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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

プロローグ(第二部)

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〈アップル・ポーション〉

 アップル・バスケットは、地域密着型の道具屋である。近所の人々やお得意様のニーズに応じた商品を主に扱い、あちらこちらに商売の手を伸ばしてはいない。

 手が足りないという理由もある。母と娘、店員は二人だけだ。大店が行うような、グランフェリアの街全域を対象とした配達サービスも、多種多様な異国の品を扱うこともできはしない。

 しかし、アップル・バスケットの二人はそれでいいと思っている。書面にサインをするだけで商品を右に左に流すような商いは性に合わないと、貯えに余裕ができても店を広げるようなことはしなかった。

 当然、新たな従業員を雇うということもしない。忙しい時は何でも屋に雑務を任せることもあるけれど、基本は母と娘の二人だけだ。

 おっとりとした母と、はつらつとした娘。十年ほど前、夫を、父を失いはしたが、それでもお互いに支え合い、二人三脚で道具屋を営んでいる。

 確かな鑑定眼を持つ母が品質の良い商品を仕入れ、明るく、人好きのする娘が、元気いっぱいに客を呼び込む。こうして、アップル・バスケットは、今日に至るまで繁盛できていた。

 ……が、どのようなものにも欠点はある。とある可愛らしいメイドの表情筋がピクリとも動かないように、道具屋〈アップル・バスケット〉にも、玉に瑕といえるものがあった。

 それは―――。



「りんごとハチミツ~♪ りんごとハチミツ~♪ そして! 〈スライムの体液〉少々!」

「…………」

「まぜまぜ……パーパッパパー! 完成! 〈アップル・ポーション〉!」

 貴大は思う。ぶつぶつと泡立つ灰色の液体に、「りんご」の名前をつけるのはいかがなものかと。そして、この〈アップル・ポーション〉なる汚物を、どうすれば廃棄の方向へもっていけるのかと。

「あの……ミーシャ、さん?」

「なぁに?」

 道具屋〈アップル・バスケット〉の若き女店主、ミーシャ・ブランシェ(二十二歳)。今日もステキな笑顔です。

 恐る恐る声をかけた貴大の青ざめた顔にも気づかずに、ミーシャは〈アップル・ポーション〉の容器を誇らしげに掲げている。

「その〈アップル・ポーション〉だけど……害はないの?」

「大丈夫! 朝ご飯代わりにお母さんが飲んだんだけど、すっごく元気になってジョギングしに飛び出していったよ。なんか、『ワーオ!』って叫んでた」

「アリーシャさーーーん!?」

 貴大が知るミーシャの母アリーシャは、いつも微笑を絶やさないしとやかな女性だった。それが、奇声を上げての全力疾走……〈アップル・ポーション〉のこうかはばつぐんだ!

「??? さっきから変なタカヒロくん。なにか気になることでもあるの? ……あ、そっか。朝ご飯のあとだもんね。大きめのビーカーいっぱいの量とか、全部飲めるかな?」

 朝ご飯のあとじゃなくても、これは飲めない。迷うことなくそう言えたら、どれだけ楽になれるか……しかし、悪意の欠片も感じられない笑顔を前にすると、どうしても言葉にできない貴大だった。

「み、ミーシャさんは飲んでみたんですか……?」

 貴大は、逃げ出そうとした。

「飲んだよ? すっごくおいしかった♪」

 ミス! ミーシャからは逃げられない!

「さっ、いっき♪ いっき♪ 男の子なんだから、ご飯のあとでもこれぐらい飲める飲める!」

「むお、むおお……!」

 りんごを発酵……いや、腐敗させたような刺激臭に、貴大はすっかり涙目。しかし、これを飲まねば、またアリーシャが犠牲になるかもしれない。彼女に恩がある貴大は、それだけは防ぎたかった。

『冒険もいいけど、あんまり無茶しちゃダメよ。まだ子どもなんだから……』

 貴大の脳裏に、かつての光景が浮かび上がる。もうすぐ二十歳になろうという貴大を子ども扱いしては、あれこれ面倒を見てくれたアリーシャ……その記憶は、彼の心の中で暖かな火を灯していた。

「う、ううう……うおお!」

 その灯を消さないために……アリーシャへのせめてもの恩返しになるように……貴大は、〈アップル・ポーション〉を一滴残さず飲み干した。

「っっっっっっ!」

 炭酸で割った汚泥が、食道にへばりつきながらゆっくりと流れていった。覚えているのはそれだけだ。

後に正気を取り戻した貴大は、〈アップル・ポーション〉についてこう語った。

「っ! っ! っ!」

 その言葉通り、食道を粘液に支配されたのか、貴大はのどから腹にかけてを必死にさすっていた。

 不快極まりないのど越しに脂汗まで垂らしつつ、早く胃まで落ちてくれといわんばかりに胸を叩く貴大……それは、あたかも煮えたぎった油を飲まされた、地獄に堕ちた罪人のようだ。

 しかし、そのような凄惨な姿を見ても、ミーシャは気がつかない。

「わー、そんなにおいしかったの?」

 楽観的な思考と、味覚がいかれた舌を持つ彼女は、貴大の苦境に気づかない。

 それどころか、彼女は〈アップル・ポーション〉について、こう考えていた。「美味しいものだから体にいい」と。そして、「これだけ美味しいから、きっと他の人が飲んでも美味しい」と。

 そんな彼女だからこそ、地に這いつくばってブルブルと震える貴大を見ても、にこにこと笑顔のままでいた。

(きっと、これから大きな声で『おいしい!』って叫ぶ『溜め』なんだ)

 そう考えて、少しワクワクとしながら、貴大が起き上るのを待ってすらいた。

 だが、いつまで経っても貴大は立ち上がらない。「美味しい」の「お」の字すら口にしない。そもそも、白目をむいている。どうやら意識がないようだ。

 このような事態になれば、さすがのミーシャも異変に気づく。もしかして、〈アップル・ポーション〉の調合を間違えたかもしれない。そんな不安に駆られて、ぐったりと横たわる貴大を抱き起そうとするミーシャ。

 しかし……。

「WOW!」

「ひゃっ!?」

 気を失ったと思われた貴大が、バネ仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がった。これにはホッとするミーシャ。

「もー、ビックリしたよ。お姉さんを驚かせようとしたの?」

「YES!」

 ビッ、と親指を立て、ミーシャに応える貴大。しかし、その瞳は左右バラバラの方向を向いている。明らかに正気ではなかった。それでも、のん気なミーシャは気がつかない。

「どうだった、新しいポーションは?」

「PERFECT!」

 キラリと白い歯を光らせ、やたら流暢な英語を発する貴大。普段の彼とは全く違う態度は、もはや常軌を逸している。それでも、のん気なミーシャは気がつかない……のん気ってレベルじゃねえぞ! そう叫んだのは、忘我の彼方にある貴大の精神か。

「やったね、大成功!」

「HAHAHA!」

「WOW!」

「あっ、お母さんおかえり~。ねっ、ねっ、タカヒロくんが新しいポーションはスゴイって! お母さんはどう思う?」

「EXCELLENT!」

「え~? そんなに褒められたらてれるよ~」

「HAHAHA!」

 正気を失い、ケタケタと笑うアリーシャと貴大……こうなることを、彼らは知っていた。それどころか、グランフェリアの住宅街で、ミーシャの手作りポーションを飲めばどうなるか、知らない者はいない。

 子どもだって知っている。これは飲むものではない、と。飲めば心身に異常をきたし、意識を保ってはいられないと。

 そのような禍々しい商品を置いている……これこそ、アップル・バスケットの「玉に瑕」だ。

 それでも、彼女の手作りポーションは売れる。調合の才能が皆無の娘が作り出す薬品は、即日完売するほどの人気商品だった。……魔物にすらダメージを与える劇薬として。

 結果、ミーシャは自信を持つに至った。そして、「わたしは、生まれるべくして道具屋に生まれたのか!」と勘違いをする。自分が作ったポーションが、疲れた人、怪我をした人に大人気だと思い込んでしまう。

 悪いことに、どうしようもなく味音痴であること、娘を可愛がって止まない母の性格などが、彼女の思い込みを助長させた。

 そして、今日も彼女は新たなポーションを作る。みんなに元気を与えるために。笑顔の花を咲かせるために。

「ねっ、ねっ! 材料はたくさんあるから、今日からさっそく店に並べてもいいかな、〈アップル・ポーション〉!」

「YES!」

「GOOD IDEA!」

「よーし、じゃあ、たくさん作ろっと! ……きゃっ!?」

 意気込んだ瞬間、つるりとすべって転んでしまうミーシャ。どうにも締まらない展開に、彼女はバツが悪そうな顔をして、貴大たちを見上げる。

「えへへ……転んじゃった」

「HAHAHA!」

 午前十時の、道具屋〈アップル・バスケット〉。そこは、笑い声に満ちていた。





 時間は進み、ここは昼時のまんぷく亭厨房。そこでは、一心不乱に鍋を振るう一人の男がいた。

「FUUUUU!」

 男の名は、佐山貴大。〈アップル・ポーション〉で未だにラリっている、何でも屋店主である。

「どうした、タカヒロ! 今日は鍋の返しが冴えわたってるじゃねえか! ガハハ!」

「YEAH!」

「おおお!? ねえねえカオルちゃん! 今の、今の見た!? あんなにたくさんの野菜をいっぺんに返したよ!」

 細かいことは気にしない性格のロックヤード夫妻は、はっちゃけてしまっている貴大を止めるでなく、逆に拍手を送った。

「いや~、いいもん見せてもらったわ! ガハハ!」

「だね!」

「THANKS!」

 その後、アカツキは負けていられないとばかりに猛烈な勢いで野菜を刻み、ケイトは足取り軽く料理を運んで回った。

 そして、その娘カオルは……。

「お、お医者さまはいませんか! お医者さまはいませんか!」

 一人パニクっていた。






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