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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

フランソワ編

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貴大と黒騎士

 王立グランフェリア学園は、よく学び、よく鍛えることを是としている。

 国政に携わる者。領地に戻って父親の後を継ぐ者。騎士となる者。商売の道に進む者。

 将来、何になるかはそれぞれだが、知識を頭に詰め込むだけでは、おおよそ使い物にならないのが〈アース〉という世界だ。

 知識だけでは、それを活かすための手段に乏しい。レベルを上げ、スキルを使いこなしてこそ、見えてくる道もある。

 剣と魔法の世界ならではの教育方針は、要するに文武両道を貴ぶということであり、子どもたちは今日も勉強に、訓練にと励んでいた。

「はああああっ!」

「やああっ!」

 王立グランフェリア学園の地下にある迷宮では、その日の午後も生徒たちが模擬試合を行っていた。

 地下一階の大広間、サースリア王国にあるコロッセオにも似た円形闘技場で、二年S組の生徒が火花を散らす。

「受けなさい! 【アロー・レイン】!」

「おおおお! 【アイアン・シールド】!!」

 剣が舞い、矢が走り、火球が飛び交い、鮮血が舞い散る。

 魔法が致命傷を防いでくれる人造迷宮内においては、怪我や事故の心配をする必要がない。ここでは誰もが全力だ。

「ぶちかます! 【フレイム・ランス】!」

「そんな大技っ!」

 騎士を志す少年、ヴァレリーが繰り出した炎の槍を、ランジュー家の末娘、ベルベットが体さばきのみで巧みにかわした。

 赤い短髪が炎のように駆け抜けたかと思えば、鳶色のポニーテールがひらりと踊る。申し合わせたかのような華麗な攻防は、互いの実力が拮抗していることの証左であり、プライドが高い二人は、なかなか決まらない戦いを誰より歯がゆく思っていた。

「ご、ごめんなさい! 【フリージング・プラント】!」

「ちっ、面倒臭いヤツっ! 【ディスペル】!」

 魔女の卵、カミーラが放った凍結魔法を、大商人の息子、アベルが対抗呪文で打ち消した。

 三角帽子とローブを身につけ、黒縁の眼鏡をかけたおさげの少女は、こと魔法にかけては学園でもトップクラスの才能の持ち主だ。

 同じ魔法使いとして、それを苦々しく思いながら、栗毛の少年は指揮棒のような杖を振った。

「ドロテア様、お覚悟っ!」

「私たちの波状攻撃、受け切れまして?」

「いいわ。かかってきなさい」

 そして、大国バルトロアからの留学生にして、彼の国の第四王女という身分のドロテアは、肩書きに恥じないだけの実力を見せつけていた。

 鉄の国という別名を体現するかのように、機械的に、一分の隙も油断も見せず、三名の女生徒を倒していく銀髪の王女様。

 エリートクラスであるS組の次席の力は伊達ではなく、ドロテアはバルトロアの名を汚さない、威風堂々たる姿を見せつけていた。

「ヴァレリー。次は僕とやろう。脳筋戦士を魔法でぶっ飛ばさなきゃ、魔法使いなんてやってられないよ」

「おー、おー、よくぞ言った。カミーラにボロ負けした魔法使い君。次はオレの槍で保健室送りだな」

「ドロテア様! 今度は私たちと手合わせ願います」

「せ、精一杯、頑張ります」

「受けて立ちましょう」

 相手を変え、状況を変え、試合を続ける2・Sの生徒たち。

 強くなろう、心身を鍛えようとする彼らの中に――今日に限って、なぜか、主席の姿が見当たらない。

 フランソワ=ド=フェルディナン。誰もが認める才媛であり、光り輝く麗しの少女。

 常に人目を引きつけて、どのような場所であっても中心にいるカリスマは……大部屋の観客席で、暗く沈んだ顔をしていた。

「ふぅ……」

 コロッセオのように階段状となった座席に腰かけ、鬱々とした吐息を漏らすフランソワ。

 彼女の変調は、一週間前、オデュロンと喧嘩をした日から続いており、二年S組の生徒はもうそれに慣れていた。

 しかし、一週間ぶりにフランソワに会った貴大にとっては、彼女の異変は気になるものだ。久しぶりに目にした『落ち込むフランソワ』に、ジャージ姿の貴大が近づいていく。

「なあ、何度も聞いて悪いけど、本当にお前、大丈夫か? 風邪でもひいてるなら、家に帰って寝てた方がいいぞ」 

「いえ、先生。体調には問題ありません。ただ、個人的な事情で、少し、精神的に参っておりまして……こうして、見学をさせていただいているのです」

「そうか……まあ、辛かったら何でも相談しろよ。俺がダメなら、知り合いの癒し系シスターを紹介するからさ」

「はい、ありがとうございます。その時はぜひ、よろしくお願いしますね」

「ああ」

 無理して笑うフランソワに、ここで話し込んでも迷惑になるだけだと判断した貴大は、観客席を下りて、生徒たちの方へと向かっていった。

 彼の態度と言葉から、フランソワはさりげない優しさと思いやりを感じ取っていた。フェルディナン家ではなく、フランソワという一個人に向けられた、貴大の配慮。

 それに温かなときめきを感じながら、恋するお嬢様は、自分の気持ちを再確認していた。

(ああ、やはり私には、先生しかいません。真に心を許せるのも、愛情を抱くのも、先生しか……)

 貴大と一言、二言、交わしただけで、鬱積とした気持ちが晴れてくる。

 オデュロンの言葉が悪い魔法使いの呪文なら、貴大の言葉は呪いを解く秘密の魔法だ。

 自分を立ち直らせて、なおかつ、強くしてくれる。恋する乙女にとってはこの上ない特効薬に、フランソワは段々と元気を取り戻していく。

「そんなっ! 私の攻撃が、かすりもしないだなんてっ!」

「ふっふっふっ。斥候職の回避能力をなめてはいかん」

「流石、先生です……!」

 生徒の輪の中に戻っていった貴大は、今はベルベットを相手に試合を行っている。

 回避に徹した貴大に、一度でも攻撃を当てられればベルベットの勝ち、という特殊ルールで、大部屋の中を動き回る二人。

 近接戦闘に関しては、二年S組でもフランソワに匹敵するベルベットの攻撃を、危うげなくかわし続ける貴大。

 その流麗な身のこなしを見て、フランソワの心に火が灯っていく。

「四人がかりでもダメだとっ!?」

「うわっ!? ぶ、分身したぞ!」

「き、気をつけてください! せ、先生のダミーに攻撃すると、爆発します!」

「心眼を鍛えよということですか……!」

『『『『はっはっはっ。どうしたどうした、俺はここだぞ~』』』』

 貴大とベルベットの戦いに、ヴァレリー、アベル、カミーラが加わっていく。

 その数に合わせるように貴大は分裂し、それぞれが自由気ままに動き始める。

 貴大は時々、フランソワの前でああやって底の知れない力を見せた。

 スマイル・ピエロ戦の一撃。無人島での生活。ふとした瞬間に見せる身のこなし。そして、こういった不可思議なスキル。

 貴大を出涸らしと侮る者も少なくはないが、フランソワは、微塵も彼への尊敬を失ってはいなかった。

 彼はまだ見せていない何かがある。国益に叶う何かを持っている。そうであるならば、黒騎士ではなく、彼と結婚してもイースィンドのためになる――。

 半ば願望が入り混じった理屈を胸に、フランソワはすっくと立ち上がった。

 こうして貴大のことを再確認することができた。もう自分に迷いはないと、フランソワは確信していた。






 その日の夜、グランフェリア中級区にて。

 フランソワは、腕が立つ護衛の者を引きつれて、繁華街の路地裏に立っていた。

「統計によれば、この日の夜、黒騎士が繁華街に現れる確率はとても高いそうです。騒ぎを起こせば黒騎士が飛んできて、あっという間にもめ事を解決し、去っていくとか。それを利用し、今夜、私たちは黒騎士とコンタクトを取ります」

 上等な紙に記されたデータを読み上げながら、フランソワは護衛の者たちに目を向ける。

 フェルディナン家直属の、この国でも上位に位置する精鋭たち。剣も魔法も使いこなす魔法剣士、〈マジック・フェンサー〉たちは、冒険者風の装いをして、しかし、鋭い眼光を路地裏に瞬かせていた。

 たとえ相手が超越者――勇者であろうと、一分、二分は持ちこたえられる超人たちだ。相手が黒騎士であっても話をする時間は作れると、フランソワは彼らの能力を疑ってすらいなかった。

 しかし、相手は混沌龍を単独で打ち倒した英雄である。山ほどもある混沌龍に跳びかかった黒騎士の身のこなしは、多くの人が目にしたものだ。

 フランソワと同じように、黒騎士とコンタクトを取ろうとした者たちは、万全の態勢で挑んでなお、逃げられたという者が少なくない。

 決して、油断はできない相手であった。

「まずは分散し、群衆に目を光らせなさい。しかる後、騒ぎが大きくならない場所を見極め、そこに黒騎士を誘き寄せます。いいですね?」

「「「――はっ!」」」

「では、行きなさい」

「「「御意!」」」

 フランソワの指示を受け、冒険者風の魔法剣士たちが繁華街の各所へ散っていく。

 通りに出て、路地裏に消え、店に入り、町人に声をかけ――それぞれの動きを見せる直属部隊の隊員たちは、紛れもなくプロフェッショナルだ。

 演技であることを感じさせない自然な表情と動きに、彼らはすぐにでも夜の繁華街に溶け込んでいった。

「これで、後は結果を待つのみ、ですか」

 フランソワは一人、街の暗がりに立って、剣士たちの報告を待つ。

 彼らが故意に騒ぎを起こすまで、五分もかからないだろう。フェルディナン家直属の剣士たちは優秀であった。

 フランソワはここで報告を待ち、定められた場所に移動し、黒騎士が現れる瞬間を待つ。

 彼女の未来を決める瞬間は、もう、すぐそこに迫ってきていた。

「お父様。先生。見ていてくださいね。きっと私は……」

 黒騎士にさえ、「NO」と言ってみせる。

 それは貴大に対する愛情表現となり、父親に対する表明となる

 自分は、黒騎士に、きっと「NO」と言ってみせる。

 フランソワは、不安に思うことなく、ただ剣士たちの報告を待っていた――。

「むぐっ!?」

「へっへっへへへ……」

 だが、彼女はうかつ過ぎた。

 自分がどこにいるのか、よく分かっていなかった。

 夜の街の路地裏は、酔漢、悪漢の住処である。まともな住人なら決して立ち入らない、闇へと続く通路である。

 そんなところに少女が一人で立っていれば、闇はすぐにでも手を伸ばし、可憐な花を手折ろうとする。

 一人でいてはならない。目を離してはならない。闇はすべてを呑み込んで、光の下へは帰さない――。

「ダメじゃないか、お嬢ちゃん。キレイなおべべを着て、こんなところにいちゃあ。悪い人にさらわれるぞぉ」

「な、なに、を……? 体、が……」

「これぇ? マヒ毒の強力なやつ。ひひひ、ご禁制の品だよぉ……」

 フランソワが気を緩め、剣士たちが目を離した一瞬のすきに、少女は暗がりへと引きずり込まれた。

 その際、口元に当てられた布には毒が含まれており、フランソワは抵抗することもできず、仰向けに倒れた。

 彼女のコートのすそをめくりながら、目の濁った悪漢は、舌っ足らずな声でしゃべる。

「おっ、おっ、上物だぁ。運がいいなあ、オレはぁ。ひっ、日頃の行いがいいんだなっ、うん」

「ひっ……!?」

 垢と汚れだらけの手で、乱暴に手をつかまれて、フランソワは思わず悲鳴を上げた。

 しかし、ヒゲ面の悪漢は、かまうことなく彼女を引きずり、路地の奥へ、奥へと向かっていく。

「だ、れ、か……!」

 フランソワの声はあまりにか細く、夜の闇はあまりに暗い。

 路地の出口から見える光はどんどん遠ざかっていき、代わりにすえた臭いが辺りに立ち込めはじめる。

「だれ、か……!!」

 振り絞るような声は、しかし、路地裏に響くことはなかった。

 大貴族の娘、フランソワは、彼女が誰かも知らない冒険者崩れの男に、連れ去られようとしている。

 それを止める者の姿はなく、それを求める声は、あまりに小さく、儚いものだった。

「ダメだぞぉ、人を呼んじゃあ。もうすぐ着くから、だ、黙ってろ」

 どこへ連れて行こうというのか。

 きっとろくでもない場所だと――想像を絶する地獄だと、フランソワは思った。

 自分が築き上げてきたもの、そのすべてが台無しにされるような、そんな場所だとフランソワは思った。

 ――嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 しかし、声は上がらず、体に力は入らない。マヒ毒にやられたフランソワは、抵抗さえできずに闇の底へと連れ去られていく。

「先生……!」

 最後に上げた一声は、果たして、想い人の下には届いたのか。

 届いて欲しい。聞き取って欲しい。そして、ここへ駆けつけて、自分を救い出して欲しい。

 しかし、少女の願いとは裏腹に、彼女は、とうとう闇の中へと姿を消して――。

「な、何だ、おめえ! どけっ! どけどけ! これはオレんだぞ! 分けてなんて、やらねえぞ!」

(……え?)

 路地裏の先には、一人の騎士が立っていた。

 黒い。全身が異常なまでに黒い。顔や肌を覆い隠す兜、甲冑、籠手――その手に持った剣まで黒い。

 まるで闇が具現化したかのような黒い騎士は、ぞっとするような気配のなさで、黙って路地裏に立ち尽くしている。

 幽鬼か、あるいは死神か。確かにいるのに、目に見えるのに、生命の息づかいさえ感じさせない闇夜の騎士は、誰もが知る龍殺しの黒騎士で――。

「おいっ! 聞こえねえのかっ! どけええ!!」

 細い空から注ぐ、頼りない月明かりに照らされた路地裏。

 人気のないその場所で、悪漢がフランソワの手を放し、腰の剣を抜いて、黒騎士に斬りかかる。

 彼の蛮行を咎める者は、誰もいない。たった一人、黒騎士をのぞいては――。

「どけっ! ど」

 勝負は、一瞬のうちに決まっていた。

 建物の壁を削りながら、剣を振りまわしていた冒険者崩れは、台詞も言い切らないうちに倒れ伏していた。

 彼が手放した剣が、黒騎士が立っていた場所へと飛んで行ったが、そこには誰の姿もなく、剣は虚しく音を立てて転がった。

「え、え……!?」

 傍から見ていたフランソワでさえ、何が起きたのか理解できなかった。

 悪漢が突進していったかと思えば、黒騎士の姿が消え、それで事は終わっていた。

 黒騎士が――いや、誰が何をしたのかさえ分からない瞬時の攻防は、音さえ出さずに終了していた。

 そして、黒騎士は、現れた時と同じように、闇の中へと姿を消していた。

 ――いや。

「あな、た、は……」

 後ろからフランソワを抱き上げる手があった。

 彼女を優しく抱き上げて、光りある大通りに連れ戻そうとする者がいた。

 それは、黒騎士。黒い兜に真意を隠す、夜闇をさ迷う騎士であった。

「なん、で……」

 フランソワは、伝わる感触から、黒騎士の配慮を感じていた。

 幽鬼と思われた怪人物から、温かな何かを感じ取っていた。

 そして、それは先ほどの鮮烈な光景と相まって――彼女の胸を、とくんと一つ、高鳴らせていた。

「なんで……!?」

 フランソワは絶望していた。

 今、自分が感じたものが信じられなかった。

 疑問の声は、黒騎士に向けられたものではない。自分自身を問うたものだ。

 なぜ、なぜ、どうして――!?

 泣き出しそうな顔をしたフランソワに、しかし、黒騎士は顔を向けることはしなかった。






おのれ黒騎士、フランソワの心を奪うとは……!

まさかのヒロイン寝取られに、貴大は一体、どうするのか!

次回もお楽しみに!
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