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夢みたい


 新年祭の最終日。日もすっかり落ちて。

 祭りも最終日とあり、街はまだまだ賑やかだ。

 家々などでは近所の人々が集まって盛り上がっているし、酒場などは集まった客同士で酒を酌み交わしつつ騒いでいる。

 辰巳とカルセドニアは、そんな浮かれた街の通りを自宅目指してゆっくりと歩いていた。

 カルセドニアの左腕は、辰巳の右腕を抱き締めて放さない。その腕の薬指には、昼間辰巳から贈られた指輪が篝火の灯りにきらりと輝く。

 もちろん、辰巳の左手にも同じ輝きがある。そして、二人の耳にはお揃いの耳飾りが、昨日までとは左右反対に装着されていた。

 折角婚約した時に互いに身に着けたのだから、指輪だけでなくこちらも引き続き身に着けようと、二人で相談した結果だ。

 二人は言葉を交わすこともなく──いや、交わす必要もなく、のんびりと歩いていく。

 夜風に揺らめく灯り。その夜風に乗って流れてくるざわめき。

 それよりも、辰巳とカルセドニアは互いのパートナーの体温が心の大半を占めている。

 晴れて夫婦となった辰巳とカルセドニア。

 つい先程まで、〔エルフの憩い亭〕では二人の結婚を祝う宴が開かれていた。

 そこに集っていたのは、辰巳とカルセドニアの親しい面々。

 バース、ナナゥ、ジャドック、ミルイル、ラライナ、クーリといった面々の他には、エルを始めとした〔エルフの憩い亭〕の従業員に、そこに出入りする常連たち。

 警備の仕事の都合で儀式には顔を出すことのできなかったニーズたち三兄弟も駆けつけ、宴は盛大に執り行われた。

 どこで聞き込んだのかジョルトやガイルも参加していて、エルが腕によりをかけた料理をちゃっかりと堪能していたり。

 もちろん、彼らは皆心から辰巳とカルセドニアの結婚を祝ってくれた。

 余興としてラライナが自身の名前と同じ楽器であるラライナの演奏を披露してくれたり、いつぞやのように辰巳の演奏でエルとカルセドニアが日本の歌を歌ったり。

 ちなみに、ラライナの父親は楽師であり、彼女が生まれた時に迷うことなく商売道具の名前を自分の娘に与えたという。父親仕込みの彼女のラライナの演奏技術は、実際かなりのものだった。

 顔馴染みの魔獣狩りたちからはやや手荒い祝福を受けたりもしたが、彼らも辰巳とカルセドニアの結婚を心から祝福してくれた。




「…………夢じゃ……ありませんよね?」

 まるで辰巳に縋り付くようにして歩くカルセドニア。

 今彼の手を離したら、これまでの幸せな夢が醒めてしまうのではないか。そんな危機感が彼女の心の中にある。

 しかし、そんな心の中の棘は、愛しい()()の声であっさりと霧散した。

「夢じゃないさ。俺たちは……俺とカルセドニアは、今日から夫婦だ」

 辰巳がこちらの世界に召喚されてから約一年。それは二人が一緒に暮らし始めて一年が経ったということでもある。

 一年以上一緒に暮らしていたのだから、結婚したからって何か真新しくなるようなことはない。

 それでも、今日からの二人は昨日までとは確かに違うのだ。

「……まあ、ジュゼッペさんの陰謀に巻き込まれたと言えばそうだけど……」

「もしかして……後悔しています?」

「はははは、まさか。後悔なんて微塵もしていないよ」

 互いに顔を見合わせ──カルセドニアは見上げ、辰巳は見下ろす形だが──て、二人はくすくすと笑う。

「でも、お祖父様にも困ったものです。いくらお祭りで派手なことがしたいからって、私やご主人様を巻き込まなくてもいいのに……」

 結婚式の後の〔エルフの憩い亭〕での宴の場で、カルセドニアは辰巳から全て聞いていた。

 今日の企みが全てジュゼッペのものであり、たくさんの人たちがそれに荷担したことを。彼女と一緒に歩く青年もその一人なのだが。

「いいじゃないか。これから毎年、俺とチーコみたいに新たな夫婦が生まれるかもしれないし」

 今回のジュゼッペの企画は、来年も行う予定なのだそうだ。

 公衆の面前で求婚するのは恥ずかしいかもしれないが、サヴァイヴ神の最高司祭が身分を問わず祝福してくれるとなれば、来年のこの企画に参加を希望する者も少なからずいるだろう。

 現代日本の感覚で言えば、最高級のホテルでの結婚式が無料で行えるようなもの、と言えば近いだろうか。

 予め結婚が決まっていて参加する者、これを機会に想いを寄せる異性に告白する者、玉砕覚悟で参加する者、中には何かの宣伝などに利用する者もいるかもしれない。それでも、参加希望者が皆無ということはないに違いない。

 果たしてどんな男女が自分たちに続くのか。ちょっと楽しみに思える辰巳だった。

「……いや、次はバースとナナゥさんか」

 今日の〔エルフの憩い亭〕の宴の席で、「次はおまえたちだからな」と周囲から散々からかわれていたバースとナナゥ。

 照れてはいたものの嬉しそうだった二人を思い出して、辰巳は笑みを零す。




 それは辰巳とカルセドニアの結婚式が無事に終わった時のこと。

 礼拝堂から退場する新郎新婦。

 集まっていた人々は、左右に別れて新郎新婦が退場する花道を形作る。

 その花道を、腕を組んだ辰巳とカルセドニアがゆっくりと出口に向かって歩いていく。

 人々は拍手や口笛で新郎新婦を祝福する。

 そんな人々の最前列には、新郎新婦の知人たちの姿があった。

 その中で、バースの隣で瞳をきらきらと輝かせてカルセドニアを見入るゴブリンの女性を見た辰巳は、そっと隣のカルセドニアに耳打ちをする。

 にっこりと微笑んだカルセドニアは、辰巳の元からそっと離れた。

 そして、彼女が向かうのはもちろん。

「え……? カルセドニア……様?」

 突然辰巳から離れ、自分の前に立ったカルセドニアに、ナナゥの方が混乱して目をぱちぱちと何度も瞬たかせる。

 そんなナナゥに、カルセドニアは笑顔と共に手の中のものを差し出した。

「これをどうぞ、ナナゥさん」

「え? え? これって……花束?」

「はい。これは旦那様の国の言葉で『ぶーけ』と呼ぶそうです。そして、旦那様の国には花嫁の『ぶーけ』を受け取った者は、次に花嫁になると言われているとか。ですから……これはナナゥさんに」

 本来ならば花嫁のブーケは背中越しに投げられるものだが、ブーケトスを誰も知らないこの国で、それをする必要もないだろう。

 そう判断して、辰巳はブーケをナナゥに手渡すようにカルセドニアに伝えたのだ。

「あ、ありがとうございますっ!!」

 ナナゥは嬉しそうにブーケを抱えると、隣にいたバースに微笑む。

 バースもカルセドニアに礼を述べ、辰巳に向かって右手の親指を突き立てて見せる。

 辰巳も同じ仕草で応えていると、小走りにカルセドニアが戻って来た。

 再び辰巳の腕に自らの腕を絡ませるカルセドニア。

 そして、新郎と新婦は拍手に包まれて礼拝堂を後にしたのだった。




 礼拝堂を出た二人の目の前には、馬車が一台止まっていた。それも屋根のない、自動車で言えばオープンカーとでも言うべき馬車が。

 そして、その馬車の御者席にはエルの姿があった。しかも、なぜか執事服を着た男装姿で。

「え、エルさん……? それにこの馬車は……」

 驚く辰巳。そんな辰巳にエルがしてやったりと笑いかける。

「この馬車は、クワロート公爵家の先代の奥様が今日のために特注で用意したそうです。さあ、どうぞ。これで〔エルフの憩い亭〕まで行きますよ」

「えっと……いろいろと聞きたいことはありますが……エルさん、御者の経験があるんですか? それに何故に執事の格好を?」

「ふふふふ。こう見えても私は冒険者ですからね! それに御者と言えば執事じゃないですか?」

 と言いながら胸を張るエル。どうやら、元々エルのいた世界では、冒険者は御者ができるものらしい。それに、彼女は執事というものに変な拘りがあるようだ。

 そのエルが御者席から飛び降りて馬車の扉を開け、本物の執事のように畏まって二人を招き入れる。

「さあ、どうぞ。今日の主役はお二人ですから」

 互いに顔を見合わせる辰巳とカルセドニア。どちらからともなくくすりと笑うと、ここはエルとエリーシアの好意に甘えることにした。

 辰巳が先に馬車に乗り、腕を伸ばしてカルセドニアを引き上げる。

 現代日本、いや地球ならば先に女性を乗せるべきシーンかもしれないが、この世界の馬車は座席が高所にあるため、このような場合は男性が先に乗り降りして、女性の乗車や降車に手を貸すのがマナーらしい。

 辰巳に手を引かれたカルセドニアは、ウエディングドレスの裾を気にしながらも何とか馬車に乗り込んだ。

 その際、彼女がとても嬉しそうにはにかんでいたのは言うまでもない。

 二人が馬車に乗ったのを確認したエルが、手綱を一当てして馬車を発車させる。

 がたごとと揺れながら、馬車は祭りで賑わうレバンティスの街をゆっくりと走って行く。

 公爵家の紋章の入った馬車と、それを御するのが男装の麗人──しかもエルフ──となれば、注目を集めないはずがない。しかも、屋根のない馬車なのでそこに乗っている人物も丸見えだ。

 タキシードとウエディングドレスという、見慣れない衣装を着た二人の若い男女。だが、よく見ればその女性の方が「サヴァイヴ神殿の《聖女》」であることはすぐに民衆に知れるところとなる。

 もう一人の男性の方もその特徴的な黒髪と黒目から、彼が最近噂となっている《聖女》のお相手であることは容易に判断できるだろう。

 ゆっくりと街中を行く馬車を見た人々は、何事かと周りの者たちと囁き合う。

 そのうち誰が言い出したのか、馬車に乗っている二人が、先程サヴァイヴ神殿で婚姻の儀を上げたのだと話し始めた。

(これって……絶対エリーシアさんかジュゼッペさんが情報操作しているんだろうなぁ……)

 聞こえてくる人々の会話を耳にした辰巳は、思わずそんなことを考える。あの二人なら実にやりそうなことだし。

 おそらくは、ジュゼッペかエリーシアの配下の者が、民衆の中に紛れ込んで二人が結婚したことを告げて回っているのだろう。

「ほらほら、タツミさんもカルセさんも、皆さんに手でも振ったらどうですか?」

 御者席のエルが、振り返って二人にそう告げた時。辰巳は唐突にあることに思い当たった。

「エルさん……もしかして、ジュゼッペさんに何か入れ知恵しました?」

「えへへ。バレちゃいました?」

 結婚式の後の街頭パレードは、地球では国を問わずによく見かける風景だ。エルからそのことを聞いたジュゼッペが、興味を示したとしても不思議ではない。

「俺は芸能人でもなければ、どこかの国のロイヤルファミリーでもないんだけど………………そうか、俺もジュゼッペさんに嵌められた一人ってことか」

 どうやらジュゼッペの悪巧みには、辰巳の知らない部分もあったようだ。

 辰巳はやれやれと肩を竦めつつ、苦笑を浮かべる。

 そして大きな溜め息を吐きながら、カルセドニアへと振り向いた。

「もう、こうなったら自棄だ! ほらカルセ、手を振ってあげて」

「は、はぁ……こう……ですか?」

 辰巳に言われて、カルセドニアが街の人たちに向けて手を振る。それでいて辰巳自身は手を振ろうとはしないのだから、ちょっと狡いと言えるかもしれない。

 まあ、辰巳が手を振るよりも、カルセドニアが振った方が絵になるのは確かだ。

 ゆっくりと走る馬車を、街の人々は興味深そうに見つめる。

 その馬車の上には、見たこともない綺麗な純白の衣装を着た《聖女》。その《聖女》が微笑みと共に手を振るのを見た人々は、その美しさと艶やかさに目を奪われ、そして、彼女が傍らの黒髪黒目の男性と結婚したと聞いて大歓声を上げた。

 二人が結婚したと知った人々は、口々に祝福の言葉を投げかける。

 こうして街の人々からも祝福を受けながら、エルの操る馬車はゆっくりと〔エルフの憩い亭〕へと向かうのだった。




 今頃、〔エルフの憩い亭〕ではまだ騒ぎが続いているだろうか。

 カルセドニアと二人、ゆっくりと自宅を目指して歩く辰巳はそんなことを考える。

 今日の宴の主役である二人だが、ある程度のところで帰宅するように皆に促された。

 おそらくは、誰かが気を回したのだろう。中には露骨に「今夜、がんばれよ!」と辰巳に声をかけてきた魔獣狩りもいたぐらいだ。

 さすがにタキシードとウエディングドレス姿で歩くわけにもいかず、二人は〔エルフの憩い亭〕で着替えた。衣装やギターはそのままエルの店で預かっておいてくれるらしい。

 二人でいる時間を楽しみながらゆっくりと歩いていたが、それでもおのずとゴールはやって来る。

 辰巳とカルセドニアの二人の目に、彼らの家が見えてきた。

「…………着いちゃった……」

 カルセドニアが小さく呟いた。どうやら、二人きりのゆったりとした時間が終わってしまうのが惜しいようだ。

 ちょっぴりしんみりとした空気が二人の間に流れる。

 辰巳はカルセドニアが絡めていた腕をそっと抜き去ると、その腕を彼女の肩へと回して自分へと抱き寄せた。

「……ご主人様?」

 きょとんとした顔のカルセドニア。そんな彼女を見下ろしながら、辰巳はふわりと柔らかく微笑む。

「着いたんじゃない。これから始まるんだよ。今日から……俺とチーコの新しい関係は」

「ご主人様……」

「改めて……よろしくな、俺の奥さん」

「は、はいっ!! こちらこそ、よろしくお願いしますっ!!」

 辰巳に「奥さん」と呼ばれたカルセドニアは、嬉しさで顔を輝かせる。

 そしてどちらからともなく、そっと唇を触れ合わせた──丁度、その時。

「あ、ようやく帰って来たね? ほらほら、タツミちゃんとカルセちゃんが帰って来たよ!」

 そんな声と共に周囲の家から、わらわらと近所の住人たちが姿を現した。

 もちろん、弾かれたように二人が離れたのは言うまでもない。

 近所の住人たちは、皆笑顔を浮かべながら辰巳とカルセドニアを取り囲む。

「聞いたよ! あんたら、ようやく本当の夫婦になったんだって?」

「どうして今日の儀式のことを教えてくれなかったんだい? 教えてくれれば、もっと上等なお祝いを用意できたって言うのにさ」

「まあまあ、タツミくんたちにもいろいろとあるんだよ、きっと」

 どうやら、ご近所さんたちも辰巳たちの結婚を聞きつけ、そのお祝いをするために準備していたらしい。

「急だったから大したものは用意できなかったけど、私たちの心ばかりのお祝いだよ。さあ、こっちにおいで」

 辰巳もよく知る近所の奥さんは、そう言いながら二人の手を引いて彼女の家へと招きいれる。おそらく、ここが次の宴の会場なのだろう。

 奥さんに手を引かれるまま、辰巳とカルセドニアは顔を見合わせた。

 今日、何回こうして顔を見合わせただろう。いや、これから先、何回こうして顔を見合わせるだろう。

 そのことを楽しみやら心配やらと悩みつつも、辰巳とカルセドニアは新たな宴の会場へと足を踏み入れたのだった。




 どうやら、辰巳とカルセドニアが二人っきりでゆっくりできるのは、もう少し先のようだ。


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