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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

サバイバル編

219/300

お家に帰ろう

 迷宮外で遭遇する魔物のうち、ウッド・ゴーレム種は強敵の部類に入る。

 鬼のような腕力。巨木のごとき防御力。植物の生命力に加え、伐られた部分から枝葉を生やす再生力に、森の木々に紛れる擬態能力を持つ。

 人造ではない迷宮に入り浸り、とうの昔に『レベル150の壁』を突破した強者たちも、ウッド・ゴーレム種と当たる時は集団で、短時間で討伐しようとする。

 彼らは、レベルではなく、能力で魔物を見る。熟練の戦士にとっては、ウッド・ゴーレム種は決して侮れない強敵だった。

 逆に言えば、レベルや動きだけで魔物を図る素人たちにとっては、ウッド・ゴーレム種は格好の獲物に見える。力ばかりが達者であり、走ることもままならない鈍重な魔物など、取るに足らない相手だ。このように、彼らは判断してしまうのである。

 しかし、彼らは知らない。ウッド・ゴーレム種は、森の中においてはこの上ない脅威と化すことを。再生能力を持つ敵を、まとめて狩ろうとする愚かさを。そして、いついかなる時も、『腕力だけ』は特筆して語られている意味を。

 二・Sの学生たちは、まだ、知らなかった。

「やっぱりしぶといだけだな。オレ達の敵じゃない」

 鎧を身に着け、右手に剣を、左手に盾を構えるヴァレリー。二・Sにおいて三番目の実力者である彼は、オーク・ゴーレムが落とした丸太を蹴って、余裕たっぷりに言い放った。

「よく言うよ。一回、盾を弾き飛ばされたくせに。あれは見ていて冷や冷やしたね」

 ヴァレリーに対して憎まれ口を叩いてみせるのは、彼の親友であるアベルだ。海パンとパーカーの上からマントを纏い、指揮棒にも似た短杖をつまむようにして持っている彼は、皮肉たっぷりに相棒をからかう。

「へー、そんなこと言うのか。自慢の魔法が通用しなかったのは、どこのどいつかな?」

「ウッド・ゴーレム種には氷や水、雷は効きにくいだけだ。山火事を気にせず炎が使えれば、僕だけでも十分だね」

「と言っても、この島は森と浜しかないからなあ。オーク・ゴーレムを砂浜まで連れてきて、じゃんじゃん炎魔法でも使ってみるか?」

「馬鹿言え。そんなことをしていたら、日が暮れてしまうよ」

「いやいや、キャンプ・ファイアー代わりになって、かえっていいかもしれん。何より、この丸太を運ぶ手間が省けていい」

 アベルが吐いた毒にも慣れたもので、ヴァレリーは笑いながらツッコミを返す。それをアベルが打ち返し、キャッチしたヴァレリーがまたまた相棒をからかってみせる。

 打てば響くような言葉の応酬に、残る八人の学生たちはくすくすと笑っていた。

 バカンスを楽しんでいる学生たち特有の、姦しいとも言える賑やかさ。三つに分かれた組のうち、ヴァレリー班は魔物討伐も順調で、彼らの心は夏空のように晴れやかだった。

 ――だが、そこには確かに、油断があった。

「ぐっ、ああああああっ!?」

「アベルッ!?」

 一瞬前まで、それは木のはずだった。恐ろしいオーク・ゴーレムではなく、どこから見ても樫の木だった。この島ではそこかしこで見られる、何の変哲もない木のはずだった。

 それが、どうだ。樫の木は根元を通りかかった栗毛の男子学生に枝を伸ばし、凄まじい勢いで叩き潰したではないか。胸を押さえつけられ、力の限りに押し潰されたアベルは、口から血の泡を吹いた。

「くそっ! こいつ、オーク・ゴーレムだっ!!」

 かつて、謎の魔女に植え付けられた悪魔の力を発現したヴァレリーは、どす黒いオーラを纏った剣を、オーク・ゴーレムに何度も叩きつけた。

 さしもの樫の木の巨人も、その猛攻の前では一たまりもなく、ほどなくして息絶えて、紫色の粒子へと変わっていった。

「アベルっ! おい、大丈夫か、アベルっ!!」

「かっ、は、あ」

 地面にめり込むように仰向けに倒れている少年。彼の胸部は、クレーターができたかのように浅く陥没しており、口からはよだれのように血があふれ出していた。

 重症だ。それも、すぐにでも治療しなければ、命に関わるほどの重症だ。

「【ハイ・ヒール】!」

「は、ハイ・ポーションを……!」

 数人の学生が、急いでアベルに回復魔法をかけ、回復薬を振りかけた。だが、へこんだ胸は元には戻らず、流れ出す血は止まらなかった。

「おい、どうなってる! もっと【ヒール】だ! 【ヒール】をかけろ!」

「だ、駄目だっ! こんな致命傷、【ハイ・ヒール】じゃ治せない!」

 悲鳴のような学生たちの声。ヴァレリーの怒号にも、悲壮感が混ざっている。

 このままでは、アベルは死ぬ。

 降って湧いたかのような緊急事態に、しかしヴァレリー班の学生たちは何もできず、ただただ戸惑うばかりだった。

「むむむ、ピンチだ! よーし、頑張るぞー!」

 もう一、二分もすれば、間違いなくアベルは死ぬはずだった。致命傷を受けた栗毛の少年は、『致命傷』という言葉の通りに、命を落とすはずだった。

 だが、ヴァレリー班にはすご腕の聖女が付いていた!

 死人すら蘇らせると言われる白桃色のホーリー・ガールが、しっかりと彼らを見守っていた!

「痛いの、遺体の、飛んで行けー。【ミラクル・ヒール】!」

 ヴァレリー班の頭上、枝葉に紛れて姿を隠していたメリッサの手から、神秘的な白色の輝きが放たれる。

 それは、暗雲から差し込む日光のようにアベルを照らし、傷ついた彼の体を癒していく。

「おお、これは……!?」

 学生たちが見守る中、アベルの肉体は、正常な状態へと戻っていく――。

 ただし、いささか無理やりに。

「み、ミンチより酷いっ!」

「うっ、おえええっ!!」

 陥没した胸部は内部から突き上げられたかのように逆に膨らみ、すぐさま破裂する。壊死した細胞を外に絞り出すかのように肉と骨とが飛び散って、辺り一面は血の海と化した。

「な、なあ、どうなっているんだ? ぼ、僕、どうなったんだ?」

「ひ、ひいいっ!?」

「首から下の感覚がないんだ。痛くもないし、暑くもないんだぁぁぁ」

「よ、寄るなっ! 寄るな化け物ぉ!!」

 むくりと起き上がったアベルの胸部では、ぐじゅぐじゅと音を立てて肉が蠢いている。生き物でしか出し得ない、鮮烈な赤とピンク、白の三色が、狂気の協演を奏でている。

「なあ、僕はどうなったんだ? な、なあぁぁぁ」

「助けてくれ! 助けてくれー!!」

 トラウマものの光景に悲鳴を上げる学生たち。しかし、彼らを見守る白桃色の聖女様は、

「大丈夫。その子はもう助かっているよ」

 と、いささかピントのずれたことを言っていた。

 さて、このように、ヴァレリー班は阿鼻叫喚の地獄に突入してしまったが、他の二班はおおむね順調に事を進めていた。

「ベルベットはいったん下がって。私が代わりに出るわ。カミーラは拘束魔法で離脱を援護。回復が終了次第、再度交代」

「了解っ!」

 異国の出身ながら、一学期のうちに二・Sの次席へと上り詰めたドロテア。彼女の実力は本物であり、その中でも、指揮能力に関してはフランソワに勝っている、というのが一般的な評価だった。

 だからこそ、レベルが近い魔物との実戦経験は初めてだという第二班も、ドロテアの指揮の下であれば、訓練通りに動くことができた。

 戸惑いもなく、焦りもなく、何より無茶をしない優秀な指揮官がいれば、新兵でさえも魔物を倒す。小心者のカミーラは、授業で聞いた一文を思い出していた。

 戦士と戦士が助け合う。小まめに回復をする。多をもって個にあたる。武門の出であるベルベットは、父から教えられた戦場での指針を思い出していた。

 それら優れた者たち、戦場を経験した者たちの言葉の通りに、ドロテアは班を指揮していた。迷いなく、躊躇いなく、どこまでも効率的にオーク・ゴーレムを討伐していった。

 彼女に任せておけば安心だと、付き従う学生たちは自信を高め、彼らに頼られるドロテアも、これはいい経験だと、有意義な時間を過ごしていた。

 この中で、唯一、不満を持っているとしたら、彼らをサポートするべく遣わされたルートゥーだ。

 小鳥に姿を変えて、悠々とドロテア班を追いかけていたルートゥーは、堅実な戦いを進める学生たちに苛立ちを募らせていた。

(何だ、あのちまちまとした戦い方は。女ならば、一対多。集団戦闘こそが戦の華だぞ。それをあの銀髪の小娘は、一体ずつ誘き寄せて、袋叩きにするようなせこい戦いをしおってからに……ええい、まだるっこしい。これでは、我の出番がないではないか)

 可愛らしい少女や、無垢な小鳥の姿をしていても、ルートゥーの本性は魔物の王、ドラゴンだ。強大な存在であるがゆえに、彼女は強者を、豪快な戦いを好み、ドロテアたちがしているような『小さな戦い』を何より嫌う。

 言ってみれば、命や危険を度外視した、英雄的な行為こそがルートゥーの好物なのだ。一騎当千、万夫不当の大奮闘こそが彼女が求めるものであり、堅実さや慎重さは、彼女の心を燃やさない。

 それに、危機がないということは、今回、ルートゥーの出番もないということだ。カオス・ドラゴンである自分が、わざわざお守をしているのだ。それならば、ピンチの一つや二つ、陥ってみせるのが礼儀だろう。

 などと、絶対的な存在らしい、自分勝手な苛立ちを募らせていくルートゥー。王者は我慢などしないと言うが、彼女の場合も例外ではなく、ドロテアたちが三体目のオーク・ゴーレムを倒した時、彼女は一つの限界を迎えた。

「ええい、臆病な子ネズミどもがっ! その腐った性根、我が直々に叩き直してくれるっ!!」

 カオス・ドラゴンは、どのような姿にもなれる魔物だ。竜人の少女にもなれるし、妙齢の女性にもなることができる。今のように小鳥に化けることもできるし、やろうと思えば無機物にさえ化けることができる。

 その力を利用して、ルートゥーはオーク・ゴーレムと化した。

 樫の木のような肉体と、人のようにも見える四肢と顔面。能力や特性なども寸分違わぬ一体のオーク・ゴーレムとして、ルートゥーはドロテアたちの前に立ち塞がった。

「擬態していた個体ね。発見が遅れたけど、さしたる問題ではないわ」

 突然現れた樫の木の巨人を前にして、ドロテアは驚きや動揺を見せず、素早く班を指揮して、陣形を整えていく。

 前衛を三人。交代用の中衛を三人。後衛を三人。そして指揮のドロテアと、四段構えの陣形をとって、ルートゥーに相対するドロテア班。

 レベルが低く、数でも劣る相手に、彼女は微塵の隙も見せない。しかしルートゥーは、それを臆病だと鼻で笑い、かかってこいと言わんばかりに、両手を大きく天へと向けた。

「【パワフル・オーラ】!」

「【チェーン・バインド】!」

「【クレッセント・キャリバー】!」

「【メタル・アクス】!」

〈サポーター〉が前衛へ腕力上昇のバフをかける。〈ソーサレス〉が敵を拘束魔法で縛り上げる。〈ソード・ダンサー〉は踊るように三日月形の光波を放ち、〈ヘビー・ファイター〉は渾身の力で大斧を叩きつける。

 一斉に攻撃をするのではなく、役割を活かした戦い方。それは、貴大に教わったやり方でもあり、合理主義を信奉するバルトロアの得意とするところでもあった。

 敵を効率的に倒す。その目的を果たすために、それぞれが持てる力を結集した最初の一撃。しかし、それらは敵にかすり傷一つ負わせることなく、逆に打ち付けた勢いのまま、全て弾き返されてしまった。

「……え?」

 ドロテア班の全員が、目を丸くして固まった。

 戦いの最中であるにも関わらず、彼女らは驚きのあまり、硬直してしまったのだ。

 仕方のないことではある。魚が水を泳ぐように、鳥が空を飛ぶように、魔法や刃がオーク・ゴーレムに通用するというのは、彼女らにとっては当たり前のことだった。

 三度繰り返して、三度通用した、紛れもない事実。それは、レベル差だけで考えた机上の空論ではなく、実証された真実のはずだった。

 それが、頭から否定されたのだ。あり得ない出来事は、度が過ぎると人の思考を停止させる。考えが及ばなくなると、人の頭脳は凍結してしまうのだ。

 今のドロテアたちは、まさしく、その状態にあった。

『つまらぬっ! 貴様ら、何だその体たらくはっ! もっと我を楽しませてみせろ! 力の限りにあがいてみせろ!』

「っ!」

 ドロテアたちを凍りつかせたのがルートゥーならば、解凍したのもまたルートゥーだった。

 オーク・ゴーレムの体に見合う恐ろしげな声を出したルートゥーが、ずんと片足で地響きを起こす。それだけで、弾かれたように学生たちは動き出して、樫の木の巨人と距離を取った。

『なんだ、逃げるのか。情けなく逃げるつもりか。だが、そうはさせんぞ。何人たりとも、この場からは生かして帰さん』

「お、オーク・ゴーレムがしゃべっている……!?」

「何だ、この威圧感はっ!?」

 ずしり、ずしりと近づいてくるオーク・ゴーレムから、じりじりと遠ざかりながら学生たちが呻く。声から伝わる強者の気配に、生物としての本能が、最大限の危険信号を発し始める。

 だが、なぜ、何の変哲もないオーク・ゴーレムが、ここまで自分たちを圧するのか。なぜ、人の言葉を発するのか。

 あいつは何かが違う。あいつはどこか、普通じゃない。

 漠然とした違和感。それは、目には見えない恐怖として、学生たちを包み込もうとしていた。

「ひっ!? れ、れ、レベル250っ!?」

 オーク・ゴーレムが放つ不可視の恐怖。それは、カミーラの上ずった声によって、目に見える恐怖と化した。

「250!? に、250だとっ!?」

「ほ、本当だ……! 250だ……!!」

 カミーラの言葉が信じられないのか、はたまた信じたくないのか。その場にいた全員が、魔物のレベルを調べるスキル【スキャン】を発動した。

 その結果、彼らは見てしまった。オーク・ゴーレムに重なるように浮かび上がる、250の数字を。

 平地ならば100前後。魔素が濃い場所では140。霊山や迷宮内でも200程度。これが一般的な魔物のレベルだ。

 騎士や冒険者であっても、200以上は見たことがある者の方が少ないと言われている。街で生活している者は、150以上であっても目にする機会があるかどうか。

 それだけに、学生たちが視界に映している250というレベルは、どこか非現実的な数値であった。

 地中海全域の交通を麻痺させる、あのクラーケンと同じレベルといえば、彼らにも理解しやすいだろうか。だが、真っ先にそのことに思い至ったカミーラなどは、すでに白目をむいて気絶していた。

「ひ、ひぃ……!」

 学生たちは涙を浮かべ、ガタガタと体を震わせた。対照的に、オーク・ゴーレムに化けたルートゥーは、威風堂々といった態で、ゆったりと歩を進めていた。

『さあ、あの世へ旅立つ準備はできたか! この巨腕で、貴様ら一人一人を、丹念に叩き潰してくれるわっ!』

 森に響き渡る化け物の声。そして、ルートゥーが拳を握りしめた時――。

『……うむ? こやつら、気絶しておるではないか』

 学生たちはみな、意識をどこかへ飛ばしてしまった。

「失禁までしておる。うーむ、きちゃないのう」

 竜人少女の姿に戻ったルートゥーは、辺りに立ち込める尿の匂いに、あからさまに顔をしかめた。

「それでも、タカヒロに頼まれたからには、我が面倒を見んといかんわけか。なるほど、これは確かに面倒臭い」

 どさりと倒れた学生たちを、汚物にでも触るかのように、つま先で転がすルートゥー。

 彼女はそのまま、気絶した学生たちをころころと転がしながら、そう高くもない山を下って行った。

「……さっきの声。ルートゥーに任せた方面か。まあ、あいつがいれば命の危険はないだろ」

 三つ目の班であるフランソワ班。これを担当するのは、立場上、責任者にならざるをえない貴大だ。

「さっきから、助けてー、だの、ひいー、だの聞こえてくるけど、MAPに映るアイコンは一つも減ってない。大丈夫だろ、多分」

 高い聴力を持つ貴大は、否応なしに悲鳴や怒声を耳にしてしまうが、この島にはメリッサやルートゥーの脅威となり得る存在はいないと判断し、あえてそれらの声を無視することにした。

 なぜならば、彼はフランソワ班の面倒を見るだけで手一杯だったからだ。

「それでは、先に進みましょう」

(ひいっ! そっちには群れがいるんだぞーっ!?)

 先陣をきって歩くフランソワが向かう先、500メートル前方には、樫の木に擬態したゴーレムの群れがいた。

 斥候を務める学生は、まだオーク・ゴーレムの擬態に気がついておらず、フランソワが選ぶルートによっては、彼女らが群れに取り囲まれるという事態もあり得た。

 そうなってしまえば、班の危険度は跳ね上がる。最悪、死人が出るかもしれない。

(魔物だぞ? 野外だぞ? 学園迷宮じゃないんだぞ? これ以上ないほどに慎重を重ねるのが当然だろ? くそっ、あいつらを舐めていたっ!)

 一回、二回の勝利で気をよくして、無駄に自信をつけた者ほど、扱いにくい者はいない。彼らは必ず、効率を求めようとする。余裕で勝てたのだからと、敵の数を増やそうとする。

 自分たちの敗北を疑わず、勝利が永遠に続くものと信じて疑わなくなる。一度勝てた相手ならば、絶対に負けはしないと高をくくるようになる。

 そして、自分たちは死なないと、心のどこかで思っている。未熟さゆえの万能感が、学生たちには確かにあった。

(うおおおっ! 【首狩り】! 【心臓貫き】っ! 【ミラージュ・ボディ】で【ミラージュ・ダガー】!)

 しかし、いくら未熟だからといって彼らを見殺しにした場合、貴大にはとてつもない罪が背負わされることになる。漂流先の話とはいえ、貴族の子弟、大商人のご子息様についていながら、救助すらままならなかったとなると――彼らの親は、行き場のない怒りを貴大に向けるだろう。

 投獄、拷問、断頭にさらし首。逃げた場合も、暗殺者が放たれるかもしれない。そのような面倒臭い事態になってはごめんだと、貴大は必死になってフランソワ班の援護に回った。

 オーク・ゴーレムの群れに飛び込み、両手に持ったナイフを力の限り振り回した。首を狩り、急所を貫き、体もナイフも分裂させた。持てる力の全てを発揮し、考えられる限り最速でオーク・ゴーレムを片付けた貴大。彼が汗だくになってしまうのは、仕方のないことだと言えた。

「あら、丸太がこんなに。オーク・ゴーレムの巣だったのかしら?」

「もしかすると、共食いをしたのかもしれませんね。ははは」

 森の木々の影に溶け込み、荒い息を吐き出している貴大の上を、どやどやと学生たちが通り過ぎる。彼らは、魔物の森にいるとは思えないほどのん気な会話をしたかと思うと、丸太を拾うことすらせず、山の上へと向かった。

(はあーっ!? 何で!? これだけあれば、テントの四つや五つぐらいは組めるだろ!? 豪邸でも建てるつもりかっ!)

 あくまで、自分たちの手で丸太を入手したいのであろうか。学生たちは、後ろを振り返ることすらせずに進んでいく。

 仕方なく、貴大はその後ろを付いていくのだが――。

「ふんぬらばっ!」

 やはりフランソワたちは、

「でえええいっ!」

 わざととしか思えないほど、

「どわっしゃっ!」

 オーク・ゴーレムの群れへと突き進み、

「うにゃーっ!!」

 貴大の体力を、ごりごりと削っていった。

「はあっ! はあっ! はあっ! こ、これで、最後の群れだっ! もうこの島には、ほとんど魔物がいねーぞ!!」

 最後のオーク・ゴーレムに丸太を突き刺した貴大は、消えゆく巨体にもたれかかりながら、精根尽き果てたとばかりに、がくりと両膝をついた。

「い、いや、まだだ。最後に一つ、フランソワに文句でも言わなきゃ、休むのもままならん。ちょっと、あいつを叱ってから、思いっきり寝よう」

 ふらふらと体を揺らしながら立ち上がった貴大は、思いきりだるそうにフランソワ班がいる方へ向かう。脳みそにお花を咲かせている学生たちに、一言何か言ってやろうと、必死に歩く。

「くそっ、こんなことなら、最初に止めとくべきだった。青空教室でも何でもやって、実戦の危険性を教え込むべきだった。あー、やっぱ人間、横着しちゃいけねーな」

 貴大は、ぶつくさと文句を垂らしながら、えっちらおっちらと山を下りていく。学生たちがいるであろう場所に向かって、機械的に手足を動かし続ける。

 すると、ほどなくして、特徴的な縦ロールの金髪が、森の木々の向こうに見え始めて――。

「……ん? ありゃ、何だ? 紫色の……霧? って、まずいっ!」

 フランソワ班の真横の大木。彼女らからは死角となる位置に、紫色の粒子、すなわち魔素が集まっていた。

 渦を巻くようにして集まった魔素は、卵のようにつるりとした紫色の玉となり、すぐさま、ひび割れていった。

 側面を突き破って、鱗に覆われた腕が飛び出した。底を抜くようにして、両足と尻尾が大地を突いた。そして、殻の天辺を吹き飛ばして、大蜥蜴の顔が現れた。

 全身に青色の鱗を纏った大蜥蜴は、四つん這いにはならず、直立したまま、ぎょろりと金色の瞳を動かした。そして、銀色の大槌と鎧を実体化させ、何度か嗚咽したかと思うと、泣き声のような咆哮を上げた。

 この魔物こそ、東大陸西部で恐れられているユニーク・モンスター、嘆きのリザードマンである。レベルにして150。俊敏な動きと、ボロボロと垂れ流す毒の涙が特徴であるリザードマンは、その泣き顔に似合わず、執拗に人間を攻め立てる。

 この魔物に襲われたが最後、被害者は嘆きのリザードマンと同じ顔、すなわち涙でくしゃくしゃになった顔になると言われている。それほどまでに残忍なユニーク・モンスターは、たとえ二十歳にもならない学生が相手であっても、微塵も容赦することはない。

 それが、フランソワたちの、すぐそばに現れた。

 理論上は、ユニーク・モンスターは魔物がいるような場所になら、どこにでも現れる。それこそ、街道にも現れるし、花畑にさえ現れる。しかし、

「なにも、こんな場所に出なくていいだろうがっ!!」

 まさか、こんな小さな島に、それも学生たちのすぐそばに現れるとは、貴大でさえも予想しえなかったことだった。

「フランソワ、逃げろぉぉぉぉぉっ!!」

『アアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「えっ?」

 貴大の叫びと、嘆きのリザードマンが木陰から現れたのは、ほとんど同時だった。気がついた時にはすでに遅く、大槌を両手に構えた2メートル大の蜥蜴は、無防備な少女に突進を仕掛け――。

 そして、力の限り、フランソワの頭に大槌を振り下ろした。

「がっ!」

「せ、ん、せい……?」

 少女の頭を西瓜のように砕くはずだった銀の槌。

 それは、飛び込んできた黒髪の青年に直撃し、彼の脳天をしたたかに揺らした。

「き、【気絶】効果、が。まずい」

 その言葉を最後に、貴大は意識を失った。







「む、うう……う?」

 暗転した意識が、暗闇の中からゆっくりと浮上していく。

 ぼやけた視界が、段々と像を結んでいく。

 そして、自分の視界に映るのは、満天の星空であると認識した頃――貴大は、勢いよく飛び起きた。

「リザードマンはっ!? フ、フランソワはどうなった!?」

 慌てて辺りを見回した貴大は、日が沈んでいること、自分が浜辺に移動していることに気がついた。

 ユニーク・モンスターの気配もしないことから、とりあえずの危機は脱したことが分かる。しかし、犠牲者がどれほど出たかは分からない。最悪、フランソワ班が全滅し、駆けつけたメリッサ、ルートゥーが嘆きのリザードマンを倒したというのも、十分に考えられた。

 フランソワたちが、死んだかもしれない。その『もしかすると』の考えに、貴大の体からはどっと冷や汗が噴出した。

 ――が、

「先生、急に頭を起こしては、体に悪いですわよ」

「フランソワっ!?」

 安否を心配した相手は、何のことはない、自分の背後に座っていた。

「お、おいっ! あれからどうなったんだ!? あいつら、どうなった!?」

 森と砂浜の境目で、正座のような形で座っている金髪縦ロールの少女は、詰め寄る貴大の肩を撫でて、にこりと笑う。

「大丈夫です。全員無事です。嘆きのリザードマンは、私たちが討伐しました」

「そ……そう、か、ぁ」

 へなへなと腰を抜かして座り込んだ貴大を引き寄せ、フランソワは彼の頭を膝の上に乗せた。そして、

「大丈夫です。大丈夫でしたから」

 と語りかけながら、貴大の頭を何度か撫でた。

 そのまま、二人とも何も言わず、五分、十分と時が流れていく。月と星とが照らす砂浜で、二人はただ、そこにいた。

 誰も、何も言わず、波の音しか聞こえない静寂の中。口を開いたのは、フランソワの方だった。

「先生、申し訳ありませんでした」

「……あ、ああ? 何のことだ?」

 疲れと安堵からぼんやりとしていた貴大は、思考がうまく回らず、すぐには返事ができなかった。申し訳ないと言われても、何のことなのか、すぐには思いつかなかった。

 そんな彼に、フランソワは懺悔をするように、ぽつり、ぽつりと言葉を落とす。

「私たちは、調子に乗っておりました。散々訓練を重ねたのだから、実戦もうまくいくと、勘違いしておりました。その結果、先生に怪我を負わせてしまいました」

「ああ、そのことか」

 それは、貴大が叱ろうとしていることだった。訓練と実戦は違う、危険に自ら飛び込むなと、叱ろうと思っていたことだ。

 図らずも先手を打たれた形となり、貴大は吐き出す言葉もなくなって、黙ってフランソワの話に耳を傾ける。

「先生の尽力によって、遭難中とは思えないほど、私たちは快適に過ごすことができました。飢えは満ち、渇きは癒え、夜は安心して眠ることができました。まるで修学旅行の一環であるかのように、孤島での生活は過ぎていったのです。だからといっては失礼でしょうが、私たちはそれで、危機感を薄れさせてしまったのです」

「まあ、そうだよな。その通りだわ」

 そのことに気がついてくれたかと、貴大は寝転がったまま、うんうんとうなずいた。彼の首肯に、フランソワは辛そうに顔を歪め、それでも言葉は決して詰まらせず、話を続ける。

「わざわざ魔物の討伐に行こうなどと、あれは私たちの傲慢さ、愚かさの現れでした。まるで狐狩りにでも出かけるかのように、魔物を狩ろうなどと考えてしまいました。魔物は狐と違って、私たちの命を脅かすというのに……自分たちならば大丈夫だと、先生に相談なく、全てを決めてしまいました。それで、先生に助けられ、先生に怪我を負わせるなど、私には申し訳なくて……」

「あー、まあ、気にすんな。次からは気をつけろよ、ってことで」

 フランソワの辛そうな顔に、貴大はきつい言葉も出せなくなってしまう。だが、それがかえって辛いのだとばかりに、フランソワはとうとう泣き出してしまった。

「お、おい。泣くなよ。おいってば。気にしてねえからさ」

「違うのです。先生、違うのです」

 体を起こした貴大が慰めても、フランソワはおいおいと泣くばかり。女の扱いが下手な貴大は、どうしたらいいのかも分からず、あー、だの、うー、だのと呟いている。

 その純朴さとも言える態度に、フランソワはとうとう耐え切れなくなったのだろう。ここからが本当の懺悔だとばかりに、涙をこぼしながら一つの真実を語り始めた。

「わ、私は、本当はあさましい女なのです。もっともらしい話で、自分を偽る下劣な女なのです。本当は、私は、狩りがしたかったのではなく、先生に、先生に、褒めてもらいたかっただけなのですっ!」

「はっ? え、そ、それはどういう……」

「島に漂着した時、先生に出会えた私は、運命を感じました。このような辺境でも、先生は私の前に現れてくださるのだと、胸がいっぱいになりました。しかし、すぐに、私は嫉妬を感じ始めました。私が会いに行く度に、メリッサさんやルートゥーさんが、先生にべたべたと密着していました。ユミエルさんだって、片時も離れずに先生のそばにいました。その仲睦まじい姿に、いつもは微笑ましさを感じるのですが……先生は、私たちを、私を助けるためにこの島にいたのだと思い込んでいたためか、私は醜い嫉妬を生み出してしまったのです」

 ぽろぽろと涙を零すフランソワの告白を、貴大は黙って聞いている。

「以前にも言いましたが、私は先生が好きです。一人の男性として、先生を愛しています。ですが、先生の周りにはいつも魅力的な女性がいて、彼女らと先生は、和やかに過ごしています。いつもならば、その輪に溶け込もうとすれ、崩そうなどとは決して思わないのですが、私はどうかしていたのでしょう。先生にいいところを見せることによって、先生の気を引こうと考えてしまったのです。私は子どもじゃない。私は、このようなことができる、一人前の大人だと、先生に見てもらいたかったのです。それで、私は、もっともらしい理由をつけて、狩りをしようと誘うクラスメイトの言葉に賛同してしまいました……こ、これが、私の真実です。これが本当の私です」

 最後まで言い切って、わっと泣き崩れてしまったフランソワに、かける言葉も見つからなくなり、貴大はただ黙りこんで、彼女の隣にどすんと腰を下ろした。

 そのまま、時間が過ぎていき、やがてフランソワが泣き止んでも、貴大は黙って、暗い海を見つめていた。

 彼は何を思っているのか。次に自分はどのような言葉をかけられるのか。不安に思ったフランソワが、赤くなった目で貴大をのぞき見た時、ようやく、貴大は口を開いた。

「俺はさ、学生の頃、アホなことばっかりやってたよ」

「えっ?」

 唐突な貴大の話に、今度はフランソワが疑問の声を上げた。

「ポーション一気飲み大会や、馬糞投げ合戦。敵対チームの旗に落書きしたり、女装して馬鹿な男を引っかけたりしてた。それこそ、人の迷惑も考えずに、やりたい放題やってたよ」

「先生が、ですか? そんな……」

 戸惑うフランソワに、貴大はにやりと笑った。

「ガキなんてそんなもんだ。人のことなんて考えもしねーし、やたらとかっこつけたがる。人から見れば馬鹿みたいなこともするし、後先考えずに思いつきで動いたりする。なんせ、ガキだからな」

 理想の教師と見ていた貴大の過去に、唖然とするフランソワ。泣くことも忘れ、ぽかんと口を開いた彼女に向かって、貴大は悪ガキそのものの顔を向けた。

「でも、不思議なもんで、大人になれば自然とそういうことをしなくなるんだよな。自分のアホさに自分で気づいたり、誰かに叱られたり、若さをなくしたりして、みんな大人になっていくんだ。まあ、中にはいつまでも悪さをしてる奴もいるけどさ。自分で気づけたお前なら、背伸びせんでも、気がついたら大人になっとるわ」

「先生……」

 ぽんと頭に置かれた手から、言葉がしみ込んでくるようで、フランソワはそれだけのことで、心が癒されていくのを感じた。

「俺はさ。ちょっとややこしい立場の人間でさ。問題もいっぱい抱えてるし、お前に秘密にしていることもたくさんある。だから、好きだ何だと言われても、じゃあ恋人になろうとかは、考えられねーし、考えたくないんだわ。でも、背負ってるもん全てがなくなって、すっからかんの自由になれたら、また背負うもんを探しても……いいのかもな」

 最後まで語るのが面倒臭いのか、はたまた途中で照れ臭くなったのか。砂浜に寝転がった貴大は、もうフランソワを見ることはせず、口をへの字に結んで、じっと星空を見つめていた。

「では、私が大人になって、先生が自由になれたら、その時は……」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、何でもありませんわ」

 笑顔を取り戻した、金髪の少女。

 彼女の呟きは、波の音に紛れて消えていった。






 王立グランフェリア学園、高等部二年S組の生徒たちが漂流してから、二週間が経過した。

 遥か北方へと旅立っていた勇者を呼び戻し、クラーケンを討伐する。関係者は最速で行ったのだが、これだけで二週間という時間が過ぎてしまった。

 クラーケンの討伐を確認した騎士たちは、急いで竜籠や戦艦へと飛び乗った。二週間。手持ちの食料だけでは生き残ることができない日数。命を繋ぐためには、自力で水を集め、食料を狩らねばならない。

 それに、魔物や野生動物からも身を守り、病気や怪我にも気をつけなければならない。寝床を確保し、着るものも洗濯、調達しなければならない。

 それが学生たちにできるかどうかとなると――はなはだ、疑問であった。

「急げっ! 事は急を要する! 外交問題にも繋がるのだぞ!!」

 竜籠に乗り込んだ近衛騎士団の団長が、珍しく金切り声を上げていた。

 有力な貴族や、大商人の子息だけではない。学生たちの中には、イースィンドに隣接する大国、バルトロアの第四王女がいる。

 バルトロアとイースィンドは、何十年も前には領土を切り取り、争っていた仲だ。それが、名目上とはいえ、友好のために遣わされた王女を死なせたとなると――東大陸を二分する大戦争が、また始まるだろう。

 それだけは防がねばならないと、騎士団の団員たちは、竜を、船を走らせた。

 そして、地中海に浮かぶ島々を見て回り、やがて一つの無人島に辿り着いた時、彼らは、見た。

「ブリっぽい魚、獲ったどーっ!」

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 健康的に日に焼けて、精気に漲った筋肉をてかてかと光らせている若者たちを。

「増設だ! 増設を重ねるのだ!」

「この地にも、国王陛下のご威光を!」

 丸太を組み上げ、ちょっとした豪邸を築いている若者たちを。

「うんばば……! うんばば……!」

 そして、岸辺に繋がれた遊覧船の上で、大きな焚火を熾し、その周りをぐるぐると回っている若者たちを。

 騎士たちは、無人島でたくましく生き抜いている若者たちを、確かにその目に焼き付けた――!

「……どうやら、俺たちは無用の心配をしていたようだ」

「帰ろう」

「そうだな」

 飛び去っていく飛竜の群れを、砂浜に寝転がっている五人の男女が、眩しそうに見つめていた。

「何だったんだろうな? あれ」

「さあ、どうでもいいですわ。それより先生、あーん」

「あん。うん、美味い」

「ふふっ、よかったですわ」

 日に焼けた少年少女+αが暮らす、名もなき島。この地に生きる彼らは、この先、何年、何十年と、生き続けるのだろう。

 やがて子を産み、育んで、一つの王国を発展させていくのだろう。それがイースィンドと交わる日は、いつになるのか。

 それはまだ、誰も知らない。







「って、Uターン! Uターン!」

「俺たち救助隊! 俺たち救助隊ー!」

「って、あれ、救助隊だろーっ!?」

「カムバーック! へるぷみー! へるぷみー!」

 名もなき島に暮らす住民がイースィンドの地を踏むのは、案外、近いようだった。
あれ? 夢中で書いていたらこんなに長く……。

まあ、フランソワさんのヒロイン力ということで。

次回、一般人Kさんのお話。
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