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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

補習編

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選抜メンバー

 イースィンド王国において、八月はバケーションの季節だ。

 日差しは燦々と照りつけるが、そのおかげで川や海、湖がほどよく温み、心地のよい水泳が楽しめるようになる。

 冷たすぎず、温すぎない。真夏の水浴は火照った肌に気持ちよく、シーズン中は多くの人が川や湖へと出かけていく。

 グランフェリア近郊の海水浴場も、八月となると最盛期を迎え、例年、多くの人で賑わう。遠泳に、磯遊び。釣りに、ヨット遊び。子どもたちは一生懸命砂の城を築きあげ、大人たちはビール片手にその姿を見守る。

 夜はもちろん、バーベキューだ。肉や野菜だけではなく、一家の長男が釣りあげてきた大物を、豪快に丸焼きにする。父親は長男を褒め、母親はほほ笑みながら焼き魚を切り分ける。そして、日頃は食べられないような大ご馳走に、子どもたちは喜色満面で飛び跳ねるのだ。

 もちろん、森や山もいい。街から離れれば離れるほどに、広大な自然や、清々しい空気が待っている。

 緑深き森の中で、深呼吸をしてみるといい。べったりとした街の生活臭が、体から抜け出ていくのを感じるだろう。

 雲を突く高山を、自分の脚で登ってみるといい。登山によって生じる体の熱が、澄みきった涼風で払われていくのを感じるだろう。

 森や山にいると、鈍った五感が甦る。目が鮮やかな緑で洗われ、耳が木々のざわめき、せせらぎの水音で癒される。古木を触って命を感じ、風の匂いで自然を感じる。そして、一杯の水、塩をまぶした茹で卵に、心が揺すぶられるほどの感動を覚えるのだ。

 それら得がたい経験を求め、人々はみな、バケーションへとくり出していく。心身共にリフレッシュさせるために、真夏の太陽の下、山や海へと出かけていく。

 解放の季節、夏。

 この時期だけは、ここぞとばかりに羽目を外して遊び回る。それが、イースィンドの風習――いや、常識であった。

「なのに、何で学園迷宮なんぞに潜らなきゃいけないんだ……」

 しわ一つない黒いスラックスに、ノリが効いた白いカッターシャツ。ピカピカに磨かれた革靴に、丁寧にブラッシングされたウエストポーチ。

 しかし、ネクタイの結び目は緩められ、梳かした跡が見える髪は、やはりだらしなく乱されてしまっている。あごには無精ひげが目立つし、両目はダルそうに細められている。

 良く言えば、ラフな格好。悪く言えば、中途半端な身なり。それでも、これが俺のスタイルだとばかりに様になっているのは、自然体のなせる業か。

「夏は仕事が少なくなるもんだろ……」

『白亜の宮殿』とも讃えられた王立グランフェリア学園の校舎を、畏怖の念すら抱かずに、ぺったら、ぺったらと情けない足音を立てて歩くのは、何でも屋〈フリーライフ〉の店主、佐山貴大だ。

 夏の日差しに、今にも溶けてしまいそうなほどの倦怠感。今の彼から伝わるのはそれだけで、仕事に臨む上でのやる気や意欲は欠片も見当たらなかった。

 それもそのはず、今日の仕事は、熱心な――熱心すぎるほどの学生の監督と指導だ。学年主席の地位にあっても、飽くなき向上心を燃やすフランソワは、週に一度の臨時講師の仕事の際も、貴大を夜遅くまで帰しはしなかった。

 それが、個別指導になってしまうと、一体、どれほどの時間が必要となるのか。少なくとも、密度は上がりこそすれ、下がることはないだろう。

 そのことを思うと、貴大は自然とうなだれ、背を猫のように丸めてしまう。そして、うつむいたまま、大きなため息を吐いて――。

「あ、せ、先生、おはようございます」

「あー?」

 背中にかけられた控えめな声に貴大が振り返れば、そこには黒縁眼鏡をかけた少女が立っていた。

「あー、カミーラか。おはよう」

「はい、おはようございます」

 若草色の三角帽子を両手で押さえ、ペコリとお辞儀をする少女。彼女の名は、カミーラ・カヴァッローネ。移民系貴族の娘であり、今年の春からSクラスに編入してきた魔法使いだ。

 三つ編みにされた濃い茶色の髪に、わずかに浮いたそばかす。やや大きめなマントと帽子に、これまた大きな樫の杖。何より、洗練さとは無縁な黒縁眼鏡が、カミーラを野暮ったい少女にしてしまっている。

 しかし、それを咎める者は誰もいない。彼女のファッションについて、とやかく言う者は誰もいないのだ。

 実力主義を掲げるイースィンド王国においては、優れた能力が第一とされている。現に、いざ戦闘となれば、虚飾や過度な装飾など何の意味も持たない。

 だからこそ、伝統ある王立グランフェリア学園においても、実力さえ伴っていれば、制服や実習服の多少の改造や着崩しは許される。

 現に、貴大のややだらしない格好を注意する者すらいない。学生が制服の肩に家紋を縫い込んでも、強ければ許される。そのような環境において、若き魔法使いが多少野暮ったい格好をしていたからといって、それをとやかく言う者はいないのだ。

 むしろ、このいかにも魔法使いといった風貌が、エリートのSクラス所属という肩書きと相まって、カミーラという若き〈ソーサレス〉に不思議な説得力を与えていた。

「どうした? 夏季休暇中だろ? 学校に何か用でもあるのか?」

「は、はい。今日は、補習がありまして……」

「は? 補習? お前が?」

 優秀な〈ソーサレス〉の、まさかの補習発言。日頃から彼女を指導している貴大には、その言葉がどうしても信じられなかった。

「補習とか必要ねえだろ。夏休みを潰してまで、一体、何を補うってんだ?」

 お世辞抜きにカミーラを褒める貴大。現に、カミーラは筆記、実技ともにSクラスでも上位の成績を納めている。

 元々、彼女には勉強が好きだという下地があった。肉体的に辛い訓練にもついていく根性があった。しかし、イースィンド王国特有の威力ばかりが高いスキルしか使えず、個人での実技成績は非常に低かった。

 そのような不遇の秀才が、貴大によって使い勝手のいいスキルがもたらされたことにより、日の目を見ることになった。晩成を待っていた大きな器が、しかるべき教育によって真価を発揮したのだ。

 今のカミーラは、魔法職としてならば、高等部でも指折りの逸材だ。それだけに、貴大には疑問だった。彼女が補習に呼ばれるなど、彼には原因が考えられなかった。

「あ、エルゥに因縁つけられたのか? あいつ、気に入った生徒にはヘビーな課題を渡すからな」

「それなら、夏季休暇前に提出しました。え、A-評価をもらえたんですよ」

「ほう、そりゃすごい」

 天才から高い評価をつけられたことを誇る気持ちと、自画自賛を恥じる気持ちがぶつかり合っているのだろう。カミーラは、もじもじと両手で杖を弄りながら、えへへと小さく笑った。

 対する貴大は、教え子の優秀さに舌を巻いていた。あのエルゥが――図書館の魔女が、マイナスとはいえ、A評価をつけた。

 こと勉学に関しては、フランソワさえ凌駕するのではあるまいか。見た目は地味な少女の優秀さを、改めて思い知った貴大だった。

「じゃあ、補習って何の補習なんだ?」

 その能力を知れば知るほど、カミーラと補習の関係は遠く思えてくる。生じた疑問に、貴大は疑問の声を上げる。

「そ、それがですね」

 口下手なのか、わずかにどもりながら説明を始めようとするカミーラ。

 しかし、彼女が本題に入るよりも早く、貴大を名指しで呼んだお嬢様がやってきた。

「あら、先生とカミーラさん。ごきげんよう」

 セーラー服にも似た半袖のシャツと、青いスカート。上等な革でできた軽装防具とポーチ。そして、腰に佩いた白鞘の長剣。

 実習服に着替えたフランソワが、学園の一階廊下の奥から優雅な足取りで近づいてきた。

「おお、フランソワ。来たぞ」

「あっ、あ、フランソワ様、ごきげんよう、です」

 軽い調子で右手を上げる貴大と、慌てて体をフランソワへと向けて頭を下げるカミーラ。

 彼らへと微笑みかけて、フランソワは口を開いた。

「カミーラさんの用意はできているようですわね。では、先生、カミーラさん、少し早いですが、参りましょうか」

「は、はいっ!」

 くるりと踵を返すフランソワに、カルガモの雛のようにとてとてとついていくカミーラ。実力に合わせ、家柄の差もあるのか、カミーラはえらくフランソワに従順だった。

 その姿を見ながら、貴大は「貴族も大変なんだなあ」と思い――。

「って、待て待て。どうしてカミーラがお前についていくんだ」

 これから学園迷宮でフランソワへの個別指導を始めようというのだ。そこへ関係のない者を連れていってどうするのか。

 貴大は、ふり向いたフランソワへと問いかける。しかし、彼女は何でもないことのように、さらりとカミーラの同行の訳を告げた。

「カミーラさんも補習メンバーだからですわ」

「はっ!? き、聞いてねえぞ!?」

 思わぬ参加者の増加に焦る貴大。それでもフランソワは、「おほほ」と笑いながら説明を続ける。

「いくらフェルディナン家とはいえ、先生の指導を独占することはできませんわ。今回の補習には、あと二人、参加者がいます」

「えええええ……!?」

 入念な教育や指導は、数が増えれば増えるほど、困難なものへと変わっていく。質を上げればそれだけ時間が増し、個に合わせた指導を行えば教育者の負担は大きくなる。そして、そういった苦労は、人数の増加に比例する。

 そのことを一年間の臨時講師生活を通じ、身に沁みて理解していた貴大は、いきなりの参加者増加に戸惑いの声を上げた。

「さっ、ドロテア様とフォルカ様がお待ちしております。少し急ぎましょう」

「ドロテアと……あのバカ王子が!?」

 今度は驚きの声を上げる貴大。追い討ちをかけるかのような情報に、貴大は苦虫を噛み潰したかのような顔を右手で覆った。

 過去のいきさつから貴大を敵視するドロテア。神剣と権力をむやみやたらに振り回すフォルカ。彼らの自分に対する態度を思い浮かべながら、貴大はまたもや、大きなため息を吐く。

 しかし、フランソワは、大いに嘆く貴大を見てくすりと笑い、彼の手を取った。

「フォルカ様をバカ王子と侮っているのなら、きっと驚かされますわよ」

「は……?」

 意味深な言葉を発したフランソワに、きょとんとした顔を向ける貴大。

 そんな貴大の手を引いて、微笑を浮かべたフランソワは、学園迷宮へと向かって行った。


ただいま、作者ページの活動報告(2013年3月2日)で、書籍版フリーライフ大反省会を行っております。

忌憚のない意見を取り入れ、改善に繋げようと考えておりますので、ぜひ、ご参加くださいm(_ _)m
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