挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
一日一輪 ~女子校の日々はときめきに満ちている~ 作者:扇智史
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

81/233

第79話「最後の謎みたいなものでしたから」

 学院のそば、国道に向かう通りの脇にある大きな洋品店を出て、香西(こうざい)(れん)光原(みつはら)青衣(あおい)は、ふと目を見合わせた。

「すこし、どこかで落ち着いていきます?」
「ええ。休まないと倒れそう」
「まだ暑いですものね……」

 首を巡らした恋の目に入ったのは、青い看板のコンビニだ。イートインコーナーもあり、淹れ立てのコーヒーも飲めるともなれば、カフェ顔負けとも言っていい。地元の小学生や老人が居座っていることも多いが、いまは空いているようだった。

「青衣さん、コンビニコーヒーはお好きですか?」
「コーヒーは苦手。でも、安いお菓子は嫌いじゃない」

 青衣が淡々と言うのに、恋はすこし笑う。
 道を渡ってコンビニに入ると、自動ドアから漏れ出た涼気がふわりと恋の顔に流れてきて、一瞬目を細めた。かたわらの青衣も似たような顔をして、恋はまたすこしおかしくなる。

 恋はカフェラテを、青衣はビスケットとペットボトルの紅茶を買った。店のレジの脇から張り出すように設置されているイートインコーナーは、ブラインドが下げられてそこはかとなく薄暗い。きつめの照明も手伝って、病院の売店を思わせた。
 真っ白いテーブルに腰を下ろす。椅子は固くて、長居するにはあまり向いていなさそうだ。隣の席では、椅子から半分以上ずり落ちるようにして座っている男の子たちが、携帯ゲームに真剣な目つきで興じている。
 洋品店の紙袋を脇に置いた恋は、ビスケットの包み紙を破る青衣の指先を、じっと眺める。よく見れば、その指はとても丁寧に動いていて、ビニールを縦に裂くだけの行為が何か、お菓子にふしぎな魔法でもかけているかのように思える。

「飲まないの?」

 目を上げた青衣が、ちょっと首をかしげる。異様なくらい白い外装の前で、青衣の黒髪がゆらっとかたむくのが、景色からうっすら浮き上がって見えた。
 恋はうなずいて、ストローにかるく口をつける。ラテのやわらかな味が、じんわりと口中に染み渡った。歩くだけで汗をかくような真夏の熱を、ようやく解消できた気がする。

「そんなにおいしい?」

 青衣が首をかしげたまま問う。ストローを唇の端にくわえたまま、恋は眉をひそめる。微妙に間を置いて、青衣は言葉を継いだ。

「……恋さん、やけに嬉しそうだから」
「そうですか?」

 すぐに汗をかいたプラスチックのカップをテーブルに置いて、恋はかるく顔に手を当て、自分の頬がわずかに笑んでいるのに気づく。

「きっと、青衣さんといるからですね」
「……私?」
「ええ。わたしにとって青衣さんは、最後の謎みたいなものでしたから」
「何それ」

 いぶかしむ青衣。恋は、テーブルの上ににじんだ水滴をかるくいじりながら、言葉を選ぶ。人差し指の先で、水滴がつながりあって、横長の楕円になる。

「撫子組の、だいたいの生徒のことは、おおよそわかったつもりなんです。3ヶ月ほど、観測していましたから」

 授業中でも暇さえあればクラスの女子を眺めている恋は、同級生の人となりはおよそ把握している。クラスにあまり寄りつかない舟橋妃春でも、ときおり生徒会の仕事をしている姿や、上級生と会話をしている様子から、意外と表情豊かな側面があることを知っている。
 そんな恋でも、青衣のことはよくわからないままだった。
 恋の知っている青衣は、おだやかに喋ることと、私服の趣味がゴスロリなこと、どうやら音楽が好きらしいことくらい。けれど、いつもイヤホンの中で流れている曲がどんなものなのかも、恋は知らない。
 それは、彼女の頭の中を知らないのにも等しい。

「青衣さんは、いつも放課後もすぐ帰ってしまいますし。プライベートで何をしているのか、よくわからなくて」
「べつに隠してるつもりはなかったんだけど」
「ええ。わたしが勝手に推測していただけですから」

 そうして、あっという間に教室を出て行く青衣の後ろ姿を、なんとなく確認するのが、恋の趣味のようになっていた。
 決して急ぐのではないけれど、迷いのなかった彼女の足取りの向こうに、何が待っているのか。
 その謎が、恋をゆるく、惹きつけていた。

「でも、お裁縫なさってるなんて、予想外でした」
「始めたのは最近だけどね」
「やはり、ゴスロリ服?」
「うん。まだ、人に見せられるようなものじゃないけれど。恋さんは?」
「わたしは自分ではぜんぜんです。今日のも、母のお使いで」

 他愛ない話さえ心地よい。こんな何事でもない会話が、恋は好きだった。
 青衣の、どこかぼんやりとして焦点の合わない瞳が、恋を見つめている。ようやく見つけたこの時間を、恋は、大切にしたかった。

「外でも、そういう服を着ているのですか?」
「むしろ、着て歩くほうが多い。ご近所では、ちょっと噂になるくらいよ」
「へえ……」
「逆に恋さんは、私の噂を聞いたことない? なんだか妖精みたいな扱い受けてるらしいんだけれど。他の子は、わたしには直接聞かせてくれなくて」

 首をかしげる青衣は、ほんとうにふしぎそうだった。どうして、自分のことなのに、知らせてもらえないのか。
 でも、恋には皆の気持ちがわかる。幸運を呼ぶ妖精が、自分の力を知ってしまったら、逆にその幸運が消えてしまいそうな気がするものだ。
 噂話というのは、そういう、どこか秘密めいたものを宿してこそ、力を持つ。

「知らないほうが幸せなこともありますよ」
「……まあ、いいけど。悪い噂でなければ」
「ええ。いまのところ、青衣さんを嫌っているような話は聞いたことがないですから」
「そう? 前に、つづみさんがわたしを悪霊だっていって除霊しようとしてた、って聞いたことが」
「……さすがにそれは冗談でしょう」

 芳野(よしの)つづみならあり得なくはない、と思わされるのはすこし恐い。けれど、いくらなんでも。

「そんな相手と、同じ教室で授業を受けようなんて思いませんよ」
「それはそうでしょうね。もしもその気なら、私のほうから呪ってあげるわ」

 青衣はあっさりと言って、ビスケットを唇の端でかるくかじった。
 ひょっとしたら、いまのは、青衣なりの冗談だったのかもしれない。笑うタイミングを逸して、恋はすこしうつむき、残るカフェラテに口をつける。カップの中で、氷が音を立てて転がる。

 青衣の視線を感じる。マスカラとアイシャドウで、いくぶん不健康さを強調しているような彼女の目線は、ときおり、妙な引力を持つ。

 吸い込まれそうに感じて、よけいに、顔を上げられなくなる。
 かわいい女の子ならいくらでも眺めていられるのが、取り柄のつもりだったのに。
 真正面から見つめられた程度のことで、目も見られないなんて。

 恋が黙り込むと、青衣も喋らなくなる。彼女は丁寧にビスケットを食べ進めながら、紅茶のフタを開けようとして、ふと眉をひそめた。

「恋さん」
「……はい」
「握力、自信あるほう?」

 青衣は、ミルクティーのペットボトルをこちらに差し出してきた。
 恋は目を上げ、それを手に取る。冷蔵庫を出たボトルはあっという間に温度が上がって、恋が触れると、すでにいくぶんかぬるく感じた。

「開けられないなら、最初から、選ばなければよかったのでは?」
「……なんとなく。いまなら、いけそうな気がした」
「錯覚ですよ」
「それに、恋さんがいてくれるし」

 あっさりと青衣は告げる。人任せにするのを躊躇わない彼女は、どうやら思いのほか、人に甘えるたちらしい。
 どうにもこうにも、恋も、知らないことばかりだ。
 彼女は苦笑しながら、ボトルのフタを簡単に開けた。ぷしゅっ、と、気持ちいい音がイートインコーナーに響き、隣の席の子どもたちが、揃って歓声を上げた。何か、強敵でも倒せたのだろうか。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ