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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

聖女奮闘編

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休日は出かけよう

 休日の過ごし方は、人それぞれに異なっているものだ。

 趣味に一日を費やす者もいれば、買い物や食べ歩きで疲れた心を癒す者もいる。友人たちと郊外へ出かける者もいれば、街中の公園で体を動かす者もいる。

 何せ、安息日とは働かなくてもいい日だ。誰に気を遣うこともなく、遠慮することもなく、思う存分に、自由に時間を使ってもいい。

 これが、所帯を持ったりすると、「子どものために」とか、「夫婦の時間を」とかで、一人でいられる時間はどんどん減っていくのだろう。しかし、佐山貴大は、年頃の少女たちと暮らしながらも、未だに独り身。休日を寝て過ごそうが、咎める者も、諌める者もいなかった。

「ふぁ~あ。よく寝た」

「……おはようございます、ご主人さま」

 現に、日頃は仕事、仕事とうるさいユミエルも、休日となると途端に甘くなる。

 昼にさしかかろうという時間に、ようやく起きてきた主人へ、遅めのブランチを用意する。梳いてもいないぼさぼさの髪に、丁寧に櫛を通していく。もちろん、テーブルに置かれた新聞は、すでにアイロンがかけられている。

 どこまでも甲斐甲斐しく貴大の世話を焼く姿は、とても仕事の鬼のものだとは思えない。しかし、これもまた、ユミエルという人物の一面であり、フリーライフの日常でもあった。

「んぐんぐ……へー、地中海にクラーケンが出たらしいぞ。んで、例年通り勇者が倒したとか。もうすっかり夏だなあ」

「……ですね。しばらくはイカの相場が下がりますね」

「だな。カオルんとこの屋台用に仕入れて、醤油味の焼きイカとして売ろうかな」

「……それもいいですね」

 フレンチトーストをミルクで流し込む貴大と、アイスティーを注いだグラスに口をつけるユミエル。フリーライフのリビングには、ばさり、ばさりと新聞をめくる音が響き、時おり、紙面の記事をネタに二人は他愛のない会話を続けていく。

 決して賑やかな空間ではないが、そこには休日特有の穏やかさがあった。二人が暮らす家には、いつも不思議な安らぎがあった。

 いや、正確には、三人ではあるのだが――――

「おお、貴大、起きたか! さあ、出かけるぞ!」

 白黒のサマードレス姿の少女が、リビングへと飛び込んできた。

「んん? 出かけるって、どこにだ?」

「決まっておろう。せっかくの安息日だ。デートをするぞ、デートを」

「はあ!? 何でだよ」

 途端に騒々しくなるリビング。三人目の同居人、ルートゥーが現れると、フリーライフはいきなり賑やかになる。

 この龍人少女は、穏やかな時間も嫌いではないが、好奇心や本能が赴くままに動き回る方が好きだ。特に、休日の昼間など、家に籠ってはいられないとばかりに、街へと飛び出していく。

 このように、いつもは勝手気ままに動き回っている彼女だが、今回は、貴大をお供に選んだのだろう。新聞を広げたままの貴大の腕を取り、「さあ、デートをしよう」としきりに連れ出そうとする。

 濡れたようにも見える艶やかな黒髪。くりくりっとした愛らしい目に、黒曜石のような瞳。それとは対照的に、露出した肩や腕は、眩しいほどに真っ白だ。

 このような美少女に、デートをねだられて断るような男はいない。

「デートしたけりゃユミエルと行っといで」

 どうやら、佐山貴大君は男として問題があるようですね。

 ルートゥーの誘いをにべもなく断った貴大は、今度は新聞に挟まれていた折り込みチラシに目を通し始めた。

「何故だ! 何故断る!?」

 どうして断られるのかわからない、という顔をしたルートゥーは、それでも必死に食い下がる。経緯がどうであれ、彼女も恋する乙女なのだ。想い人にすげなく扱われては、切ない気分にもなってしまう。

「夏は恋人たちを大胆にさせるのであろう? 今、デートをしなくていつすると言うのだ!」

「いや、そもそも恋人じゃねえし」

「あ、そうか、すまん。我が間違えていた。我とタカヒロは、恋人どころか婚約者であったな。すっかり失念しておったぞ」

「おかしいなあ。俺、ドラゴンと将来を誓い合った覚えはねえんだが」

「むむむー!」

 喧々諤々と言い争う二人。かたやルートゥーはデートの素晴らしさを説き、対する貴大は断固阻止の構えを見せる。

 同居を始めた頃は、天下無敵のカオス・ドラゴンであるルートゥーに気後れしていた貴大だが、今ではすっかり歯に衣着せぬ物言いだ。妙な遠慮をせず、嫌な事は嫌だと言えるようになったのは、ある意味前進ではあるのだが、それでデートを断られては元も子もない。

 ルートゥーは、懸命になって、何度目かの誘いの言葉を口にする。

「なあ、タカヒロ。我と出かけるのはそんなに嫌か? 我がそんなに疎ましいのか?」

 上から振り下ろすような口調ではなく、しおらしげに下から見上げるような問いかけだ。

 こうなってしまうと、どうにも貴大は弱いもので、彼はうっと呻くと、ルートゥーへと向き合った。

「あ~、ルートゥー。嫌じゃないんだが、俺、騒ぎを起こされたら困るんだわ」

「騒ぎ? 酒場の酒を買い占めたことか? それとも、我に手を出そうとした痴漢を半殺しにしたことか? いや、もしや、噂の神剣王子と手合わせしようとしたことではあるまいな」

「全部だ全部! お前と出かけるのは嫌じゃないが、そういった事件を起こされるのはたまったもんじゃねえんだ」

 千年も生きた混沌龍であるルートゥーは、長く生きただけあって、人間社会における常識というものはわきまえている。しかし、人間が虫けらに合わせて生活できないように、ルートゥーの認識やスケールにはいささかズレがあった。

 彼女にとって一杯の酒とは大樽一個分のことであり、軽く飲むというのは酒場の在庫すら飲み干すことだ。痴漢とは殺していい存在であり、強者とは力試しのためなら問答無用で襲いかかっていいものだ。

 生まれて初めて心臓を一突きされれば恋にも落ちるし、愛しい男に会うためならば、ドラゴンの姿のまま人間の都に向かってみたりもする。

 そのようなドラゴン社会の常識と、知識とわずかな経験で知り得ている人間社会の常識が、どうにもすり合わせができていないのだ。そのため、ルートゥーは出先でちょくちょくトラブルを起こしていた。

「わ、わかった。今日は大人しくしておる。貴様の言う通りにしよう。だから、我といっしょに出かけてくれ」

 ちょこんと貴大の袖を掴み、潤んだ瞳で見上げてくるルートゥー。

「……ご主人さま。女に恥をかかせるのは感心しませんね」

 そこにユミエルの援護が加われば、貴大としては白旗を上げざるを得なかった。

「ユミィ、お前はまた、何に影響されたんだ……ああ、わかったわかった。出かけるよ」

「本当かっ!?」

「ああ、本当だ。ちょっと待ってろ。着替えてくる」

 瞳をぱあっと輝かせるルートゥーと、一度は言ってみたかった台詞を言えて、どこか満足げなユミエル。

 二人の少女をリビングに残し、貴大は後ろ頭をかきながら、二階への階段を上っていった。






 夏の日差しが照りつける中級区大市場。『庶民の食卓から、お貴族さまの酒の席まで』を合言葉に開かれた市場には、家畜の肉から南国のフルーツまで、ありとあらゆる食材が揃っている。

 その新鮮な食材や、乾燥ハーブなどの香辛料、ついでのように売られている生活雑貨やお手製のポーションなどを求め、市場は連日、多くの買い物客で賑わっている。

 何せ、大都会グランフェリアで最も大きい市場だ。訪れる人の数は半端なものではなく、ピーク時には人の波が出来上がってしまう。

 貴大ですら、初めて大市場を訪れた際は、迂回をしようと思ったほどだ。その人口密度は、推して知るべしだろう。

「安息日の方が忙しいとか、市場の人は大変だよなあ。まあ、月曜が休みなのは、逆にうらやましいけどさ」

「我は毎日がホリデーだがな」

「ドラゴンすげえな」

 市場の喧騒を横目で見ながら、貴大はルートゥーと隣り合って歩いていた。どこを目指しているという訳でもないが、どうせ外に出るのならば、目的地の一つも決めておきたい。

 さて、劇でも見に行くか、自然公園に設けられた野外コンサート会場にでも行くか。魔道具店をのぞくのもいいし、美術館巡りという手もある。いずれにせよ、そのどれもが揃っているのは上級区だけだ。ならば、かの区まで足を伸ばすのか。

 だが、上品過ぎるのも、ともすれば物足りなさの原因となる。その点でいえば、下級区の大道芸通りなどは、混沌とした楽しみを味わわせてくれるだろう。

 火を噴く、ナイフを飲み込む、全身を凍りつかせる、宙に浮かんでみせる。それぞれが得たスキルを惜しげもなく披露する大道芸人たち。彼らが集う大通りは、これでもかと言わんばかりの活気と驚きに満ちている。ならば、そこまで行ってみるか。

 しかし、考えれば考えるほどに休日は短く、かつ、選択肢は非常に多い。どれも魅力的なだけあって、どれも選べない。贅沢な悩みに、貴大とルートゥーは頭を悩ませていた。

「教会のミサなんてどうかな? クッキーがもらえるよ」

「いや、それは遠慮しとくわ……って、あれ? メリッサじゃねえか。買い物か?」

 悩める子羊を救うのは、もちろん神さまです、と言わんばかりの笑顔で現れたのは、教会所属のメリッサだ。彼女は、薄桃色のシスター服姿のまま、大きなバスケットを抱えていた。

 その中には、バゲットや果物、干し肉やワインなどが詰められており、見た限りでも結構な重さを感じさせた。それでも、汗の一つもかいていないのは、さすがカンストレベルの人工聖女といったところだろうか。

「晩飯の材料か? それにしては、やけに量が多いな。パーティーでも開くのか?」

 貴大が言う通り、バゲット一つとってみても、バスケットに二本も突き立っている。メリッサの教会は、彼女一人しか住んでいないため、食事は一人分で十分なはず。

 夏場のパンは、すぐにカビが生えるため、買ったその日に食べてしまうのが鉄則だ。それは、比較的日持ちする堅パンも同じであり、二日三日と食べ残しておく家は少ない。だからこそ、貴大はメリッサが大勢のために食料を買い込んだと考えたのだが――――

「ううん、違うよ。これは私一人で食べるの」

 即座に否定され、また首を捻ることとなる。はて、メリッサはそんなに大食漢だったかと思い返してみるものの、そのような事実は見当たらず、貴大はますます不思議そうな顔をする。

「貴様、見かけによらず、底なしの胃袋を持っていたのだな。我でも、人間の姿ではそこまで食わんぞ」

「あはは、一度に食べるわけじゃないよー」

 大樽をジョッキ代わりにする娘さんが、何を言っているのやら。しかし、例外をさておいても、メリッサが買い込んだ食料は妙に多い。どうにも気になった貴大は、続けて疑問を投げかけてみた。

「いっぺんにそんなに買わなくてもよくないか? 夏場は食いもんが痛みやすいぞ」

「うん、でも、街から離れたら、手軽に食べ物を入手できないからね。腐らないギリギリまで、持っていくことにしているの」

「は? 街から離れる? 旅でもしてくるのか?」

「ううん、コモット村まで、往診に行ってくるの。これもシスターのお仕事なんだよ?」

「ああ、そういうことか」

 すとんと腑に落ちたとばかりに、貴大は大きくうなずいた。

 街とは違って、病院や教会が存在しない僻地の村には、教会のシスターたちが定期的に遣わされる。その姿を、冒険者時代に何度も見てきた貴大にとっては、メリッサが往診に出かけるという話もすんなり納得できた。

「聖女といっても、表向きはシスターだもんな。まあ、頑張れよ」

「うん、頑張ろうね。じゃあ、私は行くね。鍛冶屋さんにも寄らなくちゃいけないから」

「ああ、じゃあな」

「ではな」

 バスケットを抱えたメリッサは、笑顔のまま、大市場の奥へと消えていった。それを見送った貴大とルートゥーは、振り出しに戻ったかのように、また、行き先についてあれこれ意見を交わし始めた。

 ――――ここで彼が、メリッサの言葉を注意深く聞いていれば、結果は変わったのかもしれない。また一週間、変わらぬ日常を過ごせていたのかもしれない。

 しかし、彼は結局、気づかなかった。その時が来るまで、ついぞ気づくことはなかった。

 自分が蜘蛛の糸にからめとられていることを。そして、教会の暗部に足を踏み入れてしまったことを。

 彼は、最後まで気づかなかった。

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