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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

コロッセオ編

199/300

勝利を掴め!

『スカッシュ・ガルディ』

『皆殺しのキリング』

『鉄のカウフマン』

 いずれ劣らぬ豪傑たちを下したのは誰か?

 それは黒騎士! 肌を晒さぬ細身の戦士。豹のようなしなやかさと、獅子のような大胆さを併せ持った音速の騎士。幻惑の術を操り、一撃必殺を身上とする夢幻の人物に、観客たちはすっかり魅了されていた。

『龍殺し』は、次はどんな戦いを見せてくれる? 卓越した技量と業で、どんな光景を見せてくれるのだ?

 カオス・ドラゴンすら倒してのけたとされる黒騎士に、観客たちは熱いエールを送る。

 贔屓の戦士が倒されたというしがらみはあった。素顔を晒さぬ胡散臭い相手への、ぬぐいきれない猜疑心もあった。だが、それ以上に、黒騎士の超絶的な強さに、彼らはすっかり参ってしまっていたのだ。

 理性で口をつぐんでも、高鳴る鼓動は抑えられない。意識で顔を渋くしても、足は床を踏み鳴らしている。そして、気づけば腕を突き上げて、黒騎士の名を高らかに叫ぶようになる。

 円形のコロッセオは、どこもかしこもそのような者でいっぱいだ。土がむき出しのリングをぐるりと囲む観客席では、誰も彼もが立ち上がり、彼の名を叫んでいた。

 黒騎士! 黒騎士! 黒騎士! 熱狂的な呼び声は、自然と一つに溶け合って、ストルズの街へと響き渡っていく。闘技大会の国ストルズに、黒騎士の名が木霊していく。

 その声に呼応するかのように、東の入場門が開く。重たい鉄門が開かれ、奥の闇から、黒い騎士が現れる。 

 彼こそは黒騎士。混沌龍を殺した大英雄。各国を代表する戦士たちを倒し、初出場にして決勝戦まで登りつめた人物。そしてこれから、優勝という栄光を手にするであろう男。

 同じようにして西門から現れた『紫電のコルディア』など、誰も見てはいない。泥仕合の末、ようやく勝利を手にした戦士には、誰も期待してはいなかった。

 決勝戦に立つだけの強さはある。対人戦闘の経験も、輝かしい戦歴もある。『スカッシュ・ガルディ』に勝るとも劣らない力量の戦士は、しかし、黒騎士の相手を務めるには役者不足だった。

 試合開始から十秒保てばいい方だ。誰もがそう思っていた。観客も、黒騎士も、コルディアの仲間たちも――そして、コルディアでさえも。

 この決勝戦は、武を競い合う戦いではない。黒騎士が黄金のトロフィーを掲げるまでの、一種の通過儀礼に過ぎない。最強騎士すら一撃で倒してのけた戦士が、名の知れた戦士を相手に『演武』をする。決まりきった勝利を手にするまでの、おままごとのようなものだった。

 そういった意味で捉えると、先ほどの黒騎士コールは優勝者を称える叫びだった。だから、あれほど強かった。だから、あれほど大きかった。

 準決勝、黒騎士とカウフマンの戦いで、今大会の優勝者が決まったようなものだ。だからこそ、人々は熱く、熱く、雄たけびを上げた。

 優勝を確信させるほどの強さを見せつける。そのようなこと、今まで誰もできなかった! カウフマンやキリングですら、「戦ってみなければわからない」、「大番狂わせがあるかもしれない」と言われていたのだ。

 数多の戦士たちをもって、「勝てない」と思わせる底のなさに、人々は強く感銘を覚えていた。

『それでは、決勝戦、試合開始っ!!』

 始まりを告げる鐘が鳴る。観客の口から絶叫が迸る。黒騎士はゆっくりとショートソードを抜き放ち、コルディアはその表情に諦めを浮かばせた。

 これから始まるのは、演劇にも似た予定調和の物語。戦う前から勝ち負けが決まった、とてもつまらない決勝戦。しかし、混沌龍を殺した黒騎士の動きが見られる大舞台。

 最後に一つ、黒騎士の動きを見切ってやろう。最後に一つ、黒騎士の雄姿を目に焼き付けておこう。観客たちはそう思った。貴大でさえも、派手な技を使って、観客たちを喜ばせてやろうと考えていた。

 優勝するのは、黒騎士だ。誰もがそう信じて疑わなかったからこそ――次の展開には、コロッセオが凍りついた。

「……がっ」

 コルディアが、のどから剣を生やした。向かいに立つ貴大にはそのように見えた。

 だが、事実としては違う。正しくは、『コルディアの背後に立った人物が、問答無用で剣を突き刺した』だ。

 その場にいる全員が、呆気にとられて声一つあげられない中、コルディアは転移光に包まれて消えていった。残されたのは、突如として現れた謎の人物。土色のフード付きマントを着て、抜身の剣を携えている正体不明の男。

 いや、黒騎士と同じく、性別すら定かではない。病的なまでに体を覆うマントは、水平に上げた腕すら隙間なく隠して、なお余裕があった。

「誰だ……?」

「ど、どうするんだ……?」

 我に返った者たちは、それでも息を潜めるように、ぼそり、ぼそりと呟きを漏らすのみ。それほどまでにマントの人物は異様であったし、闘技大会に乱入されるという出来事は、類を見ない珍事であった。

 これが、街の広場に設けられた拳闘場ならば、飛び入り、乱入は当たり前に行われていた。だが、ここはストルズが誇るコロッセオだ。リングに蓋をするように張り巡らされた魔術障壁は、観客席を守ると同時に、選手以外の侵入を鉄壁のごとく阻んでいる。

 まず、どうやって入ったのか、という疑問があった。マントの人物は、どのようにしてコロッセオの魔術障壁に穴を空けたのか。「オレは見た。奴は影から現れた」という呟きは、次の疑問に流されていった。

「決勝戦は、どうするんだ!?」

 一人の観客の叫びは、その場にいる全員の疑問だった。

 ドラゴンのブレスすら防ぐと言われる魔術障壁は、見方を変えれば脱出不可能の檻でもある。ここから出るには、最後の一人になるまで戦わなくてはならない。そうすることで初めて、リングの魔術障壁は解除されるというわけだ。 

 予選のバトル・ロワイヤルでも、本選の戦いでも、勝利者が一人になるまで、決して障壁が解除されることはなかった。黒騎士を壁際まで追い詰めたカウフマンが槍で突いても、他の戦士が放った流れ弾が当たっても、不可視の障壁は決して突き破られることはなかった。

 力ずくでも駄目。外部からの操作も受け付けない。となると、ここはやはり、勝者を決めなければならないのだが――。

「飛び入りなんてありなのかよ!?」

 マントを被った人物は、本選を勝ち抜いた選手ではない。コルディアの立ち位置をかすめ取った、いわば盗人のようなものでしかない。

 木っ端のような小さな試合ならまだしも、これは伝統ある夏の闘技大会。いくら『紫電のコルディア』を倒したからといって、このまま決勝戦の続行を認めていいのか。

 ざわつく観客たちに、主催者であるストルズの傭兵王は厳かに立ち上がり、宣言する。

「OKェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 

 御年八十三歳の傭兵王。髪は白くなり、腰も曲がった彼は、それでも豪胆な心と大きな度量は衰えさせていなかった。

(爺、自重しろ)

 音声拡張のマジック・アイテムも使わずに、コロッセオに響き渡るような大音声だいおんじょうを発した老人を呆れ顔で見つめ、貴大はそっとため息を吐いた。

 決勝まで進めば、後はろくな相手がいない。トーナメント表からそのことを読み取っていた貴大は、数分前までは労せずして勝利がつかめると高をくくっていた。

 だからこそ、とっておきのスキル――自身を幻影と変えて完全回避する【蜃気楼】や、四体もの分身を作り出す【ミラージュ・ボディ】、その分身と入れ替わる【チェンジ・ボディ】を惜しみなく使用した。

 決勝戦では、そこまで苦労はしないだろうと考えての大盤振る舞いだ。おかげで、それらのスキルは再使用までにしばしのクールタイムが必要になった。

 それがここにきて仇となるとは、夢にも思わなかった貴大だ。彼はバランス配分と自身の油断に、兜の下で舌打ちを鳴らした。

 とはいえ、彼がすることに変わりはない。敵を倒し、ここから出る。そして、堂々と優勝賞品を手にする。変わったのは対戦相手だけ。それだけならば特に問題はないと割り切り、貴大は動くことにした。

 それでも、正体不明の人物に正面から立ち向かうような真似はしない。堅実に、まずは様子見。貴大は、ベルトにいくつか備え付けてある鞘から、投擲用のナイフを取り出した。

「【スローイング・ダガー】」

 投擲速度と命中率に補正がかかるスキルを用いて、貴大は勢いよくナイフを投げた。

 肘から先がぶれるほどの速さで腕を振り、眉間目がけて投擲されたナイフ。だが、それは、マントの人物の剣に弾かれ、彼方へと飛んでいく。

「【ミラージュ・ダガー】」

 続く幻影のナイフは、粉微塵に破壊された。たった一振りの剣が、分裂して飛来するナイフをすべて捉えたのだ。

「【ダガー・レイン】」

 降り注ぐナイフの雨も、ことごとく弾かれ、闘技場の地面に突き刺さる。雨後の竹の子のように突き立った光の刃は、ゆらりと揺れて、儚く消えていった。

「おお……!」

 観客たちのどよめきは、これまでにない業を見せた黒騎士に対するものか、それともマントの人物に対するものか。

 音速で迫るナイフ。揺らめき、軌道を変えるナイフ。上空で分裂し、雨のように降り注ぐナイフ。そのどれをも防いでみせる腕前は、間違いなく一級だ。

 本選に出場した選手に、見劣りしないだけの剣の腕。明かされたマントの人物の強さに、観客たちの期待は否応なしに高まっていく。

 これはひょっとすると、準決勝以上の戦いが見られるのではないか? ある意味では退屈だった通過儀礼的な戦いよりも、こちらの方が面白くなるのではないか? 激闘の予感に、目を輝かせる観客たち。

 黒騎士、危うしか!? 彼らの脳裏に、その言葉がよぎった時――貴大は一人、兜の下でほくそ笑んでいた。

「っ!?」

 瞬間、マントの人物は爆炎に包まれた。彼か、彼女かも定かではない乱入者は、一瞬にして炎と煙に呑み込まれてしまった。

「俺の特製、焼夷手榴弾の味はどうだ?」

 半径百メートルはあろうかというリングの四分の一が、紅蓮の炎で赤く染まった。

 これこそが、貴大の策。彼が投げたナイフはすべて目くらましのもの。本命は、光の刃の雨に紛れて地面を転がった、筒状の爆弾だった。

 衝撃や、飛び散った破片で人を殺傷するのではなく、燃え盛る炎で敵を焼き払う爆弾。サラマンダーの牙の粉末を、ファイアドレイクの火炎液と混ぜて作り上げた焼夷手榴弾の延焼範囲は、尋常ならざるものだ。

 本来は、魔物の『群れ』に使用するのであろう爆弾を、一個人に使用した。黒騎士の容赦のなさに、観衆は怖気をふるった。

「いや、よく広がる炎だが、その分薄い。粘りつくような炎に比べて、さらりとしている」

 来賓席でそう言ったのは、先の戦いで敗れたカウフマンだった。隣に座るキリングも、

「あんなたき火、オレには効かねえな」

 と豪語していた。

 現に、炎と煙が晴れた今、マントの人物は変わらずそこに立っている。分厚いマントを黒く焦がしながらも、揺らぐことなく二本の足で立っている。注視すれば、ダメージがないことは誰の目にも明らかだった。

 しかし、貴大は動揺しない。彼が対戦相手に火をつけたのは、決定打とするためではなかった。彼が本当にしたかったこととは、敵のマントを剥がすことだった。

「さあ、さっさと正体を見せろ」

 その言葉をきっかけにしたかのように、ぼろり、ぼろりと剥がれ落ちるマントの切れ端。崩壊の余波は全身に及び、謎の人物を包むマントは今やバラバラに解けようとしている。

 そこから姿を現すのが、男か、女か、戦士か、魔術師かで、貴大は対応を考えるつもりだった。剣を携えてはいるが、魔法剣士ということも十分に考えられる。逆に純然たる戦士であれば、正面から剣をぶつけ合うのは危険だ。

 そもそも、一挙手一投足を読み取るには、体の線が見えるほうがいい。そういった意味でも、過剰に覆い被さったマントは、ただただ邪魔な存在だった。

 だからこそ、貴大は最後の一枚が崩れ落ちても、しばらくは観察に徹しようと考えていたのだが、

「……ん? は、はあっ!?」

 現れたマントの人物の中身に、思わず身を乗り出していた。

「白い、騎士……!?」

 フルフェイスの兜に、身体を護る具足と甲冑。籠手と肩当は誰かが撫でたように流線型で、敵の攻撃を弾くというよりは、受け流す目的で作られていることがわかる。

 その仕立て自体は、それほど珍しいものではない。問題は、その鎧と兜が、白く染め抜かれているということと――貴大のものと瓜二つだということであった。

「白騎士!」

「白騎士だーっ!」

 白と黒。色以外は全く同じ姿の二人。異例続きの決勝戦だが、それもここで極まったと言えた。

 白騎士と黒騎士の関係とは? あの中には、誰がいるのだ? 白騎士も強いのか?

 疑惑渦巻くコロッセオで、唯一、果敢に動いていたのは、マントを脱ぎ去った白騎士だった。

「うおおっ!?」

 間一髪のところで、白騎士の剣を弾いた貴大。

 ここまで接近されたのは、貴大が呆然としていたからではない。白騎士の踏込が、貴大の予想を超えていたのだ。

 速さだけなら、カウフマンにも勝る。いや、ショートソードから伝わった力強さも、最強騎士以上だ。大豪傑、『皆殺しキリング』の剛撃にも勝る剣の重さ、力強さに、貴大は反射的にその場から飛び退いた。

「おおっ!?」

 貴大は、見た。一瞬前まで彼がいた場所が、『えぐり取られた』のを。

 三日月を描くように弧を描いた斬撃は、貴大が立っていた地面をも切り裂き、深い爪痕を残した。線状にえぐられたというのに、土砂はほとんど舞い上がっていない。それほど鋭い斬りこみであり、それほど速い一閃だった。

 これほどの剣は、貴大は〈アース〉に来てから見たことがなかった。

(いや、一度だけある……!?)

 迫る白騎士の攻撃をさばきながら、貴大は記憶を掘り起こしていく。

(見たことがある。一度じゃない。見たことなら、何度でもある。受けたのが一度だけなんだ。あの剣を受けたのが、一度だけなんだ!)

 加速する思考の中で、貴大はとある予感を膨らませていった。

 まさか、という思いと、なるほど、という思いが、貴大の中でぶつかり合う。襲い掛かる刃を躱しながら、貴大は胸を押さえて考え続ける。

 その葛藤を生み出したのが白騎士なら、解消したのも白騎士だった。

「【ドラゴン・ファング】」

 頭を覆う兜によってくぐもり、それでも澄んで響く声。

 直後、繰り出される、荒々しい上下二段斬り。龍のアギトのように、獲物を噛み砕かんと迫る一撃こそ、貴大に示された答えだった。

「れんちゃん……!」

 斬撃に肩当を弾き飛ばされながら、貴大は悲鳴のような声を上げた。

 押し殺したかのようなその声には、歓喜、悲哀、驚愕、嫌悪、万感の想いが込められていた。

「なあ、れんちゃん、俺だ! 貴大だ!」

 自分の顔を指し示して、親友に呼びかける貴大。

 数か月前、自分の下に現れ、そして去っていった幼馴染にかける声。泣き出しそうなほどに切なく、必死な声に、白騎士は何の反応も示さない。

 ほんの少し動きを止めていただけで、白騎士はまたすぐに剣を振り上げ、貴大へと迫る。その動きからは、友に対する気遣いは感じられず、むしろ戦いへの歓喜に溢れているようでもあった。

「またかよっ!」

 貴大は白騎士の一撃を躱し、嘆きの声を上げる。

 数か月前も、全く同じ状況だった。不意に現れた親友が、喜び勇んで斬りかかってくる。戦おう、殺し合おうと、自分に迫る。

 なぜ、そうなってしまったのか、貴大は未だにわからない。誰がそうしてしまったのか、蓮次がどこから来て、どこへ去っていったのかもわからなかった。

 だが、当時に比べ、明らかに異なることが一つだけあった。

 それは決意。今度、蓮次が現れた時は、縛り上げてでも事情を聴こうという決意。殺すのではなく、話をするために全力を尽くす。そう決めていたからこそ、貴大の立ち直りは早かった。

「【ブースト】!」

 襲いかかる白騎士に、逆に加速をつけてぶつかる貴大。カウンター気味に入った直蹴りは、白騎士の体を大きく跳ね上げ、後退させた。

 その隙に、ショートソードを鞘に収める貴大。彼は真っ直ぐに背筋を伸ばすと、視界にアイテム欄を映し出した。

「本気を出す。逃げないように痛めつけるから、覚悟しろよ」

 思考だけでアイテム欄を操作し、貴大は装備を入れ替えていく。

 手に馴染まないショートソードを捨て、重たい鎧を脱ぎ、動きを鈍らせる装甲版を排除していく。

 代わりに装着されるのは、貴大がこれまでの冒険で集めた最強装備。〈Another World Online〉で収集、錬成した、一級の武器、防具だった。

「おお……!?」

「黒騎士が、鎧を脱いだ……!」

 正体不明の黒騎士と言われた人物が、衆目を前にして鎧を脱いだ。

 現れたのは、引き締まった長身痩躯。体に合わせた黒衣を身に纏った、一人の男。風に揺れるジャケットは、夏の太陽の下にあって、見る者に涼しさを感じさせた。

 その手に握るは、血に濡れたような赤黒いナイフ。足を包むは、武骨なブーツ。露わとなった頭では、汗に濡れた黒髪が光り、そして、その顔には――。

「仮面の、麗人」

 ほうっ、と誰かが息を吐いた。

 黒騎士の顔は、顔だけは、つるりとした黒色の仮面で隠されていた。一つだけ残された神秘性に、女はどきりと胸を高鳴らせ、男も不思議と惹きつけられた。

 そうして出た言葉が、仮面の麗人だ。それほどまでに、貴大が身に着けた『本来の装備』と、正体を隠すための仮面は様になっていた。

「動くぞ」

 もう少し見ていたい。仮面の男を、目に焼き付けておきたい。

 そうした観衆の願いも虚しく、黒騎士はその場から姿を消した――いや、全力でコロッセオを駆け抜けた。

 目が覚めるような甲高い金属音を聞いて、観衆はハッと我に返る。見ると、リング中央にいた白騎士の籠手が、留め具を弾かれ、高く宙を舞っていた。

 それがどさりと地に着く頃、多くの人々はようやく、黒騎士が動いていたことを知った。消えたのではなく、目にも止まらぬ速さで動き、白騎士に一撃を加えたのだと気がついた。

「ううむ」

 来賓席の選手たちは、思わず唸り声を上げた。

 速い、速いと思っていた黒騎士は、まだ余力を残していた。彼の速さを阻害するあらゆる要素を取り除けば、ここまで速くなるのかと、言葉を無くしてしまった。

 リング全体を見渡せる場所ではかろうじて目で追えるが、あの場所に立っていたら、自分は対応できただろうか。カウフマンの額に汗が浮かび、キリングは強がりさえも呑み込んでしまった。

「喰らえよっ! 【サンダー・ブリッツ】!」

 電瞬とはまさにこのことだろう。鎧を脱ぎ、決意を固め、躊躇いを無くした貴大の全力戦闘。

 雷のように移動し、いかづちを纏った掌底を叩き込む貴大に、観衆たちは目が追いつかない。彼らの視界には、時おり、黒い残像が映るだけ。それほどまでに貴大は速く、隙がなかった。

「はああっ!!」

 だが、その動きに追随できる白騎士も、観衆の常識を超えていた。

 叩き、弾き、斬り払い、超速で襲いかかる貴大をいなし、逆に攻撃を加えている。

 地面ごと爆砕する。空を切り裂いた剣で鎌鼬を生む。刀身から長く伸びたオーラで広範囲を薙ぎ払い、剣の軌跡に軌跡が重なる斬撃の嵐を巻き起こす。

 一陣の黒き風と化した男と、狂える巨人のように破壊の限りを尽くす騎士。二人の超常的な戦いに、観衆たちは呆けたまま、声を上げることすらしなかった。

「相変わらずやるな、れんちゃん。でも、まだここからだ」

 壁に叩きつけられ、腕の骨や肋骨を折った貴大は、ベルトからポーションの小瓶を抜き出し、封を破ってぐいとあおる。すると、だらりと垂れ下がっていた腕は自然と持ち上がり、骨と骨とが結合した。

 対する白騎士の体からは、白色の温かなオーラが立ち昇り、切り傷、刺し傷を塞いでいった。そして二人は、何事もなかったかのように切り結び、何度も何度もぶつかり合った。

 人知を超えた戦いに、人々が恐怖すら覚え始めた頃、戦いに転機が訪れる。

 白騎士が体を捻じり、これまでにない構えを見せた。同時に発せられる必殺の気合と、光り輝くロングソードの刃。白騎士が勝負に出たということは、誰の目にも明らかだった。

 同時に、黒騎士も新たな動きを見せた。どす黒いオーラを体から発し、紅い刃をギラリと光らせる。白騎士の動きに呼応したのだ。だとすれば、こちらも必殺の一撃なのだろう。観衆はここで初めて、口の中にたまっていたつばをごくりと飲み込んだ。

「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 黒騎士が吠え、白騎士が剣を持つ手により一層の力を込めた。

 そして、刹那の時の中、二人は真正面からぶつかり合った! 

 ――その結果、黒騎士は胴体を一刀両断された。

「……愚かなっ!」

 血を吹き出して、どさりと地面に落ちる黒騎士の体。光りに包まれて消えていく情けない姿を見て、カウフマンは苦渋に満ちた声を上げた。

 暗殺者が、同程度の戦士に真っ向勝負をしかけて勝てる道理はない。それは自分との戦いでもわかっていたはずだと、彼は黒騎士の愚かさをなじった。

「勝ち急いだか、余裕ぶっこいていたか……しょうもねえ」

 思えば、自分の時もそうだったとキリングは考えた。

 黒騎士ほどの戦士が、安易に自分の策にはまるのは、やはり余裕と油断があったのだろう。それを最後まで捨て切れなかったから負けたのだと、キリングはつばを吐き捨てた。

 自分を下した強者が負けるのは、自分のことのように悔しいものだ。相手を認めるだけの器を持つ二人にとっては特にそうであり、黒騎士の敗北はとても痛々しいものだった。

 耐えられないとばかりに目をつむり、視線を逸らすカウフマンとキリング。だが、視界から黒騎士がいた場所を消し去る直前に――一つの違和感を覚えた。

 勝者である白騎士は、なぜ、動かないのだ?

 剣を振り切ったままの姿で固まる白色の騎士。余韻や残心と言うには長すぎる硬直に、やがて他の観衆も騒ぎ出す。

 まさか――まだ、戦いは終わっていないのか?

 その予感が観衆の頭をよぎった時、黒い影が陽炎のように地面から立ち上がった。

「黒騎士だぁぁぁぁぁああああああっ!!!!」

 ここで初めて、観衆は興奮のままに声を上げた。

 白騎士と黒騎士の戦いが始まってから、言葉を忘れたかのように静まり返っていた人々は、まさかの復活劇にあらん限りの声を上げた。

「黒騎士っ! 黒騎士っ! 黒騎士っ! 黒騎士っ!」

 唱和される黒騎士コール。爆発するような音のリズムに乗って、貴大は一歩、また一歩と白騎士に近づく。

「今回はれんちゃんの剣の方が早かったな。修行したんだろう? 太刀筋が見えなかったわ」

 親しげに話しかける貴大の手には、真紅のナイフが未だ握られており、それは依然として白騎士に向けられていた。

「でも、俺も練習していたんだぞ。【ミラージュ】と【インビジブル】、【シャドウ・ウォーク】の瞬間的な組み合わせ。お前に向かっていったのは、分身の方だ。俺は消えて、こっそり近づいていた」

「見えなかっただろう」と笑いかけながら、貴大はナイフを水平に構える。それでも、白騎士は横に剣を振り抜いた姿勢のまま、微動だにしなかった。

「最後の隙をついて、【影縫い】を使った。誰かが触るか、後十秒が経つまで動けないな」

 すいと、白騎士の足元に顔を向ける貴大。真夏の太陽に照らされた地面には、白騎士の黒い影がはっきりと映し出され、それを縫い止めるかのように一本のナイフが突き刺さっていた。

 貴大はそれを確認し、仮面の下でまた笑った。

「後五秒。後で話を聞かせてもらうぞ」

 残された時間で、一言だけを伝えた貴大は、白騎士の心臓に、ゆっくりとナイフを突き入れた。

「……かふっ」

 兜の裾から血を溢れ出させ、白騎士は剣を手放した。

 そして、力なく貴大の方へと倒れ込み、彼に体を支えられた。

「本当に、俺たちが何で戦わなきゃいけないんだろうな。何でだろうな……」

 親友を抱き留めて、力なく笑う貴大。彼には勝利の喜びも、戦いの火照りも、何もなかった。

 あるのは虚しさだけ。親友と死闘を演じた虚しさが、彼の体を鉛のように重たくしていた。

 それでも、得るものはあった。謎を残して消えてしまった親友が、再び、姿を現してくれた。

 これで、聞きたいことは全部聞ける。正気を失っているのなら、元に戻す手立てを探れる。わずかに見えた希望に、貴大はまた、ふっと笑った。そして、転移光に包まれる前に、愚痴っぽく親友の頭を叩いた。

 すると、バラバラと音を立てて、白騎士の鎧が崩壊していった!

 激闘の余波で留め具が傷ついてしまっていたのだろう。貴大が止める間もなく、甲冑や籠手は全て白騎士の体からこぼれ落ちていった。

 露わになったのは、黒い髪だ。貴大と同じ、黒い瞳だ。引き締まった体は、しかし柔らかな双丘を持ち合わせており、貴大がその手に持って支えていた尻までが、キュッと締まって、なお柔らかかった。

 間違いない! これは自分がよく知った人物だ! 長い黒髪に、麗しの美貌。完璧なスタイルに、万民を魅了してやまないカリスマ。そこに龍のような翼と尻尾、角まで加われば、これはもう間違いない。

 大人の姿になってはいるが、これはルートゥーに違いない! 貴大は、そう判断した。

「って、何でだよっ!?」

 アンニュイな気持ちを一瞬にして吹き飛ばした貴大は、自分の胸の中でうっとりと目を細めている龍娘に渾身のツッコミを入れた。

「最高だったぞ、タカヒロ。やはり我のつがいは、貴様しかおらぬ……」

 胸に穴を空け、口の端から血を溢れさせたルートゥーは、貴大の仮面にキスをして、転移光に身をゆだねる。

「我は、満足、だ……」

「ちょっ、待て待て待てっ!? お前には聞きたいことも言いたいこともたくさんあるっ!!」

 がくがくとルートゥーの体を揺らし、何とか引き留めようとする貴大。しかし、ルートゥーは転移してしまい、その手は虚しく宙を舞うだけだった。

「決まりだっ! 優勝者は、黒騎士ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「わああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ああっ!? あぁ……しゃ、釈然としねええええええっ!!!!」

 貴大の悲痛な叫び声は、勝者を称える歓声にかき消されてしまった。







「何で正体を隠していたんだよ!」

「なに、タカヒロは強いが、優しいからな。目に入れても痛くないほどに溺愛している我が相手では、本気を出すまいと思ったのだ」

「あの鎧はなんだ……!」

「うむ! 実はな、恥ずかしながら、我は『ぺあるっく』というものに興味があったのだ。密かにあつらえていたのだが、なかなか機会がなくてな。あのような大舞台でお披露目となって、我は嬉しかったぞ!」

「れんちゃん、って呼びかけただろう! 違うなら違うって言えよ!」

「そもそも、『れんちゃん』とは何なのだ? 食べ物か何かか?」

「ぐあーっ! もーっ!」

 ぐったりとテーブルに突っ伏す貴大。彼を愛おしげに見つめながら、白いワンピースの少女はレモン味のジェラートを舐める。

 ここはストルズから北西に位置する港町、ウォルダン。大会の後、優勝賞品とルートゥーを担いで逃げ出した貴大は、船に乗ってイースィンドへ戻ろうと考え、この街を訪れた。

 水の上を滑るように移動する最新型の魔導機関船に乗れば、グランフェリアまで一週間もかからない。その分、値段も張るが、庶民に払えないこともないので、貴大は楽をすることにした。

 なにぶん、彼は疲れ切っていた。行きはフェルディナン家の龍籠に乗せてもらい、そのため、フランソワの父親の視線を浴び続けた。宿や帰りは自分で何とかしますと逃げ出して、彼が行きついたのは、無数の筋肉たちが待ち構える大会予選会場だった。

 そのような苦労を経て、本選であのような熱戦を繰り広げたのだ。貴大は心身ともに疲れ果て、軟体生物のようにだらけきっていた。

「紛らわしい真似はすんなよ……お前が出なけりゃ余裕で優勝できていただろ」

「釣った魚に餌をやらないタカヒロが悪いのだ。我のアプローチを無視してばかりいるから、このような事態を招いたのだと知れ」

「わかった……今度から気をつけるぅー」

「うむ、それでこそだ。愛しておるぞ、タカヒロ」

 海辺のオープンテラスで、注文したレモネードに手も付けず、気のない返事をする貴大。

 だらけ切った彼を見つめ、ルートゥーは可憐に微笑んだ。


白木氏も大満足な、コロッセオ編でした。

次回、恐怖のバイオハザード編。



※貴大とルートゥーがいちゃいちゃする船旅は、各自、脳内補完しておいてください(・ω・)
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