第11話 婚約者様と恋人未満サマ
「それで、どうしたの?信雄さん」
「艶子、君は相変わらずドSだね……。僕がどうしてここに来たかということぐらい、君だってわかっているんだろう?」
「わからないから聞いているのよ、信雄」
艶子は冷めた目で信雄君を見下した。あまりの気温差に僕ははらはらしていた。これが婚約者への態度なのか。いや、違うだろうな。艶子は本当に信雄くんが嫌いなんだ。
「そして何度言ったらわかるんだい? 僕は信雄じゃなくて、ナポレオンだよ!」
「何言ってんだよ、本名信雄が」
僕はとりあえず、二人のおかしいやり取りを聞いていた。
「艶子、いくら君が僕が認めるくらいの美を持っていてもね……その態度は許せないよ。本当にきみはじゃじゃ馬なんだから」
信雄くんは、顔を少し赤らめて、そっぽむいた。何、こいつ。何で顔赤くしてるの?
「何がじゃじゃ馬よ。古いのよ! そんな言葉今の世の中で使うやついますかァ!?」
「とにかく、艶子。君はこんなところにいるべきじゃないんだ。本当に、こんな地味な男と苦楽を共にするつもりなのか!? 僕という、最高のフィアンセがいながら、何で君は、いつもいつも・・・僕を見てくれないんだ!! 完成された美の僕を見てくれよ!!」
確かに僕は彼に比べたら地味だけど、こんなにぶっ壊れちゃいない。
信雄くんは、艶子の足元にすがりついた。艶子は容赦なく、信雄くんの綺麗な顔を蹴り飛ばす。
「そういうところが嫌いなのよ。大体キモいんだよ、ウザいんだよ信雄! 自分大好きすぎじゃない! 自分の姿がどこかに写るたびうっとりしてじっと自分を眺めて……。鏡の中の自分とでも結婚してろ」
艶子は冷たい息を吐いた。信雄くんはそれを普通にかわす。
「ああ、できることならそうしたいさ! でも、鏡の中の僕が、僕のことを蹴り飛ばしてくれるかい!? なじってくれるかい!? 答えはノーさ!!」
ちょっと待てお前――。まさかアレか、NだけどMなのか――。
「アタシだって、アンタと結婚することはノーだよ! アタシはね、アタシのことを叱ってくれる人じゃないと嫌なの!! アンタみたいな奴は嫌いなのよ!! 大体、アタシにはもう心に決めた人がいるのよ!!」
艶子が僕を引っ張り出す。
「アンタが、要以上だとは思えない! 信雄なんて家畜にしか見えない!!」
むしろ僕には、信雄くんは変態以外の何者にも見えない。
「なんてことだ、艶子!! 目を覚ますんだ!君は騙されている! こんな地味な奴の一体どこがいいって言うんだ!!」
「全部よ!! 普段は地味で根暗そうだけど、本当は艶子のことを心から思っていてくれて……(多分)。それに、いい匂いだし、綺麗だし。艶子のこと、本気で心配してくれて叱ってくれて……なじってくれる最高の人じゃない!! 顔の問題じゃないわ! ハートの問題よ! あんたの顔みてるより、ずっといいのよ!!」
さっきから、ぼろくそに言われている僕。地味って連呼されるとちょっと悲しい。
「あぁ……こんな地味青年に負けるなんて、思いたくないよ! 僕のブレーキングハートを何とかしてくれ。――そこのジミー!」
「何だジミーって!! 地味からきたのか!? 俺の名前ジミーじゃないから!! 要だから!!」
「ジミー、君を地味だからと侮っていたようだよ……本当は、凶暴少女Aから助けてくれた恩もあるから、君を殺したくなんてなかったけど……」
凶暴少女Aとは、光のことだ。
「やむを得ないヴぉーっ!」
僕は、信雄くんの形の良い顎のラインをゆがめた。何か骨っぽいものが、砕けるような嫌な音がした。そんなこと知ったこっちゃ無い。
僕はその場に倒れた信雄くんの頭を足で踏みつけ、彼を見下ろした。
「さっきから聞いてりゃ……勝手に味噌クソ言いやがって。信雄。何様だてめぇ。ジミーじゃねえよ、要だよ。ほら、お兄さんの後に続いていってごらん、信雄くん!」
「か、要……」
信雄くんは、綺麗な緑色の瞳でじっと僕を見てきた。僕のブルーグレイの瞳と交わりあう。心なしか、すこし潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「――要……。………要」
信雄くんが、うっとりと僕の名前を繰り返しささやく。僕の足にしがみついてくる。潤んだ熱っぽい目で、僕を見上げてくる。これじゃ、まるで――。
――まるで恋する乙女の目だ。
はっきり言って、気持悪い。僕は身震いした。体も上手く動かない。
「キモいんだよ、信雄!!」
艶子が信雄を蹴り飛ばす。
「セージ……!?」
信雄くんがぼそっと呟いた言葉に、艶子の表情が固くなったのを僕は見逃さなかった。セージって、誰だ。
「信雄、アタシより弱い奴と、アタシは結婚するつもりなんてないからね……」
信雄くんの顔つきが変わった。凛々しい顔になる。やっぱり、黙ってればいいのに。
「わかったよ、艶子。僕が君より強いってことを証明すればいいんだね!? 望むところさ、さぁおいで艶子!! 僕の胸に飛び込んでおいで!」
信雄くんは、両手を広げた。華奢な身体だなと思う。
「うヴぉヴぉヴぉヴぉヴぉ!!」
そして、信雄くんは、気合の入った雄たけびをあげた。あれで気合が入るのかどうかはさておき、両手の拳を胸の前で交差させ、何か気合っぽいものを入れている。
その顔に似合わず、意外と野太い雄たけびだった。
信雄くんの華奢な身体は、ばきばきめきめき鳴りながら、徐々に変化していった。毛むくじゃらに覆われた身体。口はどんどんとがって、牙が生えた。口からは、だらりと赤い舌が垂れる。二本足で立っているけど、ふさふさの尻尾がお尻から生えている。そしてぴょこっと動く金色の耳。
金色の毛並みに緑色の瞳。確かに、これは信雄くんなんだろうなとは思うけど。あの可愛い顔をした信雄くんとは到底想像できない。
艶子は不適に笑って、くいくいっと手招きした。
「来い、狼男! 要が相手よ! 要に勝ったら、相手にしてあげるわ!」
いきなり僕に振られる。ていうか、僕が戦うの!? おかしいだろ!!
「おい……あんなのに俺が勝てるわけないだろ!!」
艶子は、僕にウィンクした。
「骨は拾うわ!」
何が骨は拾うわだ、ふざけんな。
信雄くんは何かを叫びながら僕へ突進してきた。
かくして、(有無を言わさず)僕と狼男信雄くんの死闘が始まった。
「まさかそんな・・・」
僕は、呆然と、その場にひざまずいた。
「こんなこと、あっていいのか?」
地面をみつめる。辺りは、血が飛び散っていた。
信雄くんは、僕の身体の下で伸びていた。
弱い。弱すぎる。
秒殺どころか、瞬殺だった。
僕に突っ込んできた信雄くんの腕を取って、僕は彼を投げ飛ばした。
KO。
それから、馬乗りになってぼこぼこにした。さすがにNの人の顔ぼこぼこにするのは可哀想だ……。そんなこと、僕が思うわけ無いだろう。
だってさっきのうらみつらみで何かもうむしゃくしゃしてたから。顔の原形とどめてればいい方だよこれ。
この勝負、どちらか一方がまいったというまで続いた勝負だった。
信雄くんは、僕に殴られても参ったといわなかった。
それどころか、どこか嬉しそうにも見えた。
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