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留学生、来たる

 バルトロア帝国―――それは、鉄と規律の国。


 東大陸でも有数の力をもつ軍事国家であり、国民は規律を守り、効率的に動くことで有名だ。


 時間には秒単位で厳しく、無駄に浪費することがない。


 ルールを順守し、法を犯した者への処罰には容赦がない。

 

 まさに、鉄のような厳格主義だ。


 そのような国民の気質は、国防にも強く反映されている。


 バルトロアの剣たる〈鉄十字騎士団〉と、盾たる〈鉄の煉瓦〉。


 どこまでもシステマティックに動く騎士たちは効率的に外敵を屠り、他国のものと比べ群を抜いて品質の良い魔導煉瓦は、魔物の爪牙をことごとく弾く壁となる。


 攻防兼ね備えた軍事国家。


 揺るぎなき千年帝国。


 くろがねのバルトロア。


 かの国から、留学生が来た。


 今、王立グランフェリア学園は、その話題で持ちきりだった。






(煩わしい……)


 ドロテアは、涼しげな表情の下、内心顔をしかめていた。


 遠巻きに自分を見つめる者たちの視線も。どこからともなく聞こえるひそひそ声も。どこを向いても視界に映る、学園を彩る過度の装飾も。


 何もかもが、彼女を苛立たせた。


 仕方がないことではある。


 ドロテアの出身国であるバルトロアと、彼女が留学しているイースィンドは、二十年前までは戦争をしていたのだ。


 元敵国の、それも王女が、我が国へと留学に来る。イースィンドの貴族や騎士、その子弟たちがドロテアを見てざわめくのも、仕方がないことだといえた。


 しかし、それでも無遠慮に視線を浴びせかけられ、噂される方はたまったものではない。ドロテアは、心の中で短く、ため息を吐いた。


「みなさん、おはようございます」


 やがて、始業の鐘きっかりに、長身痩躯の男が二年S組の教室の戸を開けた。途端に、教室の後ろで会話に耽っていた学生たちが、慌てて席に戻る。グランフェリアの学生たちはだらしがないと、ドロテアはまた、内心顔をしかめた。


 やがて、全員が席へ座り、入ってきた男が教壇に立った頃、ようやく教室には静寂が訪れた。


「いけませんね。これでは、中だるみと言われても、反論はできませんよ」


 どうやら男は、教師のようだ。出席簿を教壇の上に置いた後、教室をぐるりと見回して、学生たちのだらしなさを咎め始める。


「今日から、一週間の事前研修を終えたドロテアさんが、みなさんと席を並べます。バルトロアからの留学生受け入れは初の試みなので、戸惑うこともあるでしょう。しかし、それを生活態度に影響させてはいけません。ドロテアさんに、我が国の程度はこのようなものか、と失望されてしまいますよ」


 針金を入れたように背筋を伸ばし、刺すような鋭い視線で学生たちを見つめる壮年の男の名は、レオン・ド・ヴィルバン。この春から二年S組の担任を受け持つこととなった、魔科学においてその名を知られる人物だ。


 自他ともに厳しい彼は、中だるみの時期にこそ相応しいと言われ、例年、第二学年を担当している。


 そのため、グランフェリア学園は、「第二学年こそ気が抜けない」と言われており、現二・Sの者たちもそれを聞いてはいたのだが……さすがに、バルトロアからの留学生受け入れというビッグ・イベントは、彼らの心すら浮き立たせた。


 それが分かっているのか、レオンも必要以上に学生たちを責めはしない。要所要所での釘刺しで十分。それで駄目なら、所詮はその程度だと評価する。それが彼の教育方針だった。


「では、ドロテアさん。自己紹介をお願いします」


 学生たちの気が引き締まったのを確認し、レオンはドロテアに教壇前に出てくるように指示をする。それを受けて、バルトロアの姫君は音もなく立ち上がった。


 最後列の席から、一定のリズムの足音を響かせ、レオンの元へと進むドロテア。その凛とした姿は、王族というに相応しい気品をもっていた。


 やがて、教壇の前に立ち、学生たちを見回す銀髪の少女。そして、彼ら一人一人の顔を確認し終えた後、彼女は口を開いた。


「バルトロア帝国第三王女、ドロテア・イザベル・フォン・ローザリンデ=バルトロアです。以後、よろしく」


 無駄な飾り言葉はいらないとばかりに、必要最低限の言葉のみを発したドロテア。これがバルトロア流かと、自国の文化との違いにあっけにとられる学生たち。


 それでも、無駄を好まない、という点でレオン教諭の共感を得たのだろう。彼は第三王女に拍手を送り、それに続いて学生たちの拍手が響いた。


「簡潔でよろしい。ドロテアさん、席に戻りなさい」


 その言葉を受け、つかつかと自席へと戻るドロテア。それを見つめる、唖然とした態の学生たち。そして、どうやらドロテアを気にいった様子のレオン。


 バルトロア帝国からの、留学生受け入れ……それは、王立グランフェリア学園に一波乱を起こしそうだった。






「……と、いった感じだったんですよ。私、何だか気が気じゃなくて……」


「元教え子のクラスっつっても、もう担任じゃないんだから、そんなに気にせんでも」


「そうですけど……」


 中級区繁華街に店を構える安パブで、貴大とエリックがテーブル席で酒を飲んでいた。


 時刻は十九時を少し越えた辺り。卓上には、木製のジョッキの他、雑多な料理が置かれている。どうやら食事がメインの飲みらしい。


 ぐいと串焼き肉を噛み千切る貴大に、ちびちびと炒り豆をつまむエリック。食べ物を口に入れながらも、二人の会話は進む。


「それより、新しいクラスの心配をしたらどうなんだ? 初等部の一年生を受け持つことになったんだよな? 貴族の六歳児とか、どうせ我がままなガキばっかなんだろ?」


「いいえ、とんでもない! みんな、躾の行き届いたいい子ばかりです」


「へ~……そういやあ、登校中に会うけど、挨拶とかすげえしっかりしてるもんな」


「でしょう?」


 まるで我がことのように自慢げなエリック。どうやら、高等部から初等部への転属は、彼に良い影響を与えているようだった。


「じゃあ、次期も初等部担当?」


「いえ、次期は中等部ですね。一通り終えた後に、どこを受け持つか定まるのですよ。でも、私としては初等部希望なんですけどね。とにかく、子どもがかわいくてかわいくて……」


「分からんぞ~。今はまだ大人しくしているだけで、一皮むけば……なんてことも」


「え~? 止めてくださいよ~、そんな怖がらせるようなことは~。ふふふ」


 フォークをエリックに向けてくるくると回し、からかう貴大。それを受けたエリックは、ぱたぱたと手をふって否定する。


 そして、二人でわははと笑い、空になった皿を給仕の中年女へと差し出し、更に注文をしようとして……。


「って、今はその話ではなく!」


 ハッ、と我に帰ったエリックが、貴大にツッコミを入れた。


「も~、今はバルトロアからの留学生の話でしょう? タカヒロさんだって、無関係じゃないんですから。真面目に考えましょうよ」


 ぷんぷんと、やや怒った顔をしながら貴大を叱るエリック。対して、貴大はどうでもよさげな態度だ。


「え~? でも、一時期バルトロアにいたことがあったけど、あの国の奴らはクソ真面目だったぞ。問題なんか、起きゃしないって」


「でも、実際、休み時間に見に行ったら、二年S組は妙な雰囲気でしたし……」


「そりゃあ、バルトロアから留学生を受け入れるのが初めてだってんなら、妙な雰囲気にもなるさ」


 そう言って、のん気に焼きそら豆の皮をむく貴大。危機感の欠片もない様子に、エリックは大きなため息を吐いた。


 そして、一言。


「はぁ~……いいんですか? 二年S組って、タカヒロさんの受け持ちですよ」


「……………………え」


 ぽろりと、そら豆が貴大の手から落ちた。


 そして貴大は、困ったような苦笑いでエリックを見た。


「なんですか、その『え』って。まさか、まだ一年S組の担当のつもりでいたんですか? まさか。ははは……え、違いますよね?」


「………………」


「ちょっと!? 辞令書はお家に届きましたよね!?」


「たぶん、ろくに読まずに放置してる……」


「なにやってるんですかぁーーーーーっ!?」


 学園は貴大の担当を、有望株のフランソワに合わせている。よって、彼女が第二学年に上がれば、貴大も第二学年担当となる。それは、辞令書によってとうの昔に通知されているはずだった。


 だが、そこは物ぐさな貴大のことだ。てきとーに流し読み、「S」の字だけを記憶に留め、「また一・S担当か」などと思い込んでしまっていた。


 だからこそ、「バルトロアからの留学生たちが来た。しかも、王族までいる」とエリックから聞いても、他人事のように聞いていられたのだ。


「一・Sには留学生はいねえよな? なら関係ねえわ」


 とすら思っていたほどだ。エリックの言葉は、まさに青天の霹靂だった。


「なんで読んでないんですか!? あ、明日、一・Sに行くつもりだったんですか!?」


「だ、だって、前書きみたいな挨拶文だけで三ページもあったし……」


「今更ですよ! それがイースィンド流です! いいですか、手紙はちゃんと読まないと……」


「は、はい……」


 しゅんとなる貴大に、年長者らしく説教を始めるエリック。


 珍しい光景だった。






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