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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

サイドストーリーズ4

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喫茶ノワゼット2

 いらっしゃいませ。喫茶〈ノワゼット〉へようこそ。

 ここは、中級区住宅街の片隅にひっそりと佇む、年期の入った赤レンガ造りの喫茶店です。

 蔦で五割ほど覆われた外壁に、絵画用のイーゼルにのせた黒板がぽつんと一つ。板張りの店内には、カウンター席が五つと、四人がけのテーブルが三つ。そして、従業員はマスターである私のみ。

 これが、喫茶〈ノワゼット〉。おいしいお茶とお菓子で、一時の間、社会の喧騒を忘れていただく空間です。

 小さな小さなお店ですが、ありがたいことに、常連と呼べるお客さまも何人かいらっしゃいます。

 今回は、その中でも、一風変わった方々のお話でもいたしましょう。




「こんちは~」

 いらっしゃいませ。おや、タカヒロさん。今日もお二人ですか。

「タカヒロ? 今日『も』とは何だ。今日『も』とは。まさか、我以外の女を節操なく連れ込んでいるのではあるまいな?」

「ちげーよ! ユミィとか、クルミアぐらいなもんだ。一緒にノワゼットに入ったのは。女とかじゃねーよ」

「メイドと犬か。なら、よし」

 タカヒロさんに続き店に入ってきた少女が、うむ、と一つうなずいた。竜のような角に、黒い翼と尻尾。タカヒロさんの、「自称婚約者さん」だ。以前、タカヒロさんの家で一度会ったことがある。

 そのときも、タカヒロさんにべったりだったが……どうやら、心底タカヒロさんを慕っているようだ。見ていると、心がなごみますね。

 お嬢様、お席にどうぞ。ふふっ。

「うむ。よく気がきく主人だな。ほめてつかわす」

「すみません、無駄に偉そうな奴で……」

 いえいえ。可愛らしい婚約者さんじゃないですか。タカヒロさんともお似合いですよ。

「おお~、見る目があるではないか! そうだろう、そうだろう。我とタカヒロはお似合いなのだ!」

「マスター、勘弁してください……こいつが調子にのると、俺の生活がヤバイんです」

「と、口では言っておるが、満更でもないのであろう?」

「ちげーよ!」

 ふふふ、本当に仲が良いようで。いいことじゃないですか。

「そうだぞ、タカヒロ。店主の言う通りだ。しかし、なかなか洞察力に優れておるな、貴様は。前に顔は合わしたが、名を聞いておらなんだな。覚える価値はありそうだ。名乗れ」

 はい、私、ヴィタメール・ウォルナットと申します。ご覧の通り、小さな喫茶店のマスターをしております。以後、お見知りおきを。

「ふむ、ヴィタメールと申すか。我はルートゥー。見ての通り竜人で、タカヒロの将来の妻だ。記憶に留めておくように」

 はい、かしこまりました。結婚式には、呼んでくださいね?

「それは貴様の腕次第だ。下手なものを出したら、今後の付き合いはないものと思え」

「すみません、すみません、ほんっとーに、すみません。こいつ、お山の大将気分が抜けてなくて……」

 ふふふ、かまいませんよ。この歳の女の子ならば、尊大な口調も可愛いものです。さて、何をご用意いたしましょう? お食事ですか? お茶ですか?

「あ、今日はお茶です。ちょっと待っててくださいね……ほら、ルートゥー。これがメニューだ」

「ふむ、目移りするな。パフェもいいが、ケーキも捨てがたい……ううむ」

 コルク板のメニューブックを広げ、何にしようかと悩むルートゥーさん。こういった仕草はいかにも年頃の少女で、何とも微笑ましい。

「店主。オススメは何だ?」

 はい、今日はザッハトルテがうまく焼けました。どっしりとしたチョコレート生地を、糖度を変えたチョコレートでコーティングしたケーキです。濃い目に淹れた紅茶との相性が、とても良いんですよ。

「うむ、では、それを持て。あ、でも、パフェもよいな……や、やはりフルーツパフェも持て」

 はい、ザッハトルテに紅茶、フルーツパフェですね。タカヒロさんはいかがなさいますか?

「俺はいつも通り、チョコナッツケーキと紅茶で」

 はい、かしこまりました。では、少々お待ちください。

 カウンターの内側に回り、銀色のケトルに水を注ぎ、火にかける。紅茶はポットやカップを温めるのにも湯を使うので、二人分でもケトルいっぱいに沸かさなくてはならない。少し、時間がかかりそうだ。

 ケーキは切り分けたものを冷蔵用のマジックアイテム「冷えるんボックス」(開発者直々のネーミングだそうです)にしまってあるので、取り出すだけでいい。昔は専属の氷魔術師が一々冷やしていたそうですが、便利な時代になったものですね。

「そういえば、ルートゥー。お前、ここ数日留守にしてたけど、どこ行ってたんだ?」

「何だ、婚約者の不貞を疑っておるのか? ふふふ、愛い奴め。安心しろ。三頭一対の獣どもに、酒の席に誘われていただけだ」

「三頭一対の獣? 何だそりゃ」

「ベヒモス、リヴァイアサン、ジズの三体だ。陸、海、空を象徴する獣たちでな。その者らに、良い酒が手に入ったので飲みに来ませんか、と誘われたのだ。酒はうまかったのだが、あやつらは話がつまらなくてな……ジズなど、いつも『私、影が薄いんです……』しか言わんのだ。他の二人は、酔うと暴れるだけでな。騒々しくてかなわん」

「怪獣大決戦や……!?」

 おや、珍しい。いつも飄々としているタカヒロさんが、顔を真っ青にして震えている。そんなに、「リヴァイアさん」などの方々は、酒癖が悪いのでしょうか。

 それにしても、ルートゥーさんはお酒が好きなようですね。さすが、産湯の代わりにホットウィスキーに浸かり、乳の代わりにワインを飲むとまでいわれる竜人種。あの幼さにして、結構な酒豪と見ました。

 ここは一つ、パフェやザッハトルテに添える生クリームに洋酒を忍ばせてみますか。きっと、喜んでいただけるでしょう。

 さて、そろそろお菓子の準備でも。まずはケーキから……。

 カランコロ~ン。

 おや、誰か来たようだ。いらっしゃいませ、喫茶〈ノワゼット〉へようこそ。

「こんにちは~」

 おや、カオルさん。こんにちは。今日はいかがなさいましたか?

「今日はお店がお休みなんで、ちょっとお茶を飲みに……って、タカヒロ? ルートゥーちゃんまで」

「お~、カオルか。お前もケーキ食いに来たのか」

「誰かと思えば、定食屋の小娘ではないか。奇遇だな」

 カオルさんの来店に、手を挙げて出迎えるタカヒロさんたち。

 おや? みなさん、お知り合いなのですか?

「ええ、タカヒロとは家が近所で、お店も時々、手伝ってもらっているんです。ルートゥーちゃんは、よくお昼ご飯を食べに来てくれるんですよ。ね~?」

「うむ。まんぷく亭の食事は、我の嗜好に合う故な。特に、揚げ物は絶品よ。昼間から酒がすすむわ」

 そうですね。まんぷく亭は揚げ物が美味しいですよね。私も晩ご飯を食べに、ちょくちょくうかがっています。

「いつもありがとうございます、ヴィタメールさん。と、まあ、そんなわけで、ちょくちょく顔を合わせているんですよ」

 時々、厨房からタカヒロさんに似た声がするなと思ったら、そういうことでしたか。それならば、席はご一緒で?

「え、でも……私、邪魔じゃない?」

「別にかまわんぞ、俺は」

「我もだ。小娘ごときに目くじら立てるほど、狭量ではないわ」

 お二人はかまわないようですよ。

「そ、そういうことなら……お邪魔しま~す。えへへ」

 はにかんで、タカヒロさんの対面とは対角線上の、ルートゥーさんの隣の席に腰かけるカオルさん。まんぷく亭では酔客も容易くあしらうカオルさんだが、つつしみがないわけではない。わざわざ男性の隣を避ける辺りが、いかにもこの少女らしい。

 さて、今日は何をご用意しましょう。

「えっと~……じゃあ、チョコとベリーのムースで。お茶はミルクティーを」

「え? それで足りるのか? ムースって、下手すりゃ二口で食えるぞ」

「わ、私は女の子だからね! これで十分なの」

「だってさ、ルートゥー」

「我は成熟した大人の女ゆえな。ケーキに加え、パフェを食べてもよいのだ」

 ふふふ、チョコとベリーのムースに、ミルクティーですね。かしこまりました。

 いつもならば、ケーキを二つも三つも注文しますよね? などと、野暮なことはいわない。乙女は繊細ですからね。年長者は、黙して語らないものです。

 見ていてこそばゆくなるような光景を背に、再び、カウンターの内側へと回る。おっと、ケトルからお湯が吹きこぼれている。あれこれ話しているうちに、沸騰していたようだ。これなら、すぐにでもお茶が出せますね。

 まずは茶器にお湯を注いで温めておいて、その間にお菓子の準備だ。「冷えるんボックス」からザッハトルテとチョコナッツケーキ、ムースを取り出す。続いて、生クリームも取り出し、ボウルに注いで泡だて器でかき混ぜる。

 ザッハトルテに添えるホイップクリームには、基本、砂糖は入れないのだが、どうやらルートゥーさんは甘いものがお好きなようだ。まずは甘さ控えめのものを作ろう。そして、その後にパフェ用の甘さのものを作れば、無駄がない。

 それと、リキュールを入れるのも忘れずに。竜人種のお客様だ。少し多めに入れておこう。

 さて、茶器も温まったし、お茶を淹れよう。茶葉を人数分+1杯、ポットに入れて、高いところから湯を注ぐ。そして、蓋をして蒸らす。全て、茶葉から香りや味を引き出すために必要なことだ。手は抜けない。

 空いたケトルにはまた水を注いで、沸騰させておく。カオルさんには、もうしばらく待っていてもらおう。

 はい、お待たせしました。ザッハトルテとチョコナッツケーキ、チョコとベリーのムースです。お茶は、ポットごと置いておきますね。

「ああ、ありがとうございます」

 パフェはすぐに作りましょうか?

「いや、菓子と茶を堪能した後でよい」

 かしこまりました。カオルさんのお茶は、もう少しだけお待ちくださいね。

「はい」

 では、ごゆっくり。

 さて、パフェが後でいいのならば、まずはミルクティーだ。お湯が沸くまで待って、それから牛乳を温めよう。牛乳の温めすぎは、よくありませんからね……ん? あれは……。

 ふと、外へと向けた視界に、見慣れたものが映った。そういえば、もう昼の3時ですね。あの子がいても、おかしくはない。

 そっと、裏口から外へと出る。すると、路地の入り口からこちらをのぞく黒猫さんがいた。こちらから近づくと逃げてしまうので、距離を保ったまま、話しかける。

 こんにちは。お散歩ですか?

「にゃ~」

 そうですか。今日は天気がいいですものね。

「なう~」

 ところで、おなかはすいていませんか? 私、フィナンシェを焼いたのですが、お一ついかがでしょう?

「にゃ……」

 小皿にのせた焼き菓子を差し出す。すると、黒猫さんはじりじりと近づいてきて……。

「にゃん」

 パッと、フィナンシェをつかんで、少しばかり私から離れる。猫獣人は、他人との距離がそのまま心の距離として表れると聞いたことがあります。そういった意味では、私はまだ警戒されているといっていいでしょう。少し、寂しいですね。

「にゃ……」

 それでも、頭を下げてお礼をするこの子は、良い子なのでしょう。名前も知りませんが、優しい心は言動から見てとれますね。

「……」

 ふと、黒猫さんが店の中に目を向ける。そして、そのまま、視線を動かさなくなった。誰か知り合いでも見つけたのでしょうか?

 タカヒロさんのお知り合いですか? それなら、中に入って食べていかれます?

「……」

 あっ……黒猫さんは、ふいっと踵を返して去ってしまった。知り合いがいるというのは、気のせいだったのでしょうか? 今度会ったときに、聞いてみましょう。

 さっ、もうお湯も沸いたでしょう。ミルクティーを淹れて、カオルさんにお出ししなければ。裏口のドアを開け、店内へと戻る。

 すると、私の目に予想外の光景が飛び込んできた。

「普通じゃ駄目なの!? 普通じゃいけないの!?」

「お、落ち着け、カオルっ!?」

「普通が一番よ! 普通なのは、いいことよ~!」

「わはは、いいぞ! 余興として申し分ない!」

「ルートゥーも煽るな!!」

 タカヒロさんの胸倉をつかみ、顔を真っ赤にして荒れ狂うカオルさんが……え? 何が起きたのですか?

「お前、酒に弱かったのかー!?」

「酔ってないですよ。私は酔ってませ~ん。ケーキ食べて酔う人が、どこにいるの? うふ、うふふふふ……」

 ああ……きっと、ルートゥーさんのザッハトルテに添えた、リキュール多目のホイップクリームを口にしたのでしょう。

 しかし、多いといっても、酒そのものではないのに。どうやら、カオルさんはお酒に弱い体質のようですね。時たま、ビール一杯で酔いつぶれる人をパブで見かけます。

「タカヒロ~? 最近、周りに女の子が増えすぎなんじゃないの~? だらしないよ~」

「知らん知らん! それは俺のせいじゃないぞ!」

「も~! タカヒロったらも~!」

「わはは! ここまで酒に弱いとは思わなかったぞ! いや、愉快愉快」

 ふ~む、どうやら、すぐには収まりそうもありませんね。ここは喫茶店であり、パブではないのですが……。

「マスター、助けて!」

「タッカヒッロちゃん♪」

「わはははは!」

 ふふふ……まぁ、こういうこともあるでしょう。




次回、エレオノーラ視点。

「F.L」さんのハンカチを見てはため息をつくドロテアさんを見ていられず、フリードリヒ・レオンハルトさんを血祭りにあげます。

嘘です。
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