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服を作ろう

「先生、服を作りましょう」


「何だいきなり」


 漂流三日目の朝、フランソワは燃えていた。


 どうしても、服を作らなくてはならない。絶対に、服を手に入れなくてはならない。彼女の目は、やる気の炎で燃え盛っている。


 生徒の熱意を感ずるや否や、即座に了承を返すのが良い教師なのであろうが、あいにく、貴大はしがない何でも屋だ。仕事の一つとして、週に一度、王立グランフェリア学園で教鞭を振るってはいるが、身を粉にしてまで生徒に尽くすような男ではない。


 むしろ、仕事外では、あまり顔を合わせたくないのが本音だ。貴族や大商人の子弟など、煩わしさとしがらみの権化でしかない。彼らと親交を深めるというのは、抜け出せない深みにはまっていくことと同義である。


 底なし沼に自ら沈む馬鹿はいないように、王侯貴族に喜んで付き合う庶民はいない。何か面倒事を押し付けられる前に、避けて、隠れて、遠ざかって、なるべく距離を置こうとするのが、一般人というものであった。


「なにぶん、急な事態でしたので、私たちには着替えがないのです。水着と、学園指定のパーカーと、ビーチサンダルのみ。私たち学生は、基本的に、この三つしか持っていません」


「そうか、大変だな」


「水浴びをする際に洗って乾かせば、衛生面では問題ないのでしょうが……やはり、着替えがないと落ち着かない、日に一度は着替えたいのが、年頃の少年、少女というものなのです」


「まあ、そうだろうな」


「そこで、先生の出番です。森に果実を採りに出かけた学生から連絡が入りました。『絹のような糸を吐き出す魔虫を見つけた』とのことです。彼らが持って帰ってくる魔物素材の加工方法を、私たちに教授してくださいませ」


「は?」


「さあ、採取班がもうすぐ帰ってきますわ。先生、よろしくお願いします」


「え? えええええええ!?」


 輝くような金髪縦ロールのお嬢様に、貴大はずるずると引きずられていく。


 助けを求めて伸ばされた手の先では、妖精種のメイドさんが、パタパタと小さな応援旗を振っていた。


 ――――お貴族様と、自ら進んで関わり合いになるような馬鹿はいない。賢い庶民ならば、面倒な事態になる前に避けて通るもの。


 それが一般的であり、貴大も今までそうして生きてきたのだが、旅先の解放感が、街での常識を薄れさせていたようだ。


 哀れ、貴大はお貴族様に確保され、彼女の仲間が待つ森の広場へと連れ去られていった。


「先生、見てください! シルク・ワームの糸がこんなに!」


 西海岸から、島中心部に向かって歩くこと五分。鬱蒼と茂った森の中に、ぽっかりと穴が開いたようにある程度の広場があった。


 バスケットコートぐらいならば、かろうじて収まるだろうか。所々に切り株が生えた小さな広場は、島の規模に比べれば、虫食いの穴のようなものだった。


 その広場に、人の頭ほどもある玉繭を掲げた学生たちがいた。スポーティーな少女ベルベットを中心に、三つ編みと眼鏡の少女カミーラ、銀髪の王女ドロテアなど、成績上位の女生徒たちがずらり。


 朝食後、食料調達がてら、森の奥まで探検に出かけた者たちだ。彼女らはみな、思わぬ収穫に浮かれ、堅物で有名なドロテアでさえ、わずかに頬を上気させていた。


 大男の腕ほどもある、芋虫型の魔物。この魔物が落とす繭状のモンスター素材は加工することで上等な絹となり、その美しさは、真珠を糸にしたようだ、神秘的な輝きだと、王都でも高く評価されている。


 そのような糸を吐き出すシルク・ワームが、この島にいるとは幸いだ。これぞ、国父や主神の加護に違いない。始祖様、アルファール様、ありがとうございます。


 などと、お決まりの台詞を口にして喜ぶ女学生たちとは対照的に、貴大はさして驚きもせずに、シルク・ワームの玉繭を見つめていた。


(シルク・ワーム……そういや、いたな)


 実は、貴大は、この島にシルク・ワームが存在することを知っていた。それどころか、この島のどこに、何があるのかすら、事細かに把握している。


 学生たちが無人島に漂着した日の夜に、貴大は島内の徹底的な探索を行っていた。貴族の子弟に万が一のことがあれば、自分はイースィンドにはいられなくなる。強迫観念にも似た思いから、貴大は持てる力の全てを用いて無人島を駆け巡った。


 島の魔物は、平均レベル100程度だと分かった。中央に山はあるが、切り立った崖や、深い渓谷などはないことが分かった。島全体のマッピングを済ませ、滑落しそうな岩を落とし、目につく魔物を駆除しておいた。


 そういった事前調査もなしに学生に島の探索を許可するほど、貴大も愚かではない。予め調べておいたからこその放任であり、二日目のスムーズな漁場案内であった。


 しかし、貴大が面倒を見るのはそこまでだ。安全の確認。水源の確保。食料調達方法の伝授。飢えもなく、渇きもなく、危険もない。ここまでやれば、後は救助を寝て待つだけでいい。貴大は、そう考えていたのだが、


「先生、まずは下着を作りましょう」


「シャツの方が汎用性があると思うわ」


「い、一枚、大きな布があると便利ですよ」


 見た目は子どもでも、彼女らも王侯貴族ということか。衣食住の内、食と住だけでは満足できず、貪欲に衣まで求めようとしている。


(まったく、こいつら、サバイバル中だってこと、忘れてねえか?)


 必要なのは、水と食料、安全な寝床。靴はまだしも、衣服などは二の次で、とにかく飲み物、食べ物、眠る場所の心配をしなければならないのがサバイバルというものだ。


 だというのに、女学生たちの関心は、もっぱら服に注がれているようだ。彼女らは、なおもやいのやいのと、どのような衣服を作るか議論を交わしている。


 遭難先で余裕があるのはいいことだが、貴大はそれが気に食わなかったようだ。余計なことに興味を持つなと言わんばかりに、深く、大きく、息を吐いた。


「あのな、お前ら。その繭玉、それだけだと糸にもならんぞ」


「ええっ!?」


 糸が絡み合い形成された繭の玉は、煮て解けば絹糸になる――のは、普通の蚕の話。巨大な繭玉を生み出したシルク・ワームは腐っても魔物であり、この虫が紡いだ繭は、特殊な技法でなければ解くことすらままならない。


 ただの湯で煮ても柔らかくなることはなく、力任せに解こうとしても千切れるだけ。そんな繭玉を山ほど抱えて、服を作ろうなどとは、貴大に言わせてみれば笑止千万であった。


「薬草をすり潰して、水に溶かすだけでできるポーションならまだしも、絹だぞ、絹。道具もいるし、煮るための薬剤もいるし、それなりに熟練した技もいる。お前ら、『ここに鉄があるから、今すぐロング・ソードを作ってみせろ』とか言われても困るだろ? つまり、まあ、そういうことだ」


「そう、ですか……」


 浮かれていたフランソワたちは、貴大の言葉にしゅんとうなだれた。


 言われてみればもっともな話で、材料さえあれば下着や服が作れるのならば、街に服屋などありはしない。シャツ一枚とってみても、裁縫道具や技術、経験がなければ、布を切り出すことすらできない。


 至極明快な事実を前に、女学生たちは暗い顔をして、掲げていた繭玉を、ゆっくりと足元に下ろそうとした。が、


「そうだ! 私、【プロセス】のスキルが使えます! つ、杖しか作ったことはありませんけど、これを応用すれば、繭玉を糸に、糸を布にすることができるかもしれません」


 複数の材料から、特定の品を作り出す作製スキル。その中でも【プロセス】は、物品の加工に適したスキルであり、丸太を角材に、金属板を小人の彫像に変えることができる。


 急に大きな声を上げたカミーラは、自分はこのスキルが使えるのだと言う。その朗報に、落ち込みかけていた少女たちはわっと声を上げて喜び、カミーラは照れたように頬を染めてはにかんだ。


 そして、貴大はというと、


(気がつきやがったぁぁぁ……! クソがぁぁぁ……!)


 表面上は穏やかに微笑みながら、心の中では全力で地団駄を踏んでいた。


(まあ、カミーラは実験大好きなオタク気質の魔女だからなあ。作製スキルを持っているだろうな、とは思ってたけど、やっぱり持ってたか。はぁ)


 ため息を呑み込みながら、貴大は腹をくくることに決めた。


 ここまで来たのならば、カミーラたちに協力して、なるべく早く服を作り上げた方がいい。放っておけば、試行錯誤で頭を悩ませた学生たちが、何度も助言を求めに来るだろう。そのような煩わしい事態をできる限り避けたい貴大は、今ここで、服を作ってしまうことに決めた。


「いい案だな。よし、カミーラ、やってみろ」


「は、はい、先生。私、やってみますね!」


 グッと両手を握って意気込んだ三つ編みの少女は、繭玉を一つ、両手に抱えて切り株に腰を下ろした。そして、【プロセス】と短く呟いて、両目を閉じる。繭玉に変化は、まだない。


「いいか、カミーラ。まずは糸だ。繭玉が、一本の糸に解けていくようなイメージを頭に浮かべろ。繭玉をゆっくり回して、端の方から糸を出せ。糸がでる度に、ちょっとずつ繭玉を小さくしていけ。いいか、最初はゆっくりだ」


「はい」


 カミーラは、眉間に力を入れて、わずかに背中を丸めた。すると、手の内にある繭玉がくるり、くるりと回り始めた。その端からは、一本の糸が宙に向かってするすると伸び始める。


「いいぞ。順調だ。そのまま回転を速くしろ。作業を高速化していけ」


「は、はい」


 カミーラの手から、繭玉がふわりと浮かび上がる。回転は速くなり、みるみるうちに糸が紡がれていく。


「――よし、カミーラ。目を開けてみろ」


「はい……あっ、で、できました! 先生、できてます!」


 ほどなくして、カミーラが目を開けた時、彼女の足元には白く輝く糸が、うねるように積み重なっていた。


「やりましたね、先生」


「カミーラ、見事です」


 称賛の声を浴びて、カミーラは照れ笑いを顔に浮かべる。貴大は、出来上がった糸の品質を確認し、小さく頷いている。


 ここまでは順調だ。【プロセス】を用いて、初めての紡績でここまでできれば上々だ。だが、一般的な服飾加工と同じように、本当に難しいのはここからだった。


「それで、どうするの? 糸を布にするには、確か……織り機というものが必要になるのではなかったかしら?」


 ドロテアが、とぐろを巻いた糸をちらりと見て疑問を口にする。


 彼女が言う通り、布を織るには専門の道具が必要だ。繭玉を解くだけの紡績とは違い、機織りともなると手作業では難しくなる。


「カミーラ、貴女、織り機を持っているの?」


「い、いえ。でも、大丈夫です。はい」


 糸を掬い上げたカミーラは、再び、切り株に腰をかけて目を閉じる。


 思い浮かべるイメージは、上等な布だ。すべすべとした手触りの、真っ白い絹布。糸でもなく、織り機でもなく、ただそれだけを頭に浮かべ、カミーラは再度、【プロセス】のスキルを発動させた。


 すると、どうだろう。カミーラの足元に広がっていた解けた糸がカッと光を放ったかと思うと、次の瞬間、糸は布へと変わっていた。


「えっ!?」


「まあ!」


 フランソワとベルベットは思わず声を上げ、ドロテアは目を見開いて布を見つめた。タネを知っている貴大とカミーラは、そんな彼女らを見つめ、にまにまと微笑んでいた。


「驚いたか。【プロセス】はこんな使い方もできるんだ」


「つ、作り方が分からなくても、完成形さえ分かっていれば、一瞬にして加工を終えることができるんです。その、ちょっとしたコツはですね、いるんですけどね」


「素晴らしいです!」


 得意げな二人と、出来上がった美しい絹布を見て、女学生たちは惜しみなく称賛の声を送った。フランソワは手放しでカミーラを褒め、ベルベットは作製系のスキルを覚えてみようかと秘かに考えた。


 そしてドロテアは、


「……貴方、妙に【プロセス】に詳しいわね。本当は服が作れると知っていたのでは?」


「ばっ!? ば、馬鹿言っちゃいけない」


 貴大への猜疑心を、また一つ、深めていた。


 何はともあれ、こうして、無人島での服作りは進んでいく。糸を紡ぎ、布を織り、そこから下着やシャツを作り出していく女学生たち。


 これでようやく、水着から着替えることができる。嬉しさも手伝って、彼女らは短時間で【プロセス】を覚え、貴大、カミーラの指導を受けて、自分の服を作り上げていく。


 完成品を明確に頭の中に思い浮かべる想像力が必要になるため、時にはとんでもないもの、簡素過ぎるものを作り出す女学生もいたが――。


 総じて、彼女らの顔には、笑いと希望とが浮かんでいた。






 一方、男子学生はというと、


「先生、余計なことをしてくれましたね……」


「は、離せっ! 俺を、俺を、どうするつもりだっ!?」


「水着に祝福を! 肌面積に広がりを!」


「止め、止めろぉぉぉ!」


 学園指定のフードを目深に被り、夜の砂浜でサバトめいた儀式を行っていたとか。


 そして、あっけなく桃色聖女に全滅させられたとか。


 それはまた、別のお話。


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