第14話 Bloody Queen
「……今、なんて言った」
嘘だと言って欲しかった。
艶子が苦しそうに顔をゆがめる。
「煌羅ちゃんがアタシのことを恨むのも無理ないんだよ……。たとえ女王だとしても、許されることじゃない」
「お前……」
艶子は、僕の言葉をさえぎるように、早口で言葉をたたみかけてきた。
「わざと黙ってたの。要に知られたくなくて……。アタシ、聖司が好きだった。ずっとね。煌羅ちゃんが結婚する前からずっと」
そう、昔のことだ……。忘れもしないだろう。あの瞬間を。
* * * *
私は、血の女王。人に血を与え、人の病を治す。私の血を飲んだものは、その命を永らえさせることができる。そして、私に血を吸われた者は、寿命を縮める。人に命を与えるが、同時に人の命を奪う女。
映画で出てくるような吸血鬼。血を吸い、血を吸った相手を吸血鬼にしてしまう。
あれは、あの映画の中だけの話だ。
にんにくが食べられないって言うのも、嘘だ。
私は、次代血の女王として、鬼東家に生まれた。女王として私に課せられた使命はその血を絶えさせず守っていくこと。
私の家は、代々、吸血鬼を生み出し続けている。
元々、鬼東家は、吸血鬼などではなかった。だから、にんにくだって普通に食べるし、十字架みても、別に普通だし。煌羅は、生まれつき日の光に弱かったから、そうでもないけど、私は太陽だって直視できる。
どうしてそんなものが生まれるのかわからないけど、とにかく、何百年と前から、吸血鬼の血は続いている。
血の繁殖は止められない。
いつの間にか、その血は、増殖していった。
血の女王は、そんな増殖しすぎた者たちを統率するものとして生まれた。吸血鬼だって突然生まれたわけだが、その、血の女王も突然生まれた。
血の女王は、普通の吸血鬼とは違って、特殊な力を持っていた。私の血、女王の血は、自分と結婚したものの血を取り込むことで、一生その伴侶の血で生きていかれる。
一族をひきつける女王の血。一族が死なぬように、女王は自分の血を与える。女王が存在するだけで、吸血鬼は生きられる。
私は、女王として、一族に血を与えていた。毎月、満月の日、私の血は、一族に与えられる。吸血するのは女王である私だけ。あとの者は、私の血を飲んで生きる。
血を与えた後は、喉が渇く。乾いて乾いて……――耐え切れなくなって。私はあてもなくふらふら彷徨った。
己の欲望を満たすために血の匂いを求めて……。
新月は、私が血を吸うことを許されている日。人に命を与えながら、人の命を奪う。
生まれた時からそんなものだったから、私は、血を人に与えることも血を吸うことも、何の疑問もなく行っていて、周りを信じて疑っていなかった。物心ついたときには血を吸うのが当たり前で、血を吸う時の快感が身に染み付いていた。今でも、血を見るたびに興奮して、自分を律することができない。
私の血を求めるのは、私の一族だけではない。
私の血を求めて、遠路はるばる、不治の病を治すために来る者。そういうものが私にすがってくる。私の血に。
人を嫌悪しておいて、己が死ぬかもしれないとわかった時。どうして手のひらを返すように化け物と自分が蔑み、恐れていたものに頼ることができるのだろう。私を化け物だといいながら、己の欲のために私の血を飲み干す。
……化け物の私と、一体どこが違うというのだ? 手のひら返すような態度をとらないだけ、まだ私たちのほうがましだ。本当に化け物なのは……彼らと、尽きることのない欲望。そうだろう。
そんな自分を嫌悪していた時期もあった。女王として、誰かに命を与えることも、誰かの命を奪うことも、当たり前だったことが全て崩れ去っていく感じ。女王として自分を一生殺して生きるのが嫌だった。女王に自由は許されない。好きなこともできない。
人間の中には、時々突然変異というものが存在するのだと思う。
多分、聖司もそうだった。
聖司は変な人だった。自称天才科学者で、色々な実験を行っていた。彼が目をつけたのが、私たち、鬼東家初めとした、血を吸って生きている者。どこで血の女王の話を聞いたのか知らないけれど、聖司は私の、血の女王の存在を知り、どこからかふらっとやってきた。
初めて会ったのは夏だった。
鬼東は、吸血鬼であることを隠すために、実家では道場を営んでいた。私は、自分の身くらい自分で守りたくて、中学校に上がったくらいのころから叔父が営んでいた柔道の道場に通うことにした。その頃、私は暗くてすさんでて。人前で顔をまともにあげることさえままならなくて。自分が人の血を飲まないと生きられないとか、人に血を与えて病を治しているとか、普通ではない自分が恥ずかしくて。とにかく自分に自信がなくて、いつもうつむいていた。自分を否定したかった。
でも、私が私を否定したら……。私は――どうすればいいのだろう。わからなかった。
最初からあんなに強かったわけじゃない。私はただの弱い女だ。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか?」
明るい声が、そこに響いた。
青年は、黒髪で、青みがかった灰色の瞳をしていた。夏なのに、黒い長袖を着ていた。
彼は人懐っこそうに笑って、叔父が許可する前に、勝手に道場の方に上がりこんできた。
「……?」
不審気に彼を見てたら、彼とばちっと目が合った。
私の姿を確認するなり、その青年は顔をぱっと輝かせた。前髪は伸び放題で、うっとうしい頭をしていた私だったが、それだけはわかった。
「鬼東先輩、これが姪っ子さんですか? うわぁ、予想以上に暗そうですねぇ。これで本当に女王様?」
「お前、顔輝かせて失礼なこと抜かすなよ。何様だ。相変わらず季節感ねぇな。今夏だぞ。何で黒い長袖なんだよ。見てるこっちが暑苦しいわ」
整った顔立ちの人だ。日本人じゃないのか……。それにしては流暢な日本語。青年が歯を見せて笑う。
「そう意地悪言わないで下さいよ。相変わらず、厳しいですね。よく考えてくださいよ、野球の選手だって長袖着てるでしょ? このクソ暑い時期に。それに、長野はもっと涼しいと思っていました。まぁ、ここは涼しいですよね。山に囲まれて、標高高いし。新幹線から降りた直後、熱気で死ぬかと思いました」
「馬鹿だろお前」
私が叔父のかげ隠れて、青年の顔を見上げていたら、叔父が面倒そうに青年の紹介をしてくれた。
「こいつは聖司。この子は、俺の姪、艶子」
「知ってます」
聖司が笑う。叔父が呆れて、青年の頭を平手打ちした。
「お前に言ってるんじゃない」
私は、くすっと笑った。堪えていたのに、とめられなかった。
「こいつは医学部の後輩で、生活していけるだけの知識が間違いなくないやつで、一言で言うなら馬鹿。頭だけはいいけどな」
「天才科学者って言ってください」
叔父は、地元で開業医をする傍ら、柔道の道場も経営していた。医学部の後輩ってことは、この人も医者なんだろうかとぼんやり考えたりしてみる。
「悪いな、艶子。俺がうっかりこいつにお前のことを話したばかりに……」
叔父が低くうなる。
「先輩のせいじゃないですよ、僕の追及から逃れられる人、そうはいませんから」
「お前、自分で言うなよ」
「でも認めてますよね?」
聖司がにやっとする。叔父がため息をついた。
「まぁな。お前のしつこさはゴキブリ並みだ。わかってる……」
「探求をこよなく愛しているだけです」
聖司が、私の目線に合わせてしゃがみこむ。前髪の間から、聖司の灰色の目と視線がぶつかる。聖司が微笑んだ。
「今、僕の興味はこの小さな女王様です。長い間、お世話になります」
「お前、それおかしくない!? お世話になりましたならわかるけど、何長い間世話になる宣言しちゃってるんだよ、馬鹿」
「あはははは。まぁ、細かいことは気にしなーい」
聖司は、鬼東家に居候することになった。
今まで出会ってきた、どんな人とも違って、純粋に私だけを見てくれる存在が、私にとっては新鮮だった。
だからかもしれない。
だから、私も煌羅ちゃんも惹かれたのかもしれない。
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