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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

クルミア編

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幼いわんこと一つの約束

 クルミアとゴルディが貴大の家でメイドの仕事を始めて、早くも六日が経っていた。

 その間、二人はユミエルの指導の下、よく働き、よく学んでいた。主人である貴大のため、職場であるフリーライフのため、一生懸命、仕事に励む幼いわんわんメイドたち。

 時には失敗もあり、時には何かをやらかしたゴルディがおしおきを受けていたが、特に大きな失態はなく、クルミアたちは今回の仕事を立派に勤め上げようとしていた。

 そして、迎えた最終日である土曜日。この日は何でも屋〈フリーライフ〉の休業日であり、家には朝からずっと貴大の姿があった。

 一週間の成果を見せるにはちょうどいい。貴大はそれなりに忙しい毎日を過ごしていたため、クルミアたちは朝と晩にしか彼のお世話ができなかった。

 しかし、今日は違う。今日だけは、貴大はずっと家にいる。鍛え上げられたメイドスキルを見せつけるには、絶好の機会であった。

(ここで、ちゃんとお世話をしてあげたいな)

(ここで、ガッツリと好感度を上げたいな)

 クルミアとゴルディ、二人のわんわんメイドは、それぞれ違う思惑によって、貴大のそばに侍っていた。

「タカヒロ。クッキー食べる?」

「おー、食べるー」

 クルミアが差し出したクッキーを、貴大は口で受け取って、さくさくと音を立てて咀嚼した。

 そして、揺り椅子に座ったまま、もう一枚と目でねだる貴大。雛鳥……いや、ナマケモノのようなその姿に、クルミアはくすりと笑い、自分が焼いたクッキーを皿から取って貴大に与えた。

「きゃっ!? いけないっ! 足が滑っちゃいましたっ!」

「おわっぷ」 

 クルミアに負けじとゴルディは、わざとらしくつまずいて、貴大にもたれかかった。

 躊躇なく貴大に自慢の胸を押しつけるゴルディは、クルミアのサポートとしてこの家に来たのではなかったのか――?

 いや、そうではない。クルミアとゴルディは一心同体、どんな時でも二人は一緒。それは嫁ぎ先も例外ではなく、ゴルディはクルミアと共に、貴大にもらわれようと画策していた。

 そのための色じかけであり、身体的な接触だったのだが――。

「はわわ、ご主人さま、ごめんなさわわわわああああばばばばばばっ!?」

「ゴルディ!?」

「……メイドがご主人さまを下敷きにするとは、何事ですか」

 メイドとしてのプロフェッショナル、鉄の少女のユミエルがいつも貴大のそばにいたため、この六日間、ゴルディはどうしても一線を越えることができずにいた。

「もー、ユミエルさんってば、お堅いんですから。あー、いたた。こめかみがイタイイタイです」

 鬼のアイアン・ハングを喰らい、あえなく退散したゴルディは、廊下で側頭部をこすりつつ、ちらりと今の様子をうかがう。

「タカヒロ! はい、お茶」

「おー、すまんな、クルミア。ほら、ユミエルも飲もうぜ」

「……はい、いただきます」

 テーブルを囲み、朗らかにお茶を楽しむ青年とメイドたち。

 メイドがいる新婚家庭のようにも見えるそれは、しかし、そのままそっくりイコールではなく、まだまだ足りない要素があった。

 それは、ラブ。貴大とクルミアは、現時点で仲睦まじくはあるが、人目を気にせずいちゃいちゃするような愛が足りない。

 この一週間で、心の距離は近づいたのだが――愛がなければ、男と女は結婚できない! 

 少なくともそう考えているゴルディは、今日が勝負だと考えて、これからどうするかを画策し始めた。

「むーむむ。キス? やっぱりキスですかね?」

 根は純な少女であった。

「今、帰ったぞ」

「あら、ルートゥーさん。おかえりなさい……って、あれ?」

 廊下でうんうんと頭を捻っていたゴルディの前で、玄関の扉が開く。 

 店舗部分の出入り口とは違い、簡素な作りの片開き扉は、わずかにきしんでゆっくりと閉まる。

 そして、ブーツを脱いだルートゥーは、すっくと立ち上がって視線を巡らせ、

「タカヒロはどこだ?」

 鷹揚に、ゴルディに質問を放ってきた。

「居間にいますけど……ルートゥーさん?」

「む? なんだ?」

 ルートゥーの態度が大きいのはいつものことだが、今日の彼女には少し妙なところがあった。

「何でメイド服なんですか?」

 それは、豪奢なドレスではなく、メイド服を着ていること。

 ゴスロリ風にアレンジされた、白と黒とのメイド服を着たルートゥーは、自慢げに胸を張ってゴルディに答える。

「ふふん、わんこどもがメイド服を着て、我が婚約者を誘惑していたからな。そのような小細工は無駄であると、知らしめてやろうと思ったのだ」

「なっ!?」

「ふふん、我に勝負を挑むとは愚かなわんこめ。我が愛の巣で好き勝手はできぬこと、思い知らせてくれるわ!」

「なーっ!?」

 何ということだろうか。今日はメイド働き最終日、クルミアとゴルディにとって大事な大事な一日である。

 それを、このぽっと出のドラゴンメイドは、思いつきでめちゃくちゃにしようというのか。

 いや、させてはならない。させてなるものか。逆に闘志を燃やしたゴルディは、ルートゥーを返り討ちにしてやろうと、彼女の後に続いて居間へと飛び込んだ。

 しかし、そこには――!

「おのれ、メリッサ! 先回りとは、姑息な真似を!」

「え? そんな、偶然だよ」

 一体、どこから入り込んだというのか。

 居間にはルートゥーの他に、薄桃色のメイド服に身を包んだ少女がいた。

「これだから教会の者は……! ええい、タカヒロから離れろ!」

「ねえねえ、タカヒロくん。このメイド服、どうかな?」

 揺り椅子の上で固まっている貴大の前で、くるりと回ってみせる薄桃色髪の少女。

 彼女こそ、一度は貴大を手籠めにしかけた少女であり、ルートゥーとも平気で張り合える、レベル250の人工聖女であった。

「メリッサ。それにルートゥー。お前ら、何やってんだ?」

「メイドが流行ってるみたいだから……」

「我もメイド服をしつらえてみたのだ!」

 ここだけは調子を合わせ、悪びれもせずに笑ってみせるメリッサとルートゥー。

 聖女様と混沌龍様の気まぐれに、いつだって振り回されるのは人間(貴大)だ。すでに渦中にいることを自覚して、貴大は額を押さえながらため息を吐いた。

「ねえねえ、タカヒロくん。似合う? 似合う?」

「まあ、似合うよ。色もデザインもよく合ってる」

「見惚れたか? 惚れ直したか?」

「は? まあ、俺はともかく、男なら放っておかないと思うぞ」

「「じゃあ、誰が一番似合ってる?」」

「だー! 止めろよ! 答えにくい質問を振るのは!」

 やはり呼吸を合わせ、貴大を問い詰めていく新メイドたち。

 その勢いに旧来のメイドたちは圧倒されて、口を挟むこともできずにいたが――。

「……では、私はわんにゃんコスプレセットを使います」

「何でだよっ!?」

 この中では一番年季の入ったメイド(ユミエル)は、おもむろに犬耳やら猫しっぽやらを取り出していた。





「あー、ひでえ光景だった……」

「あはは……」

 ルートゥーがドラゴンメイドと化し、ホーリーメイドが降臨した後、ユミエルがキメラメイドに姿を変えた。

 負けじとわんわんメイド、ゴルディが媚を振りまき、メイドたちは「ゴホウシ!」と鳴き声を上げる。

 東西南北を守護する四聖獣か、はたまた相克する四大属性精霊か。ティーポットやはたきを手に持ち、その手を上げて敵対メイドを威嚇する珍獣たちは、フリーライフの居間を原初の混沌へと変えた。

 その深淵に呑み込まれてなるものかと、貴大はクルミアを連れて、こっそりと屋上に退避してきたのだ。

 対抗心を燃え上がらせたメイドたちは、今も主人のことを忘れ、居間で謎の争いを繰り広げていることだろう。階下から伝わる振動に、貴大はげんなりとした顔をして、クルミアは珍しくも苦笑した。

「何がどうしてああなったんだろうな?」

「わぅ、分かんない」

「だよな。俺も分かんねえ」

 屋上に座って、空を見上げる貴大とクルミア。

 階下から感じる混沌カオスとは裏腹に、今日のグランフェリアの空は爽やかに晴れ渡り、涼やかな風を吹かせていた。

「ぐは。もうダメ。土曜日に暴れられると、余計疲れる」

「くぅ?」

 とうとう後ろに体を倒し、痺れをほぐすように体を伸ばす貴大。

 そんなお疲れのご主人様に、クルミアはそっと手を伸ばし、彼の頭を優しく撫でた。

「ああー、癒されるー……もうちょっとそうしててくれ」

「わんっ!」

 にこっと無邪気に笑うクルミア。

 彼女は、目の前にある貴大の顔をぺろぺろとなめようとしたが――思いとどまって、代わりに手を動かした。

 年少組の子どもではないのだからという、年長組としての自負があった。幼い胸に芽生えた、ほんの少しの気恥ずかしさがあった。

 それら二つが、クルミアの本当の気持ちを自制して、彼女をちょっぴり大人にしていた。

『……秘奥義! ドラゴン・ティーサービスー!』

『……神技! ホーリー・ベッドメイクー!』

『……秘伝。下町テクニカル・メイド・タスク』

『……負けません! わんわん・ご奉仕ー!!』

「何やってんだ、あいつら」

「あは、あはは」

 どったんばったんと家を揺らす振動に加え、どこからともなくメイドたちが繰り出す技の名前が聞こえてくる。

 互いに奉仕し合っているのだろうか。それにしては物騒な響きに、貴大はため息を吐きながら、一つ、ぽつりと呟いた。

「やっぱ、メイドはユミエルだけで十分だな」

「えっ……」

 ぴたりと止まるクルミアの手。メイド服を着た犬獣人の少女は、おそるおそる、貴大に問いかける。

「わたし、ダメだった……?」

 不安そうに聞いてくるクルミアに、ようやく貴大は自分が言った言葉の意味に気がついて、慌てて体を起こして弁明を始めた。

「ん? あ、ああ、そんなんじゃないんだ。そうじゃなくて、うちにはメイドは一人だけでいいって話な。クルミアたちは、ちゃんと働けてたぞ、うん。これなら、どこに行っても大丈夫だ」

「ほんと?」

「ああ」

 ぐりぐりとクルミアの頭を撫でる貴大。

 彼の言葉と力強い手つきに安心したクルミアは、ほっと息を吐いて、うっとりと目を閉じた。

「でも、そこまで気にしてるなんてな。クルミア、お前って将来はハウスメイドになりたいのか?」

「えっ?」

 貴大の問いかけに、クルミアは意外そうな顔をした。

「何だ、違うのか? じゃあ、何だろ。まんぷく亭を手伝ってるから、料理屋になりたいとか?」

「ううん」

「違うか。なら、何だ?」 

 ゆっくりと紅潮していくクルミアの顔色には気がつかず、貴大は何の気なしに質問を投げかける。

「えっとね……あのね……わたし、およめさんになりたいの」

「へー、結婚したいのか。なるほどな。ちなみに、気になる相手はもういるのか」

「わぅ……う、うん」

「おっ、どんなやつだ?」

「ぅう……」

「……へ? 俺?」

 意地悪そうな顔をして、クルミアから好きな人の名前を聞き出そうとしていた貴大。彼は、かわいそうなほどに真っ赤な顔をしたクルミアに指差され、思わずたじろいでしまった。

「そっ……かぁ。クルミアは、俺と結婚がしたいのか」

「うん……」

 意外な気はしたが、すぐに貴大は、心が和むのを感じていた。

 クルミアは体は大きいが、まだ十歳の子どもである。年長組になってからは、どこか大人ぶろうとしていたところがあったが、夢は純粋で、子どもらしいものだった。

 知り合いの親しいお兄さんと結婚したい。可愛らしい夢ではないか。

 貴大は微笑みながら、クルミアの頭を優しく撫でた。

「じゃあ、クルミアが大人になって、俺のことがまだ好きだったら、結婚するか」

「ほんと!?」

「ああ。俺もクルミアのことは好きだしな」

「やったぁ!」 

 貴大が軽い気持ちで発した言葉に、クルミアは大きくしっぽを振って、飛び上がって喜んだ。

 はしゃぐわんこは、そのまま赤い屋根の平原に飛び出していきそうで、これほど喜んでくれるとは思ってもみなかった貴大は、何だか自分までうれしくなってしまった。

(まあ、大人になったら誰かいい人を見つけるんだろうけど……)

 それを思うと、少しさびしい気はしたが――今はただ、クルミアの喜ぶ姿を見ていたくて、貴大は飛び込んできたクルミアの抱擁を甘んじて受け止めた。

「早く大人になるから、ぜったい、ぜったい、けっこんしようね!」

「ああ」

 高く澄んだ秋空の下、何でも屋〈フリーライフ〉の屋上で、今、一つの約束が交わされた。

 世界のあちらこちらで泡沫のように生まれては、音もなく消えていく誓いの言葉。純粋だが、幼さゆえにおぼろげで、脆く儚い小さな婚約。

 クルミアもいつかは大人になって、この日を懐かしく思う日が来る。自分の幼さを笑い、ままごとのような結婚の約束を、いい思い出として片づける日がきっと来る。

 少なくとも、貴大はそう考えていた。





「うわーん! メイドバトルに夢中で、ルートに入れませんでしたー!」

「ほら、帰るよ、ゴルディ」

 最終日の夕方、わんわんメイドたちは予定通りに何でも屋〈フリーライフ〉を後にした。

「まだです! まだクルミア&ゴルディルートに入っていません! でも、もうちょっとなんです!」

「帰るよー」

 悔し涙をぽろぽろ流し、未練たっぷりに、見送りに来た貴大に手を伸ばすゴルディ。駄々っ子のようなお姉さんを引きずって、クルミアは孤児院へと帰っていった。

 十一月も下旬に入り、寒さと暗さはすっかり冬である。夕暮れに染まった中級区を抜け、木枯らしが吹く下級区へ戻ってきたクルミアは、寒そうに腕をこすった。

「まったく、もー! クルミアったら、当初の目的を忘れていましたね? 私たちがタカヒロさんの家でメイドとして働いていたのは、お嫁さんになるための布石だったんですよ? それなのに、私たちったら、何もできなかったじゃないですか!」

 隣でぶつぶつ文句を垂れるゴルディ。彼女は興奮して寒さを感じていないのか、頬を上気させて大声を上げていた。

「そうなの?」

「そうですよ! ……って、んん? 何ですかその笑顔は」

「わう?」

「ま、まさか……っ!?」

 クルミアの満足そうな笑顔から、何かを悟るゴルディ。

 愕然とするゴルディを置いて、クルミアは足取りも軽く、歩き慣れた孤児院への道を進んでいく。

(大きくなったら、結婚)

 貴大の言葉を思い出すだけで、クルミアの胸はぽかぽかと温かくなり、次第に寒さを感じなくなっていった。

「そんな、そんな! まさかのクルミア単独ルートだったなんてー!?」

 犬の鳴き声が響く、グランフェリア下級区。

 家々の隙間を縫うようにして走る細く、暗い路地は、冬を目前にして寒々しく灰色に染まっていた。夜の帳ももう間もなく下りてくる。その寒々しい光景に、人々は服の襟を合わせ、うつむき、足早に通り過ぎていく。

 誰も彼もが意気消沈したように、無気力な顔をしていた。余計な光熱費がかかる冬のことを考えて、町人たちは胡乱に目を濁らせていた。

 その中にあって、クルミアだけは、温かな約束に胸を弾ませていた。

 夢も希望もないと言われる下級区にも、実はそこかしこに愛があり、願いや想いが散りばめられている。上流階級の者にとってしてみれば、肥溜めのようにも思える区画だが、光り輝く未来もあった。

(大きくなったら、結婚……) 

 下級区民の多くがそうであるように、クルミアもまた、一つの未来を思い描いて、暗い下級区で笑顔の花を咲かせていた。

「ん、ふふ、ふふふ」

「あっ! また笑った!」

 ベビーブロンドのくせ毛が可愛らしい、大柄な少女、クルミア。

 彼女が立場を変えて、貴大の家で暮らすようになるのは――そう遠い未来のことではないのかもしれない。

これにてクルミア編は終了!

大人になりつつあるけれど、大人と呼ぶにはまだ早すぎるヒロインとの、ラブラブ、いちゃいちゃはいかがでしたでしょうか? 貴大がブタ箱にぶち込まれる日も近いですね、きっと。

さて、次章はフランソワ編! お楽しみに(・ω・)b
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