シンプル・イズ・ベスト
○香草焼き
「だかりゃ、タカヒリョ! 男は、米より酒らろぉ」
「はいはい、ネンネしような、ネンネ」
「おいしー♪」
「何やってんだ、お前ら……」
顔を真っ赤に染めて、ぐでーっとテーブルに突っ伏している混沌龍の少女。
それをあやす俺。
ちゃっかりルートゥー持参の紹興酒をくぴくぴ飲んでいるケイトさん。
そして、呆然と突っ立っている、アルティ。
「なんだ、見てわかんねーのか。勝ったんだよ、俺は」
「そうか……いや、ワケわかんねーよ」
だろうな。結果だけを見ると、俺にもよくわからんよ。とにかく、俺は勝ったんだ。その事実が重要だ。
「何したんだ、お前」
「聞きわけがないドラゴンちゃんに、酒を飲ませてやっただけだ」
俺がしたことは簡単だ。飯より酒だとのたまう混沌龍さんに、望み通り酒を与えたんだ。
ゲームプレイヤー時代に入手した酒を。アルコール度数96度の、スピリタスをな!
ルートゥーは少女の姿をしていてもドラゴンだからな。酒には目がないと思っていたよ。
しかし、いくら始めて見る酒だからって、一気飲みするとは思わなかった。火がつくような蒸留酒を一瓶丸々飲み干したりしたら、人間だったらただじゃすまない。酔いを通り越して昇天してしまう。
それを、酔いつぶれる程度で済ませてしまうとは……さすがドラゴン。たいしたうわばみだ。
「りょ~……タカヒリョ~……zzz」
「はいはい、ルートゥーちゃん。上に行って寝ようね~」
遂に寝入ってしまったルートゥーは、ケイトさんが担いで連れて行った。
「いいのか? 実況係、どっか行ったぞ」
「俺が知るかよ。そもそも、これは身内のイベントみたいなもんだ。お前らはお前らで、二階でわいわいやってんだろ? こっちも勝手にやろうぜ」
「そうか……まぁ、ちょうどいいかな……」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもねーよ!」
ぶつぶつ呟いていたアルティが急に大きな声を上げ、でーんとテーブルに大きな木製ボウルを置いた。
中には、溢れんばかりの野菜と肉。レタスなどのみずみずしい野菜と、香ばしく焼き上げられた肉の組み合わせが食欲を誘う。
「さっ、食ってくれ。豚肉の香草焼きだ」
「ああ、いただくよ」
これまた、えらく懐かしいもんが出てきたな。豚肉の香草焼き。この街の冒険者たちがやたら好んで食べる料理だ。俺も、冒険者時代はよく食ったな……。
そういえば、アルティのお袋さんは、この料理が得意だと聞いたことがある。さすがに食べたことはないが、キリングのおっさんの自慢話は耳に挟んだ。
「うちの香草焼きよりうめえもんはねえ」
「うちのカカアは、下手な料理人よりも料理上手だ」
実際、何人かの冒険者は食べたことがあるらしい。そいつら曰く、お世辞抜きに美味しかったとのこと。香草焼きをこれほど美味く作れる彼女は、まさしくギルド長の妻に相応しいと、絶賛していた。
アルティは、その人の娘だ。当然、直々に手ほどきを受けているだろう。これは期待できるぞ。
……しかし、何かを忘れているような……?
まぁ、いいや。今は香草焼きだ。
肉やフレッシュハーブを、レタスで包む。そして、あんぐと口を開けて、それにかぶりつこうとして……。
ピタリと、動きを止めた。
思い出した。思い出したぞ。
冒険者サンド……!
あれを作ったのは、誰だ? 香草焼きの名人、アルティのお袋さんじゃねえか……!
パンに肉や野菜を挟んだ冒険者サンドは、アルティのお袋さんが作るものが最上の味とされている。しかし、実際に食べてみて……俺は、どうなった?
あまりのまずさに、意識が飛びかけたんだ。舌が汚染されるような味に、ぽろぽろと涙を流したんだ。
そして、悟った。きっと、この世界の人間と、地球出身の俺では、どこか味覚が異なるのだろうと。彼らの最上の美味とは、俺にとってはゲロマズなのだと。
すると、この香草焼きも。冒険者たちがこれ以上にないと断言する、スカーレット一家の香草焼きも。もしかすると、ゲロみたいな味なのかもしれない――――。
「どうしたんだよ? さっさと食えよ」
アルティが横から急かしてくる。当然だな。母親直伝の自慢料理を前にして硬直されれば、誰でもじれったく思うだろう。
でも……でも! あのとき口にした冒険者サンドの味を思い出すと、手が動いてくれないんだ……!
終いには、野菜で巻いた肉を持つ手がブルブルと震えだす。い、いかん! アルティが相手だとしても、失礼だろうが! 食え……思い切って、口に入れるんだ! そうすりゃ、後はどうにでもなる!
そうは思うが、俺の体は言うことを聞いてくれない。依然、硬直したままだ。
「ネズミ……?」
アルティの疑いが、決定的なものに変わりつつある。だ、駄目だ! 早く食え! 口の中に放り込め! やれ、やるんだ、佐山貴大!!
「そうか、そういうことか……」
間に合わなかった……! アルティは、眉根を下げてうつむいた。
しまった……! やってしまった……!
後悔先に立たずとはよくいったもので、今更悔いたところでどうしようもない。
俺の臆病さが、アルティを傷つけてしまった。もう、俺にできることなど一つしかない。一刻も早く頭を下げ、ボウルの中身をたいらげる。これだけだ。
もう、手は震えていない。できる。肝心なときに間に合わなかったが、今の俺ならば、香草焼きを完食できる。
さあ、まずは謝るんだ。しかる後に、香草焼きを食す! これしか道はない!
そう思って、赤毛の少女に顔を向けると……。
「すまんっ!!」
逆に、頭を下げられた……ホワイ?
「おめえ、前にオレが持ってった冒険者サンドがクソまずかったから、心配してんだろ? 香草焼きもマズイんじゃないかって」
あれ? 何で俺が冒険者サンドがまずいって思ってることを知ってるんだ? 態度に出てた?
「アレは……アレはな。実は、母さんじゃなくて……オレが作ったもんなんだ! 料理なんてしたこともねえ、オレが! だから……だから、クソみてえな味になったんだ!!」
「な、なんだってーっ!?」
今明かされる衝撃の真実。冒険者サンドは、お袋さんではなく、アルティさんお手製でした。道理で……アルティ、料理とかしなさそうだもんな。そりゃあ、まずくもなるわ。
「あの時、オレは自分でもまずいって思ってたんだ。なのに、どうしてもおめえに手料理を食ってもらいたくて……自分でも、何でそうしようと思ったのか、未だによくわかんねえ。どうかしてたんだ、あんな生ゴミみてえな料理を……ほんとーに、すまん!」
「いや、いいんだ……気にしなくて、いいんだ」
きっとそれは、ほれ薬のせいだ。あのマッドネスなお薬のせいで、アルティもおかしくなっていただけなんだ。
今回といい、あの時といい、エルゥはろくなことをしないな……。
「そう言ってくれるか……はぁ~……胸のつっかえが取れた気分だぜ……さっ、じゃあ、改めて、香草焼きを食ってくれ!」
「えっ……」
なぜそうなる。自分で今、料理が下手ですって言ったじゃん!
「そんな顔すんなって。安心しな。今回の料理は、母さんに手伝ってもらったから、まずくねえよ。味見したけど、うまくできたと思う。手伝ってもらうのは情けねえと思うけど、詫びの料理がまずかったら、どうしようもねえからな」
「そうか……」
それなら安心だと、ほっとため息を一つ。気を取り直して、俺はレタスで包んだ香草焼きにかぶりついた。
「おっ、これは……」
「いけるだろ? なんたって、オレの母さんの料理だからな!」
「ああ、うまい! これはうまいぞ、アルティ!」
「へへ……」
いや、これは本当にうまいな。しっかりと効いた塩気に、乾燥ハーブとフレッシュハーブの癖の強さ。それらがレタスでうまい具合に和らげられ、さっぱりと食える。
なるほど、これは市販の香草焼きとは一味違うわ。焼き加減か、ハーブの種類か……その辺りはよくわからんけど、断然、こっちの方がうまい!
レタスで肉を包む手の動きが止まらない。いや、こりゃうまいわ!
「うんうん、うまい、うまい」
「だろ? そうだろ?」
「ああ、うまいわ。かなりうまい。こんなにうまいんだ。お袋さんも、心配して覗き見なんてしなくてもいいのにな」
「なっ……!?」
気づいてなかったのだろうか。厨房からチラチラと、亜麻色の髪の女性がこちらを見ていることを。始めて見るが、あれがアルティのお袋さんなんだろう。
「か、母さん……! 見んなって言ったろ!?」
「でも、アルティ、お母さん、心配で……お皿はひっくり返さなかった? 他の子みたいに、ちゃんと料理の説明はした? ああ、そういえばお相手は、最近アルティがよく話してくれる『タカヒロ』さんだったわよね。私、挨拶した方が……」
「わーっ!? わーっ!?」
ははは……何やってんだか。アルティがわたわたと慌てながら、お袋さんを厨房に押し込んでいる。まぁ、こういった場に親が来るなんて、授業参観みたいなもんだ。恥ずかしいって気持ちはわかるけどな。
まぁ、あの様子だとしばらく帰ってこないだろう。俺は俺で、のんびり香草焼きでも食っていよう。
そう思い、視線を厨房から目の前のテーブルに移すと……何か、見えた。
今、視界の端に、何か映った。
あれは――――何だ?
ゆっくりと、顔をまんぷく亭の入り口へと向ける。いる。やはり、いる。
鬼が。血涙を流した、〈憤怒の悪鬼〉がいる。
「キリ……ング……」
違う。あれは〈憤怒の悪鬼〉なんて生易しい相手じゃない。泣く子も黙る、〈皆殺しキリング〉だ。
「どうした。食わねえのか。食えよ、ネズミ」
「は、はひぃ……」
食いしばった歯の隙間から、腹の底から搾り出しているかのような声が漏れてきた。その響きに突き動かされ、俺は香草焼きが入ったボウルに手を伸ばす。
「うめえか。オレの妻と娘が作った飯はうめえか」
「はい、はいぃ……!」
キリングは、決して店に入ってこようとはしない。店の外に立ったまま、じっと俺を見つめている。それが俺には、余計に怖く感じられた。
もう、味なんてわからない。この香草焼きは、俺の延命装置だ。
食べなきゃ殺される。でも、食べきっても殺される。なぜか、確信めいた考えが俺の脳裏をよぎった。
砂を噛むとは、まさにこのこと。俺は、鬼と見つめあって、震える手で香草焼きを胃袋に詰め込んだ。
あと一歩のところでお袋さんがキリングに気づいてくれて、なだめすかしながら帰ってくれたからよかったものの……。
まさか、街中で、しかも飯を食ってるときに、「死ぬかもしれない」と予感させられるとは思わなかった。
○とんかつ
「私の料理はね~……ジャジャーン! とんかつ、で~す!」
「とんかつ」
パカッと開けられた蓋の中には、何の変哲もないとんかつが。
普通だ。ひねりも何もない、超普通なとんかつだ。
「あれ? タカヒロ、とんかつ好きだよね?」
「ああ、好きだよ」
「だよね! はい、ウスターソース。好きにかけて食べてね」
「はい」
かけるソースまで普通だ。普通すぎる……。
じょぼじょぼとウスターソースをかけて、とんかつを口に入れる。
さくりとした食感の、きつね色に揚がった衣。溢れ出した肉汁が、口の中でウスターソースと混ざり合う。
うん、美味しい。普通に美味しい。が、特筆するべき点が見つからない。普通過ぎるからだ。
「味付けは薄めにしたよ。ご飯と食べるんだったら濃い目の方がいいけど、今回は肉料理対決だもんね。とんかつだけで満足できるように、豚肉の味が活きるように、薄味にしたんだ」
へへーんと得意げに語るカオル。ああ、どうにも没個性的な味だと思ったら、そういうことだったのか。
「ねっ、ねっ、どう? 美味しい?」
「ああ、美味い」
「やったね!」
普通という言葉は呑み込んでおく。せっかく作ってくれたんだ。難癖をつけることもないだろう。
しかし……味わえば味わうほど、普通の味だな。
うまい。うまいにはうまいんだ。だが、心が満たされない。そんな気がする。
「マヨネーズかける?」
「ああ」
むなしい……飯がないとんかつって、どうしてこんなにむなしいんだ。
そのまま俺は、ざくざくととんかつを食べきった。
カオルは、空になった皿を見て喜んでいた。
今度アカツキに、男が好む味や料理について、娘に教えるように頼んでおこう。カオルが用意したとんかつは、俺にそう思わせた。
○焼肉
最後の審査も終わり、二階に引っ込んでいた連中がぞろぞろと降りてきた。
テーブルの前にずらりと並び、俺をじっと見つめている。
その目のどれもが、誰が一番なのかと、俺に問いかけていた。
いいぜ、俺も男だ。ズバッと決めてやろうじゃねえか!
男らしく、ズバッと!
「う~~~んんんん…………」
決められたら、苦労はしないんだよな~……。
最も優れた料理を決めてしまえば、必ず一悶着起きるだろう。何だかんだで自尊心って厄介なもんだからな。それが料理ともなると、女は引けないものがあるだろう。
「さあ、先生? おっしゃってくださいませ。私の料理が、最も優れていると」
「あっ、てめえ、フランソワ! なに寝言言ってんだ!」
「一番だったらいいな~」
「いや、我のが一番! 一番だと、決まっておるわ!」
「とんかつはタカヒロの好物だからね。きっと、私が……」
「……水餃子も、ご主人さまの好物です」
「優劣に興味はありませんが、事実として我が国のヴルストは美味です」
「ほう? 私のポトフよりもかい? 大した自信じゃないか」
決める前から、この喧騒だ。ほんとに、決めてしまえばどうなってしまうことやら……まんぷく亭崩壊ENDを想像するのが、すごく、すごく簡単だ。
それだけは避けたい……いや、できれば、俺の身の安全も守りたい。
しかし、妙案は浮かんでこず、俺の頭は空回りするばかり。
その時だ。一人の少女が、駆けてきたのは。
「まって~! まだ、わたしが終わってないよ~!」
「ん……? ああ、クルミア!」
犬獣人の少女が、テーブルにお盆を置く。そして、「忘れるなんて、ひどいよ、タカヒロ」と渋い顔をする。
「すまん、すまん。意識を失ったり、怖い思いをしたり、色々あったからな。すっかり忘れてた」
ぐいぐいとクルミアの頭を撫でると、不機嫌そうな顔がにへらっと崩れる。うんうん、クルミアにはこういう表情の方が似合っているな。
「さ~て、じゃあ、いただこう! クルミアは、何をつくった……の、か……な……」
ひとしきりわんこの頭を撫でた後、俺は視線をテーブルに落とした。すると、そこには、平皿に盛りつけられた焼き豚バラ肉と……。
白米が、あった。
「おおお……!?」
実は、ずっとフラストレーションが溜まっていた。ルートゥーの時に一度爆発したが……俺はこの勝負中、ずっと、ずっと、白い飯が食べたくてしょうがなかった。
だって、しょうがないだろう? 俺は日本人だ。それも、酒より飯の人間だ。それが、肉料理を食べて、白米を食べないだなんて……俺の常識では、ありえないことだ。
それでも、俺は我慢した。「今すぐ飯を炊け!」などと喚き散らさず、肉料理のみで耐え抜いた。白米への欲求を消したわけじゃない。本能にも似た欲望は、消すことなどできない。
しかし、これは肉料理対決なんだ。そう思って、ひたすらに耐えていたんだ。
そんな俺の目の前に、つやつやと輝く銀舎利が……ほかほかご飯が、用意されていた。
「ク、クルミア? これは……?」
聞かなくても、目の前に何があるのかなど、俺にはわかっている。
しかし、聞かずにはいられなかった。これは何かと。食べてもいいものなのかと。
信じたかったんだ。これは幻なんかじゃないと、誰かの口から聞きたかったんだ。
だから……クルミアが笑顔でうなずいた時、俺は神にすら感謝した。
「やいたお肉と、ご飯だよ! タカヒロ、お酒よりご飯がすきだっていってたから。アルティさんのお母さんに、手伝ってもらったの」
「おお、おおお……!」
がっしりと、左手で茶碗を掴む。白い飯から立ち昇る蒸気を、胸いっぱいに吸い込む。そして俺は――――猛然と、目の前にあるものを、喰らい始めた。
「ああ、ああああ! これだ! これなんだよ! 俺が食いたかったのは!」
塩がよくきき、脂が滴るまでに焼けた肉。そして、それを受け止める白米!
噛めば噛むほど、ほおばればほうばるほど、舌で、のどで、胃袋で! えもいわれぬうまさを感じる!
日本人に生まれてよかったと、心の底から感謝する、この瞬間!
ああ、これだ! 優勝は、この料理だ!
「100点まんてええええええん!! クルミア、100点満点んんん!!!!」
「わう~! やった~!!」
「えええええええええええええええええええええええええ!?」
歓喜の涙を流しながら、俺は高らかに宣言する。これが一番だと。シンプル・イズ・ベストだと。米と肉の組み合わせは無敵だと!
優勝した喜びに、俺に飛びつく可愛いわんこ。負けたことを納得しかねる女ども。
未だ、幸せとともに肉と白米を噛み締めている俺。
まんぷく亭内の雰囲気が、段々と剣呑なものに変わっていく。予想通りだ。しかし、白い飯で焼き肉が食える喜びは、何物にも変えがたい。だから、俺は結果がわかっていても、米を食ったんだ。
ざわつく女たちに、はしゃぐクルミア。
第一回グランフェリア豚肉料理対決は、未だ終わる気配を見せない。
夜はまだ、長い。
豚肉料理勝負対決から数日。俺はしばらくの間は肉を見るのも嫌になって、昼飯は魚市場の食堂ですませていた。
魚に貝、海老に海草。街のすぐそば、グランベルゼ湾で獲れたばかりの新鮮な海の幸は、豚肉責めで疲弊した俺の舌と胃に優しかった。
もう、嬉々として、焼き魚やら海鮮サラダなんかをほおばったね。うめえ、うめえと、声を上げて、煮魚の汁まですすった。
そんな俺の食べっぷりを気に入ったのか、食堂の主人が新鮮な鮭の半身をくれた。何て太っ腹な人なんだ……! また後日、お礼に伺おう。
さてさて、鮭ときたらどのようにも調理できるぞ。一度凍らせて刺身にしてもいいし、焼いてもいい。スモークサーモンにするという手もあるな。ああ、夢が広がりまくりんぐ!
「ただいまー!」
うきうきしながら、家の玄関をくぐる。決めた! 今日は素直に焼こう。鮭はたっぷりとあるんだ。思う存分、楽しもうじゃないか!
そう決めた俺は、美味しい未来ににやけながらリビングのドアを開けた。そして、台所にいるであろうユミィに声をかけようとして……。
「あら? タカヒロちゃん、これはなあに?」
「あーっ! 鮭だー! わたし、鮭、大好き!」
「鮭はいいですよね。私、鮭のムニエルに目がなくて……」
「え? 鮭といったら、フライでしょう?」
「は?」
「ええ?」
なぜか家のリビングにいた淫魔に。道具屋の娘に。喫茶店のマスターに。学園の若手教師に。
囲まれた。囲まれてしまった。
彼らは俺を囲み、鮭の料理法についてあれこれ意見をぶつけ合う。
何だろう。ものすごいデジャヴュ。
「塩焼き!」
「マリネ!」
「ムニエル!」
「フライ!」
「味噌漬けだ!」
家の居候の混沌龍様まで加わっての大激論。その場に、すっとユミィが割って入って、場をとりなす。
「……問題は料理のこと。いくら意見をぶつけあっても、しかたありません。ここは一つ、料理勝負で……」
「もう、勘弁してくれえええ~~~!!」
抵抗の声もむなしく、結局、料理大会は開かれることとなりました。
ちなみに、その日の晩御飯は、お肉でした。
けっこう美味しかったです。……くそおおおおおお!!!!