聞き取り調査
図書館の魔女が消し炭になってから、数えて三日。貴大はメリッサと連れたって、街を歩いていた。
「心当たりがいくつかある。まずはそこから回ろう」
デートというわけではなさそうだ。メリッサは制服であるシスター服に身を包み、貴大も黒いズボンにカッターシャツと、普段に比べて真面目な格好をしている。
「らじゃー! でも、ごめんね、手伝ってもらって」
「かまわん、かまわん。依頼とあっちゃあ、断るとユミィが怖いからな」
そう言って、両拳を頭の横に当てる貴大。ピンと立てられた指がまるで鬼の角のようで、「鬼ユミエル」を思い浮かべたメリッサは、口を両手で隠してくすくすと笑った。
「だ、ダメだよ、ユミィちゃんをそんな風に言ったら……ふふっ、ふふふ」
「ご主人さま! お仕事するザマス!」
「ぷっ、あはははははは、ああっ、ダメ、ダメだって……うふ、うふふふふふ……!」
角をつけたままの貴大が、目を吊り上げて甲高い声を出す。ユミエルとは似ても似つかない謎の人物の登場に、メリッサはお腹を抱えて笑い転げた。
「も~! あんまりふざけちゃ、メッ! だよ」
「いやあ、すまん、すまん」
やがて、上級区につく頃には笑いもおさまったのか、ぷりぷりと怒ったメリッサが、隣を歩く貴大を叱っていた。
「困っている人もいるんだから、ちゃんと調べよ?」
「大丈夫。心当たりがある奴に会うときは、ちゃんとするよ」
「それならいいよ。じゃあ、どんどんいこ~う!」
やる気を見せ、胸を張ってずんずん歩いていくメリッサ。その後を、苦笑を浮かべた貴大が続く。
彼らは、時おりじゃれあいながら、上級区の大通りを進んでいく。その先には、王立学園の象徴たる時計塔が見えていた。
街に悪魔が出た。その話が再びメリッサの耳に入ったのは、黒髪のエルフに天罰が下った二日後のことだった。
日もすっかり落ち、夜も更けた頃のことだ。赤ら顔の男が、教会に飛び込んできたのは。
荒々しく扉が開かれた音で目を覚ましたメリッサは、寝巻きのまま礼拝堂へと向かった。すると、そこには、酒瓶を抱えた男が、床に這いつくばっていた。
明らかに酒気を帯びた男は、腹を地につけ、酒瓶を両手で握り締めて、「神さま助けて!」と、不恰好な祈りを捧げている。
ここで、メリッサが「どうしたんですか?」とたずねると、男は彼女にすがりついた。
そして、その口からアルコールの臭気とともに、「悪魔が出た」という言葉を繰り返し吐き出し始める。
男は言う。悪魔が出たと。俺は悪魔を見たと。
ところどころでつっかえながらも、男は、路地裏に悪魔が出たこと、悪魔は猫を頭から丸かじりにしていたことをメリッサに伝えた。
よほど恐ろしかったのだろう。顔を酔いで真っ赤に染めながらも、メリッサの腕をつかんだ手はブルブルと震えていた。
悪魔の影に怯える男の背中をさすりながら、メリッサは決めた。本格的に調査を始めようと。
一度や二度ならまだしも、こうも「悪魔を見た!」という者が現れれば、神に仕える身としては捨て置けない。
何でも屋の青年とざっと街を探して回ったときは、何も見つからなかった。レベルを極めた彼らの探索スキルでも、悪魔らしい反応は見られなかったのだ。
それでも、実際に、「悪魔を見た!」という者がいる。
本腰を入れる必要があった。
翌日、調査を始めたメリッサがまず行ったことは、とある何でも屋の協力を得ることだった。
佐山貴大は、曲がりなりにも斥候職だ。探索はお手の物であり、隠れ潜むものを暴く術をも身につけている。
彼と自分が本気を出せば、見つからないものなどない。そう考えての行動だ。
しかし、あの何でも屋の店主は、面倒ごとを嫌う。三日前は成り行きで調査を手伝ってもらったが、今回は正式な依頼だ。もし断られたら、どうしよう。メリッサは、若干、不安を覚えていた。
しかし、意外なことに、貴大はすんなりと依頼を受けた。
「俺も気になってはいたからな」
そう言って、外出の準備を始める何でも屋の店主。そして、とんとん拍子に事は進み……今、貴大とメリッサは、肩を並べて歩いていた。
「ねえねえ、心当たりって何のこと? ここには学校しかないよ?」
歩きに歩いて、やがて、王立グランフェリア学園にたどり着いた二人。白亜の時計塔を見上げながら、メリッサは貴大に疑問を投げかけた。
「ああ、ちょっとな。悪魔と聞いてピンとくる奴が、ここにいるんだよ。それも、二人も」
「二人も!?」
これには、さすがのメリッサも驚いた。校庭では小さな子どもたちが走り回り、左手に見える校舎からは調和のとれた合唱が聞こえてくる。
まさしく平和の象徴そのものである学園に、悪魔とかかわりのある者が二人もいる。にわかには信じがたい話だった。
「どんな人? 生徒さん? 先生?」
貴大のそでを引き、あれこれ問いただすメリッサ。
「まあ、聖女のお前なら、会えばわかるよ」
「う~ん? どういうこと?」
「会えばわかるって。ほら、こっちだ」
聖女の質問から逃げ出すように走り出す貴大。
「あ~!? ま、待って~!」
慣れない場所で置いていかれてはたまらないと、シスター服のすそを軽く持ち上げ、メリッサは何でも屋の後を追った。
「くさい」
「な、何ですか、急に?」
「くさい、くさいよ」
「シスター。自分は、鍛錬の後は水浴びを欠かさないのですが……」
学園はちょうど昼休みを迎えた頃で、二年S組の教室には生徒の姿はまばらだった。
それでも、お目当ての人物を見つけたのか、生徒たちと挨拶を交わしながら、ずんずんと教室の奥へと進む貴大。
そして、窓際の席まで来たところで……同伴していたメリッサが、とある人物たちの匂いをかぎ始めた。
「匂う。匂うよ。とってもよくない匂いがする」
「先生、この人は何なんですか?」
すんすんと、犬のように鼻を鳴らしてまとわりつくメリッサ。そんな彼女に戸惑いを隠せないのは、二年S組の生徒、アベルとヴァレリーだ。
彼らは見るからに年下の少女に、「くさい、くさい」と言われ、困り果てている。
「シスター、もう勘弁していただけませんか。身だしなみには、今まで以上に気をつけますので」
ヴァレリーが頭を下げても、メリッサは彼らの匂いをかぐのを止めない。どこかフェティシズムすら感じられるその行動に、周りの生徒の目も集まり始めた。
さすがの貴大も、そろそろ恥ずかしくなってきた。だから、「これこれ、年頃の娘さんがそのようなはしたないまねはいけませんよ」と忠告しようとしたところで……。
メリッサが、口を開いた。
「悪魔くさい。あなたたちからは悪魔の匂いがする」
「なっ……!?」
これには、アベルらは驚かされた。このシスターとは初対面のはず。それがなぜ、自分の身に宿った悪魔の力を知っているのか。
彼らは、見開いた目を貴大に向ける。だが、彼は喋ってはいないとばかりに首を横にふった。
ならば何故? アベルらは、再び、視線をシスターに戻そうとしたところで……突如として現れた光の十字架に、張りつけにされた。
「こ、これはっ……!?」
小指すら動かせない光の戒めに、アベルとヴァレリーの額に冷や汗が浮かぶ。遠巻きに見ていた女学生が、短く悲鳴を上げる。
だが、薄桃色のシスターは意にも介さず、標本にされた虫を見るような目で詰問を始めた。
「悪魔に力を借りることは、いけないことだよ? お母さんに教えてもらわなかったのかな?」
「重々承知しております! 今では、自分の愚かさに悔いしか覚えません!」
「その通りです! 確かに、僕たちはエルゥ先生に唆されて、悪魔に力を借りました! ですが、己の未熟さを恥じ、その力は封印しました!」
己の潔白を証明するかのように、大声を張り上げるアベルたち。それでも、聖女の無機質な瞳は、変わりなく彼らを見つめる。
「本当に? 悪いことには使っていないの?」
「はい!」
メリッサの念押しに、力強く答える二人。彼らの目は、穢れなく、まっすぐな光を放っているように見えた。
しかし、次の瞬間、彼らの体に電流がほとばしる。
「アババババババババ!?」
全身に紫電が走り、ガクガクと痙攣するアベルたち。肌はすすけていき、髪は見る見るうちにアフロになっていく。
そして、電流がおさまる頃、二人のアフロはがくりと頭を落とした。
「グググ……な、なぜ……?」
屈強さで知られたヴァレリーが、何とか顔を上げ、シスターに疑問を投げかける。すると、メリッサは表情をぴくりとも動かさず、さらりと説明する。
「その十字架は、【真実の十字架】。ウソをつくと、天罰が下ります」
「なんっ……!?」
ヴァレリーの額に、今度は脂汗が浮かび始めた。
「天罰が下ったということは、あなたたちがウソをついたということです。なんでウソをついたのかな? そんなに後ろ暗いことがあるのかな?」
「ち、ちがっアアアアアア!」
違う、と言おうとしたのだろう。しかし、虚言など許さぬと言わんばかりに、すぐさま電撃がほとばしった。
メリッサの目から、温かみがどんどん失われていく。
「あなたたちが犯人なのかな? ねえ、あなたたちが犯人なの?」
「な、何の……?」
「中級区にね、夜な夜な悪魔が出るらしいの。あれは、あなたたち?」
「ち、違います……」
今度は、【真実の十字架】は反応しなかった。
「あれ? ちがうの?」
「自分たちでは、ありません……」
やはり十字架は反応しない。嘘偽りを許さない聖なる十字架が、天罰を下さない。メリッサは、首をひねった。
「でも、つい最近、悪魔の力を使った……そんな匂いがしたんだけどな」
「っ!!」
ヴァレリーと、未だうなだれたままのアベルの体が、ビクリと震える。その反応は、今までにないものだ。いぶかしんだメリッサが、更に尋問を続ける。
「悪いことはした?」
「はい」
「中級区で悪いことをした?」
「いいえ」
「あれ? じゃあ、使い魔を放った?」
「いいえ」
「じゃあ、何をしたの?」
「言えません」
脂汗をだらだらと流しながらも、肝心のことを言おうとしない罪人たち。【真実の十字架】の性質を逆手に取り、嘘は言わないが、決して真実も言おうとしない。
これは、長丁場になるか。
メリッサも、彼女の雰囲気に飲まれ、固唾を飲んで見守る者たちも、誰もがそう思い始めたとき……。
一つの声が、上がった。
「女子更衣室をのぞいた?」
アベルとヴァレリー、二人の体が、熱病でも罹ったかのように震え始めた。
「女子更衣室をのぞいた?」
再度発せられる問いかけ。
二人は「はい」とも、「いいえ」とも言わない。
「女子更衣室をのぞいた?」
繰り返し、坦々と問いかけているのは、二年S組の女学生、エレナとロズリーヌだ。
以前、アベルたちに酷い目に会わされたことがある彼女たちは、ある種の確信をもって、彼らの目をのぞきこもうとする。
だが、脂汗にまみれたアベルらは……スッと、目を逸らした。
それが、答えだった。
「シスター! やっちゃってください!」
「うん。【ディバイン・ジャッジメント】」
「アッアーッ!?」
神の雷が罪人らに降り注ぐ。
煌く雷光。周囲を照らす、浄化の光。
目にもまぶしい【ディバイン・ジャッジメント】の白光がおさまる頃……教室の床には、人型の消し炭が二つ、転がっていた。
「このっ! このっ! 変な視線を感じると思ったら、やっぱりあんたたちだったのねっ!」
「女の敵っ! 女の敵っ!」
明かされた事実に女学生たちは怒りで顔を赤く染め、倒れふす淫蕩の悪魔たちに蹴りを叩き込む。ドムッ、ドムッ、と、鈍い音が教室に響き渡る。
「まさか、まさか……」
「このような形でバレるとは……無念っ!」
嵐のような粛清の中、アベルとヴァレリーは、最後に一度、天に手を掲げるが……。
その手は何をつかむことなく、やがて、パタリと地に落ちた。
「あいつらも違ったか……しかし、若いなあ……」
罪人たちが裁かれる光景を背に、貴大は教室を出ていく。その後に続くのは、薄桃色のシスターだ。
「残念だったね。でも、いけない子におしおきできたから、いいんじゃないかな?」
「う~ん……まあ、以前からのぞき魔が出るって問題にはなってたんだ。よしとしよう。アベル、ヴァレリー……叩けばホコリが出るようなことは、もうするんじゃないぞ」
最後にチラリと哀れな教え子たちの姿を見て、貴大は教室から去っていく。
その背中を、ある女学生が見つめていた。