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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

プロローグ

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「アース」の夜明け

「……ご主人さま、さっさと起きてください」

「ぬおおっ!!!??」

 「何でも屋・フリーライフ」の看板がぞんざいにかけられた三階建ての小さな家屋の一室で、今、かけがえのない温もりを奪われた男がいた。

「……ご主人さま、ご飯を食べに下に降りてきてください。片付かないので」

「ぅぉぁああ……布団返せよぅ……今何時だと思ってんだ……」

「……もう九時です。常識では人が起きる時間は超過しています」

「朝の九時って……大人は寝る時間だよ……」

 ヒュッ! 煌めく白刃。

 年下の住み込み家政婦に布団をはぎ取られ、今まさにナイフを突き付けられている男の名前は佐山貴大さやまたかひろ

 今年の春に二十歳を超えたばかりだというのに、その姿からは中年が発するようなダルさしか伝わってこない。肩の上までてきと~に伸ばしている(切るのが面倒なだけかもしれない)髪は、寝ぐせであちこちはねている。着ている物ときたら、寝巻ではなく半袖のシャツとトランクスだ。

 そのだらしなさの権化は今、ナイフの先端が咽の薄皮一枚めり込んだところで白旗を上げた。

「わかった! わかりました! 起きるよ!! ったく……」

「……そうですか。では、このまま布団とシーツは持っていきますね。洗って干さないと臭くなるので」

「うぅ」

 未練がましく声をあげ……ようとしたところで、家政婦の手に鋭くて尖ってててめえの首なんかあっさり切り裂けるぜ! ヒャッハー! きたねえ噴水だぁ! なナイフが再び出現していたので止めた。誰だって命は惜しい。

「……では、後ほど」

「へいへい、っと」

 ぺこりと礼をして、貴大の部屋から出ていくハウスメイド。いくら主を無下に扱おうとも、一応の礼儀はあるのだろう。右手を左肩に当て、左手を腰の後ろに回しての一礼。いつもながら、地球では見たことが無い変わった礼だ。

 そう、「地球では」。

 ここは、貴大の生まれ育った地球ではない。異世界「アース」だ。





 貴大が、この地球に良く似た世界に落ちてきたのは、ちょうど三年前のことだ。ある日、≪Another World Online≫という中世ファンタジー系のVRゲームで遊んでいた時に、なぜかこの世界に迷い込んでしまったのだ。

 異世界「アース」。魔力の有無で枝分かれした「地球の別の可能性」であるこの世界は、≪Another World Online≫の舞台として設定された世界と同じであった。

 人は大気や生き物に含まれる魔素を吸収し、レベルアップする。日々の鍛錬やジョブに就くことによってスキルを習得する。そして、凶暴な魔物から、鍛えたレベルとスキルによって身を護るのだ。

 そんなサバイバルな世界において貴大が今日まで生き延びることができたのは、ひとえに≪Another World Online≫のステータスが「アース」でも適応されていたからだろう。

 250でカンストしたレベルでは、そんじょそこらのモンスターが集団で襲いかかってきても傷一つ負わない。少し力を込めて殴れば、レベル100以下のモンスターなど木っ端微塵に吹き飛んでいく。

 そのおかげで、今日まで生きていくことが出来たのだが――。



 あれから、何だかんだで三年。ここがVRゲームの仮想現実ではなく、一つの現実世界だと認識した貴大は、いくらかの手持ちのアイテムを売りさばいて一軒家を購入した。

 そして、今では「何でも屋・フリーライフ」の店主として、王都「グランフェリア」の中級区で細々と暮らしている。

 この世界に落ちてきたばかりの頃は様々な冒険もしたけれど、ある事件で死にかけてからは、「人間、平穏な生活が一番」とすっかりふぬけてしまった。一応看板を出してはいるが、「何でも屋・フリーライフ」でも、そこまで熱心に仕事をしているわけではない。

 レベル250の力があれば、割と何でも出来るのだ。仕事など、たま~に来る依頼をてきと~にこなして、あとはごろごろ昼寝したり、ぶらぶら市場を散歩したりすればいい。20歳の若さながら、老後のような悠々自適な生活を送れる――はずであったが、

「……ご主人さま。今日の依頼は、上級区のハロルド夫人のわんちゃんのお散歩。中級区の大衆食堂「まんぷく亭」でのランチタイムの助っ人。下級区での城壁修復作業があります」

「うおおおおっ!!? なんでそんなに仕事があるんだよ!! 依頼を受けた覚えはねえぞ!?」

「……わたしがとっておきました。ご主人さまに任せるといつまでたっても仕事を取ってこないので」

「おおおぉぉ……!」

 よりによって、どれも断りにくい仕事だ。この小さな使用人は、生半可な仕事では貴大は放り投げてしまうだろうということがよく分かっている。

 豪商の妻ハロルド夫人はプライドが高く粘着質だから、断れば嫌がらせをしてくる。いつもは自分で散歩をしているが、たまに飽きて人(何でも屋など)に任せるのだ。今日はどうやら貴大の番らしい。

 ここから歩いて三分の「まんぷく亭」の仕事を断りもすれば、しばらくあの店で飯は食えなくなるだろう。安くて量が多くてうまい。何より、王都では少ない米の飯が食える店だ。貴大も愛用している。今日は近くの集会所で会議があるため、ランチタイムは死ぬほど忙しくなるとは聞いていたが、そこに自分が放り込まれるとは……。

 城壁修復作業など、国の重要事業だ。年に二、三度のモンスターの群れの襲撃から街を護っている城壁は、それだけ早く痛みやすい。いつ襲ってくるかも分からないモンスターは、城壁の修復が完了するのを待ってくれない。このように常に火急の城壁修復工事は、当日になって作業を断ればお上から睨まれてしまう。

(……ダメだ、やっぱり断れない……!)

 諦めがどうにも悪い貴大でも、今日の仕事はやらざるを得ないようだ。朝食のパンを珈琲で飲み下すと、ガタッと音を立てて立ち上がる。

「……お出かけですか、ご主人さま」

「いや、まだ十時だろう?ランチタイムは十一時からだ。それまで部屋でごろごろ……ひっ!?」

 ピシッ! ピシッ! と、いつ取り出したのか、鞭を無表情に床に打ちつける使用人。その瞳は貴大を見詰めたまま動かない。経験上、後一分もここに留まればしたたかに鞭をお見舞いされるだろうことは分かっていた。

「わーったよ! いくよ! 仕込みがあるもんな、ちくしょー!」

 玄関に綺麗にそろえられたブーツに足を突っ込み(貴大の家は靴を脱いで上がる和式。一階の事務所は靴を履いたまま上がれる洋式。日本人ですから)、だるそうにため息をついて出ていく貴大。

「……いってらっしゃいませ、ご主人さま」

 その背中に投げかけられる感情の籠らぬ声。

 いつも通りの光景だった。
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