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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

サイドストーリーズ4

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白銀槍のエレオノーラ

○エレオノーラ=ブランケンハイムの日記

 私の名前はエレオノーラ。エレオノーラ=ブランケンハイム。

 栄えあるブランケンハイム家の末子にして、ドロテア姫様の「白銀槍」。

 私の使命は、姫様をあらゆる危機からお守りすること。姫様が嫁ぐその日まで、身命を賭して守り抜くこと。それが、私の使命だ。

 しかし、バルトロアにいた頃は、無用な心配などせずともよかった。

 規律正しいバルトロアの民たちは、イースィンドの発情猿とは違い、己の分をわきまえている。ドロテア姫様に劣情を丸出しにして近づくような輩など、いなかったのだ。

 だから、私も心穏やかに過ごせていた。姫様が他国に嫁ぐならば、私もついていこう。夫を迎えるのならば、私もバルトロアから出ることなく生涯を終えよう。

 そのように、未来のことについて、思いを馳せてすらいた。そうするだけの余裕があったのだ。

 しかし……しかし! 何と、姫様はあろうことか、万年発情猿の王国に留学することになったのだ!

 口を開けば口説き文句しか垂れ流さないような猿たちの国に、ドロテア姫様が放り込まれるなんて! ああ、ああ! かわいそうな姫様! きっと、三日も経たない内に汚されてしまうでしょう! あの猿たちの手によって!

 それは、看過できない事態だった。心が千々に乱れる悪い知らせだった。

 だから私は、すぐさま留学生選出の場に飛び込み、イースィンド行きのチケットをもぎとった。

 姫様を一人で行かせてなるものか。姫様を汚させてなるものか。大きな流れを変えられないのならば、せめて私が防波堤となろう。

 その決意を胸に、私は姫様とともに、猿の王国へと旅立っていた……。

 これが、私がイースィンドの地におもむくこととなった顛末だ。あれほど忌み嫌っていた地に立っている理由だ。

 ここでは、祖国のように心穏やかではいられない。未来のことなど、頭に描けない。目先のことを対処するだけで精一杯で、先のことなど考える暇もない。

 関所のオス猿に、軟派な軽口を叩かれた。

 宿場町の町長に、歯の浮くような世辞を言われた。

 街道ですれ違う冒険者たちの、粘りつくような視線は耐えられるものではなかった。

 これが、イースィンド。これが、発情猿の王国。

 私は、この国で、どのように生きていけばいいのだろうか。いや、そもそも、正気を保っていられるのだろうか。姫様の貞操を守りきれるのだろうか。

 わからない。わからないから、せめて、気持ちの整理だけはつけたいと思う。

 この国に来てからの出来事を、全て日記に書き記そう。

 日記帳に、その日感じたことを吐き出し、精神の安寧を図ろう。

 そうしよう。今の私には、それしかできない……。


四月十五日(曇り)
 イースィンドに慣れるための研修初日。風習や作法、明文化された法律や、暗黙の了解に至るまで、教えられた。

 挨拶一つとってもバルトロアとは違いすぎて、ただただ戸惑うばかり。どうして、名前を教えあうだけで、十分も必要とするのか。やはり猿の国。効率というものを知らない野蛮人ばかりだ。

四月二十二日(晴れ)
 研修を終え、いよいよグランフェリア学園のクラスに編入される。教壇の前に立った私に、中等部三年S組の小猿どもが無遠慮な視線を浴びせかける。

 その後は、一人一人挨拶をされたのだが……これがまた長い。貴重な授業時間を潰してまで挨拶にあてるとは思わなかった。

 そういえば、同じクラスになったフォルカ王子だが、放蕩者という噂とは正反対で、予想よりは精悍な方だった。ただ、やはり無駄に話が長い。猿の大将は猿ということか。

四月二十三日(晴れ)
 ドロテア姫様が、学園迷宮に入られたそうだ。何でも、バルトロアでは味わえないような体験をしたとのこと。姫様はそう言ったきり、早々にお休みになられてしまった。

 それほどまでに厳しい迷宮なのだろうか? ドロテア姫様ですら精根尽き果てるような……ならば、何故、イースィンド人はここまで軟弱者揃いなのだ?

 おそらく、迷宮とは別のことで疲れを溜め込まれたのだろう。猿の国にあっては、それも致しかたないことだ。明日の朝食は、胃に優しいものを用意するよう、料理長に頼んでおこう。

四月二十六日(晴れ)
 〈カオス・ドラゴン〉がグランフェリアを目指し、飛来していると聞いたときは、心臓が止まりそうになった。〈カオス・ドラゴン〉。イースィンドとバルトロアの国境に位置する魔の山の主。最強生物とも、絶対的強者とも呼ばれる、漆黒の巨龍。

 そのような怪物にかかれば、グランフェリアなど跡形もなく消し飛ばされるだろう。そう考えた私たちは、「ここで逃げては示しがつかない」と嫌がる姫様を、無礼を承知で眠らせて、街から逃げ出した。

 そして、宿場町で戦々恐々としていると、町長から〈カオス・ドラゴン〉は黒騎士に討伐されたとの情報が入ってきた。まさか、と思った。ありえるわけがないと。しかし、それは、真実だった。

 黒騎士とはいったい何者なのか。少なくとも、手も足も出なかったという惰弱なイースィンド人ではないことは、確かだ。

五月一日(曇り)
 フランソワ様から、行方不明だったサヤマ教諭が帰ってきた、という話を聞き、ドロテア姫様はひどく複雑な表情を浮かべていた。やはり、と、まさか、どちらとも読み取れる奇妙な表情だ。

 そして、フランソワ様に連れられるまま出かけていった姫様は、帰ってくるなりベッドに倒れ伏していた。「あのような幼子を……やはり悪魔」とつぶやかれていたが、私には何のことだかよくわからなかった。

五月十三日(雨)
 せっかくの安息日なのに、雨。それでも、部屋にこもっていては退屈なので、街に出かけることにした。雨の日は騒がしいグランフェリアが静かになるので、散歩にはちょうどいい。

 ただ、ぼんやりと街を歩く。しとしとと降る雨が、レインコートから露出した私の顔に当たって気持ちいい。どこまでも、ただ、歩く……。

 それから、どこをどう歩いたのか。私の目の前には、小さな喫茶店があった。気の向くままに街を歩き、気まぐれに喫茶店に入る。たまには、そういうことをしてもいいと思った。これは、雨のしわざだろうか?

 ちなみに、その喫茶店は当たりだった。バルトロアの菓子を置いているのが、特にいい。安息日には、たまに訪れよう。

五月二十日(晴れ)
 ドロテア姫様は、フランソワ様に誘われて、どこかへ出かけてしまった。姫様に休日を楽しませようとするフランソワ様の心遣いは、ありがたく思う。

 フランソワ様はイースィンド人ながらも優秀で、ストイックで、とても好感が持てる人物だ。あの方に任せておけば、悪いようにはしないだろう。侍従長のゾフィーもついているし、私はまた、あの喫茶店にでも行こう。

 と、油断したのが悪かったのか、帰ってきてからのドロテア姫様はひどく落ち込まれていた。何でも、「わんこに負けた」とのこと。言葉の意味はわからないが、このようなことになるのならば、私もついていくべきだった。大いに反省しよう。

五月二十五日(曇り)
 アベルとヴァレリー。

 この二名が、姫様の着替えをのぞいていたことが判明した。

 アベルとヴァレリー。その名前、覚えたぞ。

 ちょん切ってやる。

五月二十六日(晴れ)
 ドロテア姫様が物思いに耽っている。それほどのぞきの件がショックだったのか。と、思いきや、どうやら違うらしい。

 姫様は、飾りの少ない男物のハンカチを手に、ぼんやりと窓の外を見ている。そして、時おり、切なそうにため息を一つ。あれは……あれは、まさか。

 じゃれつくふりをして、ハンカチに縫いこまれた名前を確認。

 「F.L」。

 このイニシャルに該当する者は……護衛騎士のフリードリヒ・レオンハルト?

 そういえば、昨日、姫様にお忍び用のマジックアイテムの活用について聞かれたが……あれは、密会のため?

 監視する必要がある。

五月二十七日(3)
 フリードリヒは図々しくも姫様と挨拶を交わした。その際、姫様はフリードリヒをしばしの間、じっと見つめていた。

 やはり、奴なのか? 

五月二十八日(2)
 今日は特にこれといったことはなかった。私の監視に気づいて、警戒しているのか?

 いや、まだわからない。奴とドロテア姫様の関係も。「F.L」の正しい正体も。

 まだ、何もわからない。

五月二十九日(5)
 多い。気のせいだとは思いたいが、冷静に考えてみても、多いと思う。

 多い……多い……他の護衛騎士に比べても、明らかに多い。

 これは、奴が「F.L」だということの証明なのではないだろうか?

五月三十日(1)
 どうやら、私の勘違いだったようだ。昨日は少し多かったから、思わず決めつけそうになったけれど、フリードリヒはどうやら違うらしい。

 ほっと一安心。まだ「F.L」の正体はわからないけれど、今夜だけはゆっくり眠れそうだ。

五月三十一日(8)
 八回! 奴は八回も、姫様と言葉を交わした! 間違いない! やはり、「F.L」は、薄汚いドブネズミのごとく姫様を狙う輩は、奴だったのだ!

 あのクソ騎士がああ……! 薄汚ねえ指で姫様に触れる前に、白銀槍でてめーのフニャチ○切り取って、てめーのケ○アナに槍ごとブチこんでやる!!

 獅子身中のクソ虫が! 主を欲で濁った目で見るゲロ介が! てめーの末路は、今、決まった!


 ~日記はここで途切れている~




○フリードリヒ=レオンハルトの日記

 私の名前はフリードリヒ。フリードリヒ=レオンハルト。

 今、私は慣れないながらも筆をとり、女々しくも日記などというものを書いている。

 騎士であるこの私が、日記。故郷の友人たちが知れば、きっと笑うだろう。

 しかし……しかし、私は。

 私は、私の痕跡を、確かに生きたという証を、どのような形でもいい、残したかったのだ。

 ああ、今宵も視界の端に白銀槍が映る。そしてそれは、日に日に私に近づいている。

 あれは死神の鎌だろう。あれはフェンリルの牙だろう。

 ふとした瞬間に私に突き刺さり、造作もなく命を刈り取るものだろう。

 私は何をしてしまったのか。それはわからない。天地神明に誓い、私は騎士として誠実だったと言い切れる。

 その私が、なぜ……考えるのは、もうよそう。

 今は、一行でも多く、私の生の印を、日記に書きこ 


 ~日記はここで途切れている~

次回、みんな大好き、道具屋のお姉さん視点です。

優しく、明るく、とっても前向きな彼女と、地域住民たちの心温まる交流をお楽しみください。
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