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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

フランソワ編

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黒騎士と都市の闇

 食事もできる。酒も飲める。みんなで騒げる。女も抱ける。

 そんなところ、繁華街の他にはない。特に大都市、グランフェリアならなおさらそうだ。

 太陽が沈み、夜が訪れ、日が変わるまでの短い間、区画をあげてのどんちゃん騒ぎ。仕事帰りのおじさんも、仲間を連れた青年も、誰もが等しく魔素灯に照らされて、銅貨を片手に酒を飲む。

 中級区の飲み屋は、上級区のパブほどお上品じゃない。だけど、下級区の屋台街ほど物騒じゃない。ちょうどいい喧騒と、ちょうどいい安心感。その居心地のよさに浸りたくて、上からも下からも、当然、同じ中級区からも人が集まっていた。

「私は、ですねー。元々、エルゥさんのような、研究畑の人間だったのですよー」

「ふーん、そうかそうか」

「それがですねー。後進のためにって、教職に誘われましてねー。お給料もよかったのでー」 

「先生になって、えらい目にあったんだよな」

「あいー」

 パブとビストロが融合したような飲み屋は、中級区にはとても多い。

 仕事上がりの貴大とエリックが、だらだらと居座っているこの店もそうだ。繁華街の中心近くにあるこの店は、二人が出会った店でもあり、彼らがちょくちょく利用する店でもあった。

「でも、でもですねー。最近、教職の仕事にやりがいを感じていてー。でも、やっぱり研究職にも未練があってー」

「レオン先生とか、エルゥみたいに、先生やりながら研究すれば?」

「ふぁー」

 貴大を臨時講師にスカウトした若手教師、エリックが、妙に甲高い声を上げた。

 くせのある柔らかな金髪。コバルトブルーの瞳。縁が太い眼鏡。それらが幼げな顔立ちと相まって、十代の少年にも見えてしまうエリックは、見た目通りに酒に弱い。

 二、三杯のビールですっかり出来上がってしまったエリックは、茹でダコのように真っ赤になって、童子のようにニコニコと笑っていた。

「それだっ! いやー、タカヒロさんは……えらいっ! 研究しながら、先生かぁ……何ができるかなぁ」

「この話、何度目だよ……」

 酔っぱらう度に同じ話をするエリックに辟易としながら、貴大はオリーブを口の中に放り込んだ。

 こうなると先は長い。場合によっては、エリックの家まで彼を送り届けることになる。

 そうすると、その分、家に帰る時間が遅くなって、ルートゥーの機嫌が悪くなって……そこまで考えた貴大は、自分の所帯じみた思考に気づき、苦笑した。

(子持ちのパパか)

 結婚なんてするものか。伴侶なんて見つけるものか。

 自分の時間が取れないなんて嫌だ。プライベートな時間が減るなんて嫌だ。誰かに合わせて生活するなんて嫌だ。

 面倒臭いことは嫌いなんだ――。 

 などと考えていた貴大も、ふと気がつけば、一国一城の主である。

 良妻のようなメイドがいて、わがまま娘のようなドラゴンがいる。自分の家に、自分ではない誰かがいて、彼らに合わせて生活している。

 そして、思った以上に、それを煩わしく思っていない自分がいる。

 貴大はグッとビールをあおりながら、俺も歳を取ったものだと、ニヒルな顔をして微笑んでいた。

「タカヒロちゃん、何かいいことあったの?」

「あれ?」

 貴大とエリックがいるテーブル席に、一人の女性がひょこっと顔をのぞかせた。

 紫がかった長い黒髪。赤い瞳に、魅惑的な泣きぼくろ。いかにも女性的な体を、踊り子のような衣装に包んだ女性。彼女の体には、悪魔のような角と羽、そしてしっぽが生えていた。

「イヴェッタさん、どうしたんですか? お仕事は?」

「んー、今日は同伴出勤だったんだけど、お相手が来なくてね。どうしたのかなー? って思っていたら、さっき、【コール】で残業だって連絡があったの」

「あー、そういうことでしたか」

 腕を組み、人差し指を頬に当て、困ったように首を傾げてみせる女性。

 妖しげな魅力をまとう彼女の名は、イヴェッタ=カルローニ。淫魔であり、娼婦でもある彼女は、動きの一つ一つが蠱惑的であった。

「ねえねえ、タカヒロちゃん? お店に来ない? いっぱい、サービスするよ?」

「いや、そういうのは、ちょっと……」

「大丈夫、優しくするから……ね?」

「そういう問題じゃなくて……」

 貴大のご近所さんでもあるイヴェッタは、昼間はよくできた女性である。

 肌の露出の少ない落ち着いた服を着て、淫魔の角や羽も引っ込めて、優しいお姉さんになっている。

 近所の子どもの面倒見もよく、家事も得意で、結婚すれば良妻賢母間違いなしと言われる彼女は――しかし、その本質は淫魔であり、男を誘う夜の蝶々だ。

 赤い瞳を妖しげに光らせて、豊満な胸をさり気なく押しつけてくるイヴェッタに、貴大は途端にたじたじとなり、椅子ごと壁際に後退する。

「いい夢、見よ……?」

「起きた時、地獄を見そうなんで遠慮しますー!」

 とうとう、悲鳴を上げた貴大。

 彼の脳裏には、彼を慕う少女たちが……特に、独占欲の強そうなルートゥーの顔が浮かんでいた。

 それを抜きにしても、女性経験のない貴大にとって、イヴェッタの誘いは刺激が強すぎた。今にも濃厚な口づけをされそうな貴大は、たまらずエリックを盾にして、自分は難を逃れようとする。

「おおおお……!? タ、タカヒロさん、見てください。人の胸部が、こんなに柔らかく膨らんでますよ……!?」

「やん♪」

 酔い潰れようとしていたエリックは、目の前に現れた巨峰に思わず手を伸ばし、しげしげと観察を始めていた。

 二つの膨らみに隠された秘密を暴こうとでもいうのか、くわっと目を見開いたエリックは、イヴェッタの胸を下から支え、または正面からわしづかみにする。

 その慣れない手つきがかえってよかったのか、イヴェッタはターゲットをエリックに切り替えて、彼を胸に抱こうとする。

「すまん、エリック……お前のことは忘れない」

 こそこそと支払いを済ませ、店の外へと出た貴大は、これからエリックが失うものを思い、涙した。

 これで童貞トークはできなくなるなと、一抹のさみしさを覚えながらも、自分はそうなってはごめんだと、貴大は足早に店を後にした。

「あら、お兄さん。お一人?」

「あっ、タカヒロさん。寄ってかない?」

「ハッスルハッスル! ハッスルハッスル!!」

 飲み屋から大通りに抜ける間にも、貴大は娼婦や客引きから声をかけられた。

 イヴェッタがふらりと現れたことから分かる通り、ここは色町に近く、そういった手合いには事欠かない。

 酒と同じく、夜の街には欠かせない要素である。貴大が拒んだところで、グランフェリアには娼婦は山ほどいた。

(性的にオープンだよな、この世界のヨーロッパって)

 妻帯者であっても、当たり前のように娼婦を買って、当たり前のように朝帰りをする。気軽なノリで声をかけ、そのままの調子で行為に及ぶ。

 妙なところで貞操観念の高い貴大は、性的な文化の違いを意識する度に、感心したような、驚いたような気持ちになる。

 娼婦という職業があることに、彼は強いカルチャーショックを覚えるのだ。

(……でも、ああいうのは変わらないよな)

 ここが異郷であることを意識した時、彼は夜の街の暗がりに目を向ける。

 路地裏の奥に光る目。通りを見張る武装した男たち。人目を避けて歩く青年。いやらしく男を見つめる、蠱惑的な女――。

 いずれも犯罪の香りがただよう人々からは、貴大が元いた世界と同じ空気を感じられた。

 夜の街は煌びやかなものばかりではない。楽しいことばかりではない。一歩、暗闇へと足を踏み外せば、奈落の底へと落ちていくような危険がある。

 警邏隊や自治組織が目を光らせているため、そうそう問題が起きることはないが、それでも十万都市グランフェリアでは、毎夜のように死人が出ている。

 浮かれて危険に近寄れば、闇はいつでも牙をむく。この世界での生活も長い貴大は、そのことを重々承知していた。

(ちょっと早いけど、今日はもう帰るかな)

 一人酒も嫌いではなかったが、今の貴大はそんな気分でもなかった。

 イヴェッタが現れて、エリックとの飲み会がお開きになったのは、考えてみれば良いタイミングであった。

 夜遅くならないうちに――夜の闇が濃くならないうちに、貴大は帰路に着くことにした。

「我こそは龍殺し! 天下無双の黒騎士なりー!」

「なんのなんの、天下御免のライオン仮面は、ここにありっ!」

 いくつもの通りに繋がる繁華街中央広場では、今宵も大道芸や演劇がにぎやかに行われていた。

 玉乗りやジャグリング、魔法の芸を見せる者たちに交じって、簡素な組み立て式の舞台の上では、黒い甲冑姿の役者と、獅子の面をつけた役者が舞い踊っていた。

 流行に敏感な街角役者たちは、流行りのものをすぐに取り入れては、面白おかしく加工する。今夜の演目は、なんと黒騎士とライオン仮面の対決というものであり、荒唐無稽な内容ながらも、観客は大いに盛り上がっていた。

「はあっ! 山さえ断ち切る【獅子王斬】!!」

「効かぬっ! 効かぬ効かぬっ! 『黒龍の鎧』と、我が鋼の肉体は、龍の牙さえ通さぬわっ!」

「俺、回避専門なんだけど……」

 ライオン仮面が放つ、エフェクトのみが派手なスキルを、真っ向から受け止めてみせる黒騎士。

 頑強さ、たくましさを誇る英雄像としての黒騎士に――黒騎士の中の人は、苦笑しながら、秘かにツッコミを入れていた。

「まー、しかし、黒騎士人気も長いよな」

 中央広場を通り過ぎながら、貴大はぽつりと呟いた。

 カオス・ドラゴンの襲来をきっかけに火がついた黒騎士人気。それは闘技場での優勝など、様々なエピソードを材料にして、ますます大きく燃え盛っていた。

 グランフェリアが誇る大劇場でも、ここ半年は『黒騎士物語』なる演目が、満員御礼の人気を見せている。

 このような状況で、うっかり正体を明かしてしまえば、一体、自分はどうなってしまうのか――。

 考えただけでも恐ろしい展開に、貴大は背後から聞こえる歓声に肩をすくめ、なるべく目立たないように道の端へと寄っていった。

(街で黒騎士の恰好をして、人助けなんてしてるから、なかなか熱が冷めないんだよな。気をつけよう……もう黒騎士の鎧は出さないようにしよう)

 顔を隠せば、全力を出しても問題にならない。

 そのことに気がついた貴大は、公の場で自分の力を発揮する時、いつも黒騎士に変装していた。

 この日のような夜の帰り道。目についた犯罪を、軽い調子で解決していく。

 グランフェリアの悪人を一掃する! などという志は貴大にはなかったが、力があるのに人を見捨てるのは後味の悪いものだ。

 結果、貴大は、目についたことだけに首を突っ込んでいたのだが――これが、民衆の間の黒騎士人気を大いに煽った。

 個人のためではなく、国や世界のためだけに力を使う勇者。彼の存在と同等の力を持ちながら、黒騎士は『自分たちのため』に動いてくれる。突如として現れた身近な英雄に、人々は他の英雄にはない親しみを覚えていた。

 しかし、そうなると困ってしまうのは黒騎士の中の人、貴大だ。ここまで事が大きくなると、消火することすら難しい。貴大が黒騎士として活動すればするほど、黒騎士信仰は熱を帯びていく。

 幸いにして、近頃はライオン仮面や、魔法聖女☆マスクドコルテーゼなる新たな英雄が現れている。ここは息を潜めて、黒騎士の熱波が去っていくのをただ待つのみ。それが賢明だと、貴大は考えていた。

「……って、考えているそばから」

 貴大の視界に、路地裏に引き込まれていく少女が映った。

 少女の口に布を当て、強引に彼女を連れ去った大男は、控えめに考えても犯罪者としか思えない。

 いくつも店が開いていない通りには、見計らったかのように人気がなく、貴大以外、先ほどのかどわかしを見ている者はいなかった。

「……やるしか、ないよなぁ」

 冒険者崩れであろう悪漢の見た目から、荒事になるのは容易に想像できた。

 そして、荒事を解決する何でも屋、というのはなかなか想像できないことだった。

 結果として、貴大は別の路地裏に飛び込んで、システム・メニューを開き、アイテム欄から鎧と兜を取り出した。

「うう……こんな時に、ライオン仮面とかが来てくれるといいのに」

 ため息を吐きながら、心から願う貴大。

 しかし、別の英雄が都合よく登場するには、いささかグランフェリアは広かった。

「な、何だ、おめえ! どけっ! どけどけ!」

 かくして、今宵も貴大は黒騎士となって、

「おいっ! 聞こえねえのかっ! どけええ!!」

 街の闇から、罪なき少女を救い出す。

「なん、で……」

 いつもの人助け。いつものお節介。

 その中で、一つだけ、違いがあるとするならば――。

「なんで……!?」

 今夜の被害者が、貴大もよく知る少女であったことだ。

(何でって……そりゃ、俺が聞きたいよ……)

 学園の実習服にも似た、動きやすい軽装備。

 青い瞳に、くるくると渦を巻くような金色の髪。

 顔こそ青ざめてはいるものの、悪漢に襲われていた少女は、紛れもなくフランソワであり、中級区の繁華街にいるには意外に過ぎる少女であった。

「あ、あ……」

 マヒ毒にやられているのだろう。少女は貴大の腕の中で細かく震えるばかりで、まともに会話を交わすこともできない。

 もっとも、黒騎士の姿をしている今の貴大も、知り合いに声をかけることすらできない。

 必然的に、二人は無言となって、路地裏をゆっくりと進んでいく。フランソワをお姫様のように抱えた貴大は、なるべく彼女と視線を合わさないよう、通りに向けて歩いていく。

「お嬢様っ!?」

「それと、貴殿は……!」

 やがて、通りに出たところで、貴大も顔を知る親衛隊たちがやってきた。

 フェルディナン家お付きの魔法剣士たちは、フランソワを心配しつつも、黒騎士の登場に動揺を隠せずにいた。

 それを幸いに、貴大は彼らにフランソワを押しつけて、通りに並ぶ建物の上へと飛び上がった。

「あっ、ま、待ってください!」

 追いすがる言葉も置き去りにして、貴大は全力で屋根の上を走り、道路の上を飛び越えた。

 そして、隠ぺいスキルで透明になりながら、彼は兜の上から頭をかく。

「こういうことをするから、変に話題になるんだよな……」

 後悔先に立たずというが、見かけた犯罪を放っておくのは釈然としない。

 自分の中の、変に意固地な良心を苦々しく思いながら、貴大は自宅へ向かって夜闇を駆けた。

「それにしても、フランソワのやつ、何であんなところにいたんだ?」

 いつもの後悔に加わった疑問。それは、フェルディナン家の家庭事情を知るはずもない貴大には、決して解けないものであった。

「お忍びってやつか? まったく……」

 まさか自分が――いや、黒騎士が標的だったとは露知らず、貴大は首を傾げて、フランソワのことを考えていた。






 同刻、グランフェリア下級区にて――。

 いや、正確には、下級区東部。グランフェリアの中でも、特に治安が悪いとされる区画で、この街の澱みが蠢いていた。

「また黒騎士が現れた、か」

 倉庫を偽装した拠点の一つに、ガラの悪い男たちが集まっていた。

 痩せた者。いかつい者。どちらでもない者。魔法使いのような者。てんでバラバラで統一感のない男たちは、目つきの悪さによって不思議なまとまりを見せていて、彼らが一つの集団であることをうかがわせた。

 犯罪組織、テロリスト、マフィア、盗賊――そのいずれであろうとも、男たちが悪人であることはまず間違いがない。

「やりにくいなぁ……」

「ああ、やりにくい」

 小部屋に集った十数人は、にやにやと笑いながらも、その目に愉悦は浮かんでいなかった。

 むしろ、底知れない闇を湛えたその瞳は、日が当たる場所では決して見られないものであり、ここスラム街においても、性質が悪いと敬遠されるものだった。

 性質が悪い――そう、性質が悪いのだ、彼らは。

 名を『アンダー・ザ・ローズ』というこの悪人集団は、グランフェリアの恥部に等しい。

 自らを必要悪だ、都市にあるべき澱みだとうそぶく彼らは、悪行、犯罪を躊躇わず、罪を罪とも思わない。

 人をさらって売りさばき、麻薬を仕入れて街へと流す。呪物、禁書の封印を解き、人殺しさえもいとわない。

 この街で起きる凶悪犯罪に、必ず、何かしらの形で関わっている『アンダー・ザ・ローズ』。美しい花の都の地下に潜む暗闇は――しかし、ここ半年ほど、鳴りを潜めていた。

「この街は、いつからこんなに暮らしにくくなったんだ? どいつもこいつも、黒騎士、黒騎士。正義の味方ごっこまで流行ってよぉ。『模倣犯』まで増えてやがる」

「ミケロッティのやつまで、きれいごとをぬかすようになって……」

「住みにくいよなあ、生きがたいよなあ」

 汚泥の中でしか生きられない者たちは、生活圏の変化には人一倍敏感だ。

 自分たちが好き勝手にできる領域が、どんどん狭まってきている――。

 誰に言われずとも、そのことを痛感している悪人たちは、壁に貼られた黒騎士の肖像画をにらみつけた。

「はは、でもいいさ。ははは」

 一時、しんと静まり返った小部屋の中で、からからと笑い声を上げる者がいた。

 額にバンダナを巻いた、灰色髪の青年。『アンダー・ザ・ローズ』の頭目である、マチスという名の青年は、肖像画にナイフを突き刺し、また、けたけたと笑った。

「こいつさえ潰せばいいんだ。分かりやすくていいじゃないか」

 人として欠いてはならないものを、いくつも欠落させた青年は、懐から小瓶を取り出し、中身の白い粉を見せつけた。

「俺たちにはこれがある。ははは、こいつを使えばいい」

 小瓶を指でつまんで振りながら、マチスは何の悩みもないという顔で笑う。

 彼の瞳には、黒騎士への恐怖も怒りもなく――ただ、虚無的に、どんよりと濁っていた。

「誰でもいいから、こいつを黒騎士に喰らわせてやるんだ」

 マチスは小瓶を投げつけるふりをして、その後、弓を引いたり、ナイフを投げる動作を見せた。

「そうすりゃ、痺れて動きが止まる。そうなったら、もう、何でもやりたい放題だ。兜ごと首をもぎ取って、正門に飾ってやるのもいい」

 最後に、首をねじ切る動きを見せて、マチスはうっとりと小瓶を見つめた。

 この白い粉は、魔法の粉。人でも、獣でも、魔物でさえも、例外なく痺れさせる魔法の粉末。

 フランソワをマヒさせたものと同じ薬品を、愛おしげにさすりながら、マチスはまた、機嫌よく笑った。

「ははは、メアリー・コープスって女も、いいものくれたよな」

「え? あいつは、モルタビア・チェンバスって名前だっただろう?」

「そうだったか? まあ、名前なんてどうでもいいや。ははは」

 グランフェリア、スラム街。ここでは偽名などありふれている。

『アンダー・ザ・ローズ』の幹部たちも、本名は別にある。マチスという名も、いくつもある偽名の一つに過ぎなかった。

 だから、彼らは気にしない。魔法の粉を組織にもたらした女が――女のイニシャルがM.Cで統一されていることを、誰も彼もが気にしない。

 女が、濃厚な魔の気配をまとっていたことも――彼女の眼球が時おり黒く染まったことも――ここでは誰も、気にしなかった。





次回、フランソワ編最終話。

貴大と、黒騎士と、フランソワはどうなってしまうのか。そして、グランフェリアの悪人たちはどう動くのか。

次回もお楽しみに!
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