「寝台特急『北斗星1号』で女性の死体発見される!」
という新聞記事が紙面を賑わせたのはある初夏の日のことだった。
記事によると上野発札幌行きの寝台特急「北斗星1号」が札幌に到着後、ソロと呼ばれるB寝台個室で24、5歳と思われる女性の死体が見つかった、という。死体が持っていた免許証により、この女性は東京に住む女性だということがわかった。
その記事を見た毛利小五郎は一瞬硬直した。
「どうしたの、お父さん」
娘の蘭が心配そうに聞く。
「この『北斗星』で見つかった、という女性…オレに事件を依頼した女だ」
「なんですって?」
その声を聞いた江戸川コナンも新聞を覗き込む。
「関 弘美さん」という名前とともにある写真はたしかに四、五日前に小五郎に事件の依頼をしてきた女性だ。確か、誰かに尾けられているようだから調べてくれ、と言ったはずだ。しかし、その彼女が何故「北斗星」で死体で見つかったのか?
(そういえばこの人、札幌へ行く、って言ってたな。普通だったら飛行機だろうけど、まあ、好きな人は寝台特急を使うだろうな)
「北斗星1号」という寝台特急はいわゆるブルートレインと呼ばれる列車寝台特急で、ロイヤル、ツインデラックスという個室A寝台、ソロ、デュエットという個室B寝台、客車二段式B寝台に食堂車、ロビーカーというホテル並みの設備を持っている。
(しかし、なんでまたそんな「北斗星」なんかで……)
それからすぐ、目暮警部が毛利探偵事務所を訪れた。
「北海道警のほうから連絡があってな。被害者の女性について調べてくれ、ということだった。それにしても、よくおまえも事件に巻き込まれるのお」
「仕方ないですよ。事件の依頼が増えればそれだけ巻き込まれやすくなりますわ」
それを自分の実力、と思っている小五郎ではあるが。
「…ところで警部殿、なぜ自分が被害者の女性と関係あると…」
目暮警部は「私立探偵 毛利小五郎」とある名刺を差し出した。悪用を防止するため、万年筆で書いた日付は被害者と最初に逢った日だった。刑事時代からの癖でこれをやらないと気が済まないのだ。
「ガイシャのマンションにおまえの名刺がありゃ、誰だっておまえがなんか関係してる、
とわかるだろう」
「そうでありますな」
「で、いったいガイシャに何を頼まれてたんだ?」
「単なる調査ですよ」
「調査?」
「はい。誰かに尾けられているような気がするから調査してくれ、と言われまして」
「いわゆるストーカー犯罪というヤツか。どうやらその予感は当たってたようだぞ」
「は?」
目暮警部は警察手帳を取り出す。
「ガイシャには杉田紀昭、という付き合っていた男がいた」
「…ガイシャとはどういう関係でありますか?」
「…彼女は札幌出身でな。彼女と杉田は高校時代の同級生だった、ということだ。杉田が東京の大学へ進学するために上京してから連絡はなかったんだが、ガイシャが地元の短大を出た後に東京の会社に就職が決まって上京し、ひょんなことから再開して付き合ってたらしい」
「…二人の関係はわかりました。それでどういうことなのでありますか?」
「うむ。実は最近、彼女は会社の専務の息子と婚約をしての。両親に報告をしに事件があ
った日に『北斗星1号』で札幌へと向かったらしい」
「じゃあ、それを恨んだその杉田という男がコロシを…」
「そこまでは言っとらん。あくまでも参考人のひとりだ。それにヤツは今、勤めている会
社の仕事の関係で大分に出張に行っとる」
「大分に…ですか?」
「ああ。あさって帰ってくる、と言うから、その時に話を聞くつもりだが…」
「で、その出張はいつからでありますか?」
「うむ。出張はおとといからだ」
「おととい、といいますと…」
「ガイシャが乗った『北斗星1号』が上野駅を出発した日だ。その日の夕方16時56分東京駅発の下り寝台特急『富士』に乗って杉田は大分に向かった、ということだ。4時15分ごろに彼を東京駅で降ろしたタクシーの運転手の証言が取れたよ」
「そうでありますか…」
*
「大分ねえ…」
小五郎は煙草をゆっくりとふかす。
「でも、札幌と大分といったら正反対の方角じゃない。それに『富士』って確か16時56分東京駅発でしょ? 上野駅を16時50分に出る『北斗星1号』で被害者を殺してからたった6分で東京駅に行って『富士』に乗る、なんてどう考えたって不可能よ」
蘭が言う。
「それに警部殿が言ってたが、東京駅を出てすぐに検札をした時、ガイシャは検札を受けていたそうだ。まあ、死亡推定時刻が午後5時から7時の間だからな。それに、胃の中に何も無かった、というから少なくとも晩メシを食う前に殺されたんだろう」
確かに午後4時50分という時間はどことなく半端な時間帯である。
「でもなんで『富士』に乗って大分に行ったのかな?」
コナンが言う。
「どういうこと? コナン君」
「だって、『富士』が大分に着くのは次の日の9時36分でしょ? 東京から18時間近くも乗らなきゃいけないんだよ。飛行機で福岡まで行ってそこから特急に乗るとか、新幹線使ったっていいのに…」
「まあ、世の中には飛行機が嫌い、ってヤツもいるからな。ほら、元巨人のピッチャーで江川卓、っているだろ。アイツも飛行機嫌いで、昔遠征のとき、ひとりだけ列車で行かせてくれ、って言ったことあるんだぜ」
(…アンタも空を飛ぶモンが苦手だろ…)
コナンは思った。
*
翌日も目暮警部がやってきて、小五郎と話をしていた。
「あれからいろいろと調べてみた。杉田は間違いなく『富士』で大分に行っとる。大分県警に頼んで杉田を呼んでもらって話を聞いたんだが、東京駅発の『富士』の乗車券と寝台券、それから今日の17時2分大分駅発の『富士』の乗車券と寝台券を持っとった、ということだ。その『富士』は明日の9時58分に東京駅に着くそうだ。ただのお……」
「ただ、何でありますか?」
「来週、ヤツはシンガポールへ出張するらしい」
「シンガポールう?」
「ああ。ヤツの行っている会社は海外の取引先も結構多くての。彼自身、これまでも何度か海外出張をしたことがあるらしい」
「ヤツが飛行機嫌い、ということは?」
「いや、そんなことは聞いとらんが」
「だったら変じゃありませんか」
「変?」
「日本が島国である以上、海外出張といったら普通飛行機を使うものでしょうが。そんな海外出張で何度も飛行機を利用した者が、なんで大分へ行くのにブルートレインを利用したんでありますか? 福岡まで飛行機で行って、そこから特急に乗るとか、あるいは新幹線を利用するとか方法は色々とあるではないですか。わざわざ時間のかかるブルートレインを使うなんて……。ましてやヤツは飛行機嫌いでも何でもない」
「何か事情でもあったんじゃろう。例えば飛行機の座席が取れなかったとか」
「しかし、今の時期はそれほど取りにくいとは思えないのでありますが」
「それに、大分には空港がないからのお。ま、その辺はヤツが明日帰って来たら、聞いてみよう」
*
「どうも臭いな…」
小五郎がつぶやく。
「臭いって…何が?」
蘭が聞く。
「その杉田、ってヤツだ。証拠とかはまだ見つからんが、オレの勘から言って、ヤツがクロのような気がする。…だってそうだろう? 被害者が死んだ日にわざわざ大分への出張を入れるなんて怪しいじゃねえか」
「確かに変よね。…それに、飛行機を何度も利用した人がその時に限って、ブルートレインを利用したなんて」
「アリバイ工作に利用したんじゃないの?」
コナンが言う。
「アリバイ工作?」
「もし、その杉田さん、って人が犯人だとして、被害者を『北斗星1号』で殺すためにその『富士』をアリバイ工作に利用したんじゃないの?」
「でもどうやって?」
「『北斗星1号』から『富士』に乗ることができるルートがわかればいいんだがな」
小五郎が言う。
(……オレもおっちゃんと同じ意見だ。おそらく、犯人はその杉田、って人物だろう。ヤツがその日に限ってブルートレインを利用した、なんてどう考えても妙だぜ。あとはおっちゃんの言うとおり、「北斗星1号」から「富士」に乗ることができるルートを見付けなきゃいけねえな)
すでにこの時、コナンのハラは決まっていた。
*
昼すぎのこと。
コナンはソファに座ると、買ってきた時刻表を広げた。
解かなければならない謎は幾つもあるがまずはどうやったら犯人が「北斗星1号」で被害者を殺し、寝台特急「富士」に乗ることができるのか、を解かなければならない。
「北斗星1号」は上野駅発16時50分。一方「富士」は東京駅発16時56分。たった6で「北斗星1号」で殺人を犯し、上野駅から東京駅へ移動し「富士」に乗るなんて物理的には不可能である。新幹線ですら上野駅から東京駅まで6分という時間がかかるのだ。
となると、ある程度までその列車に乗り、ある地点で引き返した、と考えるのが妥当ではないか? そう思いつつコナンは東海道本線下りのページを開いた。
「富士」は16時56分に東京駅を出ると17時21分に横浜駅、18時22分に熱海駅に停車する。「北斗星1号」に乗る、としたら、そこから引き返すぎりぎりの所であろう。
まずは横浜駅から引き返したと仮定した場合だ。横浜駅発17時32分の普通列車で引
き返すとどうか? 東京駅着は18時01分。この後は何を使うか?
(まず考えられるのは、東北新幹線だな……)
そして東北・山形・秋田新幹線のページを開く。
18時01分に東京駅に着いた後にすぐ乗れる新幹線は18時08分発の「やまびこ25号」である。これは上野、大宮と停車した後は仙台まで停車しないが、その仙台着が19時49分。21時11分仙台駅着の「北斗星1号」に一時間半以上の余裕で間に合うが、「午後五時から午後七時」という死亡推定時刻と矛盾してしまう。
その次は18時16分発の「Maxやまびこ185号」だがこれは季節列車で、今の季節は走っていないはずだ。
それでは熱海駅で降りたらどうか? しかし、コナンはそこで考えるのをやめてしまった。熱海だったらいちばん早い新幹線でも18時56分発車の「こだま480号」。これだと東京駅到着が19時46分。どうやっても無理だ。
では、その逆に、犯人は先に「北斗星1号」で殺人を犯し、その後「富士」に乗った、と考えるのはどうか? 犯人は東京駅で目撃されているから東京駅から何らかの形で上野駅へ行ったに違いない。
そう思いつつ、再び、東北・山形・秋田新幹線のページに目を落とす。
まず、目に付いたのが17時丁度に東京駅発の「やまびこ23号」である。これは大宮駅に17時26分に到着するが、「北斗星1号」が大宮駅に到着するのは17時15分。11分も遅れている。
その前の時刻を見ると16時32分発の「やまびこ47号」が目に付いた。これの大宮到着は16時58分。17分の余裕が出来る。
そして、大宮駅に到着した「北斗星1号」に乗り込み、被害者をB寝台ソロで殺す。18時11分、宇都宮駅に到着した「北斗星1号」を降り、18時22分発の「なすの260号」に乗り、19時24分に東京駅に到着。これなら、19時37分の「ひかり239号」に乗ることが出来る。そして名古屋駅着は21時28分。「富士」が名古屋を出る21時34分まで六分の余裕がある。あるいは京都まで行く、という手もある。「富士」の京都駅着は23時21分。そのまま「ひかり239号」で行けば京都駅には22時22分、と59分の余裕で着くし、名古屋から後続の新幹線に乗り換えて、時間を調整してもいい。
日本の鉄道の運行時間は世界一、ともいえる正確さだ。よっぽどのアクシデントが無い限り、この方法で間違いないはずだ。
「……できた……」
コナンはつぶやいた。
*
「なにい? 杉田のアリバイが崩れたあ?」
「うん。たぶん犯人はこうやってアリバイを偽造したんだよ。」
とコナンは自分が思いついた「北斗星1号」→「富士」乗車トリックを説明した。
「……確かに新幹線を使えば『北斗星1号』に乗ったあとに『富士』を追い掛けることも可能よね……」
蘭がつぶやく。
「となると……後はヤツが東北新幹線や東海道新幹線に乗っていたかどうかの証言が取れればいいんだが……」
「よし、今から東京駅に行って調べるように言っておこう」
目暮警部は電話を取ると連絡を入れる。東海道新幹線はJR東海、東北新幹線はJR東日本、と管轄は違うもののどちらも東京駅に乗り入れている。調べれば当日の車掌も分かるかもしれない。
一時間後。毛利探偵事務所に電話が入った。
「うん、うん。そうか、わかった。ご苦労。」
「警部殿、どうだったんですか?」
「事件があった日に『ひかり267号』に勤務していた車掌の証言が取れたよ」
「それで、どうだったんでありますか?」
「杉田かどうかまではわからないが、背格好がよく似たサングラス姿の男が自由席に乗っていたらしい」
「となると、ヤツがあのトリックを使った可能性がかなりありますな」
「そういうことになる」
「京都駅にも問い合せたほうがいいんじゃない?」
コナンがいう。
「京都駅?」
「うん。ボクが考えたトリックなら、一時間近く早く京都駅に着くんだよ。ひょっとしたら京都駅でその男を見かけた人がいるんじゃない?」
「よし。京都府警に協力をお願いしよう。」
*
翌日。
「どうやら、コナン君の言ったとおりになったようだな」
目暮警部が言う。
「事件があった日、京都駅の駅員が『ひかり267号』が到着した時に、杉田に背格好がよく似た、例のサングラス姿の男が改札を通るのを目撃したそうだ。新幹線から在来線に乗り換える時は、改札を通らなければいけないからな」
「そうですか。となると…」
「ああ。杉田が東京に着いたら任意同行を求めるよ」
目暮警部の顔はどことなく晴れやかだった。
数日後、杉田紀昭が全てを自供した。
会社の専務の息子と被害者の婚約を知った彼が被害者に怨みを持ち、被害者が北海道へ両親に報告をしに聞く、ということを聞きつけ、わざわざその日に出張を入れることでアリバイ工作を企み犯行に及んだ、ということだった。
THE END |