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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

サイドストーリーズ5

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四千年の歴史

今回は老龍さん視点です。

中華ドラゴンさんは、まだグランフェリアに逗留しているようです。
 この世界、〈アース〉には五つの大陸がある。西大陸、東大陸、南洋大陸に暗黒大陸。それから、南の果ての氷と雪に閉ざされた大陸。

 それに、海に浮かぶ島。これは数えられんほどあるから、説明は割愛しよう。

 ――なに? 大陸と島の違いがわからない? ほっほ、確かに、確かに。空高く飛び上がり、星空から眼下を見下ろせば、この星の全容さえも視界に収まるからのう。

 それでも、大陸は広大じゃよ。特に、世界最大の東大陸は広大無辺。大地に立てば、どこまでも、どこまでも続いて見えるじゃろう。

 内包する文明も実に多種多様。西欧では煌びやかな貴婦人が踊り、極東では質実剛健な武士もののふたちが刀を振るう。南蛮では海の民が熟れた果物でのどを潤し、魔の中部地方では数多の怪異たちが覇権を競って殺し合っておる。

 わしが生まれた忠の国は東大陸の東端にあるんじゃが、国一つとってみても、文化や街並み、道行く人たちは驚くような違いを見せていた。

 龍として生まれてから三千年は、そういった違いが面白く、世界中を旅して回った。少し目を離した隙に成長していく他種族の文化に、心を躍らせていた。

 よちよち歩きの赤ん坊を見守り、時にはそっと手助けをする。そのうち、彼らはわしと肩を並べるほどに成長し、夜になれば盃を交わして星を見上げた。

 幾万の命を奪う流行り病に涙した。人々に仇成す悪神をうち滅ぼし、勇者とともに喝采を上げた。揺れる小麦畑の中で穏やかにほほ笑んだ。

 戻らざる青春の日々。若き赤龍の冒険譚。振り返れば、思わず赤面してしまうような失態もあるが、どれも大切なわしの思い出じゃ。

 それら若き日の記憶を抱え、三千歳を越えてからは故郷で隠遁生活を送り始めた。世界は循環し、目まぐるしく変化していくもの。最盛期を越えた中年が、いつまでも大きな顔をしていては、次世代を担う若者が育たない。

 そう考えたわしは、忠の国――かつては、交の国と呼ばれていた故郷へと去っていった。

 それから千年。激動の若き時代に比べると、どこまでもゆったりと流れていく時間。日がな一日本を読んだ。日が暮れるまで湖に釣り糸を垂らした。自分の手で深山に庵を建てたりした。

 少し早めの老後を有意義に過ごすため、様々なことに挑戦した。太極拳という人間の武術も学んだし、手遊び程度に料理も試してみた。その中でも特に性にあったのは、意外にも薬品の調合じゃった。

 山野で採取した薬草や鉱石を混ぜ合わせ、怪我や病を癒す薬を作る。簡単に言えばそれだけのことじゃが、これが実に奥が深い。

 ザオインという、三角形の実をつける植物がある。そこから種を取り出して、そのまま飲めば便秘によく効くんじゃが、乾かしてからすり潰し、鍾乳洞の鉱水と混ぜれば、なんと魔力を補充するための飲み薬が出来上がる。

 マーツの実も面白い。生の果汁は切り傷の特効薬となるこの果実は、干して煎じて、スライムジェルと混ぜ合わせると打ち身用の湿布となる。

 生で、干して、茹でて、炒って、潰して、磨って。更に混ぜ合わせることで無限の広がりを見せる薬の精製に、わしはすっかり魅了され、千年間、日課のように薬品調合に勤しんだ。

 その結果、『幽山の医龍』とまで呼ばれるようになったんじゃが……龍族には時間だけはたっぷりあるからのう。他の者が同じことをすれば、似たような名前がつくじゃろうて。

 それでも、医龍という響きには頼もしさを感じるんじゃろうな。名前だけが独り歩きをして、人間の間では、不治の病すら治す龍が霊山に住んでいる、という伝承すらある。

 不治の病を治す? とんでもない。わしにも治せん病は山ほどあるよ。神や妖精王などの管理者でもあるまいに、この世の道理を操る術などわしにはない。

 風邪の特効薬など作れんし、不老不死の妙薬なぞ夢のまた夢。恋の病も治せんし、中二病に効く薬も作れんのう。

 それに、何より――。

「できたー!」

「なぜ、林檎と蜂蜜、ポーションを混ぜただけで、泡立つ水銀が出来上がるんじゃ……!?」

 効能はともかく、調味に関して壊滅的な腕を持つ少女を導くこともできんのだ。

 これでは、医龍とはとても呼べんじゃろう?






 ミーシャという名の少女と出会ったのは、ほんの二か月前。夏の気配を滲ませる、温かな春の日のことじゃった。

 その日も常のごとく、わしは深山の庵で薬を作っておった。乳鉢に薬種を放り込み、ごりごりと磨っては細かく砕いていく。

 いつも通りの生活。いつも通りの穏やかな日常。その中に、騒がしくも懐かしい闖入者が飛び込んできた。

「老龍! 老龍はおるか!?」

 焦燥感を隠そうともせずに庵に飛び込んできたのは、西の魔の山に住む混沌龍のお嬢ちゃん。いつもの自信に満ちた顔をどこへやったのやら、お嬢ちゃんはわしを見つけると、泣きそうな顔をして駆け寄ってきた。

「頼む! 貴様の力が必要なのだ! 我の伴侶を救ってくれ!」

 そう言って、わしを引っ張っていこうとするルートゥー。しかし、その時のわしは、いまいち事情が呑み込めずにきょとんとするばかり。

「伴侶? 根源のお嬢ちゃんは、結婚しておったのか?」

 とんと記憶にない情報に、わしは思わず首を傾げた。いよいよわしもボケてきたのかとさえ思った。それでも、ゴシックロリータ衣装に身を包んだお嬢ちゃんは、説明する時間も惜しいとばかりに龍の姿へと変わり、わしを連れて天高く舞い上がっていった。

 そして、道中聞かされる、旦那様――いや、婚約者じゃったか――の話。レベルを極め、混沌龍の心臓をも突き破ったという青年が、ある日突然、倒れてしまったのだという。

 毒か、病か――もしも後者ならば諦めなさいと、わしはルートゥーへと伝えた。レベル250は生物としての限界点。そこへ辿り着いた生命体は鋼のように強靭で、生半可な病など自力で跳ね除けてしまう。

 もしも、そのような人間が病に罹るとすれば――それは、不治の病であることが多い。

 だからこそ、覚悟はしておくようにと、お嬢ちゃんに言って聞かせた。最悪の事態はままあるのだと、若き龍へと言い聞かせた。

 そして、東大陸を横断し、辿り着いた一軒家のベッドに横たわっていた男は――何てことはない、ただのポーション中毒じゃった。

 複数の効能を持つポーションをがぶ飲みした際に起こる、心身の不調。症状は重かったが、治す手段はいくらでもあった。

 安心して膝をついた混沌龍のお嬢ちゃん。相変わらず、早とちりが過ぎると苦笑させられたが、これも愛ゆえかと温かい気持ちにもなった。

 おてんばで、自信家で、弱い男など眼中にもない龍族の少女。それが、愛を知ったことによって、ここまで献身的になるとは。龍族の女は情が厚い者が多いが、そういった意味ではお嬢ちゃんは誰よりも龍族らしかった。

 はるばる大陸の東端からついてきた甲斐があったというもの。恋するルートゥーを見れただけでも、わしは十分過ぎるほどに満足感を覚えていた。

 じゃから、患者が回復し、後顧の憂いを断った後は、余韻に浸りながらゆっくりと帰ろう――そう思っていたのじゃが。

「お師匠様ー。アップル・ポーションの改良、うまくいきませんね」

「材料や工程は間違っておらんはずなのじゃが……」

 わしはまだ、グランフェリアにいた。

 貴大という青年はとっくの昔に復調している。それなのに、なぜ、まだこの街にいるのかと言うと――。

「すみません、もう二ヶ月も手伝ってもらっちゃって」

「いや、いいんじゃよ。好きでやっておることじゃからな」

 目の前には、ごぽりごぽりと泡立つポーション……らしきもの。

 どろりと濁った水銀色。ねばねばとビーカーに付着した飛沫。ツンと鼻を突く刺激臭は、吐き気すら催させる。

 この薬品の名は、アップル・ポーション。苦いポーションを、飲みやすくするために開発されたもの――らしい。

 これが、わしがこの街に留まる理由。悪神の影響を取り除いたというのに、未だこのような劇薬を作り出す娘を正すべく、わしは説明のつかない使命感に駆られていた。

 この子は、野放しにしていてはいけない。せめて『人が飲める』ポーションを作れるようにしなければ、放っておくことなどできはしない。

 医龍の名は関係ない。この世に生きる者として、本能が警鐘を鳴らしている。その者を正しく導けと、心が命じてくる。

 ――いや、これはもしかすると、プライドの問題なのかもしれない。

 千年間、薬品とともに生きてきたわしが、一人の人間も矯正できないなどあってはならない。若き日に置いてきたはずの無用な自尊心が、甦ったのかもしれない。

 いずれにせよ、わしはミーシャの舌と腕を正すためだけに、グランフェリアに逗留することに決めた。こうなった以上、改善の兆しが見えるまでは、絶対にこの街を離れん。

 ……二か月前は、そう決意して、年甲斐もなく息巻いておったのじゃが。

「お師匠様ー! ポーションが動き始めましたー!?」

「ぱみいいいいいいいい!」

「なぜ、なぜ、そうなるんじゃーっ!?」

 早くも、絶望に捕らわれようとしている自分を感じる。

 この世に生を受けて四千年。まだまだ〈アース〉には不思議が満ちている。まさか、林檎味のポーションに命が宿るとは……。

「しかも地味に強いっ!? 【物理無効】とは、小癪なスライムめっ!」

「ぷうええぇぇぇ……!」

 工房から表通りに飛び出して死闘を演じるわしとポーション(だったもの)。

 体にまとわりついて、口の中に侵入してこようとする林檎色のスライムに、ブレスをお見舞いして蒸発させる。

 ……だ、大丈夫じゃろうか? 今度は気体の状態で襲いかかっては来ないじゃろうか?

 あのミーシャという娘が作ったポーションは、何が起きても不自然ではないからのう……ああ、本当に、どのようにすれば改善できるんじゃろ。

「誰かと思えば、老龍ではないか」

「あ、先生、こんちはっす」

 通りの魔素燈の柱に手をついて項垂れていると、後ろから声をかけられた。

 振り返れば、そこには混沌龍のお嬢ちゃんに腕を組まれた青年がいた。

「またミーシャさんっすか? 何と言うか、その……頑張ってください」

 貴大君か。彼も、ミーシャと関わり、改善のために尽力していたと聞く。しかし、そんな彼の目に浮かぶのは、諦観の念だけで――。

 いかん、わし、最近あんな目をしておる!

「なあに、まだこれからじゃよ。二人は、これからお出かけかね?」

 強がりを口にして、露骨に話題を変える。このまま、貴大君とミーシャのことについて話していたら、絶望の沼に沈んでしまいそうじゃ。

「そうなのだ。タカヒロが、我を喫茶店に連れていってくれるのだ。デートだぞ、デート!」

 黒色のサマードレスでおめかしをしたお嬢ちゃんが、頬を上気させて仲のよさをアピールする。

「違うわ。お前が連れて行けって騒いだんだろ」

 反面、貴大君は乗り気ではないようで――しかし、繋いだ手を放そうとはしない。言うほどに嫌がってはいないんじゃろ、あれは。

 ツンデレってやつかのう。人前でなければ、もっといちゃついているのじゃろうか。いずれにせよ、貴大君には頑張ってもらいたい。

 何せ、孫娘のような少女の婚約者じゃ。ぜひ、発奮して、四人か五人ぐらいは子どもを作って欲しい。曾孫の顔も見たいんじゃよ、わし。

「よかったのう。二人とも、楽しんでおいで」

「うむ! 言われるまでもないわ」

「先生は……その、頑張ってください」

 笑顔でうなずいて去っていく少女と、彼女に引きずられていく青年。

 うんうん、仲良きことは美しきかな。そのまま、順調に仲を深めていって、幸せな家庭を築いてもらいたい。

「前途多難ではあるがの」

 そう、あの佐山貴大という青年は、これから先、激動の人生を送るじゃろう。

 彼は、この世界における特異点じゃ。全てが異質で、大きな力も秘めておる。そんな彼の可能性を狙って、何やら悪神が暗躍しておるようじゃが――それは、彼が自分で解決すべきこと。

 彼が自ら動き、自ら戦い、そして、自ら選択する。

 そうすることで初めて、彼は大きく成長できる。だから、何が起きようとも、わしは手を貸すべきではない。そうせずとも、彼は自分で何とかできる人間じゃ。

 だからわしは、傍観者に徹する。この千年間、そうしてきたように。ただただ、世の中の人々を見守るだけに――。

「お師匠様ー! また、また、ポーションが動き出しましたー!?」

「シェリッシャアアアアアアア!!!!」

「感慨に浸らせておくれっ!?」

 それでも、放っておけないこともある。

 それが、ミーシャという少女であり、彼女が作り出すポーションじゃ。

 今度は何を加えたのか、蛇のようにするすると床を這う林檎色の薬品は、やはりわしの口を目指して進んでくる。

 ポーションとして生まれたからには、人に飲まれようという本能が備わっているのじゃろうか? しかし、わけのわからぬ薬品を飲むつもりは毛頭ないっ!

 だからこそ、わしは果敢に立ち向かう。己自身に降りかかる災厄を祓うため。ミーシャという少女を救うため。

 持てる力と知識の全てを使い、わしは運命へと立ち向かう――!

 願わくば、貴大君も頑張ってもらいたい。そう考えながら、わしはポーションとの死闘を演じた。


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