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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

補習編

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補習の始まり

メリッサはまだ巡回診療中。
 七月も終わりに近づいたある日のこと。

 いや増す暑さに嫌気がさした貴大は、せめて昼食ぐらいは冷たいものを食べようと、冷製のトマトスープを作っていた。

 前日に中央市場で揃えておいた材料を、自宅の台所で刻み、煮込み、濾しては冷やす。日頃の姿からは考えられないほどマメに動く貴大。

 ただ、特別珍しいことでもない。男というものは、休日になると発作的に料理を作りたくなるものなのだ。それも、「どうせ作るなら」と言うように、手の込んだものを。

 材料費や所要時間を度外視した贅沢な一品。主婦が見れば顔をしかめそうな、いわゆる『男の料理』と呼ばれるものを、貴大は夢中になって作っていた。

「今日の昼は、トマトスープとフライか?」 

 涼しげな薄青色のワンピースを着たルートゥーが、揚げ物鍋を棚から出している貴大に抱きつく。

 じゃれているのだろうか。自慢の黒髪をアップにまとめた混沌龍は、胸元がちらり、ちらりとのぞくのもかまわず、貴大にまとわりついている。

「いや、今日はざるそばだ」

「ざるそば?」

「ああ、俺の故郷の料理でな。夏にはよく食ったんだ」

 動き回るだけで幼く、それでいてコケティッシュな魅力を振りまくルートゥーに目もくれず、貴大は切っておいたそばを茹で始める。

 聞き慣れない単語に興味を引かれたのか、少女の姿へ化けている混沌龍は、その姿に似合う好奇心を発揮して、鍋の中をじっと眺める。

 眩しいばかりに白いうなじに、汗が一滴、伝い落ちる。暑いなら離れればいいのに、と貴大は引き離そうとしたが、大人しくなるならこのままでいいかと思いなおして、自分は隣のコンロでフライを揚げにかかった。

 からりと揚がった海老や魚、野菜の天ぷらは皿に盛り、茹であがったそばは冷水で締める。キリッと冷やした濃いめのトマトスープはお椀に注ぐ。そして出来上がったのが――。

「どうだっ! 洋風天ざるそばだ!」

「おおーっ!」

 西洋風にアレンジされた、天ざるそばだった。

 そばは蒸籠せいろではなく平皿に盛っている。天ぷらも日本のそれとは明らかに違う。そもそも、そばつゆからしてトマト風味の酸味が効いたスープだ。

 人によっては『邪道』とも評されかねない一品に、しかし〈アース〉の人々は歓声を上げる。

「へー、いいね、このパスタ。冷やしても美味しいんだね、おそばって」

 近所のよしみでお呼ばれしたカオルが、感心したようにうんうんとうなずく。

「揚げもんがしっかり腹にたまるしな。うん、うめえうめえ」

 いつの間にか紛れこんでいた赤毛の冒険者の少女が、醤油にちょっとつけた天ぷらをさくさく頬張る。

「確かに、この揚げものはいいね。フライよりも軽いから、冷たいスープにもよく合う」

 まるで我が家のように居座っている黒髪のエルフが、そばつゆに天ぷらをどぷんと漬ける。

「あっ、このスープ、玉ねぎを使ってますね?」

「ゴルディ、だいじょうぶ?」

「ふふふ、大丈夫です! わんこの時は食べられませんでしたが、獣人は玉ねぎOKです!」

 そして、姉妹のように仲のよい犬獣人たちが、肩を並べてそばをはむはむ食べている。

 決して広くはないリビングに、八人もの少女たちが集って、天ざるそばに舌鼓を打っている。小動物のように、好物のそばを一生懸命つるつるすすっているユミエルだけではない。美食家のルートゥーや、食堂の娘、歯に衣着せぬ物言いの冒険者まで、美味しい、美味しいと笑顔を咲かせているのだ。

 その光景に、貴大は満足げに大きくうなずいて――。

「って、いやいやいや。ちょっと待て。おかしいだろ」

 すぐさま我に帰って、自分自身にツッコミを入れた。

「ん? どうしたのだ、タカヒロ」

「……おそば、召し上がらないのですか? 美味しいですよ」

 同居人たちが貴大の皿に天ぷらを取りわける。その心遣いに、しかし貴大は目を細めたまま、じろりと食卓を見回す。

「いつの間にこんなに集まったんだ……溜まり場じゃねえんだぞ、俺ん家は」

 その言葉に、ほとんど全ての少女たちがきょとんとした顔をする。その、「こいつ、今さら何言ってんの?」という表情に、貴大は深いため息を吐いた。

「まあ、材料を余らせるよりかはマシか」

 どうやら、ようやく諦めがついたようで、貴大はずるずるとそばをすすり始める。

 天ぷらをかじる。そばをすする。海老天を塩にちょっとつける。がぶりとかぶりつく。

 やけ食いのようなその勢いに、アルティやルートゥー、カオルなどは食べっぷりのよさを感じてにこにことほほ笑む。

 対して、食いしん坊な面々は貴大の侵略に怖れをなして、慌てて自分の天ぷらの確保に入る。クルミアとゴルディのわんこペアは鶏天、エルゥは人参やピーマンの天ぷらと、それぞれの性格がよく出るチョイス。

 その激戦に、再び食卓は賑やかになっていき――。

「はあ……」

 しかし、来客用のテーブルの端で、一人の少女がアンニュイな雰囲気を発していた。

「困りましたわ……」

 冷たいそばものどに通らないとばかりに、儚げな表情でため息を吐く少女。

 見事な金髪縦ロールに、王立学園指定の制服。青く澄んだ瞳に、長いまつげ。彼女こそは、イースィンド有数の大貴族、フェルディナン公爵の一人娘、フランソワ・ド・フェルディナンだ。

 やはり、いつの間にか貴大の家に上がり込んでいたフランソワは、顔を見せた時からこの調子だった。これでは、さすがの貴大も、いつまでも無視していることは難しい。

 どうせ、厄介事を抱えているんだろうな~、と思いながらも、貴大はフランソワに声をかけた。

「なあ、フランソワ。何かあったのか?」

「ええ……少し、悩み事がありまして」

 いかにも困っていますという素振りは解かず、待ってましたとばかりに口を開く大貴族の娘さん。彼女が発した『悩み事』という単語に反応して、他の娘たちもフランソワに目と耳を向ける。

「悩みって何だ?」

「実は、最近、自分の力不足を感じているのです」

「へ? お前がか?」

 これには、貴大は驚かされた。

 貴族の中の貴族。戦場いくさばを舞う金色。輝けるフェルディナン。数々の異名をほしいままにする大公爵家の後継ぎであるフランソワは、その名に恥じないだけの力量を備えている。

 学園迷宮がリフォームされた今でも、レベルや習得スキル数は学年トップ。クラスや学生ギルドをよくまとめ、初代学園長が手を加えたランダム・ダンジョンも真っ先に制覇した。

 家柄に驕ることはなく、力とカリスマを備えた完全無欠のお嬢様。それが、フランソワという少女だ。

「お前が力不足とか言ったら、他の学生が泣くぞ」

 軽く笑って、フランソワの悩みを否定する貴大。しかし、フランソワはそれでも首を横に振る。

「いえ、力不足なのです。現に、我らはあまりに無力でした。あのカオス・ドラゴンに対して」 

「え? 我か?」

「ごほんんんんっ!! んんっ、んんんっ!!」

 混沌龍(本人)の反応を大仰な咳払いで誤魔化し、貴大は慌てて話を繋げる。

「あー、まあ、ありゃあ特別だって。滅多にあることじゃねえから、別にお前が気に病まんでも」

「いえ、貴族として……国を動かす者として、『特別』など認めてはならないのです。どのような条件でも、自国を護ることができてこそ、私たちは初めて貴族と名乗れるのです。なのに、対混沌龍戦で、あのような無様な姿を晒してしまい……」

 二ヵ月前の屈辱を思い出しているのだろう。眉根を寄せ、ぐっと唇を噛むフランソワ。

「我々は、あの黒騎士のように、あらゆる脅威を斬り捨てなければならないのです。低級な魔物相手に大勝して、満足していてはいけないのです」

「へえ。貴族のわりにはいいこと言うじゃねえか」

 フランソワとは犬猿の仲のアルティも、骨太な言葉に共感を覚えたのか、軽く目を見開いて感嘆の吐息を漏らした。

「確かに、いつも黒騎士がいてくれたら頼もしいですよね」

「黒騎士、人気ですよね。劇はいつも満員御礼のようで」

「うちの男の子も、黒きしごっこしてるよね」

 黒騎士の名前に反応して、庶民三人組がおしゃべりを始める。それを耳にしながら、フランソワは自嘲めいた笑みを浮かべた。

「讃えられるべきは、一個人ではなく、この国の戦士たちだったのです。黒騎士のように戦うべきは、私たちだったのです。それが、たった一吹きのブレスで全滅しかけるなど……まさしくあれは、悪夢でした」

 なぜか得意げな顔を貴大に向けるルートゥー。その、「我って強いだろう? ん? 褒めてもよいのだぞ」という視線に気づかないふりをする貴大。そして、話せば話すほどに落ち込んでいくフランソワ。

「学園迷宮で戦っている時、いつも頭に浮かぶのは黒騎士の姿です。何をするにしても、彼と比較してしまって……力不足を、感じてしまうのです」

「そういうことだったのか」

 まさか、自分の行動がこんなに後を引くとは思わなかった貴大。他人事ではない問題に、さすがの彼も腕を組んで考え込む。

 すると、デザートのアイスマカロンをふしゃふしゃ食べていたエルゥが、何気ない様子で提案した。

「簡単な話じゃないか。タカヒロ君に指導を受ければいい。どうせ、黒騎士の中身も彼なん」

「エルゥ! 勝手に人ん家の冷凍庫を開けるなんて、悪い子だ! これはおしおきだな! こっちに来なさい!」

「ひえっ!?」

 瞬時にエルゥの後ろに回り込んだ貴大が、余計なことを喋ろうとするエルフの頭をわしづかみにして持ち上げる。

 そして、少し離れたところでしっかり『お話』をしてから、エルゥをリリース。同じく、自分の本当のレベルを知っているアルティにもアイコンタクトで口止めし、貴大は自分の席へと戻った。

「何でしたの?」

「いや、お前は気にしなくていい」

「はあ」

 どうやら、肝心の部分は聞きとれなかったようだ。貴大はほっと胸を撫で下ろして、麦茶でやたら乾いたのどを潤した。

「でも、先生に指導を受ける、というのは名案ですわね。ちょうどいいことに、来週から学園は夏季休暇。時間はたっぷりありますわ」

「ぶはっ!?」

 思わぬ展開に、飲みかけていた麦茶を気管に詰まらせてしまう貴大。

 げほげほと咳き込む彼に心配そうな顔を向け、それでもフランソワは話を続ける。

「先生、来週、学園でお待ちしております。スマイル・ピエロ戦で見せたような鮮やかな動き、改めて学ばせていただきますわ」

「ちょ、お、俺は受けるなんて一言も」

「……ご主人さま?」

「ひっ!?」

 剣呑な視線を感じ、貴大はびくりと体を震わせた。

 振り返らなくてもわかる視線の主は、こと仕事になると鬼と化すメイドだ。社会人に学生のような夏季休暇などございませんよと言わんばかりに、ユミエルは貴大をじっと見つめる。

「わ、わかった。来週、学園だな?」

 物言わぬ圧力に負け、あっさりと白旗を上げる何でも屋の主人。

「ええ、お待ちしております」

 そして、花のように楚々とほほ笑むフランソワ。

 彼女の笑顔に、内心ため息を吐きながら、貴大はテーブルに突っ伏した。
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