手を当てて妖精三姉妹をねめつける。

「ぃや~……こ、これもね? 社会勉強だと思って……」

「ふん。楽しそうな社会勉強もあったものだな」

「うっ……!」

 散らばったブランドバッグ、山盛りのお菓子、今まさに上映されようとしていた映像水晶に目をやり、妖精王はわざとらしくため息を吐いた。

「お前たちも知っているだろうが、妖精とはこの世ならざる生き物だ。界と界の狭間に遊び、夢うつつの中にこそ現れる存在だ。それが一つの世界に定住するなど以ての外だ」

「そういう考え、もう古いって! 現に私たちうまくやってたし、妖精だってバレてないし……」

「何かあってからでは遅いのだ。魔法使いにつかまったらどうする。奴らが外法を用いて、妖精種という存在を創ったことは知っているだろう」

「悪い魔法使い! はっ! そーいうのが古いのよ」

 いつもやり込められてばかりで鬱憤が溜まっていたフェアは、ピークやニースの制止も振り切って妖精王に噛みついた。

 しかし、妖精王はフェアの不躾な態度に怒ることなく、ただ目を細めてフェアをにらみつけた。

「な、なによ……」

 たじろぐフェアに、妖精王は一つの忠告を送る。

「分からんか? いるのだ。この街にはすでに異物が入り込んでいる」

「……え?」

「不穏な気配も感じる。邪悪な意思がグランフェリアをのぞき込んでいる」

「え、え……!?」

 いつにない妖精王の厳格な態度に、フェアたちは戸惑った。

 不穏な気配? 邪悪な意思? そのようなもの、どこにも感じられなかった――。

 妖精三姉妹の表情から、彼女らはまだ『分かっていない』のだと悟った妖精王は、部屋の入り口に手を向けて、魔法の鎖で扉を封じた。

「あ~っ!?」

「ま、街への扉がーっ!!」

 愕然とする妖精三姉妹に構うことなく、妖精王は光に包まれ、段々と輪郭をなくしていく。

『いいか、お前たち。しばらくは外に出るな。やつは力に飢えている。そしてこれは『試練』でもある。今、我らがこの街に関わることは許されない……』

「ちょっと! えーっ!? またわけわかんないこと言ってーっ!」

「扉が~っ! と、扉ぁ~っ!」

 妖精王は渦巻く緑光に包まれて、妖精郷とへ帰っていく。

『いいか……今はただ、見守るのだ……』

「「「扉ぁーっ!!」」」

 そして、妖精王は何の痕跡も残さずに、妖精三姉妹の部屋から去っていった。

「……もー、何なのよ、あの貧弱ガリガリ親父……」

 有無を言わさぬ強引さに、フェアはすっかり気分を落ち込ませて、クッションの山へと倒れ込んだ。

「う~……屋台のお菓子も買って来ようと思ってたのに~……」

 フェアに覆いかぶさるように、ニースが長姉に続いてぱたりと倒れた。

「……ふむ。邪悪な意思、ですか」

 ただ、次女のピークだけが、口に手を当てて何かしら考え込んでいた。

「妖精王が警戒する相手。それはもしかすると……」

 ピークは険しい顔をしたまま、部屋の本棚から一冊の本を抜き出した。

 次いで、パラパラとページをめくり、本の中ほどでその手を止めた。

「ふむ……」

 すぐにも腰を下ろして、その場で本を読みふけりだすピーク。

 彼女が持つ本の表紙には、『神』を意味する単語が見て取れた。







 それは――。

 それは、考えていた。

 自分は何者か。自分は何者か。自分は何者か――。

 どうしてここにいて、何のために体を動かして、これからどこへ向かおうとしているのか。

 足りない。答えを出すには知性が足りない。

 足りない。思考するには力が足りない。

 もっと、もっと、もっと、もっと。大きな力が必要だ。偉大なパワーが必要だ。

 本能がそれの拙い頭脳にささやきかける。養分だ。成長だ。大きくなるのだ。存在意義を果たすのだ――。

 心の奥底がひりつくような衝動によって、今、それは一組の男女に触手を伸ばしていた。

「おのれ、魔物め! 僕らをイースィンド王家の者と知っての狼藉か!」

「お、お兄ちゃん……!」

 純白のコートを着た、身なりのよい少年がいた。

 その背中に隠れるように、庶民のような少女がいた。

 二人は上級区の路地でそれと対峙し、何とかそれを追い払おうと牽制している。

『ア……オオ』

 抜き放たれた長剣に意識を向けて、それは歓喜の声を上げた。

 ――何というエネルギー量か! 

 神々しいまでに美しい長剣は大いなる力の結晶体であり、その刀身には凝縮されたパワーが感じられた。

 あれを、あれを、我が身に取り込むことができたなら――きっと自分は完成する。

『アアアアアァッ!』

 生まれて初めて雄たけびを上げて、それは粘液の体を大きく広げた。

 少年と少女ごと呑み込むように、投網のように広がったそれは、重力に引かれたまま落ちてくる。

「きゃあああ!」

 幸運なことに、少女が少年の足かせとなり、彼らはその場に釘付けになっていた。

 このまま――このまま、吸収する。あの剣を、己の糧とするのだ――。

 それは輝ける未来に心を弾ませて、そのまま、包み込むように体を縮めていき、

「なめるなっ!!」

『オオ……!?』

 水風船が破裂するように、四方八方へと吹き飛ばされた。

 びちゃびちゃと音を立てて、壁や石畳に付着する粘液。そのうちの大きな塊に剣を向け、少年は静かに怒りを燃やした。

「僕とエミリーを捕食するつもりか? いい度胸だ。魔物らしい浅ましさだ……だが!!」

 怒号をそれへと叩きつけ、少年は――第四王子フォルカは、二つ名の由来である神剣を高らかに天に掲げた。

「イースィンド王家に弓引くことは、何人たりとも許されない! ましてや我が最愛の妹を牙にかけようなど、言語道断! 騎士たちに任せるまでもない……貴様は、この僕が直々に成敗してくれる!!」

 鍛え上げられた肉体が躍動する。

 仰々しい言動が威厳へと繋がっている。

 かつて『神剣のおまけ』と蔑まれた第四王子は、一年の月日を経て、身も心も大きく成長していた――!

「喰らええええっ!! 【パイル・バンカー】ァァァ!!」

『ゴポ……!?』

「吹き飛べぇぇえええっ!! 【フラッシュ・ラッシュ】ゥゥゥッ!!」

『オオオ……!!』

 ――のだが、周囲のことをあまり考えないのは、以前と変わりないようだ。

「きゃああ! お兄ちゃん、かっこいいーっ!」

「わははははははーっ!」

「やっちゃえーっ!」

「ああ、任せたまえーっ!!」

 神剣が弧を描くたびに、刀身から光の波動が飛び出して、直線状にあるものをズタズタに引き裂いていく。

 強力なスキルが発動するたびに、柱がへし折れ、民家の壁に大きな亀裂が走っていく。

 見る見るうちに路地はズタボロになっていき、それでも手を止めないフォルカによって、遂には石畳に大穴が開いた。

『オオ……』

「はーははははーっ! ……むっ!? 魔物がいないぞ! どこへ消えた!?」

「やっつけたんだよ! お兄ちゃんが!」

「おっ、そうかそうか。ふふふ……何と他愛のない」

 本当は、飛び散った粘液はすべて大穴から下水道へと逃れたのだが――そうとも知らないフォルカとエミリエッタは、勝どきを上げて魔物退治を盛大に祝っていた。

「お兄ちゃん、すごい! やっぱりお兄ちゃんは勇者さまだよ!」

「ふふふ、何やらこそばゆいね。ふふふ、ふふふふー、ふあははははーっ!」

 やがて護衛の騎士たちが駆けつけて、野次馬たちが集まってきても、フォルカとエミリエッタは心底誇らしげに笑っていたとか。

 そして、その後、フォルカのポケットマネーがごっそり減ることになったとか。

 フォルカ・ラセルナ・ボルトロス・ド・イースィンド。

 神剣の勇者と呼ぶには、まだまだ青い少年だった。





 一月二日――事件が顕在化し始めた日の夜。

 王城の一室には、イースィンドの武を司る貴族たちが集まっていた。

「問題ね」

 重い空気が充満する部屋で、口火を切ったのはランジュー伯爵だった。

「よりにもよって、『王都で』『王子が』『魔物に』襲われる? 三重の問題……いいえ、もうこれは問題外だわ。騎士団、警邏隊は何をしていたの?」

 絞り込まれた体。短い銀髪。鳶色の瞳。

 そして、この場にいる誰よりも鋭い目つきをした女伯爵は、円卓の端に座る男に剣呑な視線を突き刺した。

「は、はぅ、はぁ、そ、その……そのぉ……!」

 上級区の警備を担当する騎士団、その長を務める伯爵は、脂汗で豊かな口髭を萎れさせ、なおもぽたぽたとテーブルに汗を滴らせていた。

 その汚らしい滴にあからさまに顔をしかめ、ランジュー伯爵はなおも責任者を糾弾しようとする。

 しかし、それを遮るように、場違いな笑い声が会議室に響いた。

「わっはは! いやあ、災難でしたな! あのような事件、滅多にあることではありませんぞ! フォルカ様も災難、エミリエッタ様も災難、警備の者も災難! 全員が被害者であると考えれば、腹も立ちますまい!」

 常人を一回りも二回りも大きくしたような赤毛の男は、からからと大きく、よく通る声で笑い、バンバンと手を打ち鳴らした。

 これに苛立つランジュー伯爵は、額に青筋を立てて赤毛の男――南部騎士団の長、ダントリク男爵をにらみつけた。

「貴方、本気で言っているの? それとも南部の陽気に脳みそがやられたの?」

「ははは……いやはや、手厳しい。しかし、本気なのですな、これが」

「はあっ!?」

 いよいよとち狂ったのかと思われたダントリク男爵は、朗らかに笑ったまま筋道立てて説明を始めた。

「新年祭の期間中、警備がより一層強化されるのはここにいる全員が知っていること。そして、それは過去何十年も破られたことがないのも周知の事実。問題があるとするならば、警備が破られたことではなく、警備を破る者がいたことです」

「まさか不破の守りが崩れ去るとは……油断があった。心に隙があった」

「しかし敵も大胆不敵。王族を直に狙いに来るとはな」

「いや待て、まだ敵の勢力さえもつかめていない。フォルカ様は偶然、魔物と遭遇しただけでは?」

「王都の中でか? あり得んっ! これはバルトロアの陰謀に決まっている!」

「それにしては物的証拠が少なかろう! 工作員の動きも見られなかった! ここで他国を疑っては禍根を残すぞ!」

 ダントリク男爵の話を皮切りに、会議室に集った貴族たちが喧々諤々の討論を始める。

 誰の仕業か。何が目的か。続きはあるのか。これきりなのか。

 手持ちの情報だけでは事件の輪郭がぼやけてしまい、会議の内容さえあらぬ方へと向きかけていた。

 多くの貴族は不安だったのだ。盤石と信じて疑わなかった王都の警備が、これほど見事に崩されるなど――。

 不安が貴族を饒舌にして、終わりが見えない議論は際限なく過熱していった。

「――警備を強化する」

「……っ!!」

 不毛な議論を止めたのは、たった一つの声だった。

 イースィンドの赤龍。イースィンドの守護神。王家の懐刀とも呼ばれるフェルディナン家の当主が、無表情にぼそりと呟いた。

「「「はっ!!」」」

 オデュロン・ド・フェルディナン。

 大公爵の鶴の一声により、今ここに方針は定まった。

 前代未聞の王子襲撃事件。その下手人を上げ、背後関係まで洗い出すため、貴族たちは静かに動き出した。



懐かしいキャラも最近出てきたばかりのキャラも、盛りだくさんのサイドストーリーズF!

次回は学園関係者がメインです。

お楽しみに!
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