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結成

 なんとか〈魔〉が憑いた大雪蜥蜴を倒した辰巳たち。

 倒した証拠として大雪蜥蜴の首を回収した一行は、少しだけ休憩して体力を回復させると、王都への帰路へとついた。

 体力の消耗から気を失った辰巳の意識はまだ戻らず、ジャドックが王都まで彼を背負っての帰還という、やや締まらぬ姿ではあったが。

 途中特に問題も発生せずに無事に王都に到着した一行は、真っ直ぐに辰巳たちの家へと向かう。そこで辰巳を寝室の寝台に寝かせた後、カルセドニアは報告のためにサヴァイヴ神殿へと向かうことになるだろう。

 ちなみに、エルだけは途中で一行と別れ、〔エルフの憩い亭〕へと戻って行った。




「ここまでありがとうございました、ジャドックさん」

「アラ、どういたしまして。しかし──」

 ジャドックは意味あり気な笑みを浮かべながら、たった今辰巳を寝かせた彼らの寝台を眺めた。

「──ホントおっきな寝台ねぇ。もしかして、タツミちゃんって…………夜、激しいの?」

 ばちん、と片目を閉じながら尋ねるジャドックに、カルセドニアの顔色が一瞬で赤く染まった。

 なぜか、ジャドックの背後にいたミルイルまでもが赤くなり、カルセドニアと寝台、そしてそこに寝ている辰巳を何度もちらちらと見ていたが。

「ひょ、ひょえっ!? そ、そんなこれは私が少し寝相が悪いからとお祖父様から贈られたものでして確かに私と旦那様はここで一緒に寝ていますが決して夜激しいという訳ではそりゃ激しいのも大歓迎ですが旦那様は私を気遣ってとっても優しく……って、何言わせるんですかぁっ!?」

「あらあら、そんなに大声出すと、タツミちゃんが起きちゃわよん?」

 静かにね? と続けるジャドック。カルセドニアは慌てて自分の手で自分の口を押さえ、寝ている辰巳の様子を伺う。

 どうやら彼の疲労は相当のようで、カルセドニアがあたふたと喚いていても起きる様子は見られない。

 カルセドニアは辰巳が目を覚まさないと分かり、胸を押さえてほぅと息を吐く。

 そんな彼女の様子を、ジャドックは穏やかな笑みを浮かべて見ていた。

「ホント言うとね? 最初はカルセちゃんのことを《聖女》なんて呼ばれている人物だから、きっと生真面目でお堅いオンナだとばかり思っていたけど……実際のカルセちゃんってすっごく可愛いわよねぇ。タツミちゃんが好きになるのも理解できるわぁ。あ、『可愛い』って言うのは、単に見た目のことだけじゃないわよ?」

 ジャドックは再びぱちりと片目を閉じて見せると、背後のミルイルへと振り返った。

「さて、アタシたちはそろそろ退散しましょうか。いつまでもタツミちゃんとカルセちゃんの愛の巣にお邪魔していたら悪いわ」

「そ、それもそうね……」

「あらぁ? どうしちゃったの、そんなにそわそわして? もしかして、ミルイルちゃんにはこの部屋……タツミちゃんとカルセちゃんが毎晩愛を睦み合うこの寝室は、ちょっと刺激が強すぎだったのかしらぁ?」

 ちょっと意地悪くジャドックが尋ねると、当のミルイルは顔色を更に赤くした。

「そ、そんなことないっ!! ほ、ほら、帰るならさっさと帰るわよっ!?」

 ミルイルは吠えるようにジャドックに答えると、どすどすと足音を響かせて家を出ていった。

「ジャドックさん。あまりミルイルさんをからかってはいけませんよ?」

「うふふ。あの()ったら妙に真面目だから、ついからかっちゃうのよねぇ。でも、あれぐらいでいいんじゃない? あまり静かにしておくと、亡くした仲間たちのことを思い出して頭が一杯になっちゃうかもしれないし」

「……そうですね」

 カルセドニアは感心した。一見すると大柄で逞しい体つきのジャドックは、あまり他人の世話を焼くようには見えない。

 しかし、実際のジャドックは実に細かな気配りのできる人物である。今も敢えてミルイルを怒らせ、気持ちが落ち込まないようにしたのだろう。

「じゃあ、アタシも本当に退散するわ。タツミちゃんによろしくね?」

「承知しました。あ、今回の報酬ですが、私が神殿より受け取ってから皆さんに分配しますので」

「了解。女将さんやミルイルちゃんにも伝えておくわ」

 最後にもう一度片目を閉じて見せ、ジャドックも辰巳たちの家を後にしたのだった。




 ジャドックたちがいなくなり、家の中に静寂が戻って来る。

 カルセドニアは装備を解いて平服に着替えると、寝台で寝ている辰巳の衣服を緩めた。

 彼が装備していた鎧などは、大雪蜥蜴を討伐した後に脱がせてある。そのため、今の彼は鎧の下に着るための丈夫な革製の衣服を着ており、このまま寝ているとやや寝苦しいだろう。

 カルセドニアが寝台に上がって辰巳の服を緩めていると、ゆっくりと辰巳が目蓋を開けた。

「旦那様? 気がつきました?」

「あ、あれ? ここは……俺たちの家……?」

 寝台に横になったまま、辰巳はゆっくりと首を動かす。どうやら自分がどこにいるのか、把握できたようだ。

「ここまでジャドックさんが背負って連れてきてくれました。今度お会いしたら、お礼を言っておいてくださいね?」

「そうか……ジャドックには世話になっちゃったな……」

 辰巳が呟いている間も、カルセドニアは手を動かして服を緩めて楽にしていく。

「ありがとう、カルセ」

「いえ……もしかして、起こしてしまったのでしょうか……?」

「いや、そんなことはないさ。俺が目覚めたのは、近くで何かいい匂いがしたからで……うん、カルセの匂いだったんだな」

 辰巳は手を伸ばして、カルセドニアの髪を一房取ると、自分の鼻先へと宛てがってその香りを確かめた。

「……間違いない。この匂いだ。うん、この匂いを感じると、何故か落ち着くんだよな」

 辰巳は横になったまま、にっこりとカルセドニアに微笑む。

「なあ、カルセ。もう少し我が儘を言ってもいいかな?」

「我が儘ですか……? きゃ」

 辰巳はカルセドニアの返事を待たずに、彼女の腕を引いてその身体を抱き寄せた。

「確かにカルセの……いや、チーコの匂いもいいけど、こうしてチーコの暖かさと柔らかさを感じることが……俺にとっては一番の幸せなんだよ」

「…………ご主人様」

 辰巳はカルセドニアを「チーコ」と呼ぶ。

 カルセドニアは辰巳を「ご主人様」と呼ぶ。

 二人が互いをこの名前で呼ぶ時、それは二人だけの大切で甘美な時間なのである。

「今日はありがとう、チーコ。チーコのお陰で俺は魔物とも戦うことができた」

「そんなことはありません。私の見通しが甘かったばかりに、ご主人様にはご無理を……でも、ご主人様は本当に強くなられました。それに……魔物と戦っていた時のご主人様は……とっても格好良かったです」

 カルセドニアは頬を染めながら、嬉しそうに微笑むと辰巳の首筋の顔を埋め、そこに何度も唇を落とす。

 それはまるで、小鳥が飼い主の指を甘噛みするようで。

 辰巳はそのお返しに、カルセドニアの頭を愛しむように何度も撫でてやる。

 そして。

 どちらからともなく、二人はその唇を重ね合わせるのだった。




「ミルイルちゃんは……これからどうするの?」

 辰巳たちの家から〔エルフの憩い亭〕へと向かう道すがら、ジャドックは隣を歩くミルイルにそんなことを尋ねてみた。

「……私、村に帰ろうと思う」

 俯いてそう答えたミルイルを、ジャドックはどこか寂しそうに見た。

「あいつらの……仲間たちの家族に、あいつらが死んだことを伝えて遺品を渡さないと……それが生き残った私の役目だと思うから」

「…………無理していない?」

 ジャドックはその大きな掌の一つで、ミルイルの頭をぐりぐりと撫で回す。

「私なら大丈夫。無理なんてしていないから」

 ジャドックの質問に、手短く答えたミルイル。

 その間も頭を撫でられていたミルイルは、一瞬迷惑そうな顔をしたものの、結局はジャドックのしたいようにさせていた。

 ジャドックの掌の暖かさが、心地よかったのも事実だったから。

「それでね?……あいつらのことを家族に伝えたら……私、もう一度王都に戻ってくる。そうしたら……改めて、ジャドックたちの仲間に加えてくれる?」

「ええ、大歓迎よ。タツミちゃんにはアタシから伝えておくわ。彼もきっと快く迎え入れてくれるでしょ」

 ジャドックが請け負うと、ミルイルは嬉しそうに笑った。

「さて! そうと決まったらがんばらないと! カルセさんへの借金もあるし」

 魔獣狩りとしての装備一式を整えるためにかかった費用は、決して安いものではない。

 返済の期限を決められているわけではないが、やはり借金があるという事実は気持ちを暗くさせる。そこから脱却を計るには、やはり早期に借金を返すのが一番だろう。

「借金ならすぐに返せるんじゃない? もうすぐ宵月の節も終わって氷の精霊たちも大氷山山脈から離れるだろうし。雪が解ければ魔獣狩りの仕事も増えるわ。特に雪解けの時期は腹を空かせた魔獣が多く出没するから、魔獣狩りの仕事が一番多い時期でもあるし」

 雪の積っている間、巣穴などでじっとしている魔獣は多い。当然、連中はその間何も食べていないので、雪がなくなくると空腹をなんとかしようと活発に活動する。

 時には人里に姿を見せる魔獣も現れるので、魔獣狩りにとっては最も忙しい時期と言ってもいいのだ。

 ただし、空腹で気が荒くなっている魔獣も多いので、危険もいや増す時期でもあるのだが。

「そういう私も、雪が解けないと村に帰れないんだけどね」

 この王都からミルイルの故郷の村まで、細いながらもしっかりとした街道は伸びている。だが、この季節は完全に雪で埋もれてしまうので、雪が残る今の季節は帰りたくても帰れない。

「アラ? ってことはナニ? ミルイルちゃんは雪が解けるまでは一人で魔獣狩りをするってこと?」

「あ……」

 ミルイルは先程こう言った。「故郷の村から戻って来たら、ジャドックたちの仲間に入れて欲しい」と。

 それはつまり、一度は故郷の村へと帰らなければ、ジャドックや辰巳の仲間にはならないとも取れる。

 自分の言い間違いを理解したミルイルは、えへへと愛想笑いを浮かべて視線を泳がせた。

「そ、そのー……今日からジャドックたちの仲間にしてください……っ!!」

 通りの真ん中で立ち止まったミルイルは、自分の失敗の恥ずかしさから真っ赤になりつつ、深々とジャドックに頭を下げた。


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