ここが「フリーライフ」
「さて、困ったぞ」
ここはイースィンド王国の首都、グランフェリア。
花の都とも称される魔導レンガ造りの都市は、その名に恥じぬほどに多くの人で賑わっていた。特に、今、俺が立っている中級区の大市場ときたら……人、人、人で埋め尽くされているかのようだ。
「う~ん……向こう側へ行きたいんだがなぁ……」
迂回しようにも、そこも人で溢れかえっているだろうし、あまりこの街の地理にも詳しくはない。下手に動くと、例えMAPがあろうとも迷ってしまいそうに思えた。
だが、諦めるわけにはいかない。何が何でも、「中級区大市場・北側通り」に行かなければならなかったからな……。
なぜ? それを説明するには、少し時間を巻き戻さなくちゃいけない……。
「家を探そう」
キリングたちの翼竜籠に乗せてもらい、グランフェリアへ着いた次の日……宿としても使えるギルドホールの一室で、俺たちは昼飯を食いながらこれからのことについて話し合っていた。
そこで、開口一番に優介から飛び出た言葉がこれだ。「家を探す」……まぁ、それは決めていたことだけど、改めて明言するのには理由があって……。
「いいいいいいよ、別に、いいいいよ。ギルドホール、便利だよ。便利便利便利便利べんりべんり……」
「「強がりはよせ!?」」
唇を紫に染め、ガチガチと歯を鳴らして震える幼馴染が見ちゃいられなかったからだ。
飲食店や冒険に必要な小物売り場、素材やドロップアイテムの引き取り所などもあるギルドホールは確かに便利だけど、ここはマッチョが多過ぎる。
れんちゃんはキリングとの一件でますますマッチョ嫌いになっていたからな……男臭いギルドホールはさぞ辛かろう。
この国の冒険者はたいていマッチョ……アルティに聞くところによると、「ひょろ夫なのはお前らぐらい」とのこと。
しかも、男女比率は七対三だ。十人いたら、その内七人はマッスル・ガイ……到着から一日しか経っていないのに、もうれんちゃんは半死半生の状態だった。
「大丈夫、強がってないよ。家賃も安いし、一階には色んな施設があって便利だし、ギルドホールの賃貸部屋でもいいんじゃないかな?」
「「わーっ!?」」
言葉だけならまともだけど、行動がいただけない。震えが収まったれんちゃんは、躊躇うことなく窓から飛び降りようとしていた。
必死になって引き留める俺たち。それを引きずりながら、またも窓へ向かうれんちゃん。にこりと笑いながら窓を開け放つその姿に、狂気を感じた。
もう、議論している暇などない。マッチョだらけのギルドホールに住んだら、れんちゃんが廃人になる……それが俺と優介の結論だった。
だから、優介がれんちゃんを宥めている間に、俺が新しい家を探すことになったんだが……。
「冒険者ギルドホールから離れてて、俺たちの拠点として使えるとなると……なかなか条件に合うのが見つからんなぁ」
そう、普通、冒険者はギルドホール近くに住むものであり、そこからなるべく遠いところなんて、ホールの相談係に尋ねても出てくるわけがなかった。
代わりに何人かの不動産持ちを紹介してくれたんだが……これが、なかなかバラけたところに住んでいて、俺は街中を歩き回ることになった。
でも、あれもだめ、これもだめ……と、なかなかしっくりくる家が見つからず、日が沈もうとしている時間になってもこうしてほっつき歩いているわけで……。
だって、俺が若いからって、下宿しか紹介してくれねえんだもん。たまったもんじゃない。
しかし! 最後の一人、アラン夫人なら何とかしてくれるはず……してくれなきゃ困る。最後の希望、アラン夫人よ、頼んだぞー!!
と、藁をも掴む気持ちでアラン夫人の元を訪れようとしているわけだが……。
「まだ人が引かん……」
腕に籠を下げた奥さま方が、未だぞろぞろと大市場に流れを作っている。この流れに押し入って、突っ切って進むなんてできるのだろうか。ちょっと自信がなかった……でも、やるしかない! やるしかないんだ、しゃあああ!!
パンッ! と一発、頬にビンタをかまして腕まくりをし、おばちゃんの群への突撃を敢行しようとしたところで……ふと、服の裾を引っ張られているのに気がついた。
「んんっ? 誰だ……って、わんこか」
そちらに目をやると、人懐っこそうなゴールデンレトリバーが俺の服をくわえているのが見えた。そして、視線が合うと服を離して、しっぽをふりふり、「どうしたの?」って感じで首をかしげてくる。
「おお、かわいいなお前。よ~しよしよし……」
ゴールデンレトリバーなんて見るのは久しぶりだったからな……先ほどまでの意気込みも忘れて、ぐりぐりとわんこの頭を撫で回した。すると、「わふっ」と満足げに鳴くわんこ……歩き回った疲れがぶっ飛びそうな可愛さだったね。
「お~、いい子だな~。それに賢そうだ……わんこよ~、俺を助けておくれ~。中級区大市場・北側通りまで、スムーズに案内してくれるかな~。わんわんってさ……な~んて、犬に分かるわけねえか。何やってんだ、俺……ははは」
だから、わんこの可愛さに合わせてちょっとおどけてみたりしたんだが……へろへろ舌を出していたわんこが急にキリッとした顔になって、俺の服にまた噛みついて、ぐいぐいと引っ張り始めた。
「え? ウソ、マジで案内してくれんの? ……いや、まさか……ははは、おいおい、どこに連れてくつもりだよ~」
自分としては冗談のつもりだったんだ。わんこ相手に話しかける奴がいるだろう? あのノリだよ。本当に案内してくれるなんて、思っちゃあいなかった。
でも、わんこが真面目な顔して俺をどっかに連れて行こうとするから、何かあるんだろうなとは思いながらついて行ったんだ。
それがまさか……。
「わんっ!」
「え? ここ……中級区大市場・北側通りぃ!? え、ウソ、マジで!?」
本当に、目的地まで案内してくれるだなんて……犬ってすげえって思いました。
裏路地を、出たり入ったり……どこをどう歩いたのか、俺はいつの間にか中級区大市場・北側通りに立っていた。
「わふっ」
「お、おおおお、ありがとなぁ~~~!!」
どこか得意げな表情のわんこを思いっきり撫でてやる。元の世界でも、テレビでスーパードッグみたいな特集が時々あったけど、まさか、ここまで優秀なわんこがいるだなんて……ただただ驚くばかりだ。
「お礼をやらんとな……あ、干し肉があったっけ。ん? いかんいかん、犬には犬用干し肉じゃなけりゃいかんかったよな、確か」
愛犬家の優介から、「人間用の食べ物は犬にはよくないんだ。塩分も糖分も多過ぎてだな……」と、耳にこびり付くまで聞かされている。喜んで食いはするだろうが、害になるものをやるわけにゃあいかんかった。
特に、俺の好きな干し肉は、香辛料は使ってないけど塩がかなり効いてるからな……ますますやっちゃダメだな。
「あ~……すまん。お返しにあげられるもんがないわ……仲間のところにもどれば何かあるかもしれんけど……」
「わんっ!」
片手で頭の後ろをかきながら、頭を下げる俺……でも、当のわんこは「気にするな!」といった感じで一声鳴いて、どこかへ去ろうとしていた。
「あ、じゃ、じゃあ、困ったことがあったら俺んとこ来~い! 今度は俺が助けてやるから~!」
そのまま帰すだなんて、俺はそこまで恩知らずじゃない。でも、首輪があるってことは飼い犬だろうし、あんまり引き留めてもいけない……そう考えた俺は、わんこの後ろ姿にせめてもと言葉を投げかけた。
「わふっ」
すると、それは返事なのか……ちょっとだけ振り向いたわんこは、しっぽをぴこっと揺らし、一声鳴いて、今度こそ去っていってしまった。
「行った、か……」
不思議なわんこだった。まるで、人間の言葉が分かっているような……まさか、な。いくらファンタジーな世界だからって、それはないだろう。
俺が言った「恩返しをする」って言葉も、理解できない相手に言ったところで自己満足にしかならない。わんこ相手になにやってんだ、俺は。
「まあ、いいや! さっさとアラン夫人ってのに会おう!」
ここまで来たら、目的地は目と鼻の先だ。今度こそはと祈りながら、俺はアラン夫人宅を目指して歩いていった……。
「じゃ~ん! ここが俺たちの新しい家で~す!!」
「「おお~……!」」
冒険者ギルドホールが街の西側とすると、ここは街の東側……マッチョも滅多に近づかない、閑静な住宅街だ。俺がアラン夫人から買い取った家は、その片隅にひっそりと佇んでいた。
「い~じゃん、い~じゃん! よくこんなの見つけたなぁ!?」
「ホント……三階建てで、広い風呂場付き。屋上もあるし、部屋は六つにトイレは二つか!ちょっと広いけど、優良物件じゃないか」
「ふっふっふっふっ。どーだ、俺の交渉術は!」
「「ははーっ!」」
俺に向かって平伏する二人。なかなか気分がいい……本当に俺の手柄だったらな! 実はこの家……アラン夫人に家を売りに来た人から買い取ったものなんだ。
いや、俺がアラン夫人を訪ねた時に、その人も来ててさ……「引っ越しするから、なるべく高く家を売りたい」って夫人に交渉してたわけ。
なんでも、新大陸でチャンスを掴みたいそうで、親から継いだ家を向こうで興す企業の運営資金に変えたいとのこと。
なんて親不幸な……と思いはしたが、まぁ、本人がそれでいいならいいんだろうと放っておいた。でも、なかなかアラン夫人が首を縦に振らなくてな……売りたい側の言い値が高過ぎて、とてもじゃないが買えたもんじゃないとか。
そこで俺の出番ですよ。「一軒家? 欲しいです!」と名乗りを上げて、その人から直接買い付けたわけ。確かに高かったけどさ……まぁ、労せずして一軒家が手に入ったのは大きい。もう、足を棒にして街中の不動産持ちを訪ねて回るのはイヤだったからな。
でも、しかしまぁ、そんなタナボタ物件がこんなに優良物件とは思わなかった。多分、何かの小売店でもやっていたんだろう。道に面した側のドアを開けると、ちょっとした空間とカウンターがあり、その奥には住居へと続くドアがあった。
小売店なんてするつもりはないけれど、この空間はアイテムを整理する作業場に使えるかもしれん。寝室じゃあ狭すぎるからなぁ……多過ぎる部屋は、まぁ、客室と調合室にでもすればいいんじゃないかと思っていた。
「う~ん、やっぱりいいな。個人的には屋上があるのがいい! 洗濯物が干しやすそうだし、家庭菜園もできるかも」
「れんちゃんは主婦っぽいな~。まぁ、俺も気にいったよ。改造するには、広い方がいい……くくく」
一階から屋上まで見て回った結果、改めて太鼓判をもらえた。俺も気にいったし、二人とも気にいった。ここでいい……いや、ここがいい。フリーライフの西ヨーロッパ拠点は、ここに決まった!
「んじゃあ、早速あれをかけますか!」
「だね。ほら、貴大も行くよ」
「おうさー」
とんとんと、屋上から下へ下へと降りていく俺たち。ほどなく、最初の位置……新居が見渡せる正面玄関前まで降りてきた。
「じゃあ、ここはリーダーが……」
「そうそう」
そして、一歩下がる俺とれんちゃん。やはり、こういったことはリーダーがやらないとな。
「お、そうか? じゃあ、みんなを代表して……」
背負ったリュックを下ろして、中身を探る優介。そして、ずるずると何かを引き出して、玄関脇上部に備え付けられた光石ランプかけの出っ張りに引っかけた。
「やっぱり、これがないとね」
「だな」
「よっしゃ、これからここを拠点に頑張るぞ~!」
「「「お~!」」」
その後、満足した俺たちは、家具なんかを設置するために新居へ入っていく。優介、れんちゃん、俺の順番で玄関に入っていき……やがて、ドアが完全に閉まった時、それはわずかに揺れることだろう。
俺たちの世界の言葉で、「フリーライフ」と刻まれた金属製のネームプレートは……。
これが、俺たちと新居の出会いだ。
今じゃ、ユミエルと二人で住んでいる三階建ての一軒家。俺たちはここを拠点に、一年間、西ヨーロッパを中心に活動することになる。
そう、あの日まで……俺たちが離れ離れになる、あの日まで。