挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

十五夜編

226/300

播磨国

今回はちょっと短め。区切りのいいところまで。
 播磨国とは、現代日本でいうところの兵庫県南部に位置する大国だ。

 東に京の都、西に出雲大社、南に淡路島を見据えるこの国は、古来より交通の要所として知られていた。東西南北、どこへ向かうにも利便に満ちた土地であり、中国、四国、九州の特産品などは、一度、播磨の地に置かれてから、京の都へと渡っていた。

 交通と運輸は莫大な利益を生み出す。ここに目をつけた大名たちは、この地を支配下に入れようと戦を繰り返していた。何年も、何十年も争い合って、播磨国を手中に収めようと刃を交わし合った。

 それは現在も変わりない。ここ百年近く、播磨国は岩庭家が良く治めているが、それで諦める大名たちではない。富と権力に飢えた彼らは、隙あらば全てを奪おうと、今でも侵攻を行っている。

 国境くにざかいの合戦場には、常に野ざらしのままの屍が並んでいるという。草木は血にまみれ、土や岩には死臭が染み込んでいるという。

 絶えず他国の脅威に晒され、今なお小競り合いが続く播磨国。しかし、内に目を向けると、この国は意外にも穏やかだった。

 平野は極端に少ないが、その分、山間部は土と水に恵まれ、良質の米と山の幸を得ることができる。うお湧く海と呼ばれる瀬戸内海からは、丸々と太った魚が揚げられる。

 それらは領民の腹を満たし、彼らは日々、仕事に励む。戦に駆り出されることもなく、土地を荒らされることもなく、平和な毎日を送っている。戦乱のジパングにあって、得難い平穏がそこにはあった。

 もちろん、領民たちは知っている。ジパングでは、これが異常なのだということを。

 播磨国から一歩外に出れば、貧困に嘆く村、農民に槍を持たせて戦わせる国は、そう珍しいものではなかった。落ち武者を狩らねば食べていけない者たちも、それこそ星の数ほど存在していた。

 播磨国は、軍事的に大国であるがゆえに平穏なのだ。領土を、領民を守り切れる武人がいるからこそ、播磨国は平和なのだ。

 そのことをよくよく理解している領民たちは、自国の武士を深く敬愛していた。清貧を貴ぶ武家には素朴な差し入れを。威勢を誇る豪傑には盛大な歓声を。彼らは惜しみなく、できる限りの全てを贈った。

 それは、主家である岩庭家に対しても例外ではない。播磨国中央南部、飾東郡の姫路と呼ばれる城下町では、領民たちが大いに活気づいていた。

 新米が詰められた俵を担ぎ、通りを歩く男がいる。海水が入った桶に魚を泳がせ、台車に載せる女がいる。栗やキノコをざるに盛って、風呂敷に包む童がいる。

 彼らは皆一様に、海岸を見下ろすようにそびえ立つ、目にも眩しい白壁の城を見上げていた。








「うう、美味い。美味い、美味い」

「ああ、貴大君。美味いな、本当に美味いなあ」

 城の中の大広間で、震える手で箸を動かす者たちがいた。

「山葵なんて何年ぶりだろ。しかも、このたまり醤油が鯛とどんぴしゃ。飯が進み過ぎてヤバいです」

「私は炊き立ての銀シャリがたまらないよ。ああ、故郷の土と水の味がする」

 佐山貴大、岩庭弥彦の両名は、目に涙を滲ませながら、白米と刺身を咀嚼していた。

 漬物で一杯、納豆で一杯、そして梅干しで二杯も平らげた彼らは、更に勢いを増して刺身で飯をかきこんだ。

 数年ぶり、数十年ぶりの純和風の味は、懐かしさも手伝って、美味しさも一入だろう。彼らを見つめる薫の目は、どこまでも優しかった。

「朝早く、城下町の漁師が釣り上げてきてくれたものです。桜鯛ではありませんが、秋の鯛も乙なもの。遠慮せず、たんと召し上がってください」

 紅葉鯛と呼ばれる秋の真鯛は、春の桜鯛に劣らず脂がのって、身の弾力も歯を押し返すようで心地良い。この白身魚は、煮てもいいし、焼いてもいいが、真鯛の真髄を味わうならば、刺身以外はあり得ない。

 皮を剥いだ部分が淡く桃色がかった刺身の上に、すった山葵をちょいとのせて、たまり醤油につけて口に入れる。そして、一噛み、二噛み、刺身を味わった後に、炊き立ての飯を頬張る。

 これだけで、人は真鯛が『魚の王者』と呼ばれる理由を知る。体をじんと痺れさせる美味に、心の底から真鯛の価値を理解する。

『目出度い』という語呂合わせではない。紅白色をしているからではない。

 真鯛が宴席、祝いの席で珍重されるのは、これほどの美味を備えているからだと、刺身を食した者は理解できるわけだ。

「やっぱ日本、じゃなかった、ジパングの魚ですよね」

「ああ、そうだとも。ジパング人には真鯛だとも」

 その刺身の魅力に、すっかりやられてしまった男たちは、感涙を流しながら鯛の活け造りに箸を伸ばしている。おひつを空にしそうな勢いで、鯛の刺身に舌鼓を打っている。

 これほど喜ばれるのならば、鯛を持参した漁師の善意も報われるというものだろう。

 ――善意。そう、善意だ。朝食の席を彩る食材の数々は、全て、城下町の領民たちによって、自主的に届けられたものだった。

 昨晩、日付が変わる頃、姫路のお屋敷町がやにわに騒がしくなった。不信に思った町民たちが屋敷の小間使いから話を聞くと、どうやら神隠しにあった先代当主が帰還したらしい、とのこと。

 滅多なことでは眉一つ動かさない殿様が、喜びを露わにして、自ら家臣にお触れを出して回ったというから大変だ。明日はきっと、盛大な宴席を設けるだろう。きっと、これまでにない大祝宴になるはずだ。

 だから、下働きである自分はもちろんのこと、ご家老様に至るまで、今晩は寝ずの準備をしなければならない。少しの抜かりもないように、あちこち手を回さなくてはいけない。

 それだけ言い残して、小間使いたちは煌々と明かりがついた屋敷の中へと去っていった。お屋敷町のあちらこちらから、忙しなく走り回る音が聞こえていた。

 どうやら、話は真実なのだろう。岩庭家の先代当主、つまりは殿様の兄が帰ってきたということは、それは盛大な宴になるだろう。

 播磨国の領民で、弥彦と薫が仲睦まじい兄妹だったと知らない者はいない。その後、彼らを襲う悲劇を知らない者もおらず、薫の嘆きと苦労を知らない者もいない。

 特に姫路の町の者は、老境に入って、年々、寂しげになっていく薫の顔を見ていただけに、彼女が兄との再会をこの上なく喜ぶであろうことは容易に理解できた。

 そうと分かれば、やることも一つだけだった。

 自ら薙刀を振るい、領地を守ってきた殿様に、せめてものご恩返しをする。日頃から慎ましい生活を送り、ぜいたくらしいぜいたくをしない殿様に、ここぞとばかりに祝いの品を贈る。

 誰に言われることなくそう決めた城下町の者たちは、夜明けと共に出かけていって、鯛や松茸をとってきた。

「播磨国は松茸も有名なのですよ。さあさ、遠慮なく食べてください」

 山のように贈られてくる品物を、今回ばかりは薫は拒まなかった。

 岩庭家の家訓を守り、質実剛健な生活を心がけていた女殿様は、嬉しさからタガが外れたようで、あれも、これもと大広間に持ってきた。

弓恵琉ゆみえるさんも、琉鵜唐るうとうさんも、何でも召し上がってくださいね」

「……恐れ入ります」

「うむ。くるしうないぞ」

 岩庭の鬼姫だの、荒薙刀の薫だのと、天下に勇名を轟かせている老女が、まるで人の良いお婆さんのように甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 その事実に、宴席に並ぶ家臣たちは呆然として、固まってしまっていた。彼らにとっての薫とは、岩のように厳格で、鬼のように強い女だったので、朗らかに笑う老女を薫と認識できずにいるのだ。

 しかし、古くから岩庭家に仕える老臣たちは、弥彦と共に、本当の薫が帰ってきたのだと、感極まってボロボロと涙をこぼしていた。

 そうだ。今の姿が本当の薫だ。立場上、つけざるを得なかった、『強い当主』の仮面を外した薫。よく笑い、よく泣く、純情な女が薫の真実の姿だった。

 鬼姫ではなく、花姫と呼ばれた頃の薫が、本当の薫。当時を知る者たちは、溢れ出す涙を抑えられなかった。

 姫路の城の大広間。帰還祝いと恩人への感謝、そして、家臣の戸惑いと老臣の熱い涙。そこに、城下町から祝いの品が次々と届き、混沌としていく空間の中にあって――一人だけ、未だに事情を理解できていない少女がいた。

「こ、ここはどこ? あの人たち、誰?」

 貴大の隣でカチコチに固まって、でも、ぷるぷる震える着物姿の少女。

 彼女の名前もまた、カオルといった。




クルミアがいたら、狂魅亞とでも呼ばれていたのだろうか……。

なんてことを考えながら、お仕事に向かう毛玉であった。
mbzm5aiw24mozaohw3ghgtmdypi_1dmo_ic_2d_r cont_access.php?citi_cont_id=162018451&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ