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一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
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第95話「悪魔云々を差し引いても、不審人物だと思いません?」

 悪魔の使いのような人物が、宵の街をさまよい歩いている、という噂は、中等部のころから聞き及んでいた。
 芳野(よしの)つづみは、いつかその怪人物と出会ったときにどう対応すべきかと、常にイメージトレーニングを欠かさないでいた。変質者や犯罪者と遭うよりもずっとリアルで、具体的な、それは修行のようなものだった。

 しかし、それが知り合いであるとは、まるで念頭になかった。

「……青衣(あおい)さん?」

 つづみは、イメージトレーニングの成果も忘れ、その名前を呼んで立ち尽くした。

 この蒸し暑い昼日中に、ほぼ全身黒ずくめ、なおかつ袖や襟には過剰にぎざぎざとした飾り布を縫い付けた服をまとい、日傘をさして佇むのは、同級生の光原(みつはら)青衣だ。たしかに顔かたちは青衣で間違いないのだけれど、肌は異様なほど青白く、目の下には分厚い隈がある。休みに入って数日で重態に陥ったとでもいわんばかりだ。
 彼女の立っているのは、学院からほど近い住宅地の中にある、こじんまりしたクリーニング店の前。白と黄色のてかてかした看板の下、庶民的な店の軒先に、青衣の服装はまるで別世界のように浮いていた。

「ああ、つづみさん。ごきげんよう」

 当の青衣はというと、当たり前のように平然とつづみの名を呼んで、学校で顔を合わせたときと同じようにお辞儀をした。控えめで、わずかに体を前後に揺らすような仕草は、つづみの知っている青衣そのものだ。
 ギャップにいっそう混乱したつづみは、とっさに、つかつかと青衣のそばに歩み寄って、まじまじと彼女の顔を凝視してしまう。青衣はつづみの態度に、かるく首をかしげるだけ。

「……ほんとうに青衣さんなの?」

 つぶやいたつづみは、ふと、彼女の服の袖に手を伸ばす。ひらひらした飾り布に指が触れかけた瞬間、青衣は飛び退き、険しい目でつづみをにらんでくる。

「ごめん、触らないで」
「……失礼しました。つい」

 つぶやきながらも、つづみは自分で自分の行動が信じられない思いで、右手の指をじっと見つめた。指先をかすめた布は、意外なほど薄手だった。うかつに爪でも引っかければ、そのまま裂けてしまったかもしれない。

 つづみは両手をぎゅっと組み合わせながら、あらためて青衣へと目線を上げる。そこにいる、別人のような彼女に声をかけるのに、すこし勇気が要った。

「どうして、そんな格好を?」
「好きだから」
「……暑くありません?」

 つづみの素朴な疑問に、青衣は、表情を隠すようにかるく日傘を傾けた。

「暑くないわけないけれど、そういう問題ではないの」
「……そう」

 ちらり、とつづみは視線をめぐらせ、近くの自動販売機に目を留める。

「何か飲みますか?」
「水飲んだら、よけいに汗かきそう。すこし困る」
「……熱中症になりますよ」

 眉をひそめて、つづみは自動販売機でジュースを2本買い、片方を青衣に渡した。青衣は、すこし困ったように缶を手にしていたけれど、じきにそれを首筋に当てて目を細めた。
 つづみは自分の缶からリンゴジュースをのどに流し込む。子どものころからリンゴは好きだ。口の中に流れ込む、慣れ親しんだ酸味が、彼女の心をいくらか安らがせてくれるようだった。
 ふう、とひと息ついて、つづみはふたたび青衣に向かい合う。うなじの肌の上で缶を転がしている青衣は、やっぱり、すこし気持ちよさそうに目を細めている。

「いつも、そんな格好を?」
「そう」
「……ということは、ときどき噂で聞くのは」
「噂になっているみたいね。妖精だか、妖怪だか、悪魔の使いだか」

 自分でつぶやいて、何かにはっとしたようにまばたきして、青衣はつづみを見た。そのとき初めて、つづみは青衣が薄い色のカラーコンタクトをしているのに気づく。

「ひょっとして、つづみさん、びびっちゃってる?」
「……怯えてなんていませんよ。むしろ、武者震いしてしまいそうです」
「戦うつもりだったの?」
「だって、噂だけ聞いていたら……ねえ。悪魔云々を差し引いても、不審人物だと思いません?」

 十字架や聖書が効果を発揮するか、さすがのつづみも半信半疑だった。悪魔より危険な人間だっている時代だから、防犯グッズも備えのうちだ。もしものときは、つづみはそれを使用するのを厭わないつもりだった。結局、それは杞憂だったらしいけれど。
 青衣は、自覚があるのかないのか、まだ缶をくるくると肩の上で回している。

「そんなに警戒してるの、つづみさんだけだと思うけれどね」
「そうかしら」
「この格好で、恐がられたり、面と向かって文句を言われたりしたことはないもの」

 そういって、つづみはようやく、オレンジジュースの缶を開けた。ぷしゅ、と、霧のように、水滴が開け口から噴き上がる。

「面と向かえない人だけが恐がるんだわ」
「……もっともです」

 くい、とジュースの缶を傾けた青衣に、つづみは苦笑を返した。

「ですけど、青衣さんだって、学校にまでその服装では来ないわけでしょう?」
「それは、まあ。シスターやつづみさんに調伏させられたら困るし」
「でも、カチューシャくらいは着けてきても、悪くないと思いますよ」

 日傘の奥に隠すようにしている青衣のヘッドドレスを、のぞきこむように見つめる。小首をかしげて、ちょっと上目遣いに微笑む。

「かわいらしいじゃありませんか」
「……そう?」

 青衣は、缶を傾ける手を止めた。直截なつづみの褒め言葉が、意外と青衣に突き刺さったみたいで、彼女は、スイッチをいきなり切られた人形みたいに停止してしまう。
 かつん、と、傘の柄が青衣の肩に当たる。
 傘の内側に、滑り込むように夏の日射しが青衣の顔を照らす。不健康そうな顔にじかに刺さる陽光は、ぎらぎらと苛烈に輝いている。その一瞬で、青衣の頬に汗が浮かんだみたいだった。

 そんな青衣の肌に目をやり、つづみはふと口走る。

「その顔色、やっぱり、お化粧なんですか?」
「……そりゃそうよ。何だと思ってたの? 急病?」

 あきれたように青衣は笑って、ちょっと傘を揺さぶった。一瞬、つづみの目に日射しが刺さる。

「ほんとに病気なら、私、深窓の令嬢でもしているわ。自分でクリーニングなんて出しに来ないわよ」

 しれっと告げた、青衣の微笑が、まばゆいくらいにきらめいて見えた。
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