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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

十五夜編

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十五夜

 貴大たちが播磨国に訪れてから、早くも一週間が過ぎていた。

 岩庭兄妹の再会から始まり、十年に一度の大宴会へと続き、播磨八将のジャンピング土下座が彩ったジパング訪問。涙あり、笑いあり、ドタバタありの一週間は、毎日が刺激と充実感に満ちていた。

 しかし、豪勢なご馳走が続けば質素な食事が恋しくなるように、イベントが頻発するようになると、人は平凡な日常を求めるものである。

 岩庭の娘だ、直系のお姫様だと崇められ、下にも置かない歓待を受けていたカオルなど特にそうだ。村娘や町娘として、平々凡々と生きてきたカオルにとって、播磨国での七日間は一生に等しいほどに濃厚だった。

 短い説明のみで連れて来られたということもあるが、カオルはすっかりホームシックに罹ってしまい、何かにつけてイースィンドに帰りたがった。

 しかし、肝心の移動手段が、

「ふふふー。ふわっはっは。ジパングの酒は薄いのう。まるで水のようだ。これならば、いくらひぇも飲めるふぁ」

「ルートゥーちゃん、目が逝っちゃってるよ!?」

 八岐大蛇のごとく酔い潰れていては、帰郷の望みも叶わぬものだった。

 それならばと、自分をジパングに連れてきた祖父に相談するも、

「懐かしいなあ。あの饅頭屋、まだ残っていたのか。子どもの頃、父上に止められていたのだが、こっそり薫と食べにいったなあ」

「お爺ちゃんも目が逝ってるーっ!?」

 在りし日の思ひ出をぽろぽろさせている祖父は、まだまだトリップが続くようだった。

「お弓ちゃん、お団子食べるかい?」

「煎餅の方がいいでしょ。ねーえ?」

「……いただきます」

 ユミエルに至っては、姫路城の女中たちに交じって働くうちに、すっかり播磨国に馴染んでしまっていたようだ。

 お弓という新たな名を得たユミエルは、このまま十年でも二十年でもここで働いていそうだった。

 早く家に帰りたいカオルだが、座して待っていても、辺り構わず誘ってみても、願いは叶いそうにない。そうして手をこまねいているうちに、カオルは豪奢な和服を着せられて、岩庭のお姫様へと仕立て上げられていく。

 このままでは、直系の姫として、薫の後釜に据えられかねない。薙刀を握らされて、魔物や他国の人間と戦わされることも十分に考えられる。

 焦ったカオルは、問題を解決し得る重要人物に焦点を絞り、帰還のための交渉を始めることにした。

「ねえ、タカヒロ。そろそろ、イースィンドに帰らない? ほら、ルートゥーちゃんのお酒を止めさせて、また龍になってもらって」

「え? まだ鴨南蛮も食べてないのに? フグや牡蠣もこれから美味しくなるだろうし、カニだって食べたい。新米もまだまだ美味いしな」

「もー、タカヒロ! ちゃんと考えて!」

 あてがわれた部屋で食っちゃね食っちゃねしている貴大の顔は、少し丸くなっているようにも見えた。目はどんよりと怠惰の色で濁り、身体は立つことすら忘れてしまったかのように終始横になっている。

 典型的なダメ人間の姿がそこにはあった。

「お父さんたちも、叔父さんたちも、村のみんなやクルちゃんたちも、きっと心配してるよ。早く帰って、元気な姿を見せてあげなきゃダメだよ」

「そこまで心配性じゃねえだろ。青年団の奴らも、村の奴らも楽天家ばっかだったから、『村長さん、久しぶりの故郷は嬉しいでしょうね』ぐらいにしか思ってねえだろ。まあ、クルミアはちょっと拗ねるかもしれんけどさ」

 裂いたアタリメをかじりながら、畳の上をゴロゴロと転がる貴大。

 その姿に、カオルが失望のため息を吐こうとしたところで、

「まあ、でも、気持ちは分かる。俺もそろそろ、自分の部屋のベッドでゆっくり寝たい。んじゃ、帰るか」

 貴大が、勢いをつけて起き上がった。

「えっ? い、いいの?」

「いいも何も、お前はそうしたいんだろ? 俺もそうしたい。だってさ、美味い飯が食えるだけならまだしも、ここにいたら――」

 ガラリと、庭に面した障子を開く貴大。

 玉砂利が敷かれた広々とした庭には、三方が白壁の塀に囲まれ、隅には松の木が植えられていた。

 そして、そこには八人の半裸の漢たちがいた。

「いやぁー、はっは! 今日は何と素晴らしい稽古日和だ」

「穏やかに照らす太陽。爽やかに吹き抜ける風。色づく紅葉に、空に群れるは鰯雲」

「さあ、佐山殿も、一緒に汗を流しま」

 貴大はそっと、後ろ手に障子を閉めた。

「ああいう鬱陶しいのが寄ってくるからな」

「ああ、うん。爽やかだけど、濃かったね、あの人たち」

 老いも若きも八人全員が、日に焼けたたくましい上半身を惜しげもなく晒し、日光に煌めく汗を流しながら、満面の笑みを浮かべていた。

 男らしさ全開のスメルが障子の間をすり抜けてくるような気がして、カオルは思わずうっとえずいた。

「んじゃ、明日帰りますって、お前の大叔母さんに伝えにいくか」

「あ、待って!」

 顔を青ざめさせたカオルを置いて、貴大は一人で廊下をのしのしと歩いていく。慌てて追いかけたカオルが横に並んで、二人は揃って、板張りの廊下を進んでいった。

「それにしても、あの人たち、軍団長とか、騎士団長とか、それぐらいの強さの人なんでしょ? なのに、タカヒロと稽古がしたいだなんて、おかしなこと言うね。ああいう人たちって、自分より弱い人と戦いたがらないって聞いたことがあるんだけど、ジパングじゃ違うのかな?」

 広い屋敷を進む間に、カオルが話を持ちかける。

 将、つまりは戦闘集団の長が、わざわざ平民と戦いたがるのはおかしなことだと。元冒険者とはいえ、とっくの昔に引退した相手と、どうして戦いたがるのだと。これじゃ弱い者いじめじゃないかと、カオルは頬を膨らませて唇を尖らせた。

 この彼女の言に対し、貴大は、

「あー……お前、気づいてなかったのか?」

 とだけ、漏らした。

「え? 気づいてないって……何が?」

「いや、ルートゥーが混沌龍だって分かった時点で、何かしら悟りそうなもんだと思うんだけど……まあ、いいや。そのことについては、おいおい話していくわ」

「え? え、え? 気になるじゃない。何なの? ねえねえ、何なのー?」

「うー、揺らすなー。落ち着いてから話すって言ってるだろー」

 貴大の長袖シャツの胸元を掴みながら、がくがくと揺らすカオル。彼女の額を指で弾いて、離れさせる貴大。

 仲睦まじい若年カップルのような姿に、廊下の角からこっそりと二人を見守っていた播磨八将は、これで岩庭家は安泰だ、二人は似合いの夫婦になるぞと、また、満面の笑みを浮かべた。








 ジパングにおける戦争は、多をもって多にあたる『合戦』の他に、優れた個と個をぶつけ合う『一騎打ち』というものがあった。

 戦場で将と将が出会い、互いに名乗りを上げたのならば、それが一騎打ち開始の合図となる。妨害禁止、手助け無用の、不可侵なる一対一の勝負。刃と刃を交え、見事敵将の首を挙げた暁には、その時点で戦の勝敗が決まる。

 当然、たかが一人や二人が打ち取られただけで戦闘が終了するのは、理屈に合わないことだ、戦える者はまだいる、という者はいる。

 しかし、狭い国土に数多の戦国大名、無数の悪鬼悪霊がひしめくジパングにおいては、必要以上の戦力の低下は好ましくない。将が倒され、それでも諦めずに血路を開いたとしても、疲弊した彼らを待っているのは、ここぞとばかりに牙をむき出しにした他国の武将と魑魅魍魎たちだ。

 戦術上、雌雄を決するために合戦を選ぶ武将はいる。不毛な消耗戦を強いる場合もある。だが、一般的な戦の決着は、やはり将と将との一騎打ち。これを繰り返し、やがて大将が打ち取られると、晴れて二国間の戦は終了となる。

 両軍の兵が見守る中、一目瞭然に結果が出る。勝った陣営は拳を突き上げ、負けた陣営は刀を鞘に納める。全責任は領主が負い、敗戦国の人間は戦勝国で新たな人生を送る。

 まるで将棋のようなやり取りと、潔い取り決めは、良くも悪くも戦乱が絶えないジパングならではのものと言えた。

 さて、そういった事情のジパングでは、武将の素質として、何よりもまず強さが求められることとなる。魂力、技量、経験など、およそ一騎打ちに必要となる要素が秀でている者が、武将として選ばれる。

 家柄などで選んでしまっては、容易く首を刈り取られ、その分、本丸を危険に晒すこと請け合いだ。武将となるには、まず、力。強き者、猛き者こそが、戦国武将として相応しい人物なのである。

 だからこそ、戦国武将たちは、日々、鍛錬に抜かりがない。妖怪変化を退治して、己の魂力を高めることはもちろんのこと、実戦形式の稽古を通し、技量を高め、一騎打ちの経験を積むことも忘れない。

 玉砂利の庭の四方で護符を種火にして松明を焚き、致命傷を防ぐ結界を作り出す。簡易的な人造迷宮ともいえる空間の中で、将となる者、また、将を目指す者は、日夜、刃を交わし合っているのだ。

「そんな物騒な場所に、俺が立っているのは何でですかね」

 播磨国の領主、岩庭薫に帰還の旨を伝えるべく、カオルと共に屋敷の廊下を歩いていた貴大。彼が姫路城内の実戦稽古場に立っている理由は、至極明快なものだった。

「カオルが欲しいのならば、私に力を示しなさい」

「この婆さん、目が本気だ!?」

 カオルが帰りたがっている。自分も帰りたい。なので、明日の朝にでも出立いたします。この一週間、お世話になりました。貴大が告げたのは、それだけだった。

 これに対する薫の返答が、威嚇とも取れる先ほどの言葉だった。

 無言で実戦稽古場へと案内し、薙刀を突き付けての発言に、貴大はジパングが『修羅の国』とも呼ばれていることを思い出した。

「大叔母さん、止めてください! タカヒロは一般人なんです! 元冒険者だけど、あんまり強くないんです! だ、だから!」

「安心しなさい。護身結界の中では、抜身の刃を受けても体は切断されません。大槌で打たれても、頭蓋が砕けることもありません」

「そういうことじゃなくて!」

 実戦稽古場に張られた目には見えない壁を叩いて、薫はのどが千切れんばかりに大声を上げた。

 その声に釣られるかのように、何だ何だと城中の者が集まってきて、ぎょっと目を見開いては驚きの声を上げた。

「薫様! それに佐山殿も!」

「松明に火が灯っておる。すると、これから二人で一騎打ちの稽古を?」

「それにしては物々しいぞ。見ろ。当主様の構えを。あれは本気だ」

 ざわめく観衆たちの中に、カオルは播磨八将や弥彦、ユミエル、ルートゥーの姿を認め、すぐさま彼らに駆け寄って行った。

「お爺ちゃん! みんな! 誰でもいいから大叔母さんを止めて!」

「やあ、それは無理ですなあ。護身結界は松明が自然と燃え尽きるか、勝負がつくまで解けませぬ。ほら、この結界の硬いこと、硬いこと」

「それに、我らが主はすっかりやる気ですよ。五間(約十メートル)四方の狭き結界の中では、貴大殿ものらりくらりと逃げ続けることもできないでしょう」

 カオルを迎えた播磨八将たちは、縁側に腰を下ろし、すっかり観戦のための姿勢になっていた。彼らの横に並ぶ弥彦、ユミエル、ルートゥーも、同じように座って、庭の中央で向かい合う二人を見つめている。

「何で、急に戦いなんて……」

「薫の中に恐れがあるのだろう。自分の目が届かない場所に親族が行ってしまえば、二度と会えないかもしれない。頭では神隠しとは違うのだと分かっていても、どうしようもない。ここ数日、私がイースィンドに帰ろうというそぶりを見せただけで、薫は酷く怯えたよ」

「そんな、あの大叔母さんが……いかにも心が強そうな人なのに」

「人にそう思わせるだけの強さはある。簡単には挫けない強靭さもある。でも、幼い頃の薫は臆病だったよ。本質的には今も同じなのだろうね。だからああやってふんぎりをつけようとするし、貴大君を試そうとする」

 縁側に正座した弥彦は、孫の目をしっかと見て、これは必要なことなのだ、止めることはないと言外に語った。

 それでも、カオルには納得ができなかった。なぜならば、彼女にとっての貴大とは、ぐーたらで、だらしがなくて、ねぼすけで、毎日のようにメイドに尻を蹴られているような男だからだ。

 人が好いだけで、およそ強さとは無縁であり、そこらのごろつきに殴られたらあっさりと死んでしまいそうな男。カオルにとっての貴大とは、そのような人物だった。

 だからこそ、武将である薫が貴大と対峙しているのを見ただけで、カオルはそわそわと落ち着きがなくなってしまう。目を離した次の瞬間、貴大の首が宙を舞っているかもしれないと思うと、瞬きさえもできなくなってしまう。

 なおも、泣きそうになりながら、誰かに縋りつこうとするカオル。彼女をいさめたのは、意外にもルートゥーだった。

「何を心配しているのかは知らんが、タカヒロが負けるわけがないだろう。むしろ、あの老婆の心配をするべきだと我は思うがな」

「ルートゥーちゃん? それって……」

 虚を突かれたように固まるカオルに、ユミエルが言葉を被せた。

「……カオルさん。ご主人さまは強いですよ」

「ユミィちゃん」

 透き通るような目をした少女が、淡々と、事実を述べるように語った。

 いや、それは紛れもない事実であるのかもしれない。カオルは少なくとも、これまでにユミエルの嘘や冗談を聞いたことはなかった。

「薫様が動いたぞ!」

 実戦稽古場に集った観衆が、大きくざわめいた。

 和服をたすき掛けにした薫が、手に持つ薙刀を下段に構え、滑るようなすり足で貴大に接近した。

 鬼の薫の十八番、神速の突きが繰り出される。腹から心臓にかけてを抉るように突き上げる情け容赦のない技は、これまでに回避はおろか、受け流すことすら許したことはなかった。

 何が真実で、何が虚構であるのか、カオルにはもう判断することすらできなかった。

 ただ、全ては次の瞬間、明らかになる。そのことだけは、彼女にも分かった。

「来る、来る……来るぞっ!」

 流れるような動きで、薫の薙刀は貴大の懐へと吸い込まれていき――。

 するりと、豆腐に包丁を入れるように、白銀の刃は何の抵抗もなく深々と貴大の腹に突き刺さった――。

 その瞬間、カオルの視界は、真っ白に染まっていった――。

「随分とえげつない動きをするなあ、ったく」

 白く染まった世界の中で、黒い影がゆらりと動いた。

「緩急つけた動きって苦手なんだよな。ゆっくり追いつめて、一気に襲いかかるとか、プレッシャー凄すぎ。心臓に悪いったらありゃしない」

 個人収納空間から取り出した黒いジャケットを着込み、腰の鞘からナイフを抜き放った男は、一度首を鳴らしてから、グッと腰を落とした。

「急所を狙っての一撃必殺か。技量特化とか、いかにも侍職だなあ。回避専門、紙装甲の斥候職じゃ、ちょっと不利だけど……」

 ちらりと、カオルへ目を向けた男、貴大は――。

「まあ、やるだけやってみるか」

 ふっと短く息を吐いて、地面を蹴った。

「くっ!?」

 ギィンと、金属がぶつかり合う音が響いた瞬間、カオルの世界は一気に色を取り戻した。

 玉砂利が敷かれた実戦稽古場に集まった観衆たち。四方に置かれた燃える松明と、時おり、うっすらと輝く護身結界。そして、中央には、ナイフと薙刀をぶつけ合う貴大と薫がいた。

「え、タカ、ヒロ?」

 戸惑う少女の目の前で、人知を超えた戦いが展開される。

 目では追えない速さで貴大が走れば、薙刀のリーチを活かして薫が後の先を狙う。稲妻にも喩えられた薫の突きが空を裂けば、貴大は分身を身代わりにしてこれを防ぐ。

 戦乱の世に生まれ、戦国武将として生きてきた薫と比較しても、貴大の動きは、決して劣るものではなかった。

「薫様は魂力二百四十だぞ? 佐山殿は、一体、どれほどの魂力を備えているのだ……!?」

「いや、魂力だけではない。余裕がある。度胸もある。貴大殿は、相当な場数を踏んできたようだ」

 武人の裂帛の気合に中てられれば、常人は身がすくみ、心までも凍りつくと言われている。白刃を見れば体が縮み、切っ先を向けられれば涙が浮かぶ。

 播磨八将ほどの者さえも、未だ、薫と相対する時は冷や汗が浮かぶ。絶対的強者が放つ波動に、心と体が影響を受けるのだ。

 しかし、今の貴大はどうだ。まるで舞い踊るかのように、その動きには硬さがない。無駄や隙もなく、緊張さえも感じられない。

 高い魂力を持つ者、つまりは高レベルの者は、それに見合うだけの身体能力がある。では、貴大は薫以上のレベルを持つから、あのように動けるのかといえば、そうではない。

 彼の動きには、慣れがあった。戦いの中での余裕があった。

 まるで、薫程度の相手とはいくらでも戦ったことがあると言わんばかりに、彼は悠々と振る舞っていた。

「思い出すなあ。珍品を狙うPKプレイヤーキラーの皆さんや、陣地争いに血道を上げるベテランプレイヤー。それに、人生捨てちゃったネトゲ廃人たち。ある意味、道を極めた奴らなら、俺はいくらでも相手にしてきた」

 誰に聞かせるでもなく、とつとつとひとりごちて、貴大は薄く笑った。

「この世界に来てからも、レベル250のモンスターやBOSSと何度でも戦ってんだ。カオス・ドラゴンとも戦ったし、闘技場では英雄扱いされてる奴らとも戦った。ゾンビ化して、おまけに巨大化したエルゥとも戦ったんだぞ」

 積み上げられてきた経験を思い出した貴大は、余裕の中に自信をにじませた。仮想現実で数十、数百と対人戦を行い、〈アース〉でも立ちはだかる難敵をことごとく打ち倒してきた。

 己の能力の過信ではなく、確かな実績が裏打ちする確信。ある意味では歴戦の勇士とも言える貴大は、鬼姫と謳われた武将を前にして、少しも気後れしていなかった。

「どうやら、これ以上の試しは必要ないようですね。貴方の実力は、刃を通してよく伝わってきました」

 貴大と対する薫も、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす。

「ですが、決着はつけなければならないもの。我が奥義をお見せします。お覚悟を」

 両手で薙刀を構え、わずかに腰を落としていた薫が、柳のようにすらりと姿勢を正し、風をかき混ぜるように、ゆっくりと薙刀を振り回し始めた。

 ひょう、ひょおうと鈍い風切音を発して、薙刀の刃は大きく旋回する。それに合わせて薫の体は舞いを始める。

「おおっ、あれは主殿の【鬼神舞い】!」

「十にも満たない秒間に、敵を幾度もなます切りにする荒技。まともに受けてしまえば、瞬く間に一寸刻みにされてしまうぞ!」

 薫の決戦奥義に、播磨八将は護身結界のことも忘れてざわめきたつ。

 いや、彼らだけではない。この場にいる全ての者が、固唾を呑んで激突の瞬間を見守った。

 薫が舞う。貴大が半身になって構える。薫が近づく。貴大が動きを止める。薫が薙刀を、大上段に振り上げる。貴大が、ナイフを眼前で構える――!

「タカヒロ、頑張れーっ!!」

 弾けるようなカオルの声に、両者は引き寄せあうようにしてぶつかった。










「お達者でーっ!」

「盆と正月には必ず戻る! お前も達者で過ごせ!」

 貴大と薫の戦いから一夜明け、更に日が暮れ、鈴虫が鳴き出した頃。

 帰ろうとしては引き留められ、帰ろうとしては引き留められ、それが何度も何度も続いた末に、貴大一行はようやく出立することができた。

 秋月に優しく照らされた姫路城の実戦稽古場には、貴大たちを見送る人々が並び、その中央には、播磨八将に囲まれた薫がいた。首に包帯を巻いた老女は、笑顔を浮かべつつも、貴大らの姿が消えても、いつまでも手を振っていた。

「お爺ちゃん、残らなくてよかったの?」

 篭を背負った龍のような姿となったルートゥーの背中で、カオルは遠くなっていくジパングを切なそうに見つめている祖父に問いかけた。

「いや、いいんだ。播磨国は私の故郷だが、私が帰るべき場所は、妻が眠るジパニア村だ。五十年の時を過ごしたあの村が、私の居場所なんだよ」

 笑いながらそう語る祖父の言葉の中に、一抹の迷いや葛藤、そして大きな決意を感じ取り、カオルはそれ以上、水を差すのを止めた。

「まあ、ルートゥーが送り迎えしてくれるって話になってるから、いつでも帰れますしね。なあ、ルートゥー」

『うむ。ただし、それ相応の対価はいただくがな』

「正月に開けられる新酒はまた格別ですよ」

『うむ! ふふふ、分かっておるではないか。それでよいのだ、それで』

「お前、最近、アル中っぽくなってきたなあ」

『いや、龍にとって酒は水のようなもの。むしろ、今までが飲まなさすぎたのだ』

「んなこと言ってるから、龍やドラゴンは酔わせて倒す、みたいなやり口が一般化してんだな」

 篭の中に直接響いてくるルートゥーの声と、貴大や弥彦の声。

 姫だとか、直系だとか、そのような単語が混ざらない話を聞きながら、カオルは、気が抜けたように後ろへと倒れた。

「お? どうした、疲れたのか?」

「そりゃあ、ね。もう、一生分のイベントを終えたって感じ」

 ぐったりと横たわるカオルの顔をのぞき込んだ貴大は、軽く笑って、小さくうなずいた。

「まあ、仕方ねえか。俺がお前の立場でも、多分、そうなると思う」

「だよねえ? ルートゥーちゃんがカオス・ドラゴンだとか、お爺ちゃんが異国の王様だったとか、大叔母さんが現国王だとか、私は姫だとか、もー、お腹いっぱい。それに加えて、貴大が実は黒騎士でした、滅茶苦茶強いんだぜ、ブイ! とか言われたから……あー、もう、目が回りそう」

「んなこと言ってねえよ」

 貴大はカオルの額を小突いて、彼女の隣に腰を下ろした。

「いやー、しかし、お前の大叔母さん、強かったな。全部弾くつもりでいたんだけど、あの連続切りが十回で終わらなかったら、俺、完全回避スキルを使ってたよ」

『いやいや、まだ数合はもっただろう。だが、安易に【蜃気楼】に頼らなかったのは立派だったぞ。流石、我が婚約者だ』

「……【蜃気楼】を使っていれば、窮地に陥ることもありませんでしたのに」

「んー、あそこで完全回避しちゃったら、駄目だろ。【蜃気楼】を使ったら、誰でも、何でも避けられるからな。大叔母さんが知りたかったのは、そういうことじゃねえと思うし」

 わいわいと、理解を超えた会話を続ける貴大たちを、寝転がったまま、ぼんやりと見つめながらカオルは呟いた。

「やっぱり私、普通がいいな。直系とか、お姫様とか、そんなの疲れちゃうよ」

「だよな? 俺も正直、黒騎士とか対人戦とかめんどくせえ。毎日、のんびり、ぐーたら暮らしている方が性に合っとるわ」

「よかった」

「ん?」

「ううん、何でもないの」

 異国の姫君である自分に現実感がないように、黒騎士と謳われ、超常的な戦いを繰り広げた貴大も、カオルは遠く感じていた。

 しかし、本当の自分たちは、グランフェリアで毎日、忙しいながらも楽しく暮らしている自分たちで間違いがないのだ。

 貴大はぐーたらな何でも屋であり、カオルは大衆食堂の看板娘。それが実像であり、カオルたちが望む姿。

 肩書きはいくつもあるけれど、それが真実なのだと理解したカオルは、ふーっと長い息を吐き、窓の外、星が煌めく夜空を見上げた。

 もうすぐ十五夜。すっかり丸くなった月は、優しくカオルたちを見守っていた。



カオルってヒロインだったのね、なお話でした。

さて、次回は真実の欠片編。次章で第二部、完っ!
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