アンバランス
〈アース〉の世界の生き物は、体に取り込んだ魔素によってレベルアップを果たす。そして、レベルに応じた力を手に入れる。それが、この世界のルール。地を這う虫けらから、空を舞うドラゴンにまで適用されたルール。
生きとし生ける者は皆、レベルの法の下にある。レベルの上昇を喜び、レベルの優劣を競い、レベルを見て判断をする。何せ、レベルが高い者は、それに見合うだけの力を持っているのだ。自己証明の証にしても、他者を測るものさしにしても、決しておかしくはない。
戦士職を例に挙げると、100を超えれば素手でレンガを割れるようになる。150にもなると、岩をも砕ける。200に達すると、大木をへし折れる。250に至っては、龍の鱗すら叩き割れる。
このように、レベルが上がるにつれて、できることの幅が広がっていく。レベル99ではできなかったことが、レベル100ではできるようになる。レベル100では敵わない相手が、レベル150では手玉に取れる。
それだけに、〈アース〉に生きる者は、レベルを絶対的なものとして見なしている。レベルが高い者を敬い、怖れる心が、本能的に身についている。だからこそ、できることならば人より上のレベルを目指そうとする。冒険者や騎士など、戦う者は特に、だ。
そんな彼らが求めてやまないレベルとは、そもそも何なのか。レベルが上がることによって、何が変わっているのか。
筋肉の質と量ではない。もしもレベルが筋力を示すものならば、貴大は筋肉の塊でなければおかしく、ルートゥーやメリッサは可憐な少女ではいられなくなる。
魔力や神力、気力の類でもない。高レベルの超人たちは、何を消費することなく超常的な力を発揮する。彼らが低レベルの魔物を倒すのに、魔力を練ったり、気力を振り絞る必要などどこにもない。
では、何が違うのか。何が変わるのか。レベルとは何なのか。それは――――。
「レベル? ああ、あれはね、魔素含有率なんだ。生物がどれほど魔素を含んでいるかを示す値なのだよ」
「……魔素含有率?」
「そう、魔素含有率。レベルが高ければ高い者ほど、魔素を多く含んでいるのさ。ほら、一般人は棺桶に遺体を入れて葬儀に出したりするけど、高レベルの冒険者や騎士はそんなことしないだろう? あれは、体が魔物に食べられたからじゃないんだ。肉体組織が魔素と入れ替わり過ぎていて、人間としてのパーツがあまり残っていないからさ。誰も、故人の骨の欠片や、臓もつなんて見ながら葬式なんてしたくないだろう? だから、写真だけで済ますのさ」
「……と、すると、レベル250にもなると」
「ああ、髪の毛一本たりとも残らないだろうね。魔素含有率が100%に達した彼らは、細胞の一つ一つに至るまで魔素でできているんだ。きっと、死んだら魔物みたいに、魔素の霧となって散っていくよ」
「……なるほど。つまり、レベルが上がるということは、人間ではなくなっていく、ということですか?」
「いや、それは違うね。レベル1の新生児も、レベル250の勇者も、分類的には同じ人類だよ。体の構造に変化はないし、違う生き物へと進化したわけでもない。生殖行為も行えるし、皮膚の移植を行うこともできる。それは、どのような種族も同じで、例外はない。つまり、魔素は、一般的に考えられているほど影響力はないんだ」
「……しかし、魔素の過剰摂取は、ユニークモンスター化を招きますが」
「ふむ、いい質問だ。君はなかなか着眼点がいいね。どうだい、ユミエル君。私の助手になるのは……あ、そのつもりはないのか。即答とは、相変わらずだね。まあ、いい。ユニークモンスター化についてだったね? 確かに、生き物は魔素を過剰摂取すると魔物に転じる。だけど、あれはね、実は変異でも進化でもないんだ。むしろ、生き物として当然の働きなのだよ」
「……と、言いますと?」
「君、風船に水を入れ続けると、どうなるかね? そう、普通は、風船の許容量を超えて破裂してしまう。生き物だって同じさ。魔素を大量に注ぎこまれたら、体が耐えきれずに破裂してしまう。だけど、生き物には意思があるよね? エルフでなければ分かり辛いのだが、植物にすら意思はあるんだ。思考ができる頭を持っているのなら、当然、破裂なんてしたくないと考える。生き物に備わった生への渇望が、思わぬ防衛機構を働かせる」
「……それは、どのような」
「うん。それはね、魔素と同化しちゃうんだ。逆転の発想で、風船は水になっちゃうんだよ。注ぎ込まれるものと同化すれば、膨張することはなくなる。ほら、レベル250の人は、魔素溜りに入っても何ともないだろう? あれと同じ原理で、破裂を防ごうというんだ。自分の体を急激に魔素と置き換えて、魔物やレベル250の人と同じような、『魔素でできた体』になろうとするんだよ。まさか、このような防衛機構が組み込まれているなんて、まさに生命の神秘だね」
「……だとすると、人から転じたユニークモンスターは、人のままなのですか?」
「まあ、基本的にはそうだね。人間としての機能は、大部分がそのまま残っている。だけど、無理が祟って形が歪んだり、人格が変わっている場合がほとんどだね。種族としては変わりないが、ヒトとしては死んでしまう。それがユニークモンスター化というものの正体さ」
「……ユニークモンスターから元に戻れた人はいるのですか?」
「いるといえばいるねえ。君も知っての通り、魔素とは『可能性の粒』だ。ん? それは知らないか。そうだね……1から説明すると、魔素とは小さな小さな粒なんだ。一つ一つは目にも見えないような小さな粒。その粒は、生物の意識、無意識に反応して、無限に形を変え、様々な効果をもたらすのだよ。炎にもなるし、氷にもなる。動植物の体を強靭なものにもするし、透明にしたりもする。ユニークモンスターとなるのも、そういった性質が作用した結果なんだ。だから、当然、『元の姿に戻りたい』と強く願えば、その通りに魔素は動くが……まあ、滅多にないケースだね。万が一、元に戻れたとしても、それは破裂寸前の風船に戻るということだからね。許容量以上の魔素が、意思に過剰反応するなど、後遺症も多いようだよ」
「……なるほど、それで」
ユミエルは、テーブルの向かい側に座っているエルゥから目を離し、自分の手のひらを見る。そこには、彼女がつまんだだけで砕けてしまった、ティーカップの取っ手があった。
ユミエルは困っていた。
貴大のためを思い、フェアリーズ・ガーデンで急激なレベルアップを果たした彼女だが、無理が祟って体に不調をきたしていたからだ。
病に臥せったわけではない。むしろその逆で、彼女の体にはかつてないほどの活力が満ちていた。だが、薬も過ぎれば毒となるように、溢れんばかりの力は、ユミエルの生活に著しい不利益を生じさせていた。
何気なく掴んだものにヒビが入る。ドアを開けば蝶つがいが外れる。服を着替えれば布地が破れる。掃除をすれば箒が摩擦熱で燃え上がり、料理をすればまな板ごと食材を両断してしまう。洗濯に至っては、主人のパンツを何枚も破ってしまったほどだ。
貴大に奉仕するためにレベルを上げたのに、逆に迷惑をかけてしまっては元も子もない。ユミエルの心痛は日に日に増していくばかりだった。
このままではいけないと、ユミエルは専門家に話を聞くことにした。いつもの如く自宅に上がり込んで、ふしゃふしゃとマカロンを頬張りながら本を読んでいた眼鏡のエルフへと、レベルアップの弊害について尋ねたのだ。
だぼっとしたセーターと、薄汚れた白衣、しわが寄ったスカートと、貴大に負けず劣らずだらしがない格好のエルゥだが、そこはさすがの研究者。魔物や魔素のことなら専門中の専門だと胸を張り、ユミエルが知りたいことは全て教えてくれた。
魔素の過剰反応。端的に言い表せば、体の不調はそれが原因だ。あまりにも急激にレベルを上げ過ぎてしまったため、体がついていけていないのだ。ユミエルは、エルゥの話からそう考えた。
通常なら、少しずつ上がるはずのレベルが、一度に50も上がったのだ。日常生活を送るにあたって、『ちょうどよい力加減』というのが、まだ分からないのだろう。
だが、いつまでもこのままではいけない。改善のために、訓練をしなければならない。あり余る力を抑え、意識せずとも『ちょうどよい力加減』で暮らせるように。破裂寸前まで注ぎ込まれた魔素が、体に馴染むように。
そのために、ユミエルは経験者に師事することにした。
「そういうことなら、私に任せて!」
教会の自室にて、わずかに膨らんだ胸をドンと叩き、自信に満ちた表情を見せるのは、教会の人工聖女メリッサ・コルテーゼ。彼女も小型のダンジョン・コアを用いて、爆発的にレベルを上昇させた経験がある。本人から話を聞き、そのことを知っていたユミエルは、是非にと彼女を頼ったのだ。
「急にレベルがドーン! って上がると、力の加減が利かなくて、体が自分のものじゃない感じがするもんね。私も、よくフォークとかスプーンとかポキポキ折ってたよ」
「……メリッサさんも、そうでしたか」
共感を得られたことで、わずかに強張っていた心を緩めるユミエル。メリッサと自分では状況が異なるので、もしかすると症状も違うのかもしれない。そう考えていただけに、聖女の同意により得られた安堵は大きかった。
「それに、ほら、ドアを開けただけで建物が崩れちゃうでしょ? もう、私、びっくりしちゃって」
「……そうでしたか」
前言撤回。レベル250のスケールの大きさは、自分が敵うものではないと、ユミエルは内心、冷や汗を垂らした。先ほどまで確かに感じていた安堵は、臆したようにどこかへ飛んでいった。
「でも、安心して。私に任せてもらえれば、ぜーんぶ大丈夫だから。きっと、ユミエルちゃんを助けてあげるよ」
ユミエルの不安に気づかず、聖女はガサガサと木箱の中を漁る。拙い字で『べんりばこ』と書かれた箱からは、出るわ出るわ雑多な小物が飛び出してくる。
「あれ? どこにあるのかな~?」
爪切り鋏はまだいい。棒に巻きつけられた麻紐もかまわない。だが、毒々しい色のナイフや、血錆が浮いたノコギリは、どのような時に『べんり』なのか。
ユミエルは、深く考えるのを止めて、メリッサの次なる行動を待つ。
「あっ、あったよ! これこれ、これが役に立つんだ~」
無造作に投げ散らかされたロングソードやスローイングダガーが、床に剣山を作り上げた後、ようやくメリッサは目的のものを取り出した。
「……それは」
レベルアップによる弊害を収める手段。過剰な魔素を体に馴染ませるための道具。
それは、ピンク色の可愛らしいソーイングセットだった。
ユミエル回だと思った? 残念! エルゥさん解説回でした!
すごいね、エルゥさん。学者さんみたい。
次話もユミエルさんは力を体に馴染ませる訓練をします。
早く「馴染む……実に馴染むぞ」と言ってもらいたいものですね。