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これからのこと

 サヴァイヴ神殿の出入り口から、多くの信者たちがぞろぞろと出てくる。

 彼らは本日、《聖女》の姿を遠目でもいいから一目見て、彼女のその可憐な声で説かれる説法を聞くため、神殿に集まった者たちだ。

 その《聖女》の説法が終わり、普段なら満足そうな顔をするはずの彼らだったが、今日はいつもとは違った表情を浮かべていた。

 確かにいつものように、満足そうに笑みを浮かべる者もいる。《聖女》が語った神の言葉に感銘を受け、涙ぐんでいる者もいる。中には《聖女》の美しい姿に魅了され、熱に浮かされたような表情の者もいる。だが、一番多かったのは不思議そうに首を傾げる者たちだった。

「なあ? 今日の《聖女》様……少しおかしくなかったか?」

「ああ。いつもは厳しいぐらい凛としたお方なのに、今日に限っては何て言うか……」

「……妙に色っぽくなかったか? こ、こう……時々吐く溜め息に色がついているみたいで……」

「そ、そう! それそれ! いつもの凛々しい《聖女》様もいいけど、今日みたいなのもまた……」

「お、おう。今日の《聖女》様もアリだよな。でも、あの《聖女》様があんな表情をするなんて……やっぱり男関係かな?」

「そりゃあ、《聖女》様だって生身の、それも年頃の女なんだから、想いを寄せる男がいたって不思議じゃないさ。どこのどいつだか知らないが、羨ましい限りだぜ」

「そういや、《聖女》様のお相手といえば、噂では……」

「ああ、《自由騎士》様だろ? 確かにあの方なら《聖女》様とはお似合いだよな」

「美男美女だしな。絵になるというか、何というか……」

 などのように、勝手な憶測を交わしながら、彼らはサヴァイヴ神殿を後にするのだった。



 説法を終えたカルセドニアは、祖父と辰巳が待っているであろう応接室に戻ってきた。

 ノックをしてから部屋に入ったカルセドニアの顔を、辰巳は真っ赤になりながら見つめる。

 彼女の顔を見た途端、先程ジュゼッペが口にした「できればお主には、このまま本当にあの娘の婿殿になってもらいたいものじゃの」という言葉が甦ったのだ。

「どうかなさいましたか、ご主人様?」

「あ、ああ、いや、な、なんでもないよ、う、うん」

 ぎくしゃくと頷きながら辰巳は言う。そして、そんな彼の様子を見て、ジュゼッペは悪戯が成功した子供のような表情を浮かべた。

「さて、カルセも戻ってきたことじゃし、婿殿の今後に関して説明しておこうかの」

 自分の今後についてと言われて、辰巳もはっとした表情を浮かべる。

 確かに、元の世界に未練はない。二度と帰れないと言われても、多少の望郷の念はあれども大きく落胆するほどではない。

 となれば、辰巳はこれからこちらの世界で暮らしていかなければならない。

 そのためには、生活するための糧を得る手段、すなわち仕事を探す必要があるだろう。

 果たして、こちらの世界に高校を中退した自分にできる仕事があるだろうか。そう考えた辰巳の表情が若干暗くなる。

 そんな彼の不安を見抜いたのか、ジュゼッペはまずそこから説明を始めた。

「婿殿が何を心配しておるのか大体想像はつくが、お主の今後の生活は儂らが保証しよう」

「ご主人様は、今後の生活費などは一切、お気になさらずとも結構ですよ」

「え……?」

「何を驚くことがある? それぐらいのことをするのは当然じゃろ? なんせお主を勝手にこちらへと招いたのじゃ。初めからそれぐらいのことは覚悟の上じゃて」

 ほっほっほっと、ジュゼッペは朗らかに笑いながら続ける。

「それにの、こちらの世界のことを殆ど知らぬ婿殿に、できる仕事はどうしたって限られてくるじゃろ。まあ、こうして会話はできるので、まったく仕事に就けないということはあるまいが」

 そう言われて、辰巳は今更ながらにカルセドニアやジュゼッペとごく普通に会話を、それも日本語以外でしていることに気づいた。

 不思議に思ってそのことを尋ねれば、どうやら召喚の儀式の中に言葉が理解できるようになる魔法も組み込まれていたという。ただし、理解できるのは会話のみなので、文字の読み書きは改めて勉強しなくてはならない。

 ちなみに、辰巳たちが使用している言語は、ゾイサライト大陸全般で使われる「大陸交易語」と呼ばれる共通語である。そして、意識すれば日本語は日本語でしっかりと話すことができた。感覚としては普通に修得している二種類の言語を、意識して使い分けているのと同じだ。

「……どうせなら、文字の読み書きもできるようになっていればよかったのに……」

「も、申し訳ありません。私も過去の資料や文献を元に、それに忠実に儀式を行っただけなので……細かい調整などをすることは不可能だったんです……」

 しゅんとしながら、カルセドニアが言う。

「あ、い、いや、別にチーコを責めたわけじゃなく……」

 そうカルセドニアに言い訳しつつも、内心では「もしかしたら、他にも異世界転移によるお約束な能力補正があるかもしれない」などとこっそり期待していたりした。

「まあ、儂としては先程も言ったように、お主にはカルセの婿に収まってくれると嬉しいのじゃがの」

「お、お祖父様っ!?」

 ジュゼッペの隣に座っていたカルセドニアが、困ったような、それでいてどこか嬉しそうな複雑な声を上げる。そして、その整った顔を更に真っ赤に染めて、ジュゼッペと辰巳を何度も見比べていた。

「実を言えば、こやつは既に行き遅れに片足を突っ込んでおる状態での。こう言ってはなんじゃが、そうなったことの半分は婿殿のせいなんじゃぞ?」




 ジュゼッペの説明によれば、こちらの世界、特に今辰巳たちがいるラルゴフィーリ王国では十六歳で成人と認められ、二〇歳までに所帯を持つのが一般的だそうだ。

 今、カルセドニアは十九歳。世間一般で見れば行き遅れとまでは行かないものの、そろそろ焦りを感じ始める年頃ではあるという。

「今までに、こやつにはいくつも縁談が舞い込んでおるが、それらは全て断っておっての。中には上位の貴族どころか、王位継承権を持つような王族までおるというのに」

 口では不満そうなことを言いながらも、孫娘を見るジュゼッペの表情は柔らかい。そこには、政略結婚などよりも孫娘の恋愛感情を尊重しようという祖父の心遣いが見て取れた。

「へ、へえ、王族からもプロポーズされるなんて、チーコは凄いんだなぁ。まあ、これだけ美人なんだから、当然と言えば当然か」

 抜きん出た容姿に、高い魔法の実力、そして養女とはいえサヴァイヴ神殿の最高司祭の身内。これだけ条件が揃えば、縁談がない方がおかしいだろう。

 こちらの世界において、魔法使いがどのような認識を受けているのか辰巳は知らないが、それでも実力が低いよりは高い方がいいだろう、と漠然と考えていた。

 そう思いながら辰巳が改めてカルセドニアを見れば、なぜか彼女は真っ赤になった頬に両手をあてて、目を丸く見開いてじっと辰巳を見ていた。

「ほほほ、さては婿殿、お主は女の扱いに相当慣れておるな? 今、実にさらりと女を誉めよったのぅ。もしかして、婿殿は向こうの世界では女衒でもしておったか?」

「ぜ、女衒っ!? そ、そんなわけが……お、俺、今までに女の子と付き合ったことも……」

「ほほぅ? となれば、お主は天性の女(たら)しじゃの」

 にたりと意味深に笑うジュゼッペに、辰巳はぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。

「ほっほっほっ、冗談じゃて。こう見えても職業柄、人を見る目はそれなりにあるつもりじゃよ」

 いくら一方的にこちらの世界に呼び寄せたとはいえ、呼び寄せた者があまりにも身勝手だったり極悪人などであった場合、ジュゼッペたちとて面倒を見るとは言わずに、着の身着のままで放り出すぐらいのことはするだろう。

「とりあえず、婿殿の身分はこの神殿の下級神官ということにしておこう。下級とはいえ神官であれば、この神殿に住めるし食事も供される。もっとも、神官としての務めは果たしてもらうがの。無論、何か他にやりたい仕事があれば、そちらの仕事に就いてもらっても構わんよ。神官の中には、家業と神官を兼業しておる者も存在するからのぅ」

 そうは言われても、こちらの世界の仕事でやりたい仕事など思い浮かぶはずもない。

 まずはジュゼッペの言う通り、神殿で下働きでもしながらこの街を見て周り、自分にもできそうな仕事を探すべきだろう。

 信仰というものが希薄な日本人である自分に、神官なんてものが一生務まるとは思えない。いずれは他の仕事に就くことになるだろうから、まずはどのような仕事があり、その中から自分に合いそうな仕事を探さなくてはならない。

 それが見つかるまでこの神殿で厄介になろうか、と辰巳が考えていると、それまで真っ赤になって黙っていたカルセドニアがようやく再起動を果たした。

「い、いえっ!! 先程も申し上げたように、ご主人様はお仕事などなさらなくても、この私がご主人様を養ってみせますっ!! こう見えても私、それなりの収入がありますから」

 豊かな質量を誇る胸を張り、カルセドニアが自信満々に宣言する。だが、辰巳としては彼女のその申し出をそのまま受け入れるには抵抗がありすぎた。

「い、いや、いくら何でもそれは……俺、ヒモにはなりたくないし……」

 という辰巳の抗議の言葉を無視して、カルセドニアは祖父へと向き直るとさらりと爆弾発言をした。

「お祖父様。私はこの神殿を出て、今後はご主人様と一緒に暮らそうと思います」




 突然のカルセドニアの同棲宣言。

 あまりのことに辰巳が目を見開き、口をぽかんとだらしなく開けていると、ジュゼッペは孫娘の言葉にぱんと己の膝を打った。

「うむ、それはいい案じゃ。一緒に暮らせば、お互いの良いところも悪いところも見えるというものじゃからの。まずはしばらく一緒に暮らしてみて、その後に本当に婚姻を結ぶかどうかを決めるとよかろう。して、二人で暮らす家の当てはあるのかの? お主のその口振りからして、既に準備をしていると見たが?」

「はい。信者の中に屋敷の売買を取り扱っておられる方がおみえなので、その方に相談を……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!」

 自分を置いてきぼりにしてどんどんと進んでいく話に、辰巳は慌てて待ったをかけた。

「あ、あのジュゼッペさんっ!! いきなり自分の孫娘が初対面の男と一緒に暮らすとか言い出して、すんなりとそれを了承しちゃってもいいんですかっ!?」

 普通であれば、娘──この場合は孫娘だが──が突然男と一緒に暮らすなどと言い出せば、それに反対するのが男親というものではないだろうか。

 だが、慌てる辰巳とは打って変わって、当の二人はきょとんとした表情をするばかり。

「何を言っておるのじゃ、婿殿は? 儂は初対面の時から、お主のことは『婿殿』と呼んでおるじゃろうが。それはすなわち、既にお主をカルセの婿として認めておるということじゃぞ? それに先程から、儂の方からもお主とカルセを結びつけようとしておるじゃろうに」

「え……た、確かにそうですが……そ、それでも初対面でしかない俺を、どうしてそこまで認めてくれるんですか?」

「お主のことは、カルセにずっと前から聞かされてきたからのぅ。正直、初対面という気がせんのじゃよ。それにそもそも……」

 ジュゼッペは慌てふためく辰巳の顔を見ながら、楽しそうにひょいっと器用に片方の眉だけを跳ね上げた。

 カルセドニアを養女として迎え入れてから、毎日のように聞かされた辰巳の話。

 その辰巳とこうして実際に会ってみて、そして言葉を交わしてみて、辰巳という人物がカルセドニアの話の通りの人物だと、ジュゼッペは判断した。

 そもそも、もしも辰巳が良からぬことを考えていて、カルセドニアを単に利用するなり不幸な目に合わせるつもりならば、彼とカルセドニアの婚姻話に自ら待ったをかけたりはしないだろう。

 それだけを見ても、辰巳という人物が誠実な人間であることが窺い知れる。

「……お主とカルセは、向こうの世界でも一緒に暮らしておったのじゃろ?」

「い、いや、それは……っ!? あ、あちらでのチーコはオカメインコで、決してこんなに綺麗でプロポーションもいい、俺の好みどストライクのちょっと年上のお姉さんじゃなかったしっ!!」

 焦りのあまり、言わなくてもいいことまで口走る辰巳。

 またもやさらりと辰巳に誉められて、びっくりしながらも嬉しそうに顔を赤らめるカルセドニア。

 二人のそんな様子を見て、これまでに結婚の守護神でもあるサヴァイヴ神の最高司祭として、何組もの結婚式の立会人を務めてきたジュゼッペは、二人が将来仲睦まじい夫婦となることをこの時点で確信し、心の中でサヴァイヴ神がこの若き二人に祝福を与えんことを祈るのだった。



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