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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

プロローグ(第三部)

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日常への回帰

 未体験領域に突入しようとした貴大が、小鹿のように足を震わせたルートゥーに救助されてから一夜が明けた。

「ごめんなさい、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです! この機会を利用すれば、あわよくばメインヒロインに成り代われると……魔がさしてしまったんです!」

「……いたずらわんこには、おしおきです」

「きゃいん、きゃいん! レモンは勘弁してください!」

『佐山貴大は淫欲の獣である』と、貴大本人に吹き込んだゴルディは、何でも屋〈フリーライフ〉の店先で縛り上げられて、頬にレモンをこすりつけられていた。

「匂いが! 匂いが苦手なんです! それに、ああっ! すっぱい! とてもすっぱいです! 犬は、すっぱいのはダメなんです!」

「……おしおきです」

「きゃいーん!」

 怒り心頭のユミエルは、スライスしたレモンを容赦なくゴルディの口に放り込んでいく。キュッとすぼまる犬獣人の少女の口に、ねじ込むかのようにレモン、レモン、レモンのスライス。

 情状酌量の余地はない。情け容赦も必要ない。だが、ここまで凄惨極まる拷問を、果たして一個人が執行していいものなのか。

 神は答えない。警邏隊は目を逸らした。罪人たるゴルディは、ユミエルが二個目のレモンに手をかけた時、とうとう意識を失った。

 やり切れない思いを消化できずに、ユミエルは黙って空を見上げる。

 晩秋のグランフェリアの空は変わらない。貴大が遺跡調査に出かける前と、何一つ変わることがない。この街の空は、今日も青い。

 なのになぜ、自分はこんなにも変わってしまったのだろうと、ユミエルは思う。心は曇天、体は鈍い。いつもは波立たない感情も、日に日に激しさを増しているように感じる。

 たった一人、貴大の記憶がなくなっただけで、どうして自分はこんなにも駄目になってしまうのか。

「……これでは、ご主人さまを叱れませんね」

 ユミエルは、気絶したゴルディの縄を解き、彼女の額にレモンのスライスを貼り付けて、家の中へと戻って行った。

 記憶回復に効果があると思われた『おしおき』は、実のところ何の成果も見せないままに終わっていた。

 苦痛を感じる一瞬は、元の貴大のような口調に戻るのだが――だからといって、永遠に責め苛んでしまえば、貴大は三日も待たずに新たな世界を開眼してしまうだろう。

 そもそも、一瞬だけでは、記憶が戻ったのかどうかも定かではない。ユミエルは、あざの残る貴大の尻に湿布を貼りながら、『おしおき』による治療案を破棄することを決めた。

 悩んでは、振り出しに戻り、悔やんでは、振り出しに戻る。迷ってばかりの一週間だったと、ユミエルは思う。対処に困り、動き出すことに怯え、何度も何度も失敗を繰り返した七日間。

(……このような時、ご主人さまならどうしていただろう)

 きっと、とうの昔に解決していたに違いない。

 迷いなく動き、体当たりでぶつかっていき、最終的には最良の結果をもぎ取ってしまう。それが佐山貴大という人物だったと、ユミエルは思い返していた。

 それに比べて、自分はどうだ。主人に追従するばかりで、全く主体性を持たない女。貴大がいなければ、何もできない女ではないか。

 貴大の役に立とうという気持ちだけは立派で、そこには行動が伴っていない。貴大はユミエルの窮地を助けることができるけれど、ユミエルにはその逆ができない。

 現に、主人が記憶を取り戻したいと言っているのに、自分は何もできずにいる。それがユミエルにはたまらなく悔しかった。非力な自分が惨めに感じられた。

「……私は、無力」

 だから、せめて貴大を救う『核』になろうと思った。

「古今東西、記憶喪失から回復した例はいくらでもある。が、未だに治療法は確立されていない。あえて述べれば、ショック療法、催眠療法などがあるが、どれも確実性はない。そのように、治療法も曖昧な記憶喪失だが、時間やきっかけが重要だということは、広く認められているね」

「……時間と、『きっかけ』ですか」

 エルゥの知識を吸収した。

「先生のことは、私も気にかけていました。いいでしょう、協力は惜しみませんわ」

「……ありがとうございます」

 フランソワというパトロンを得た。

「記憶喪失ね。大丈夫。お客さんから話は集めたわ」

「わたしも、集めた!」

「……助かります」

 カオルやクルミアたちから話を聞いて、

「祈りや願いは、きっと届く。タカヒロくんの心に、きっと届くよ」

「……はい」

 教会では神に祈った。

 非力ならば集えばいい。弱いのならば群れればいい。知恵と力を結集し、万難を排する光となればいい。

 ユミエルはそう考えた。迷った末に決断し、多くの人々に頭を下げた。

 そして、彼女は切り札を手に入れた。







 夜のフリーライフの廊下を、一人の少女が歩いていた。水色の髪を魔導ランプの光で煌めかせる彼女の名は、ユミエル。

 妖精種の少女であり、何でも屋〈フリーライフ〉の住み込み家政婦であり――今宵は、男心を惑わす月の化身でもあった。

 思い出。貴大に買われた日の記憶。髪が長かった頃の自分。

 思い出。初めてメイド服を着た日の記憶。真っ白なエプロンを汚すまいと頑張った自分。

 思い出。主人を元気づけようとした日の記憶。様々な衣装を進んで着込んだ自分。

 思い出。みんなで海に行った日の記憶。サバイバルな日々に適応していた自分。

 全ての思い出の中に、貴大の姿があった。十三歳の冬から始まったユミエルの人生には、常に貴大が寄り添っていた。

 逆も然り。貴大の近くにはユミエルがいた。貴大の日常には、誰よりそばにユミエルがいた。

 ユミエルは、その思い出を結集させた。細い糸を何本も束ね、貴大とユミエルの絆を確かめるきっかけにする。

 そのための、今の姿だ。多くの人に支えられ、ユミエルはこの場にこうして立っている。きっかけとなり得る姿で立っている。

 廊下を進み、階段を上り、二階の貴大の部屋の前に着く。今更撤退などは許されない。ユミエルはただ、前進あるのみ。

「……ご主人さま、失礼いたします」

 一声かけてから、ドアを開ける。

 そして、ユミエルは間髪入れず、熟考した策を実行した。

「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」

 思い出! 思い出の爆発である。

 今、貴大の部屋に立っている少女は、その大部分が思い出で構成されている。

 髪は出会ったばかりのように長く、服はもちろんメイド服だ。頭の上ではネコミミが揺れ、腰ではゆらりとネコしっぽが主張している。

 両手を顔の横にもってくるポーズなどは、まさしくあの日のままで――ああ、ああ、それになんということだろう!

 透視力を持つ者ならばお分かりになるだろうが、彼女が下着代わりに身に着けているのは、スクール水着である。

 まるで夏の日から抜け出たかのような紺色の布地は、しかしメイド服に阻まれて片鱗すら表に出てこない。

 だが、それは確かに存在している。目には見えないだけで、ユミエルはスク水を着ている。一つの思い出は、この世に確かに存在しているのだ。

 これでもかとばかりに思い出の体現者となったユミエル。

 これには貴大もたまらないはずなのだが、

「だ、駄目だよ、ルートゥーちゃん。女の子が男のベッドに潜り込んじゃ。それも、そんなスケスケの下着で」

「よくないことはない。我はタカヒロの婚約者だ。同衾することに何の咎があろうか」

「世間ではそれを婚前交渉って……うっ!?」

「とは言っても、体は正直なものだな。ほうら、タカヒロのタカヒロは、こんなにも元気ではないか」

「だ、駄目だって。ユミエルちゃんに見つかっちゃう」

「メイドに配慮していては、子作りなどできんぞ。さあ、熱き交わりの中で、己を取り戻すのだ、タカヒロ!」

「あっ、あ、ああっ!」

 あいにく、貴大には先客がいたようだった。

 ベッドの上では、パンツを脱がされかけた貴大と、シースルーの黒いネグリジェ姿のルートゥーが、これでもかとばかりにいちゃいちゃしている。

 奴隷商の下にいた時のような目でその光景を眺めていたユミエルは、ふと、指を鳴らして、個人収納空間から大きなハンマーを取り出した。

 そしてそれを、躊躇なくベッドに振り下ろした。

「「どわーっ!?」」

 巻き起こる爆風にはじき出されて、半裸の男女が床に転がる。

「あいたたた……一体、何が」

「ひっ!?」

 貴大とルートゥーが『それ』に気がついた時、二人の体は同時に硬直した。

 ユミエルを取り巻く空間から次々と姿を現す凶器たち。鞭、ナイフ、鉄球、フレイル、湯飲み茶わん。見てくれからして物騒極まりないおしおき道具は、ごとり、ごとりと鈍い音を立てて床に落下する。

 それで打ち止めか? と、貴大らが淡い期待を抱いた瞬間、ユミエルの体は【スパーク・ボルト】の電光で光り始めた。紫電に操られ、おしおき道具がふわりと宙を浮く。

「見覚えが! 何だか見覚えが!!」

 それもそのはず、ユミエル愛用のおしおき道具は、どれもその身で受けたものだ。言うなれば、これも思い出の品々。体に刻まれた痛みが、貴大の頭を大きく揺さぶった。

「あっ、あつっ――! ……はっ!? お、思い出した! 俺は全てを思い出したぞーっ!」

 防衛本能が、万全の状態でなければ、この場で生き残れないと判断したのだろう。いともあっさりと記憶を取り戻した貴大に――しかし、与えられたのは冷たい鉄球だけだった。

「ひっ!? ま、待て、ユミィ! 思い出したんだ! 俺は全てを思い出したんだ!」

「……そうですか」

「ぬああああっ!? なのに、なんで鉄球を持ち上げるーっ!?」

「……何ででしょうね」

 悪鬼にも似たユミエルの気迫に、ルートゥーは昨晩の出来事を思い出して気を失った。貴大もいっそのこと気を失いたかったが、無防備になった瞬間、何をされるかを考えると、安易な逃げ道には飛び込めなかった。

「ひーっ!」

「……ご主人さま。貴方のユミエルですにゃん」

「怖い! 無表情なネコミミメイドが怖い!」

 こうして、記憶を取り戻した貴大は、思い出の集合体と夜通しの鬼ごっこを演じることとなる。

 敗走に次ぐ敗走。わずかな安息と突然の奇襲。サーチアンドデストロイ。

 グランフェリアを舞台とした死闘をどちらが制したのかは、誰も見ていない。ただ、夜明けの白光に照らされた何でも屋〈フリーライフ〉の屋上で、一組の男女が仰向けに倒れているのを、鳥たちが黙って見つめていた。

 その後、少女が「おかえりなさい」と呟いたことも――男が短く「おう」と返したことも、鳥たちだけが知っていた。



ここから、各ヒロインの話を書いて、最後のサイドストーリーズも書いて、最終章に移っていくわけです。あと十章ぐらいですが、どうぞ最後までお付き合いくださいませm(_ _)m

※活動報告にて、キャラクターデザインなどを公開しております。興味がある方はぜひ、チェックしてみてください。デザインに対してのコメントもどしどしどうぞ(・ω・)b
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